第二百五十話 エストマン将軍
「あー、ねみぃ……」
「結局、夜通しの捜索でもほとんど人を見つけられなかったな……」
「わかってたことだろ? 要人はさっさと玉座の間に逃げたのさ」
末端の兵士たちに休息は許されない。
夜通しの捜索で兵士たちは疲れ果てていた。
「今日は玉座の間に行くのかなぁ……」
「そうだろうよ。ほかの場所はほとんど制圧したからな」
「でも玉座の間を守るのは近衛騎士団長って話だぜ? 俺たちなんかが行って役に立つか?」
「……死んで来いってことだろ」
一人の兵士の言葉にその場にいた大勢の兵士の顔が暗くなる。
そんな中、彼らの中から疑問の声が出てきた。
「死ぬために反乱に参加したわけじゃない……」
「俺だってそうだ……エストマン将軍が参加したというから……仕方なく……」
「やめろ。他の奴らに聞かれたら問題だぞ?」
「だけどよ……」
彼らの気持ちはよくわかる。
積極的に反乱に参加したわけではない。ただ上が反乱に参加したから、それに従うのが楽だっただけだ。
それに断れば命もなかっただろう。
末端の兵士たちに選択肢など存在しないのだ。
そしてその反乱に彼らは疑問を抱いている。なにせ成果が見えない。
多くの人質を確保できているなら、自分たちの優位を自覚できただろうが、人質にはことごとく逃げられている。
人をまとめるときに最も簡単な方法は、結果を出すことだ。結果が出ていれば多くの文句は封殺できる。
しかし、結果が出ないときは不協和音が流れ始める。
寄せ集めの集団ならなおさらだ。
「――これは聞いた話だが」
その不協和音を見逃す手はないだろう。
しれっと兵士たちの中に混じっていた俺は低い声で話し始める。
寝不足かつ、反乱という異常事態で精神をすり減らしていた兵士たちは、俺の存在に疑問を抱くこともなく俺の話に耳を傾ける。
「エストマン将軍は脅されて反乱に参加させられたらしい」
「やはりか……」
「将軍は皇帝派だったしな……そんなことだろうと思ったよ」
「問題はそれだけじゃない。どうやらそんな将軍の態度を、殿下たちは気に入らないらしい。反乱が成功したら処刑されるんじゃないかって話だ。そうなると俺たちはどうなるんだろうな……」
「なんだと!? 将軍が!?」
「ない話じゃないな……」
「将軍がいなくなったら、俺たちは他の将軍のところに送られるんだろうか……」
「肩身が狭い思いをするんだろうな……真っ先に前線に出されるぞ……」
一気に不安が溢れてきた。
それを見て、俺はニヤリと笑いながら呟く。
「せめて将軍の考えを知りたいよな」
「そうだ! 俺たちは将軍の兵なんだぞ!」
「反乱が始まってから一度も姿を見せていないじゃないか!」
「声さえ聞ければ安心できるのに……」
不安をさらに駆り立てたところで俺は彼らから離れる。
もはやこの話題は他人事ではない。
俺が居なくてもどんどん議論がされていくだろう。
こうやって俺はあちこちで噂を流していた。
今の作り話もきっと当たらずも遠からずだ。
エストマン将軍は兵士からの信頼が厚く、父上からの信頼も厚かった。
人格者と知られたエストマン将軍が何の理由もなくゴードンにつくとは思えない。
「さて……これだけ煽れば兵士たちの関心は将軍に向くだろうな」
言いながら俺は城の下へ向かう。
エストマン将軍がいるなら城の下層だからだ。
しかし、城の下層には士官たちも大勢いる。怪しい兵士を見つければ、すぐに呼び止められるだろう。
だから俺は幻術で姿を変えた。
できれば使いたくはないが、まぁ仕方ないだろう。
「好きじゃないんだよなぁ。女に化けるのは」
そう言いながら俺はザンドラの姿に幻術で化ける。
