第二百五十九話 最後の虹天玉
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「見ーつけた」
ザンドラの部屋で虹天玉を探していた俺は、ベッドの下に窪みを発見し、そこから
虹天玉を発見した。
持てばわかる。偽物と比較すると深みが違う。これは間違いなく本物だ。
「しかし、ちょっと手こずったな」
そう言って俺は部屋を見渡す。
出したら出しっぱなしで探していたため、部屋は散らかり放題。服やら化粧品やらが部屋のあちこちに散らばっている。一目で誰かが入ったことがわかるだろう。
今更片付けるのは面倒だし、このままでいいだろう。
とはいえ。
「探したのが俺でよかったな。おっかない部屋だわ、ここ」
そう言って俺はあえて触れずに放置してある箱を見る。
禍禍しい雰囲気を発しているその箱には間違いなく呪いが掛かっている。
それだけではない。似たようなのがいくつかあった。開けようとしたらどうなっていたことやら。
「こんな魔導具もあるぐらいだしな」
そう言って俺は球型の魔道具を見る。
一見するとただの球だが、中から魔力を感じる。きっと試作品の魔道具。相手に投げつける系の物だろうな。
探していて、こういうのが山ほど出てきた。一瞬、武器庫かと錯覚したほどだ。
いくつかそれをポケットに仕込みつつ、俺は転移門を準備する。
「さてと、これで城は用なしだな」
ないはずの物を必死に探していてもらおう。
そんなことを思いつつ、俺は転移門に入ろうとする。
しかし、そんな風に俺がつぶやいた瞬間。
帝都中に声が響いた。
『帝国元帥、リーゼロッテ。聞こえるか? 聞こえているならば即刻皇帝を差し出せ。さもなければクリスタを処刑する』
転移門に入ろうとしていた足が止まる。
内容の馬鹿さ加減はともかく、その言葉が出てくるということはクリスタが捕まったということだ。
「トラウ兄さんがゴードンに見つかるヘマをするとは思えないが……」
そうは思っていても、現実としてクリスタが捕まっている。なにかあったことは間違いないだろう。
俺は転移門の行き先を変更する。
捕まったなら放置はできない。ゴードンの近くにはザンドラがいるしな。
囮にしておいて、捕まったら知りませんでは筋が通らない。
そんな風に思っていると、俺はふと北の方を見た。
そしてニヤリと笑うと帽子を被り、兵士のフリをして転移門に入ったのだった。
■■■
エストマン将軍のおかげで城の上層は取り返すことができた。
それを再度奪取しようと城内の将軍たちは躍起になっている。このままでは無能のレッテルを貼られるからだろう。
アリーダはアリーダで台座への襲撃を続けているようだ。分厚い防衛網は抜けないようだが、そのおかげで敵の最大戦力の一人、ラファエルが足止めされている。
城の状況を把握しつつ、俺は城の広場へと向かう。
広場にいる主要人物は四人。
ゴードンとザンドラ、そしてクリスタと連合王国の竜王子、ウィリアムだ。
「敵の動きを待つだけ無駄だ! 今すぐ皇帝を討ちに行くぞ!」
「やかましいと言っている! 今動けばクリスタを人質に取った意味がない!」
「元々意味がないと言っている! 帝国元帥リーゼロッテの恐ろしさはお前よりも他国の人間のほうがよくわかる! どれほど妹であるクリスタ殿下を愛していても、自分の職務を忘れるような人物ではない!」
「貴様にはわからんだろう。俺にはわかる。リーゼロッテはクリスタを溺愛している。血縁者だからこそわかることもある! 黙っていろ!」
「くっ……! ならば我が竜騎士団だけでやらせてもらう!」
「なにぃ? 玉砕するつもりか?」
「逆転の一手がもしも存在するならそれしかないというだけだ。クリスタ殿下を人質に取ったことで中立勢力は向こうに流れる。お前の評判も地に落ちた。天球が展開されているうちに皇帝を討つしかない。無理でもなんでもやるしかない」
ウィリアムはそう言ってゴードン達から離れ、待機していた竜騎士たちの下へ向かう。
哀れだな。
状況を良く見えているがゆえにゴードンと衝突してしまう。
人質を取ればリーゼ姉上が何か動きを見せるとゴードンは信じており、ウィリアムはそれはないと判断している。
そこに決定的な差がある。
あまりにも短絡的だ。根拠のない自信を抱き、信じたいものを信じる。
ソニアの父、ケヴィンの言葉を思い出す。
猪突猛進するだけの猪のような息子を将軍にするほど、皇帝陛下は甘くはない。
そうだ。ゴードンは父上によって将軍に任じられた。元からこんな調子なら将軍に任じられるわけがない。
やはり何か裏がある。しかし、今は関係ない。
どんな理由、背景があろうとゴードンは反乱を起こし、実の妹を人質に取っている。
かつてどれだけ立派な人物だったとしても、今、愚行を繰り返せば愚か者だ。
