第二百五十六話 蒼鴎姫の話・上
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フィーネとミアは敵に追われながら帝都中層東側の中央部に向かっていた。
そこにはとある施設があったからだ。
「どこに向かっているんですの!? フィーネ様!」
「もう少しです!」
「追え! 絶対に捕らえろ!」
狭い路地裏を抜け、フィーネたちは通りに出る。
そしてフィーネは目的地を見つけた。
そこは見慣れた施設だった。
帝都の冒険者が在籍し、拠点とする場所。
冒険者ギルド帝都支部だ。
そこに向かってフィーネとミアは走る。
だが、後ろからは大勢の追手が来ていた。
このまま帝都支部に入れば、兵士を連れていくことになる。
そのことに少し躊躇ったフィーネだったが、突然、腕を掴まれて横に引っ張られた。
「きゃっ!」
「申し訳ありません。フィーネ様。少しお静かに」
フィーネを建物の影に引っ張ったのは、いつもシルバーの対応をする冒険者ギルドの受付嬢だった。
少しして兵士たちがやってくる。
「どこに行った!? 探せ!」
兵士たちはその場で散って周りを探そうとする。
しかし、彼らが周りを捜索する前に待ったが入った。
「この辺りをうろつくなんざいい度胸じゃねぇか」
「俺たちと一戦交える気で来たのか?」
通りのあちこちから冒険者たちが武器を構えて現れたのだ。
兵士たちは思わず一歩後ずさる。
「しょ、諸君らと戦う気はない! ここに蒼鴎姫が逃げ込んだはずだ! 引き渡してもらおう!」
「知らんなぁ」
「あれほどの美人だ。逃げ込んできたなら気づかないはずがないんだがな」
「誰も見てないそうだ。違うところにいるんだろ。帰ってくれ」
冒険者たちは知らぬ存ぜぬで兵士たちの話を聞こうともしない。
それに痺れを切らした若い兵士が剣を抜く。
「いい加減にしろ! ここにいるのはわかっているんだ! 冒険者風情が調子に乗るな!」
「おい、聞いたか? 冒険者風情だとよ」
「馬鹿にされたもんだぜ。仕えてる皇帝を裏切った兵士に風情といわれるとはな」
「お前さんたちよりはよっぽどマシだと思ってたんだが、俺たちの勘違いだったか?」
冒険者たちは冷ややかな視線を兵士たちに送る。
それに耐えきれず、兵士たちは次々と剣を抜いて一歩前に出る。
「ま、待て! 落ち着け!」
「落ち着いていられるか! 我々は帝国のために立ち上がったのだ! 貴様らに馬鹿にされる筋合いはない!」
「帝国のため? 笑わせるぜ。自分たちのためだろ?」
「っっっ!!」
冒険者の挑発に兵士が顔を真っ赤にして突撃しようとした。
しかし、その兵士の足元に矢が突き刺さる。
「なっ……!?」
「おっと、動かないほうがいいぞ。冒険者の弓使いは遠く離れたモンスターの目だって射抜く。人間の頭を狙うなんてあくびをしてても当ててくるぞ?」
兵士たちが周囲を見る。
すると屋根の上には十人以上の冒険者が弓を構えて、兵士たちを狙っていた。
通りに出てくる冒険者の数もどんどん増えていく。
その圧力に負けて、兵士たちはフィーネたちの捜索をあきらめるしかなかった。
「逃げましたわね」
「みたいですね。ありがとうございました」
「いえ、フィーネ様はお得意様ですから」
そう言って受付嬢はニッコリと笑う。
そしてフィーネとミアは帝都支部に案内された。
そこには逃げてきただろう市民が大勢いた。
「人がこんなに……」
「この場にいるのは避難してきた人の一部です。保護できる人数にも限りがあるので、色んな場所で手分けして保護しているんです。といっても、あまり大々的には動けないので微々たるものですが……」
受付嬢はそう言って目を伏せる。
本来、国がやらねばならぬことをやってくれている。
民のために。
その言葉をフィーネは思い出した。
「どれほどの感謝の言葉でも足りません。ご尽力に感謝いたします」
「いえ、冒険者といえど帝国の民であることは変わりありませんから。この帝都に住み、家族も知り合いもいます。できることをやるのは当然です」