そしてザンドラの歩き方を真似つつ、俺は城の下層に侵入する。
すると一人の士官が俺に気づいて敬礼した。
「これはザンドラ殿下。人質への対処はよろしいのですか?」
「兵士たちの動きが悪いわ。将軍はどこ?」
「将軍は一杯おりますが……」
「エストマン将軍に決まっているでしょ! そんなこともわからないの!?」
「ひっ! も、申し訳ありません! エストマン将軍は部屋に閉じ込めております!」
「連れてきなさい!」
「そ、それは……その……怪我をしているので兵士たちの目に触れると動揺が……」
「私に出向けというの? 良い度胸ね。私の言うことなんて聞けないというわけ? あんたの代わりなんていくらでもいるのよ?」
そう言って俺は右手をわずかに動かす。
魔法を使う気だと察したその士官はすぐに了承して、走り去っていく。
俺の怒声を聞き、下層にいた士官たちが集まってくるが、誰も文句は言わない。
ザンドラの機嫌を損ねればどうなるかわかっているからだ。
そしてしばらくすると、数人の兵士によって担架でエストマン将軍は運ばれてきた。
なぜ担架で運ばれてきたのか。
それはエストマン将軍の左足がなくなっていたからだ。
その光景を見て、多くの士官が目を逸らす。きっと将軍の部下たちだろう。
「お、お連れしました……」
「いいざまね? エストマン将軍」
「……伯父が伯父なら姪も姪ですな、ザンドラ殿下。反乱者の血は皇族の尊い血をもってしても浄化できなかったようだ……」
「なんですって……?」
「殺すならば殺せばよろしい……」
ここでエストマン将軍を殺せば、きっとエストマン将軍の部下たちは一斉に反抗するだろう。
それを狙ってのことだろうな。
せめて一矢報いたい。そんな思いが伝わってくる。
だから俺は将軍の胸倉をつかむと、自分のほうへ引き寄せる。
「死にたいようね……? そんなに死にたいなら死なせてあげましょうか?」
「陛下最大のミスはあなたとゴードン殿下のようなお子を残してしまったことだ……」
その言葉を聞き、俺はエストマン将軍をさらに引き寄せる。
そしてその耳元で囁く。
「助けるといえば手を貸すか?」
「……何者だ?」
「流れの軍師、グラウ」
「……ジンメル伯爵に助力した軍師か……私の助けが必要か……?」
「ないよりはあったほうがマシだ」
「よかろう……」
「少し痛いぞ。上手く合わせろ」
「構わん……やれ」
そう言って俺はエストマン将軍の胸倉から手を外すと、左足の傷口付近を叩く。
「ぐぉぉぉぉ!!!!」
「減らず口を叩くんじゃないわよ! 兵士たちがどうなってもいいの!?」
「わ、私はどうなっても……兵士たちは……どうか、どうか……」
「ふん! 最初からそういう態度を取ればいいのよ! 部屋に連れていきなさい! 聞きたいことがあるわ!!」
そう言って俺はエストマン将軍を部屋に連れていかせる。
周りにいるエストマン将軍の部下と思しき者たちは、軽い殺意のこもった目で俺をにらんでいた。
良い傾向だ。
城にいる兵士がすべてエストマン将軍の配下というわけではない。
しかし、玉座の間に近い前線付近にいるのはほとんどがエストマン将軍の配下だ。
元々、城の守りを請け負っていたのがエストマン将軍であるというのと、下層に置いておくと反乱を起こされかねないという不安があるからだ。
その不安、現実のモノにしてやろう。エストマン将軍の反乱が起これば、探し物はよりしやすいし、アリーダたちへの援護にもなる。
まぁ、さすがに天球の台座の護衛にはエストマン将軍の兵士たちは使われてないだろうが、横やりが入らないだけかなりマシだろう。
そんな風に思いながら俺は部屋の中へと入ったのだった。