第二百六十八話 眠れる鳥
12時更新分。
あとちょっとで終わりますね。
最後まで二回更新で行けそうですm(__)m
この状況でウィリアムが撤退を選ばない。それは不自然だ。
俺が持っていた虹天玉が偽物で、ゴードンが城の外に誘い出された以上、帝都の保持はかなり難しい。
このまま帝都中層で戦い続けても勝ち目は薄い。
ならば撤退して態勢を立て直すほうが賢明だ。
帝都にいる将軍だけがゴードンの賛同者じゃないはずだ。彼らが集まれば、それなりの勢力になる。
連合王国、王国、藩国の三か国からすればゴードンの反乱が成功するに越したことはない。しかし、仮に失敗してもゴードンが生きていれば最低限の仕事はしてもらえる。
帝国が二分されれば、三か国はゴードンを支持して、ゴードンの勢力圏を通って軍を帝国内部に進められる。
それだけで軍事的価値は計り知れない。
それがわからないウィリアムではないはずだ。帝都に固執し、ゴードンが死ねば今の計画は使えない。
それなのにウィリアムは撤退しない。
「まだ勝ちの目があると思っているからだな」
俺は宿屋から帝都上空に転移する。
レオたちよりさらに上。
雲の上まで転移し、探知結界を発動させる。
広域で発動させた結界にはいくつかの軍勢が引っかかった。
帝都に向かう軍勢は三つ。
北西より一つ。これが一番近い。もうすぐ帝都を射程圏に捉える位置にいる。
残りの二つは北東でぶつかり合っている。おそらく宰相が用意していた軍だろう。圧倒的な力で敵軍を粉砕してる。しかし、足止めを受けたせいで北西の軍より先に着くことはない。
「中央軍と北部軍の一部。それがゴードンの戦力といったところか」
北部国境守備軍にゴードンは左遷されていた。
国境を守る砦将が裏切るとは思えないが、北部各地の駐屯地は別だろう。
最前線の国境守備軍には配属されず、かといって中央軍とも距離を置かれている。
出世コースとはお世辞にも言えない。地方にいけばいくほど貴族の権限は強い。
領内の問題は貴族直下の騎士が解決するため、駐屯地の軍はやることがないなんてことも多々ある。
その扱いに不満を抱いた奴らならゴードンにつくことは十分ありえる。
そうなると北部国境軍はかなり危うい。
ゴードンの反乱に合わせて藩国と王国は動き出したはず。王国はレティシアの問題を正式な侵攻理由にする気だろうが、藩国は国の体質を考えるにそういう小細工はしない。
もう北部国境に攻め入っていてもおかしくない。
北部が落ちれば帝国は取り返さないといけないが、帝都は帝国の中心。奪われたままでは各地の貴族や軍は連携が取れない。
皇帝を逃したとしても、帝都を確保したいというのはそういうメリットがあるからだ。
そしてウィリアム最後の頼みの綱。北西からの増援が近づいている。
数は八千から一万。ここでの増援は致命的だ。
父上は帝都を放棄して、宰相が用意した軍と合流したのち、帝都奪還に動くことになる。
その軍の強さを考えれば、たぶん帝都の奪還はできる。だが帝都は戦火に包まれてしまう。民のことを考えても、国の中枢ということを考えても得策ではないだろう。
「SS級冒険者が大々的に動くのはまずいだろうしな」
ギルド本部の小言なんて気にしたりはしないが、理由もなく国の内乱に参加するのは遠慮したい。
SS級冒険者というのは民の守護者。そう思われているから存在を許されている。
気ままに動いても文句を言われない。最低限のことを守ってさえいれば。
国の問題には首を突っ込むな。つまり中立でいろと言われているわけだ。俺たちは。
それは民心に配慮した結果でもある。
大陸中のすべての民の味方。それがSS級冒険者。そういうイメージをギルド本部は作っている。
その一人が対立する勢力の片方に肩入れしたら? 民はSS級冒険者を恐れるかもしれない。
俺たちSS級冒険者は大陸に住む生物の規格外。枠に収まらない者たちだ。
勇爵家のように皇帝に忠誠を誓っているわけでもない。
野放しの猛獣に等しい。害があると判断されれば討伐対象にされるのは俺たちだ。
「奴らとやり合うのはさすがに苦労するだろうしな」
SS級冒険者にはSS級冒険者。
誰が来ても最悪だ。
ここで軍を壊滅させ、被害を最小限に抑えたとしても俺と奴らとの戦いでさらなる被害が出ることは間違いない。
「やっぱり表立って動くのはなしだな」
そう呟きながら俺は再度転移門を開く。
他人を使えば犠牲は増える。俺が一人で動けば被害は減らせる。