フィーネは再度感謝を伝えると、支部内で保護されている民に目を向けた。
大半は老人や子供だった。親とはぐれたらしい子供の遊び相手を冒険者たちがやっている。
祭りの最中に起きた反乱なため、民への被害は想像以上に大きいのだとフィーネは実感した。
今すぐ彼らに謝罪するのは簡単だったが、謝罪をするのがフィーネの役目ではない。この混乱を収め、日常を取り戻す。それをするためにこの場にやってきたのだから。
「申し訳ありませんが、お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「遠話室を貸していただけないでしょうか? ギルド本部の方々と話がしたいのです」
フィーネがここに来た理由は冒険者の協力を取り付けるためだった。
しかし、原則として冒険者は国家の争いや揉め事には関与しない。
リンフィアにせよ、ジークにせよ、冒険者としてアルに協力しているわけではない。あくまで個人的に協力しているにすぎない。
だから、ここでフィーネが皇帝に協力してくれと頼んでも誰も了承してはくれない。
個人として数人は協力してくれるかもしれないが、それでは手が足りない。
そのためフィーネは冒険者ギルドのトップたちと話をつける気だった。
だが。
「その必要はない。今、私が交渉中だ」
そう言ってギルドの奥から出てきた人物にフィーネは目を見開く。
「……エリク殿下……」
「同じところに目を付けたようだな。フィーネ」
「そのようですね……」
数名の近衛騎士と共に包囲を突破したエリクは、早々に帝都支部にやってきていた。
そしてギルド本部との交渉に乗り出していたのだ。
「しかし、良いところで来た。ギルド本部の頭の固い連中は私がなんとかする。お前は現場の冒険者を説得しろ」
「どういう意味でしょうか?」
「私は交渉事は得意だ。ギルド本部の上層部とも繋がりがあるし、奴らの隠しておきたいいくつかの秘密も握っている。今は向こうで協議中だが、そのうち現場の判断に任せるという言質が取れるだろう。しかし、それだけでは現場の冒険者は動かん」
「……反乱が成功した場合、ゴードン殿下が皇帝になるからですね?」
「そうだ。次期皇帝に反抗すれば罪に問われるし、帝国にはいられない。支部の周りにきた兵士を追い払う程度ならやってくれるだろうが、それ以上踏み込む理由が彼らにはない」
絶対に勝てるという保証はない。
むしろ現状、ゴードン優勢なのは誰の目にも明らかだった。
そんな彼らを説得しなければ、どれだけ上層部が帝国の問題への介入を許したところで意味はない。
「私は交渉事は得意だが、説得となると勝手は違う。その手のことはお前のほうが適任だ」
「……やれるだけのことはやってみます」
「任せた。父上の命が掛かっている。どうか頼む」
そう言ってエリクは頭を下げた。
その態度にフィーネは強い違和感を覚えた。
エリクらしくなかったからだ。
城でフィーネは幾度もエリクと接してきたが、今のように温かみがあるようなことを言う人物ではなかった。
もっと冷徹で、自分以外はどうでもいいと考えている人物という印象だった。
しかし、その違和感をフィーネは封じ込めた。
今はどうでもいいことだったからだ。
大事なのは冒険者の協力を取り付けること。それ以外は二の次だった。
「正直な話を申し上げると、難しいと思います」
「私もそう思いますですわ」
受付嬢とミアの言葉にフィーネは同感だとばかりに頷く。
どこまでいっても冒険者は利で動く。そういう職業だからだ。
絶対のルールは民のために。それだけだ。
民に対して悪逆非道を働く者ならともかく、ゴードンは民に興味を示していない。
配慮もしないが、民を害そうともしていない。
説得は困難を極めるだろう。
だが、それでもやらなければいけない。
「冒険者の方々を集めていただけますか? 蒼鴎姫が話したいことがあるとお伝えください」
そう言ってフィーネは冒険者の説得という難題に乗り出したのだった。