第二百六十七話 近頃の若者
24時更新分。
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戦場からの離脱。
それは言うほど簡単じゃない。
「逃がさないわよ! アルノルト!」
「はぁ……」
しつこい姉がいるならなおさらだ。
ザンドラは大局を無視して俺のことを追いかけ続けていた。
リーゼ姉上とゴードンはぶつかり合い、リーゼ姉上の部下によって反乱軍はかなり劣勢。
そんなときに俺へ構っている暇はないだろうと高をくくっていたのだが、兵士をなぎ倒してザンドラが現れた。
そこから鬼ごっこの開始だ。
兵士たちの乱戦に巻き込まれてはたまらないと、俺は家屋の屋根に移ったが、ザンドラが魔法を放ってくるので屋根から屋根を伝って移動せざるをえなかった。
「しつこいですよ! ザンドラ姉上!」
「黙りなさい!」
「まったく……虹天玉が偽物だった時点で俺に戦略的価値はありません。俺に構うだけ時間の無駄ですよ!」
「それはどうかしらね! レオナルトとエルナに対しては人質として使えるわ!」
「あの二人が俺を人質にして止まるわけないでしょ。火に油を注ぐだけですからやめといたほうがいいですよ」
「うるさいわね! あんたの意見なんて聞いてないのよ!」
そう言ってザンドラは俺に向かって魔法を放ってくる。
頭に血が上って適当なことを言ってるだけではなく、本当に人質にする気のようで首は狙ってこない。
怒りに任せて追いかけているわけではないか。
しかし、この状況で俺にこだわるのは悪手もいいところだろう。
エルナとレオを止めたところで劣勢は変わらない。そしてリーゼ姉上は誰を人質にされようが止まらない。
流れは変わった。ここから流れを変えるだけの力は今の反乱軍にはない。
そのはずだ。だが、空ではいまだにレオとウィリアムがやりあっている。
状況分析のできるウィリアムのことだ。下の異変には気づいているはず。それすら気づけないほどレオとの戦いが白熱しているという可能性もあるが、この危うい戦況で個人での戦いにそこまで集中するとは考えにくい。
あくまで連合王国のために戦っているという印象だったしな。
となると。
「ここから挽回できる一手があるか?」
屋根から屋根に飛び移りながら呟く。
さすがにこの場の人間だけでそれは難しいと思うが……。
「ちょこまかと!」
ザンドラはなかなか動きを止めない俺にいら立った声を出す。
ここら辺は子供の頃に嫌というほど遊んだ場所で、大して街並みも変わっていない。
子供の頃に覚えた動きは大人になっても忘れない。
よく屋根から屋根を移動して、周りの大人に怒られたもんだ。そしてその大人たちから逃げるためにまた屋根を移動する。それの繰り返しだった。
たしかガイと悪さをして、ここを通って逃げたのを覚えている。
店で売られていたパンをくすねて、店主に追われたわけだが、その店主の後ろから鬼の形相でエルナが追ってきたのを見て、二人で死を覚悟したのは懐かしい。
あれに比べればザンドラなんて優しいほうだ。
「キリがないわ! いい加減に諦めなさい! アルノルト!」
「いやいや、自分の身の安全のためにも諦められないですよ」
「そう……じゃあ強制的に諦めさせてあげるわ!!」
そう言ってザンドラは、俺の進行方向にあった家屋を魔法で吹き飛ばしやがった。
これで俺の道は断たれた。
力技だなぁ。
「それなら路地裏に入るだけですよ」
「それこそ思うつぼね! 忘れたの!? 私には暗殺者の部下が大勢いるのよ! もう帝都中に潜んでいるわ! 路地裏なんて入ればすぐ捕まるわよ!」
「それはどうですかね」
「信じてないようね……いいわ! 何人か出てきなさい!!」
そう言ってザンドラが合図を送る。
一瞬、周囲に視線を走らせるが、動き出す者は現れない。
「え……? なにをしてるの!? 早く出てきなさい!」
ザンドラの声がむなしく響く。
可哀想な人を見る目で俺はザンドラを見つめる。
それに対してザンドラが顔を歪める。
「なによ! その目は! そんなはずないわ! どうして出てこないのよ!? どこよ! 私の暗殺者は!」
そんなザンドラの声に応えるように一人の男が現れた。
だが、その男は血だらけだった。
「ギュンター! どういうことよ!」
「お許しください……」
そう言って男は謝罪しながら、頭から垂れていた血を拭う。
顔をよく見ると、かつて俺を襲った暗殺者だと思い出した。
あれがあったからリンフィアが俺を助け、今に至る。
ある意味、恩人だ。
そんな風に思っているとギュンターはつぶやく。
「死神め……」
「いえいえ。私はただの執事です」
そう言って音もなく俺の後ろに現れたのはセバスだった。
今まで何をしていたのかと思ったが、暗殺者に対処していたのか。
「遅い到着だな」
「申し訳ありません。どうもお節介な性質でして。未熟な後輩たちを見ると指導したくてたまらなくなってしまうのです」
「あっそ。それで後輩たちはお前のシゴキに耐えられたのか?」
「近頃の若者はなっておりませんな。ご安心を。ちゃんと見本を示してまいりましたので」
暗殺者の見本か。
自分の殺される過程から学べというのもひどい話だ。
ザンドラの横で血だらけになっているギュンターはその中じゃ優秀なほうだということだろう。
なにせまだ生きている。
「セバスチャン……まさか………私の暗殺者たちを……」
「あれはザンドラ殿下のお抱えの暗殺者でしたか。皇族に仕えるにはあまりに未熟。いずれ足手まといになるでしょうから、私のほうで処分しておきました。お隣の男性は多少見込みはありますが、今は役には立たないでしょう」
そうセバスがいうと、ギュンターはフラフラとよろけた後、その場で倒れた。
血を流しすぎたということだろう。
セバスの攻撃は常に急所へ向けられる。
それを幾度も受けたなら血も足りなくなるだろう。
「……ふざけないでちょうだい! それほどの力がありながら、なぜアルノルトの執事なんてしているの!?」
「その質問に意味がありますかな? 手当をせねば彼は死にますが?」
「どうでもいいのよ! そんなこと!」
「どうしてアルノルト様に仕えているのかという質問にはお答えしませんが、あなたに仕えない理由にはお答えしましょう。そういうところですな」
思わず俺は噴き出して笑う。
ザンドラは顔を真っ赤にするが、俺はそれを気にせず屋根から降りて路地裏へと歩いていく。
「待ちなさい! アルノルト!」
「追ってくるならどうぞ。路地裏なんて暗殺者の主戦場ですから、十分にお気をつけて」
そう言い残すと俺はセバスと共にその場を去った。
そして誰もいない宿屋に入ると、椅子に座る。
「疲れたー……」
「お疲れ様です。今回はずいぶんとはっちゃけたご様子でしたな」
「いつもと役割が逆だったんでな。なかなかどうして本気でやったよ」
「ではどうされます? 今回は全力を封じますかな?」
「いいや、ウィリアムが撤退しない。まだ何かある。それならそれに備えるべきだろう」
「では、いつもどおりということですな」
「ああ、いつもどおり。ここからが本当の暗躍の時間だ」
そう言うと俺は銀の仮面を取り出して被ったのだった。