大きなジレンマだ。
何が正しいかはわからない。
ただ一つ言えるのは、〝彼ら〟は機会を求めているだろう。国の危機にあって、何もできないのはもどかしいはずだ。
いや、国の危機は二の次か。
「大事なお嬢様のピンチだからな」
俺は転移門をくぐる。
そこはクライネルト公爵領。
その中心である領都の上空に転移した俺は、領都の脇で野営して待機する騎士団を見つけた。
その数はおよそ五千。
完全装備の騎士たちがそこにはズラリと揃っていた。
ゆっくりとその野営地に降りると、周囲の視線を受けながら俺は最も大きな天幕に入った。
中ではクライネルト公爵が鎧を身に着けて待っていた。
いつでも出陣できる状態だ。
「来たか。シルバー」
「ああ、来たくはなかったが」
「私も同じだ。来てほしくはなかった。君が来たということは帝都で反乱がおきたと言うこと。娘の危機を願う親はいまい」
「その点については問題ない。フィーネ嬢は無事だ。しかし、帝都に軍勢が迫っている。帝都内の戦いは皇帝派が優勢だが、その軍勢の到着でひっくり返されてしまう」
「君なら一撃ではないかな?」
「やれるならやっている。SS級冒険者は自由なようで自由ではないのだ」
「ふっ……冗談だ。君の立場は理解している。こうしてここにきて、我々に協力するのすらグレーゾーンだ。それでも来てくれた。感謝している」
そう言ってクライネルト公爵は笑って右手を差し出してきた。
握手だと気づき、俺も手を差し出す。
がっちりと握って、クライネルト公爵は笑う。
「意外に手は小さいのだな」
「俺も人間なのでな」
「そのようだ。いや、人間でなくても感謝は変わらん。領地を救ってくれた。娘が肩入れする皇子の力にもなってくれている。そして国の危機を知らせ、その道を作りに来てくれた。だから気にしなくていい。この一戦で私が死のうと君のせいではない。国を守るのは貴族の務め。普段からふんぞり返っているのは、こういう時に命を賭けるからだ。他の貴族は知らんが、クライネルト公爵家ではそう教わる。貴き一族と呼ばれるならば、貴き振る舞いを心掛けるのが義務なのだと」
そう言うとクライネルト公爵は置いてあった兜をかぶる。
そして剣を腰にかけ、ゆっくりと歩き始めた。
後に続いて天幕を出ると、指示が出る前に騎士たちは続々と準備を始めていた。
「馬を引け! 出陣だ!」
「……帝都の近くにある森に転移させる。敵はおそらく帝都の北側から攻め込むだろう。この軍の存在を誰も知らない。不意はつけるはずだ」
「了解した。安心しろ、これでも若い頃は戦場に出ていた。平和ボケした軍には後れは取らん」
それは事実だろう。
軍部は戦功を立てたくてゴードンに協力している。
帝国は最近、大きな戦を経験していない。だが、過去は別だ。
父上が若い頃は頻繁に他国と戦争をしていた。クライネルト公爵くらいの年代ならば、父上と共に戦場に出たこともあるだろう。
俺は巨大な転移門を複数用意する。
軍勢を移動させるにはそれだけのモノが必要だからだ。
その間にクライネルト公爵は騎士たちを集結させていた。
「平和は血を流して築かれる。それを不満に思うのは、血を流したことのない者たちか、血に酔った者たちだ。この連鎖はいつの世もやまぬ」
クライネルト公爵は騎士たちの前で語り出す。
その手に握られたのはクライネルト公爵家の旗だった。
受け継がれてきた紋章旗。
蒼と白の旗に描かれているのは翼を閉じた鳥だった。
無闇には羽ばたかない。眠れる鳥。
クライネルト公爵家にはピッタリだろう。
「しかし! やまぬからと言って戦うのをやめていいわけではない! 平和が崩れたならば、また築き上げるのみ! 共に血を流そう! 向かう先にはフィーネがいる! 一人にするな! 我らクライネルト公爵家はいつでも一つなのだから!!」
クライネルト公爵は旗を傍に控える若い男に渡した。
俺が初めてこの領地に来たとき、門番をしていたクライネルト公爵の長男。フィーネの兄だ。
てっきり居残りだと思ったが、共に出陣するらしい。
見るからに怯えているが、それでも逃げ出したりはしない。
「行くぞ! いざ帝都へ!!」
そう言ってクライネルト公爵は剣を抜き、先陣を切って転移門へと入っていった。
騎士たちがその後に続いていく。
そして全員が転移し終えたのを確認し、俺も帝都へと戻る。
すると帝都の北側では、ゴードンの援軍が姿を現したところだった。