第二百六十話 最強の幼馴染と最高の弟
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やっとここまできたぁ。疲れたー( 一一)
「要求を聞こう、アルノルト皇子」
「さすがは竜王子。話がわかる」
怒り心頭なゴードンとザンドラを抑えつつ、ウィリアムが俺との交渉の席についた。
俺はそんなウィリアムに条件を伝える。
「条件はただ一つ。皇帝派の帝都撤退を見逃すこと。天球を一時解除し、俺たちを帝都の外に出してくれ」
「ふざ……けるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ゴードンは激昂する。
ここまで追い詰めたのに、見逃せというわけだし、怒って当然だろう。
皇帝を討つために虹天球が必要なのに、それを得るために皇帝を逃がしたら手段と目的が逆になってしまう。
だが。
「全員の撤退は認められない。君が約束を守る保証がないからな」
「でしょうね。言ってみただけです。それじゃあ、どこまでだったら認められますか?」
俺はおどけてみせながら、ウィリアムに訊ねる。
交渉事の鉄則として、自分から条件を言ってはいけない。条件は言わせるモノだ。
だから俺は絶対に無理な条件を最初に提示した。すでに主導権は向こうにある。
向こうが許容ラインを提示しなければ話は進まず、時間だけが過ぎていく。
それならそれで構わない。
「……最低でも君はこの場に残ってもらう。兄や妹を囮にしたんだ。自分が人質になるのは嫌だとは言うまい?」
「痛いところを突きますね。まぁそれはいいでしょう。それじゃあ俺が残り、それ以外は全員帝都の外に逃がすということで」
「それも容認できない」
「おやおや、あれも嫌、これも嫌では交渉になりませんよ?」
「そこを煮詰めるのが交渉というものではないかな?」
今にも俺に攻撃しそうなゴードンとザンドラという爆弾を抱えながら、よくもまぁ冷静に俺と交渉できるもんだ。
普通なら二人に意識が行きすぎて交渉事でボロがでそうなもんだが。
王子の身分でありながら竜に跨り、戦場を駆けるだけはある。大した精神力だ。
「では、改めて認められるラインを確認しましょう。どこまでだったら認められますか?」
「皇帝と宰相のみなら認められる」
「ご冗談を。二人を外に逃がしたあと、あなた方は天球を強化して他の皇族を抹殺する。そして側近を失った父上を仕留める気でしょう?」
「残念ながら我々も勝ちたいのでね」
ウィリアムがフッと笑う。
それにつられて俺も笑った。
惜しい人だ。ゴードン側についていなければ、この人を通じて連合王国を離反させることもできただろうに。
そんな風に思っているとゴードンが痺れを切らしたように肩を震わせて告げる。
「アルノルト……命が惜しければ早く虹天玉を渡せ……!」
「命が惜しいので渡せないんですよ」
「わかったわ。私たちはこの場を離れる。だからウィリアム王子に渡しなさい」
「笑わせないでください。遠くから魔法で狙うって顔に書いてありますよ?」
妥協案を提示してきたザンドラに対して、俺は笑いながら返す。
ザンドラは舌打ちをして俺を睨む。やはりそういう気だったか。わかりやすい奴だな。
「ゴードンとザンドラ皇女は下がっていてほしい。彼との交渉は私がする」
「その交渉というのが気に食わんのだ! なぜアルノルトごときに翻弄され、俺たちが下手に出ねばならん!!」
「俺が虹天玉を持っているからでしょうね」
「ふざけた話だ! 自分では何の力も持っていない癖に、たかが宝玉を持っているだけで俺たちと交渉だと!? 笑わせるな! レオナルトにすべてを吸い取られた出涸らし皇子! 自分では何もできず、他者に笑われるだけの存在が調子に乗るな!!」
そう言ってゴードンは剣を抜き放った。
クリスタが俺の腕をギュッと掴む。
しかし、俺は動揺を見せず、ゴードンを真っすぐ見据える。
「それで? 俺を斬りますか? その後どうするんです? 虹天玉がなければ父上を討つのは難しいでしょう。討つ前に勇爵かエルナがやってくる。そうなれば劣勢に立たされるのはあなた方だ」
「ゴードン……アルノルト皇子の言ってることは正しい。剣を収めろ」
「俺は誰の指図も受けん! 交渉など臆病者のすることだ! 力のない卑怯者が力ある者の足を引っ張るための小細工にすぎん! お前にできることは足止め程度だ! お前は何も持たない愚か者だ! どうだ!? 否定できるか!?」
「いいえ、否定しませんよ。というか、それで挑発のつもりですか? 俺が怒って兄上と決闘でもすると? 馬鹿言わないでください。俺は人生の半分以上を帝国中から馬鹿にされてきたんですよ? 今更兄上に何を言われても気にしませんよ」
