第二百六十一話 伸ばした手の行方
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明日は二巻のキャラデザインの公開や特典SSの情報なんかを活動報告やツイッターでやろうと思います( *・ω・)ノ
ゴードンの騎馬隊をなんとか撒き、第一の包囲の強硬突破の機会を伺っていたアロイスたちだったが、ゴードンの言葉を聞いて動きを止めていた。
「クリスタ姉上が……」
ルーペルトは城のほうを見て、茫然としていた。
しかし、そんなルーペルトをアロイスが叱咤する。
「殿下! ここで眺めていても誰も救えません! 今はやれることをやりましょう!」
「でも……僕が見捨てたから……」
「あなたは見捨てたんじゃない! 皇族として責務を果たしただけです! クリスタ殿下とて同じこと! 助けることが不利に働くと感じたから助けなかったのでしょう! その判断に疑問があるなら僕が後押ししましょう! あなたは間違っていない!」
「アロイス……」
「クリスタ殿下のことは城にいるグラウとアルノルト殿下にお任せしましょう。どちらもくせ者。上手くやってくれます」
「けど……相手はゴードン兄上だよ……? 何をするか……」
「何をするかわからないという点でゴードン殿下はあの二人の足元にも及びません。ご安心を」
そう言ってアロイスはルーペルトの気持ちを城から引き離した。
そして第一の包囲を見る。
なんとか突破してルーペルトを皇帝の下に連れていかねば。
それだけが今、アロイスの頭の中にあった。
それを支えるのはもしかしたらという言葉だった。
クリスタを攫える状況で虹天玉を逃すというのは考えられない。トラウが全力で守るはずだからだ。トラウすら守れないほど追い詰められたということだ。
しかし天球は強化された様子はない。四つ目の虹天玉で強化さえすれば、人質など不要。外から破られる心配がない以上、じっくりと時間をかけて追い詰めればいい。
それをしない理由は一つ。
奪った虹天玉が偽物だったということだろう。
その考えに至ったため、アロイスはルーペルトを一刻も早く皇帝の下へ連れていきたかった。
状況的に本物はルーペルトの手元にあるか、アルノルトが持っているか。
真偽はどうであれ、疑われる位置にいる。こんな中途半端なところにいれば囲まれかねない。
だからアロイスは城に背を向けた。
今のアロイスにできるのはルーペルトを守ることだからだ。
■■■
ゴードンの言葉を聞いた皇帝ヨハネスは血がにじむほど剣を握り締めていた。
「ゴードンめ……! 武人としての誇りも捨てたか!」
「落ち着いてください。陛下」
「ワシは落ち着いておる……! 安心せよ! 突撃などと言う気はないわ!」
「それは安心いたしました。元帥は平気でしょうか?」
「愚問だな。宰相」
そう言ってリーゼはただ静かに城を見ていた。
何も変わらないリーゼを見て、宰相フランツはとても嫌な雰囲気を感じた。
ヨハネスのように怒りを露わにしていれば次の行動も読めるが、リーゼのように感情が出ていない場合、次の行動が読めない。
まるで嵐の前の静けさ。爆発する瞬間を待っているようにフランツには思えた。
そんなリーゼは部下から望遠鏡を受け取り、城の様子を観察し始めていた。
「どうだ、リーゼ? なにか変わったことはあったか?」
「そうですね。困った弟が現れました」
そう言ってリーゼはフッと微笑み、望遠鏡をヨハネスに渡す。
ヨハネスはまさかと呟き、望遠鏡を覗きこむ。
広場の端にはクリスタと共にアルノルトがいた。
「あやつ……! なんという無茶を!」
「手にご注目を」
「手? なっ!? あれは虹天玉! わざわざ敵の目の前に持っていくとは……」
「人質代わりといったところでしょう。壊すと言われて困るのはゴードンたちです」
「国としても壊されると困るのですが……」
リーゼはフランツの言葉を聞き流す。
今は物を惜しんでいる場合ではないからだ。
そんな中、ヨハネスが呻くように叫んだ。
「馬鹿者! それ以上下がれば落ちるぞ! 戻れ戻れ!!」
「言っても届きませんよ。それにアルは成功の見込みが薄いことはしません」
「そうは言っても……あそこからどうやって逃げる……? 飛び降りたら死ぬぞ……」
「それは私には何とも言えません。ただアルにはアルにしか見えていない世界があることは事実です。きっと今もそうなのでしょう」
そうリーゼが言った瞬間。
城からアルがクリスタと共に飛び降りた。
「アルノルト!! クリスタ!!」
ヨハネスは思わず叫ぶ。
しかし、その叫びは天球の外からの轟音でかき消された。
ガラスのように砕け散った天球の向こう。
空から舞い降りる黒いグリフォンを見て、リーゼはニヤリと笑って部下に指示を出した。
「総員戦闘準備。援軍が来た。今が攻め時だ!」
「リーゼロッテ……」
「父上は近衛騎士団と共に帝都の外へ」
「……わかった。気をつけろ」
「ご安心を。弟と妹を迎えにいくだけです」