他者の意見を聞かず、認めず。自分の思ったとおりに進むことを妄想し、真っすぐに行動する今のゴードンは災厄だ。
災厄ならば――祓わなければいけない。
「伝令!! 第七皇子アルノルトを捕らえました!!」
「だからどうした!? アルノルトなど眼中にはない! あいつを捕まえたところで戦況には何の影響もない! 出涸らし皇子に何ができる? そんなことに時間を割くなら早く上層を制圧しろ!!」
ウィリアムが十分にゴードンたちから距離を取ったのを見て、俺は兵士のフリをしてゴードンとザンドラに近づく。
声色を変え、立ち振る舞いを変え、近づいた俺にゴードンもザンドラも気づかない。
そんな二人に俺はザンドラの部屋から持ち出した魔道具を投げながら告げる。
「それは残念。足止めくらいならできるつもりだったんですがね」
「それは!?」
「なに!? ごほごほ! なんだこれは……!?」
「呪いの煙よ! 吸うと体が麻痺するわ!」
自分で作った物だからか、ザンドラの気づきは早かった。
ゴードンよりもいち早くその場を離れ、球型の魔道具から漏れ出た煙から脱出する。
もろに浴びたゴードンはいまだに煙の中だ。
その間に俺はクリスタの手を引き、広場の端まで連れていく。
「貴様ぁ……! 舐めた真似を!!」
「いやいや、眼中にないと言われたのでやったまでのこと。これで少しは認めてもらえますかね? 兄上」
そう言って俺は帽子を外して自分の顔を晒す。
それを見て、ゴードンが今にも殺してやりたいという声色で告げた。
「アルノルトぉ!! 許さんぞ!!」
「アル兄様!」
「怪我はないか? クリスタ」
「大丈夫……でもリタが心配……」
「そうか……リタにも悪いことをしたな。それとウィリアム王子。動かないほうがいいぞ?」
そう言って俺は袋を取り出して、そこから本物の虹天玉をゴードンたちに見せる。
すぐにザンドラが眉をひそめた。
「ザンドラ姉上ならわかるのでは? これは本物です。必要なんですよね? なら大人しくしていてください。乱暴な行動に出られると手が滑ってしまうかもしれません。虹天玉は丈夫な宝玉ですが、さすがにこの高さから落とせば割れるでしょうよ」
「その前に貴様の首を刎ね飛ばすこともできるぞ?」
「ならやってみたらどうです?」
一瞬、俺とゴードンの視線が交差する。
ゆっくりとゴードンに近づいたウィリアムが小声で警告する。
「下手なことをするな。まだ早い」
「わかっている! アルノルト……貴様、クリスタたちに偽物を渡したな?」
「ご名答。最初から俺が本物を持っていましたよ。城の中に隠されていた最後の一つと合わせて、三つ。今、俺が持っています」
「最後の一つまで……なぜお前が持っている!?」
「探したからですよ。宰相ならきっとイラっとするところに隠しているだろうと思いましてね。ザンドラ姉上の部屋だと思ったんですよ。そしたらビンゴでした。ああ、さっきの魔道具もそこで拝借しました」
「私の部屋を漁ったってことね……ふざけてるわ! ただじゃすまさないわよ……!」
「ふざけてるのはそっちでしょう。よりにもよって妹を人質に取るとか何考えてるんです? しかし、トラウ兄さんなら逃げ切れると思ったんですが……その様子だとウィリアム王子が介入したみたいですね」
連合王国の竜王子。
噂は聞いていたがなかなかに切れ者みたいだな。
俺はウィリアムの評価を上方修正しつつ、横で不満そうな表情を浮かべるクリスタの頭を撫でる。
「悪かったな。騙すようなことをして」
「アル兄様、性格が悪い……」
「手厳しいな。まぁ敵を騙すには味方からっていうし、許してくれ」
そう言いつつ、俺は持っていた虹天玉を袋に戻す。
そんな俺を見て、ザンドラが一歩前に出てくる。
「アルノルト。ずいぶんと調子に乗ってるわね? 虹天玉を人質に取ってるつもりでしょうけど、虹天玉を落としたらあなたを殺すわよ?」
「ええ、わかってますよ。だから取引しにきたんです。俺とクリスタの無事と引き換えに虹天玉を渡します。どうです?」
「悪くない取引ね。けど、取引っていうのはある程度立場が均衡してないと成り立たないのよ? 私たちは虹天玉がなくても平気よ。あなたの思惑は外れたってわけ」
「なるほど、じゃあこれはいりませんね」
「なっ!?」
「嘘!?」
そう言って俺は袋から手を離す。
ゴードンとザンドラが目を見開き、一歩前に出る。
しかし、俺はすぐに袋をキャッチすると舌を軽く出して、二人をおちょくる。
「なーんてね。やっぱり必要なんじゃないですかー。嘘はよくないですよ? ザンドラ姉上」
「くっ……絶対に許さないわよ……!」
「怖い怖い。さて、じゃあ交渉と行きましょうか。殺されたくはないんでね」
そう言って俺はニッコリと笑って告げたのだった。