第二百五十七話 蒼鴎姫の話・下
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集められた冒険者の前に立ち、フィーネは一つ大きく息を吸った。
支部にいる冒険者の数はおよそ百人。帝都にはまだまだ冒険者はいるが、彼らは他の避難場所の警護に当たっている。
しかし、この帝都にいる冒険者のほとんどが支部の中心メンバー。冒険者ランクも高く、影響力もある面々だ。
彼らを説得すればほかも動く。
問題は彼らは生粋の冒険者であるということだろう。
「冒険者の皆さん。私に話す機会をくださり、ありがとうございます。私は蒼鴎姫、フィーネ・フォン・クライネルトです。もうご存じかと思いますが、現在帝都では反乱が起きています。反乱の首謀者は第三皇子、ゴードン・レークス・アードラーと軍部の過激派です」
現状の説明をしたあと、フィーネは冒険者たちの顔を見た。
誰もが難しい顔をしていた。
フィーネは彼らの本質をよく理解していた。自由を愛し、好き勝手生きる彼らだが、誰もが自分の流儀、信念を持って冒険者稼業に身を捧げている。
彼らを荒くれ者と呼ぶ人は多い。実際、それは間違ってはいない。彼らは荒くれ者だ。
帝都の最外層出身者もいるし、他国から流れてきた者もいる。育ちはお世辞にもいいとは言えない。
それでもフィーネは彼らを信用していた。
フィーネが最も信用する人物が彼らを信用しているからだ。
「私は皆さんに協力を求めにきました。今、帝都は大きな混乱に包まれています。皇帝陛下と共に戦ってほしいとは申しません。ただ積極的に治安維持に乗り出してほしいのです。それはゴードン殿下に楯突くことになるでしょう。万が一、ゴードン殿下が玉座についた場合、それが大きな不利益になることも承知しています。それでも……どうか帝都に住む人々のために立ち上がってはいただけませんか?」
フィーネの言葉に冒険者たちは顔を見合わせる。
彼らは曲がったことが嫌いだった。自分に嘘をついたり、他者に従う生き方が苦手だから、冒険者をやっているのだ。
そんな彼らにとってゴードンのやり方は気に食わなかった。
しかし。
「なぁ、フィーネ様。聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
そうフィーネに質問したのはやや強面の茶髪の男。
リタの剣の師匠にして、アルの幼馴染の一人であるガイだった。
「なんでしょうか、ガイさん」
「俺たちは学はないからさ。あんまり政治とかはわからないが、もちろん反乱を起こすほうが悪いってのは承知してる。けど、俺たちにとっちゃ国のトップが変わろうとどうでもいいんだ。国は冒険者ギルドには干渉しないし、冒険者ギルドも国には干渉しない。国を守るのは貴族や騎士の仕事で、民を守るのが冒険者の仕事。そういう住み分けができてたはずだ。国が傾くなら、それは貴族や騎士の責任だろ? それでさ、こんなことあんたに言っても仕方ないんだが……その貴族様の大部分はどこで何してる?」
痛いところを突かれてフィーネは押し黙る。
帝都には大勢の貴族がいた。彼らとていくらかの戦力を抱えていたはずなのに、ゴードンと一戦を交えた者はほとんどいない。
闘技場の呪いによって身動きが取れなくなったからだが、それは最初の話。
闘技場から出ることさえできれば体調は戻る。しかし、貴族たちの動きは見えない。
きっとガイたちは彼らがどうしているのか知っている。
だからフィーネは何も言えなかった。
「あちこちの避難場所に我が物顔で逃げ込んでくる貴族様が大勢いたよ。子供や老人を押しのけて、自分だけが助かろうとする奴らだ。まぁそういう奴らは全員でボコボコにしたわけだが、そんな奴らの尻ぬぐいはごめんなんだ。俺たちの力はモンスターを討伐するために磨かれたものだからだ」
「……貴族の腐敗は認めます。貴族であるということの意味を理解できず、それをひけらかすことしかできない貴族が多いことは事実です。しかし、一部の貴族だけを見て判断しないでほしいのです。中には今、この状況で命をかける貴族もいます。人はそれぞれ違う生き物です。良い人もいれば悪い人もいる。どうか負の面ばかりを見ないでほしいのです」