そう言ってリーゼは馬に跨ったのだった。
■■■
時間は少し遡り、帝都の北側。
ようやく帝都が見える場所にレオたち一行がたどり着いたとき、すぐにレオとエルナは阿吽の呼吸を見せていた。
「エルナ、任せたよ」
「任せなさい!」
帝都を包む天球。
それだけで異常事態は見て取れた。
ゆえにレオは上昇し、帝都へ猛スピードで向かっていく。
長い強行軍の先頭を走っていたのに、どこにそんな力があるのかと他の鷲獅子騎士たちは唖然とするが、彼らをレティシアが叱咤する。
「追います! ついてきなさい!」
レティシアはそう言って自らの鷲獅子に跨り、レオの後を追う。
主に遅れてなるものかと、少し遅れて鷲獅子騎士たちも続く。
彼らほどの速さはないものの、ネルベ・リッターの騎馬隊も速度をあげて帝都へ向かう。そんな騎馬隊の中でヴィンがため息を吐く。
「天球を壊せば虹天玉も壊れるんだがなぁ……国宝級の宝玉が最低でも三個。ちょっとは躊躇ってほしいもんだ」
「仕方ないかと。エルナ様ですので」
ヴィンの言葉にセバスが応じる。
そんな彼らの上ではエルナが右手を天に伸ばしていた。
「我が声を聴き、降臨せよ! 煌々たる星の剣! 勇者が今、汝を必要としている!!」
白い光が天より落ちてくる。
それをエルナが掴み、光は銀色の細剣へと変貌した。
「行くわよ! 極光!」
そう言ってエルナは聖剣を両手で上段に構える。
そして。
「帝都の防衛機構だか何だか知らないけど、私の邪魔を――するんじゃないわよ!!」
聖剣が振り下ろされ、巨大な光の奔流が天球を包み、天球は砕け散った。
それを見て、エルナはすぐに聖剣を消すと全速力で空を飛んで帝都へと向かう。
その後にはエルナの部下や合流した近衛騎士たちが続く。
「第四、第五騎士隊は帝都の外で待機! 天球が壊れたなら陛下は外に出るはずよ! 保護しなさい! 第三騎士隊は私に続きなさい!」
ほかの近衛騎士隊に指示を出し、エルナはさらに速度を上げる。
一刻も早く駆け付けたかったからだ。
しかし。
「一番乗りはレオに譲るしかないわね……」
エルナの視界ではレオが城へ向かって急降下していた。
■■■
帝都の上空に位置したレオは、エルナが天球を破壊する前に降下へ入ろうとしていた。
「行けるね、ノワール」
レオの言葉にノワールはもちろんと言わんばかりに鳴く。
心強いその鳴き声に後押しされて、レオは真っすぐ帝都へと降下していく。
その途中でエルナによって天球が破壊され、城の様子がよく見えてきた。
皇帝を閉じ込めるように展開された天球。そこから城は制圧されたものだと踏んで、レオは城に降下していた。
しかし、レオの視界に城から飛び降りるアルの姿が映った。その横にはクリスタもいる。
レオはただ体が反応するままに、ノワールに速度をあげるように指示を出す。
だが、すでにこれ以上ない位の速度が出ていた。人が乗っている状態では最高速度といってもよかった。
しかし、ノワールはさらに速度を出した。レオに配慮することをやめたのだ。
それをレオが望んでいるとわかったからだ。
まるで流星のように急降下を始めたノワールとレオは、一気にアルとクリスタの下へたどり着く。
速度を調整し、同じ高度でレオはアルが伸ばした手に自分の手を伸ばす。
しかし、風のあおりを受けて、中々手を掴めない。
「くっ!」
レオは焦ったように再度手を伸ばそうとするが、そんなレオとアルの目が一瞬合った。
それだけで二人は一度手を引き、同時のタイミングで手を伸ばした。
がっしりと二人は手を握り合い、アルとクリスタをレオが引き寄せる。
自分の後ろに二人を乗せたレオは、急いで手綱を引く。すでに地面はすぐ近くだった。
ギリギリのところで衝突を回避したレオたちはUの字を描くように空へと再度上昇した。
そして。
「よぉ、レオ。遅かったな。どこかで昼寝でもしてるのかと思ったぞ?」
「やぁ、兄さん。これでも急いだんだよ。それにしても、会わない間にまた危ない遊びを覚えたね。クリスタと一緒にするのはやめてほしいかな」
数日ぶりの会話はひどく軽いものだった。
互いに笑い合いながら他愛のない言葉を交わす。
「レオ兄様!」
「やぁ、クリスタ。怖かったかい?」
「うん、いろいろと怖かった……けど、落ちるのは意外に楽しかった」
「まいったなぁ。そっちは楽しいかもしれないけど、こっちは気が気じゃないんだよ?」
クリスタの返答にレオは苦笑する。
そしてゆっくりと帝都の様子を見た。
上から見れば帝都のあちこちで戦いが起きているのがわかった。
「酷い状況だね……」
「悪いな。もっと上手くやれればよかったんだが……」
「ううん、十分だよ。生きてさえいてくれれば」
そう言ってレオは剣を引き抜く。
城からは竜騎士団がレオたちめがけて飛んできていた。
「疲れてるところ悪いんだが、後始末を任せていいか?」
「もちろん。ここからは〝僕ら〟の出番だからね」
そう言ってレオは剣を構えたのだった。




