第二百六十五話 兄の期待
24時更新分。
出涸らし皇子のコミカライズがヤングエースUP様でスタートしました!
また出涸らし皇子の二巻発売日は1月1日ですが、時期が時期なので、おそらく、たぶん、早売りがかなり早めに出ると思います。
お店によるとは思いますが、金曜日くらいから並ぶところもあるかもしれません。本屋によったら見てみてくださいm(__)m
帝都上空では鷲獅子騎士たちと竜騎士たちで空中戦が繰り広げられていた。
状況はやや鷲獅子騎士優位で動いている。
理由はエルナによって城がほぼ封鎖され、それを打破するために空の足として竜騎士を派遣し続けているのが一つ。数騎は抜けることができたが、派遣する度にエルナが隙を見て竜騎士を斬り落とすため、どんどん数が減っていくのだ。
もう一つは竜王子ウィリアムに対して、レオが一人で善戦しているからだった。
「グリフォンに乗って数日で私と互角とはな! 末恐ろしい皇子だよ! 君は!!」
そう言ってウィリアムはレオの背後を取ろうとするが、レオは巧みにノワールを操り、逆にウィリアムの背後を取ろうとする。
飛竜とグリフォンではグリフォンの方が能力は高い。しかし、ウィリアムが乗る赤い飛竜は飛竜の中でも特殊な個体でグリフォンに迫る能力を持っていた。
ゆえにその点においての差はあまりないといってよかった。だからこそ、ウィリアムはここでレオを仕留めねばと強く思った。
まだ空中戦に慣れていないうちに仕留めねば、いずれ手の付けられない猛者になりかねない。
しかし、全力で倒しに行っているのにウィリアムはレオを仕留めきれずにいた。
「これならばどうだ!!」
ウィリアムは突然降下し、レオの下から突撃する。
それに対して、レオは効果的な対処を取れなかった。見たことのない攻撃。しかも馬よりも高速で動く生物だ。それは仕方ないことだった。
だからこそウィリアムは手ごたえを感じていた。普通ならばダメージを与えられるタイミング。
しかし、レオはウィリアムの突き出した槍をギリギリで受け流した。
「くっ!」
まただとウィリアムは歯ぎしりする。
幾度もウィリアムは動きでレオを圧倒していた。空中戦にはウィリアムのほうが一日の長がある。そこには明確な差があった。
しかし、レオはそこで無理に追いつこうとは思わなかった。
自分の役目はあくまでウィリアムという強者を足止めすること。そうすれば他の鷲獅子騎士が動きやすくなる。
動きで負けるのは当然。最後の部分でやられなければそれでいいと割り切り、防御に意識を割いているため、レオはウィリアムの攻撃を受け流すことができていた。
だが、それだけならばウィリアムとてここまで苦戦はしない。
攻撃を受け流されたウィリアムは一度距離を取って、体勢を立て直そうするが、そんなウィリアムの下からレオは突撃を仕掛けた。
それはさきほどウィリアムが仕掛けた攻撃と同種の攻撃だった。
同じ速度で上昇し、攻撃してくるタイミングで横に移動して相手の攻撃を躱す。
それを見て、レオはニッコリと笑った。
「なるほど。そうやって躱すんですね」
勉強になりますと笑うレオを見て、ウィリアムは城から飛び降りるときに笑っていたアルと重ねた。
笑みの種類は違う。
しかしそこにある迫力に差はない。どちらも他者に言い知れぬ恐怖を抱かせる。
「双黒の皇子とはよく言ったものだ……」
見ただけで動きを真似できるのは尋常ではないが、それを相手に向かって使って回避方法を学ぶなど、ウィリアムにはできないことだった。
完璧に返されてしまえば自分が危険に晒される。
帝国の双黒の皇子。どちらも能力があることは疑いようがない。だが、真に警戒すべきはその精神性。
他者を欺き、城から笑いながら飛び降りる兄に、戦闘中に敵から勉強を始める弟。どちらもまともではない。度胸があるとかそういう次元の話ではない。
畏怖すら覚えながらも、ウィリアムは槍を握りなおす。
早く倒して、地上の援護にということも頭からなくす。
今、ここで倒さねば後はない。既に技術を吸収され始めている。
「レオナルト皇子、君は強い。認めよう」
「光栄です。ウィリアム王子」
「戦場ではない場所で会いたかった。そうすれば互いに尊敬できただろう」
「今からでも遅くありません。過ちは正すべきです」
「もはや手遅れだ。君の一存で連合王国を許せるかな? これだけの被害を出したのだ。無条件では許されまい。もう退くことはできん」
「交渉する前から諦めるのはよくありません。今の帝国は敵が多い。連合王国が味方になってくれるならどれほどありがたいか」
「兄弟揃って口が上手いな。だが……被害を受けた国民は納得しない。相応のモノを求めるだろう。我が父か兄の首だ。私の首で満足してくれるなら喜んで差し出すが、私の首では格が足りない。ゆえにこそ止まれん。君を討ち、聖女レティシアを討ち、帝国の皇帝をも討つ。それが今の私にできることだからだ」
そう言ってウィリアムは槍を構える。
それに対してレオも剣を構えた。
「それならば無理やりでも止めるだけです。あなたには誰もやらせない。この帝国の空では勝手はさせない!」
静寂は一瞬。
互いに真っすぐ勢いをつけての突撃。
それが幾度も繰り返される。
帝都上空の戦いはいまだ決着が見えないでいた。
■■■
「殿下! もう少しです!」
「うん……!」
アロイスとルーペルトは第一の包囲を強行突破し、東門に近づいていた。
傍にいるのはアロイスの騎士たちだけだ。
ミツバたちは近衛騎士たちと共に包囲の手前で待機していた。
どうして二手に分かれたのか?
