第二百五十五話 名誉の戦傷
24時更新分。
明日もやれたら二回更新ですm(__)m
ウィリアムはクリスタを射程圏に捉えた。
ほかの竜騎士は護衛の足止めに入っており、クリスタを守るのはリタのみ。
そのリタを軽々と超え、ウィリアムは走るクリスタに並走し、その腕を掴んだ。
「あっ……!」
「クーちゃん!!」
ウィリアムはクリスタを自分の下へ引き寄せ、そのまま上昇する。
このまま城まで連れていくつもりだった。
しかし。
「うぉぉぉぉぉ!!!! 行かせないぞー!!!!」
「リタ……!!」
リタは上昇するウィリアムの竜の足にしがみつくと、そのままクリスタの下まで這い上がろうとしてくる。
それを見てウィリアムは警告する。
「手を離せ、少女よ。殺したくはない」
「少女じゃない! リタは近衛騎士だ!!」
「近衛騎士?」
ウィリアムはリタの言葉を聞いて、一瞬、子供の戯言かと思った。
しかし、その背にある白いマントを見て考えを改める。
そのマントは確かに近衛騎士のモノだったからだ。
「戯言では……なさそうだな」
「戯言なもんか! クーちゃんを解放しろ! そうじゃないと地獄までついていくぞ!」
「……帝国の皇族は羨ましいものだな」
クリスタは戦場で功績を残したわけでも、外交や政治の場で結果を残したわけでもない。ただの皇女だ。
その皇女のために命をかける者がいる。同じような年の子供が自らを近衛騎士と称し、竜騎士の竜にしがみつくという暴挙に出ている。
ウィリアムがクリスタの年の頃。このような友はいなかった。口では必ず守るという者はいたかもしれない。しかし、実際にこのように行動できる者はいなかっただろう。
「勇敢だな……その勇敢さに免じ、命は助けよう。手を離せ」
ウィリアムはゆっくりと高度を下げる。
手を離せば家屋の屋根に着地できる高さだ。
怪我はするかもしれないが、命にかかわるようなことはない。
しかし、リタはその隙を狙ってどんどん這い上がる。
「クーちゃんが一緒じゃないと嫌だ!」
「……死ぬぞ?」
「死んでも離さない!!」
リタはバランスの悪い竜の体をよじ登り、クリスタに手を伸ばす。
それに対してクリスタも手を伸ばす。
もう少しというところでウィリアムは突然高度をあげた。
それでバランスを崩したリタは、手を伸ばすのをやめて竜にしがみつくしかなかった。
「何をしている! ウィリアム!!」
ウィリアムが高度をあげたのは下からゴードンが迫って来ていたからだった。
あのままではゴードンはリタを攻撃しかねなかった。
だからウィリアムは高度をあげたのだ。
「手出しは無用! 私に任せてもらおう!」
「ふざけるな! そんなことを言っている場合か!」
「時間がないのはそちらの都合だ! そして都合ならばこちらにもある! この竜王子が子供一人を振り払うのに他者の手を借りたなどと知れたら大陸中の笑い者だ! 手を出すならば私に討たれる覚悟で出すことだな!!」
そう言うとウィリアムはゴードンから距離を取る。
そしてまた高度を下げて、リタに問う。
「そのマントは誰に貰ったモノだ?」
「オリヴァー隊長だ!」
「そうか……託されたか」
近衛騎士隊長ともあろうものが、白いマントを子供に理由もなく託したりはしないだろう。
この少女に未来を見たか。
それを潰すのは簡単だった。
しかし、ウィリアムはそれを良しとはしなかった。
「名を問おう。近衛騎士」
「リタだ!!」
「そうか、騎士リタ。そのマントはまだまだ重いようだ。そのマントは強者の証。そのマントが似合うようになったらまた会おう!」
そう言ってウィリアムは竜に備え付けられた投げ槍を持つと、刃を反転させ石突でリタを突き飛ばした。
強く突かれたリタは竜から振り落とされる。
そのまま家屋の屋根に落下していくが、リタは痛みに耐えて剣を引き抜くと、ウィリアムに向かってそれを投げつけた。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
「くっ!」
剣は正確にウィリアムの顔を狙う。
ただし速度が足りなかった。ウィリアムは首をひねってそれを回避する。しかし、刃が頬を掠り、薄っすらとウィリアムに傷をつけた。
その代償としてリタは受け身も取れずに家屋の屋根に落下した。
それを見て、ウィリアムは一言つぶやく。
「見事」
称賛の言葉をリタに贈ったウィリアムは、ゴードンに向かって告げる。
「虹天玉は手に入れた! 城へ向かうぞ!」
「よし! 俺が直々に台座に設置しよう!」
勝ち誇ったようにゴードンは宣言し、ウィリアムの部下の後ろにまたがり、共に空へ上がる。