「わかってるさ。あんたみたいな貴族だっている。良い貴族だって大勢知ってる。けど、それでも俺たちは動けない。俺たちからすれば皇帝も第三皇子もどっちもどっちだ」
ガイはそう言ってフィーネから視線を逸らす。
誰もがフィーネと目を合わせなくなった。
それを見て、フィーネの心に暗い影が落ちる。
だが。
「どっちもどっち? 全然違いますですわ! どこに目をつけているんですの!?」
「ミアさん……」
「な、なんだ? あのおかしな喋り方の女は……」
「おかしくありませんですわ! というか、おかしいのはあなた方ですわ! この状況で皇帝と第三皇子を比べて、どっちもどっち? 馬鹿ですの!?」
「馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いんですの!? 他国の要人や民が集まる祭りの最中に反乱を起こした第三皇子と、逃げ回ることができるのにそれをやらない皇帝! 比べるのも失礼ですわ! ここに第二皇子が来れたということは、皇帝は少数の護衛で逃げようと思えば逃げられるということですわ! それをしないのは自分が姿をくらませば、民に被害が出るからですわ! そんなこともわかりませんの!?」
エリクが来れたならば、皇帝だって来ようと思えば来れる。
強制的に冒険者を巻き込むことだってできただろう。
帝都支部に兵士が入ることを冒険者は容認しない。逃げ込めば、互いをぶつけることもできる。
それ以外の場所にも行こうと思えば行ける。だが、移動すればするほど戦火は広がる。民の被害が増えていく。
「民を顧みない第三皇子と民に被害を出さないようにする皇帝! 両者の違いは明白ですわ! 皇帝があなた方を無理やり利用しないのは、あなたたちとて自分が守るべき民だと認識しているからに決まっていますわ!」
「そうだとしても! 不利益を承知で手を貸す理由にはならないだろうが! 積極的な治安維持ってことは、兵士とぶつかるってことだ! 一部の地域を確保して、そこに民を避難させるって案なんだろうが、そのためには大量の兵士を相手取る必要がある! 命がいくつあっても足りない!」
「命が惜しいなら最初からそう言いなさいですわ! 腰抜け!」
「なっ!?」
ガイはミアの言葉に頬をひきつらせる。
ほかの冒険者もミアの態度に我慢の限界といった様子だった。
しかし、そんな冒険者に対してミアはゆっくりと城を指さした。
「あそこに……軍部に制圧された城の中に皇子がいますわ。やれることがあると、あなた方が出涸らし皇子と馬鹿にする皇子があそこにいますわ」
「アルが……!? 嘘だろ! 本当か!?」
「はい、本当です……」
「あの馬鹿……!」
ガイは城を見つめながら呟く。
アルならば危険を察知してさっさと逃げたと思っていた。少なくともガイの知るアルは危険な場所にあえて残るような人物ではなかった。
唯一、ありえるのは家族が危険に晒された場合。
そういうとき以外にアルは頑張らないからだ。
「アルノルト皇子だけではありませんですわ! まだ十歳のルーペルト皇子は危険を承知で自分で囮を引き受けましたですわ! 彼らだけではなく、城では多くの人が命をかけて自分のできることをやっていましたですわ! 国のために命をかけるのは皇族ならば当然とあなた方は思うでしょう! しかし、他の国の王族はそうではありませんですわ! この国がどれほど恵まれているか!」
藩国の王族、貴族を見てきたミアにとって、帝国の皇族、貴族は同じ立場の者とは思えなかった。
保身など当たり前。自分のために国があると考える者が大半な藩国では、帝国の皇族たちやフィーネやアロイスのような貴族はまず見かけられない。
それに対して民も諦めている。王族、貴族とはそういうものだと。
そうではないとミアは義賊として立ち向かうことを選んだ。しかし、藩国の王族や貴族に帝国の皇族や貴族の十分の一でも使命感や責任感があれば、立ち向かう選択は取らなかっただろう。
そんなミアには、今の冒険者たちの態度は気に入らないものだった。
国が乱れれば冒険者とて困る。それでもこの国の冒険者が慌てないのは、どの皇族が玉座についても最低限の統治はされるだろうという常識があるからだ。
これまでそうだったから、これからもそうだろうと。そんな甘い考えが冒険者たちの間には垣間見えた。