「この……! お前のような者が血縁者だと思うと虫唾が走る! 皇族の面汚しめが!!」
「反乱者よりはマシでしょう」
俺は余裕を崩さない。自分の絶対的優位を確信しているからだ。
それが気に入らないからゴードンは吠えている。しかし吠えるだけでは効果はない。
ここはウィリアムに任せるべきだろうに、それすらできない。自らをコントロールできず、難事を他者に任せることもできない。
自分の力を絶対視し、自分の力で物事を解決したがるゴードンらしい反応だ。
「その口を閉じろ! いますぐ首を刎ねてもいいのだぞ!?」
「やれるものならどうぞ。たぶんウィリアム王子が止めますから」
「結局は他人頼みか! つくづく見下げ果てた男だな! お前といい、ルーペルトといい、なぜ俺と同じ血が流れていながらそうなのだ!? 卑怯で臆病で、立ち向かう勇気すら持ち合わせていない! お前たちの存在価値は一体なんだ!? 皇族は絶対的強者だ! お前らのような弱者がいるのはなぜだ!?」
「そうか……ルーペルトは逃げたか」
「ああそうだ! ルーペルトは逃げた! クリスタが捕まりそうになっている中で、助ける戦力を持ちながら逃げたのだ! あれほどの臆病者はそうはいまい!」
「あんたには一生わからんだろうさ……ルーペルトがどんな思いで逃げたかなんてな」
助けられるのに助けないというのはどれほど辛かっただろうか。
立ち向かうことの何倍も逃げるほうが難しい。その後の非難も考えれば、安易に立ち向かったほうがいいに決まってる。
立ち向かうことが勇気だと思う人のほうが大半だからだ。逃げるのは臆病者のすること。卑怯者のすること。そういう認識が常識だ。
だけど、きっとルーペルトは臆病だから逃げたわけじゃない。
勇気を振り絞って逃げることを選んだんだ。俺にそう言われたから。
「知りたくもない! あんな臆病者の気持ちなど! 何も持たぬお前らのことなどわかりたくもない! 俺は強者であり、王者だ! お前ら弱者とは違う!」
「ふん……自分は特別で、他人とは違う。そういうのは聞き飽きた。血筋が優れているから? 他者より能力があるから? それですべてが決まるなら今頃、大陸はSS級冒険者が制覇しているだろうさ」
「黙れ! 奴らは人を率いる器ではない! 俺は立場に恵まれ、力に恵まれてここにいる! その他大勢とは違う! 俺こそが至高! その証拠に多くの将兵が俺についてきた! それこそが正しい在り方だ! 弱者は強者に従えばいい! お前も弱者なりに考え、俺に従え!!」
「暴論だな。これ以上は話しても無駄だろうさ。あんたと俺は分かり合えない。俺は他者を認めない者を皇帝とは認めない。俺だけじゃない。多くの人がそうだろうさ」
「従わぬなら粉砕するまでのこと! 弱者は強者には勝てん!」
「そうか……確認しておくが俺やルーペルトは弱者なんだな?」
「そうだと言っている!」
「なら、ここで俺たちが勝てばあんたの理論は破綻する。楽しみだよ。一体、次はどんな理論で自分の優位性を確保するのか」
「なにぃ!?」
俺は一歩下がる。
元々広場の端にいた俺たちだが、もう後はない。
ここより後ろに下がれば地面に真っ逆さまだ。
クリスタが怖がるように俺に抱きついてきた。
そんなクリスタに俺は訊ねる。
「クリスタ、俺を信じられるか?」
「……いつも信じてる」
「そうか……ゴードン兄上、いやゴードン。あんたは俺は何も持たないと言った。たしかにそうだ。俺は何も持たない出涸らし皇子だ。持たざる者だろう。けどな、俺からすればあんたのほうが持たざる者だ。あんたはこの世で一番強いものを持っていない」
「個人の力に勝るモノなどない!」
「いや、あるさ。人間は一人じゃ生きてはいけない。得意なことや不得意なことはそれぞれで、性格もみんな違う。それが個性になっていく。自分の足りないところは他者に補ってもらって生きていく。だから社会を作り、国を作って、一つにまとまるんだ。その時に必要な力。それは人と人の繋がり。それを人は〝絆〟という。それで否定してやるよ。あんたをな。何もない俺だけど……俺は誰にも負けないモノを持っている。よく覚えておけ。俺の幼馴染は最強で――俺の双子の弟は最高だ」
そう言って俺は後ろに飛んだ。
体が一瞬浮き上がる感覚があり、そして落下し始める。
それと同時に外から轟音が響く。
天球全体を光の奔流が包み込み、その光の奔流によって天球はガラスが割れたように砕け散った。
そしてその砕けた天球の先。
天高く上がった眩しい太陽の光を背に、黒いグリフォンがこちらに向かって急降下してきていた。
「悪いが、面倒事は弟に押し付けると決めているんだよ」
そう言って俺は猛スピードで迫るレオを見て、ニヤリと笑って右手を伸ばしたのだった。