それはリーゼが敵の包囲に突撃を仕掛けたからだ。敵の注意はそちらに向かった。
これならば少数で一気に動くべきだとアロイスは判断し、近くの家にミツバたちを待機させた。近衛騎士たちには包囲が崩壊した場合、後に続くように指示を出し、僅かな手勢で突破を図ったのだ。
アロイスの読みどおり、リーゼに注意が向いていた敵はアロイスたちに対応ができなかった。
あっさりと突破したアロイスたちは皇帝がいるであろう東門に走っていた。
そして。
「止まれ! 何者だ!」
「アロイス・フォン・ジンメル伯爵です! ルーペルト殿下をお連れしました!」
騎士に呼び止められたアロイスは大きな声でそう告げた。
すると、騎士の後ろから声が飛んできた。
「真か! ルーペルト! 無事であったか!」
「父上……」
皇帝ヨハネスはルーペルトの姿を見つけると、すぐに傍に駆け寄った。
そして怪我がないか確認すると、強く抱きしめた。
「よくぞ無事にたどり着いた! 大した子だ!」
その言葉を聞いた瞬間、ルーペルトの目から涙がこぼれた。
多くの者が安心して泣いたのだと思ったが、それは違った。
ルーペルトはヨハネスからそっと離れると、その場で膝をついた。
「……お許しください……僕は腰抜けです……」
「どうした? 何があった?」
「ここに来る途中……クリスタ姉上やトラウ兄上を見捨てました……」
「陛下! これには理由が!」
アロイスが慌てて理由を説明しようとするが、ヨハネスは手で遮る。
そしてそっとルーペルトの頭に手を乗せた。
「見捨てたなどという言葉を使うな。その涙を見れば辛かったことはよくわかる」
「僕は……囮でした……アルノルト兄上に囮を任されました……本物の虹天玉を持っているように振る舞えと言われ……何があっても逃げろと言われました……ですが……逃げろと言われて本当に逃げることしかできない僕にどんな価値があるのでしょう……僕は皇族なのに……何もできなかった……」
国の危機にあって、重要な働きもできず、家族も民も助けられない。
どうして、自分はこんなに弱いのだろう? どうして、こんなに弱虫なのだろう?
自分がもっと強ければ。そんな後悔ばかりがルーペルトの頭の中をめぐる。
だが、そんなルーペルトの言葉を聞き、ヨハネスはまさかという表情を浮かべながらゆっくりとルーペルトの腰に下げられた袋に手を伸ばす。
そしてそれを開き、自分の手元に出す。
そこには、二つの宝玉が入っていた。
それを見て、ヨハネスはゆっくりと立ち上がる。
「ルーペルト。ワシはお前の評価を改めねばならん」
「はい……」
罰せられる。
そうルーペルトは思った。
当然だ。姉と兄を見捨てるような奴には罰がお似合いだ。
そんな風にルーペルトは思っていたが。
「さきほどは父としてお前に言葉をかけた。だが、ワシは皇帝としてお前に言葉をかけねばならん。〝よくぞ逃げ切った〟、ルーペルト皇子。これは――本物の虹天玉だ」
「え……?」
「アルノルトはお前に本物を渡していた。敵を騙すには味方からという。あやつらしい手だ。そしてお前ならば必ず逃げ切ると信じたのだろう。辛くとも、苦しくとも、お前は必ず役目を果たすと信じ、お前はそれに応えた。見事だ」
そう言ってヨハネスは膝をつくルーペルトを立たせる。
そしてその肩を強くつかんだ。
「自らを卑下するな! 誇ってよい! お前は皇族の責務を果たした! 兄の期待に応えたのだ! さすがはワシの子だ!」
「ぼ、僕は……」
「何も言うな! 言わなくていい! アロイス! よく息子を守ってくれた! この一件が終われば二人には勲章をやろう! それに値する功績だ!」
そう言ってヨハネスはアロイスも称える。
それに対して、アロイスは静かに頭をたれた。
「陛下。虹天玉がここにあるのならば急ぎましょう。アルノルト殿下が時間を稼いでいる間に帝都を出るべきです」
「うむ……アルノルトにも勲章が必要だな。あれは嫌がるだろうが」
「陛下。包囲の外にはミツバ様とジアーナ様が近衛騎士と共におります。そちらに増援を送ってはいただけないでしょうか」
「なに? 二人も無事であったか。さすがはアロイス。見事というしかないな」
そう言ってヨハネスはミツバたちのために兵を割くことを約束した。
それを聞いたアロイスはさらにもう一つお願いをした。
「それと――馬を数頭お貸しいただきたいのです」
「なに? どこへ行くのだ?」
「アルノルト殿下とクリスタ殿下の下へ行ってまいります」
「二人ならば心配いらん。リーゼロッテも向かっている」
「はい。僕程度では戦力にはならないでしょう。しかし、行かねばならないのです。僕はルーペルト殿下の騎士ですので」
アロイスはそう言うと立ち上がる。
そしてルーペルトに向かって告げた。
「行ってまいります。殿下の代わりに」
「アロイス……うん! 姉上たちをお願い!」
「はい、かしこまりました」
ニコリと笑ってアロイスは用意された馬に跨る。
そしてリーゼが空けた包囲の穴が閉じ切る前に馬を走らせた。
それを見送りながらヨハネスはルーペルトに向かって笑みをこぼした。
「よい騎士を持ったな」
「はい!」
そうして皇帝の一行は東門から帝都を出たのだった。