「断言しておきますですわ! 今、皇帝についておかなければ絶対に後悔しますですわよ!!」
ミアはそう言い切った。
冒険者たちの間に少し動揺が走った。
それは好機だった。
フィーネは流れを変えてくれたミアに感謝しつつ、冒険者たちに語り掛ける。
「ゴードン殿下はこの反乱に際して、連合王国、藩国、王国の協力を取り付けています。皇帝についた後、自分を認めない諸侯はこの国々の力を借りて制圧する気です。しかし、善意でゴードン殿下に手を貸す国はありません。必ず戦争になります。戦争になれば土地は荒れ、モンスターは大量発生し、民は苦しみます。モンスターを討伐するのが冒険者の仕事ならば、大量発生を防ぐのも冒険者の仕事ではありませんか?」
「……」
ガイを含めた冒険者の面々は押し黙る。
悩んでいる。考えている。
ならば畳みかけるべきだとフィーネはさらに言葉を重ねる。
「ゴードン殿下は民に配慮しません。それは今回の反乱を見れば明らかでしょう。そして民に寄り添わない皇帝は冒険者も重視しません。帝国にモンスターが少ないと言われているのは、帝国がギルドに資金を出し、一定数の冒険者を常に確保しているからです。それがなくなれば? 冒険者は仕事を求めて他へ向かうでしょう。他に行くことができる冒険者はそれでいいかもしれません。しかし、帝国に家族がいる方は? 人手が足りない中で依頼を受ければ冒険者の死亡率も上がるでしょう」
帝国は冒険者に優しい国だ。
歴代の皇帝たちは冒険者を蔑ろにはしなかった。モンスターを討伐する冒険者たちは治世には必要であるというのと、民のためにという冒険者の理念に一目置いていたからだ。
しかし、ゴードンは治世に興味がない。
戦争を第一と考えるゴードンならば冒険者を蔑ろにしてもおかしくはない。
その危険性をフィーネは説く。
手ごたえはあった。あと一押し、もう一押し。
そう考えたとき。
その一押しは意外な形でやってきた。
『帝国元帥リーゼロッテ。聞こえるか? 聞こえているならば即刻皇帝を差し出せ。さもなければクリスタを処刑する』
魔法で帝都中にその言葉は拡散されていた。
一瞬、フィーネは背中に悪寒が走った。
目の前にいる冒険者たちが一瞬で殺気立ったからだ。
ゆっくりと彼らは城を見つめた。
「クリスタ皇女って何歳だったっけか?」
「十二歳だったはずだが」
「それを処刑か……ふざけた奴だ」
「あの野郎、家族の情ってのがないのか?」
冒険者たちは口々にゴードンへの不満を口にする。
そして彼らはフィーネの後ろにいる受付嬢に告げた。
「積極的な治安維持ならやってもいいんだな?」
「はい。エリク殿下がさきほどギルド上層部より言質を取ってくれました。民を守る積極的治安維持ならば国家への介入には当たらないと。ただし……」
「ただし?」
「シルバーさんの参加は許可できないと」
「はっ! そんなことか。ギルドの上層部も学ばねぇな。あいつが上層部の指図に従うかよ。必要なら出てくるさ」
「私もそう思います。では冒険者ギルド帝都支部は積極的な治安維持に打って出るということでいいですね? 皆さん」
「ああ、東側の中層は制圧するぞ」
「我が物顔で歩く兵士ってのも気に入らないと思ってたんだ。ちょうどいいぜ」
「俺はあの皇子が気に入らない。ぶん殴ってやりたいぜ」
「同感だ。周辺を片付けたら城まで殴りこむか?」
意気揚々と話しはじめた冒険者を見て、フィーネはホッと息を吐く。
彼らは冒険者。
気に入らないことは気に入らないと言ってしまう人種だからこそ、冒険者という職業についているのだ。
そしてゴードンは彼らの気に入らない一線を越えた。
「フィーネ様……アルは大丈夫なのか?」
「……わかりません。ただ、アル様が城にいる以上、クリスタ殿下を見捨てることはないでしょう」
「まぁアルならそうだろうな」
そう言ってガイは頭をかく。
アルとは旧知の仲であるガイはレオとエルナが帝都の外にいることを知っていた。
だからこそ、アルが無茶をしているのが意外だったのだ。
「……無茶しないといいんだがな」
きっと無茶をするだろうなと思いながら、ガイはつぶやく。
親しい者が関わったとき、アルは日ごろからは考えられないほど行動的になる。
無事でいろ。
そうつぶやいてガイは空を見上げた。
日は眩しいほど高く昇っていた。




