第二百七十一話 母娘
24時更新分。
終わりが見えてきたーーーー!!!!!(^^)!
第二巻の早売りがちらほら出てるらしく、購入報告ありがとうございます!
頑張って書きました! 楽しんでくれると嬉しいです!(/・ω・)/
「――やはりお前だったか」
ズーザンの話を聞いて、リーゼはそうつぶやいた。
その点について驚きはない。
皇族の中ではそうだろうなという認識があった。
レオがリーゼを止めたのはあくまで証拠がなかったから。レオが守ったのはズーザンではなく、リーゼのその後だったからだ。
証拠のない者を殺せば、いくらリーゼでも無事では済まない。
ゆえにレオはリーゼを止めた。だが、今は止めないだろう。
証拠があるということは、リーゼが戦う理由があるということだ。
「首を差し出せ。帝国元帥として妃暗殺の罪で処断してやろう」
「怖いわね。けど、話を聞いていたかしら? 私は関与しているだけよ」
「同じだ」
「同じじゃないわ。じゃあ説明してあげるわね。あなたの母、第二妃は私の呪いを一身に受けて体調を崩し、亡くなったの。自分で私の呪いを集中させたのよ」
「なに……?」
リーゼは目をすっと細める。
ズーザンは嘘を言っている様子はなかった。
今すぐ殺してやるという雰囲気だったリーゼが足を止めたのを見て、ズーザンはニヤリと笑う。
「私は殺してやりたいとは思っていたわ。陛下の寵愛を一身に受ける女。独占といってもよかった。けれど、殺すメリットがなかったわ。あの女が死んだところで陛下が私の方を向くかといえば別の話。だから私はあなたとクリスタを殺そうとしていたのよ」
「どこまでも……!」
「陛下の娘は三人! そのうち二人が死ねば、残りの一人に愛が集中するわ! ザンドラは私の娘。私のすべてを受け継いだわ! ザンドラが愛されるということは私が愛されることと同義。だからあなたとクリスタが邪魔だったの。幼いクリスタは呪いを受ければ、それだけで危険に晒される。将軍であるあなたは体調を崩したまま戦場に出れば、それだけで危険に晒される。だからあなたたちに向けて呪いを放ったのに!! あの女は魔導具で呪いをすべて自分に集めたのよ! 私の呪いだとは思わなかったようだけどね! 馬鹿な女よ! 元々体が強いわけでもないのに、娘に対する呪いを一身に受ければどうなるかなんてわかりそうなものだけど! 陛下に頼めばいいものを! 自分で解決しようとするからよ! あの日ほど笑ったことはないわ! わかったかしら!? あなたの母は――自殺なのよ」
「っっ!!」
リーゼは地面を蹴って、ズーザンに向かって走り出す。
一瞬で距離を詰め、ズーザンに剣が届く距離までたどり着く。
しかし。
「馬鹿ね。母親と同じく」
「なに……?」
リーゼはズーザンの笑みを見て下へ視線を移す。
すると地面には巨大な魔法陣が展開されていた。
「設置型の呪いよ。あらゆる状態異常があなたを襲うわ。私のとっておきよ。存分に味わいなさい」
「くっ!」
魔法陣から空に向かって光が伸びた。
それにリーゼが飲み込まれ、その姿にザンドラは歓喜した。
「やったわ! あのリーゼロッテが! お母様の呪いを受けたら動けないわよ! どうしてやろうかしら!」
動けなくなったリーゼをどうしてやろうか。
ザンドラはそのことに思いを巡らせ、はしゃぐ。
そんなザンドラにズーザンは苦笑しながら、困った娘だというような視線を送る。
ゆえに。
光の中から飛び出てきたリーゼに反応することができなかった。
「え……?」
空気を裂く音が響き、鮮血が舞う。
ズーザンは空中に散る血を見て、初めて自分が斬られたのだと自覚した。
胴から胸に向かって斜めに斬りあげられたズーザンは、どうしてという疑問に答えを見つけようとしていた。
それは戦闘中において無意味な行動だった。
今は疑問は置いておいて、どうやって助かるべきか。どうやってリーゼを無力化するべきか。それ以外の思考は無意味だった。
しかし、ズーザンは戦士ではない。
ゆえに傷口の熱さを感じながら、リーゼの体を見る。
異変は何一つない。やせ我慢をしているといった様子もない。
どう見ても防いだとしか思えなかった。
設置型の呪いは移動できない反面、その威力は絶大だ。食らえば数日はまともに動けない呪いのはずだった。
わざわざリーゼが激高して襲ってくるように仕向けたのも、それに気づかせないため。
なのに……。
ズーザンは何があったのか。必死に答えを探した。
そしてリーゼの胸にひび割れたペンダントがあることに気づいた。
「魔導……具……?」
「ドワーフ特製の魔法封じだ。私に向けられた魔法の魔力を吸収し、一度だけ身代わりになる。禁術の呪いだろうと魔力を使っていることには変わりはない。残念だったな」
「なぜ……そんなものを……」
ズーザンはよろけて後ろに下がりながら訊ねる。
それも無意味な問いだった。
だが、リーゼは静かに、しかし力強く答えた。
「私には私の無事を願う弟妹たちがいる。私のためならとどんな犠牲も払う馬鹿な男がいる。私を敬愛する部下たちがいる。防御型の魔道具など好かんが、私は私の命をもう軽んじたりはしない。帝都で何かあればお前と一戦交えることは予想できた。ゆえに身に着けていたのだ」
「くっ……!」
ズーザンはそれを聞いて再度呪いをかけようと、左手をリーゼに向ける。
しかし、リーゼはその左手を斬り飛ばす。
宙を舞う自分の腕。