そんなゴードンたちをトラウたちは追撃するが、空高く上がられては手出しができなかった。
空を飛ぶ魔法は高度なもので、竜と空中戦を繰り広げられる者など限られているからだ。
「くっ……! 城へ向かうであります!」
「殿下! その傷では無茶です!」
「かすり傷であります!」
そう言いながらトラウは血を流しながら城へ向かおうとする。
しかし、それをウェンディが制した。
「まずは治療が先です。殿下」
「ウェンディ女史……」
「殿下は血を失いすぎています。動いては命に関わります」
皇旗の発動でトラウは血を失っていた。その状況でこの出血である。
治療もせずに城へ向かえば、道中で間違いなく倒れてしまうだろう。
だが。
「命など不要。妹も守れずに生き残るなら死んだほうがマシであります」
「命がなければ助けられません。まずは治療を!」
ウェンディを押しのけようとトラウは進むが、ウェンディはトラウを行かせまいとその場を退かない。
そんな中、護衛の一人がボロボロのリタを運んできた。
「すぐに治療が必要です! 意識もありません!」
「リタ……」
ウェンディが抱えられたリタを心配そうに見つめる。
受け身を取らなかったせいか、右肩は外れており、そのほかにもあちこちに擦り傷があった。
それを見てトラウは歯を食いしばる。
「絶対に許さん……! 部隊を二つに分けるでありますよ。子供たちに護衛を残し、ほかは自分と城へ向かうであります!」
「殿下。あまりにも無茶です。ただでさえ少ない戦力を二つに割るのは愚策です」
「では黙って見送れと!?」
「それしか手はありません。城にいるアリーダ騎士団長とアルノルト殿下に期待するしかありません」
トラウはその言葉に反発しようとする。
曖昧な可能性に期待するのは嫌だった。
しかし、体はそれについてはいけなかった。
「ぐぅ……!?」
視界がぐらつき、トラウは立っていられなくなった。
血を失いすぎた代償だった。
「すぐに横へ寝かせてください! 私が傷を塞ぎます! リタも寝かせてください!」
ウェンディは泣きそうな表情を浮かべながら、トラウとリタの治療に入る。
ウェンディとてクリスタを助けたかった。
周りをダークエルフに囲まれていたとき、ウェンディの心は不安で押しつぶされそうだった。それを救ってくれたのはクリスタとリタだった。二人と過ごす時間はウェンディにとっては癒しの時間だった。
反乱が起きたときもクリスタはウェンディの下へ来てくれた。見捨てずにいてくれた。
どれほど嬉しかったか。
それでもウェンディは現実的な判断をしなければいけなかった。
このまま無理をさせればトラウは死ぬ。リタも危険な状態だ。
それでクリスタを助けられたとしても、クリスタは喜ばないとウェンディはよく知っていた。
だからウェンディは二人の治療に全力を注いだ。
治癒魔法はそこまで得意ではなかったが、そうも言ってられない。
幸いなことに、ゴードンが引き連れてきた騎馬隊はルーペルトたちを追っていった。
おかげで治療する時間は確保できた。
しかし、トラウたちがそこで大きな足止めを受けたことも事実だった。
また一つ、ゴードンに有利な風が吹いたのだ。それがわかっているため、ゴードンは空の上で上機嫌だった。
「はっはっはっはっ!! これで勝ったぞ!」
ゴードンの高笑いを聞きながら、ウィリアムは腕に抱えたクリスタを見る。
クリスタは身動き一つせず、ただリタが落ちた場所をずっと見ていた。
死んではいないだろうとは思うが、怪我は重いだろうことも察することができた。
あの状況で最後まであきらめず、ウィリアムの首を狙うとは。
成長すれば恐ろしい騎士になるとウィリアムは確信していた。
だが。
「しかしウィリアム、油断したな。あんなガキに傷をつけられるとは。竜王子の名が泣くぞ?」
「油断ではない。私はずっと警戒していた。だからこの首は繋がっている」
「ふっ、屈辱的な傷を受けて不機嫌そうだな?」
「私が不機嫌なのはお前の笑いが不快だからだ。この傷が屈辱的か名誉あるものか。その価値は私が決める。この傷は騎士が自分の身を顧みず、主君を守ろうとした傷だ。多くの戦場で誇り高き敵に受けた傷と何ら遜色はない。名誉の戦傷だ。この傷に対しても、与えた騎士に対しても――侮辱は許さん」
ウィリアムはそう告げると一人、隊列を離れて一足先に城へと向かう。
そして静かにつぶやく。
「敵に敬意も払えんようになったか……」
時が友を変えた。
そのことにショックを受けながら、ウィリアムはこの先が不安になった。
驕る者は必ず足をすくわれる。
それは歴史が証明していたからだ。