それを見て、ズーザンは痛みと衝撃で大声をあげた。
「ああああああああ!!!!! リーゼロッテぇぇぇぇぇ!!!! 許さないわ! 絶対にぃぃぃぃ!!」
「馬鹿を言うな。私の許さないのほうがはるかに強い」
そう言ってリーゼはズーザンの足を斬りつけ、ズーザンの右肩を刺し貫く。
そしてズーザンが両膝を地面につくと、剣を引き抜いて首に向ける。
「どれほど痛めつけても足りないが……母上は拷問など望むまい。これくらいで済ませてやろう」
「ザ、ザンドラ……母を……助けて……」
「お、お母様……」
ズーザンは視線でザンドラに助けを求める。
しかし、ザンドラは。
「やられているんじゃないわよ! 逃げる機会を失ったじゃない! 使えないわね!!」
「ザン……ドラ……?」
「リーゼロッテ! 恨みがあるのはお母様でしょ! 私は助けてちょうだい!」
「……他者を裏切り、使い捨ててきたお前たち母娘らしいな」
母すら道具。
そのことにズーザンは涙を流す。
ザンドラにとってのズーザンはともかく、ズーザンにとってのザンドラは目に入れても痛くない娘だった。
愛していた。だからこそ皇帝にしようとした。
それなのに。
「わ、私がどれだけ……あなたのために……」
「うるさいわよ! 私を皇帝にしようとしたのは自分のためでしょ! 自分が父上に愛されなかったから、私に自分を投影しただけ! いい迷惑なのよ! 私は私よ!」
「なんて娘なの……子が親を見捨てるなんて……助けなさい! 助けなさいよ!!」
「今まで幾度も他者を騙し、見捨ててきたくせに自分は助けろというのは虫が良すぎるだろう。あの世で母上に泣いて詫びろ」
そう言ってリーゼは剣を横に振るう。
鋭い音と共にズーザンの首が飛んだ。
それを見て、ザンドラは後ずさる。
リーゼの視線が次はお前だと言わんばかりだったからだ。
魔法を使おうにも距離が近すぎる。何かする前に斬られるのは間違いない。
だからザンドラは最後の手段として、フィーネに左手を向けた。
「私を殺すならフィーネも殺すわ! フィーネを見捨てれば帝国元帥の名誉に傷がつくわよ!!」
「軍人に名誉などない。あるのはいかに国に尽くすか、国を勝たせるか。それだけだ。相手を見誤ったな」
「そ、そんなことを言っても無駄よ! 動かないで! 動くんじゃないわよ! 本当にフィーネを殺すわよ! いいえ! 殺さないわ! その綺麗な顔に傷をつけて、醜く変えてやる! ほら! 怯えなさい! 助けてとわめきなさい!」
「私のことはお気になさらずに。リーゼロッテ様」
「なによ……! そんなに今後の人生を台無しにされたいならそうしてやるわよ!!」
そう言ってザンドラはフィーネに魔法を放つ。
ミアがフィーネを庇うように立ちふさがるが、その前に魔法は結界によって弾かれた。
極薄の結界。
よく見なければ気づけないそれにリーゼは気づいていた。
「フィーネの傍にはずっと結界があった。魔導師ともあろう者が気づかないとはな」
「そんな……こんな結界……誰が……?」
「気づかないのか? 愚かだな。帝国に住んでいながら気づけないとは。お前は竜の出現で勝ちを確信したようだが、多くの帝国国民は逆だ。竜の出現によって帝国の勝ちは決定づけられた」
「嘘よ……そんなはずないわ……聖竜は討伐対象にはならないのよ! 討伐すればギルド本部が黙ってないわ!」
「お前は冒険者というものをわかってはいない。奴らは我々とは違う。諦めろ。お前たちに勝ち目はない。お前を殺したりはしない。この一件について責任を取る者が必要だからな」
「嫌よ……嫌よ!! 嫌だと言っているわ! やめて! 私は帝毒酒なんて飲む気はないわ!」
そう言ってザンドラは自分に両手を向ける。
しかし、その前にリーゼがザンドラに接近し、その首を締め上げる。
「集中力が著しく乱れた状態では魔法は使えまい。お前のような魔法しか使えん奴ならなおさらな」
「あ、ぐっ……」
「眠れ。お前に自殺はもったいない」
そう言ってリーゼはザンドラを締め落としたのだった。
■■■
無事に突撃を果たしたクライネルト公爵軍だったが、竜の登場で相手の士気が盛り返したため、苦戦を強いられていた。
「父上! 怖くて吐きそうです!」
「吐きながら戦え!」
そう言ってクライネルト公爵は息子を叱咤する。
そして近くの敵兵を斬り伏せ、空の竜を見上げる。
「大体、あれがそんなに怖いか?」
「怖いに決まっているでしょ! あんな化物! 怖くない人間なんていませんよ!!」
「愚か者。お前はあれをトカゲ扱いする化物に喧嘩を売ったことがあるではないか」
「そ、それは……」
「ふっ、だが安心しろ。その化物だが――今は味方だ」
そう言ってクライネルト公爵は息子を見た。
その体には薄っすらと膜のようなものが張られていた。
息子だけではない。クライネルト公爵家の騎士たち皆にそれは張られていた。
個人個人に対する結界。
これだけの人数にそれほどのことができる者など大陸に数えるほどしかいない。
そして連合王国にそんな人物はいない。
竜に守られた国ゆえ、人間の規格外を知らない。
それが敗因だろう。
「参戦の機会を窺っていた者にそれを渡すとはな。竜などという規格外を持ち出せば、規格外が出張ってくるに決まっておるだろうに」
そう言ってクライネルト公爵は帝都の空を見上げる。
雲を裂くようにして銀色の光を纏った黒い魔導師がゆっくりと舞い降りていた。