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第二百四十七話 やれること



 俺がクリスタたちのところへ向かうと、トラウ兄さんが口を開く。


「どうするでありますか? アルノルト」

「本物はトラウ兄さんに任せます。問題はダミーですが……」


 フィーネに預けるのも手だ。

 しかし、囮になるなら皇族のほうがいいだろう。

 そう思っているとルーペルトが一歩前に出てきた。


「僕が……引き受けます」

「ルーペルト……」


 気持ちだけが先に来ているだけなら任せられない。

 何かしなければ。

 そんな曖昧な決意では困る。

 しかしルーペルトの目にはそんな曖昧さはなかった。


「グラウに……兄上や姉上のことを頼んだんです。グラウはしっかり僕の頼みを聞いてくれた。今も城にいるんですよね?」

「ああ、下に潜んでる」

「なら、僕もやれることをやります。誰かに頼むだけなのは……あまりに卑怯ですから。僕はやれることをやります。囮なら……僕はうってつけだと思います」


 そう言ってルーペルトは苦笑いを浮かべた。

 臆病なルーペルトはたしかに囮にはぴったりだろう。

 ふと、俺はトラウ兄さんを見た。

 するとトラウ兄さんがゆっくりと頷いた。

 それを見て、フッと笑ってから俺はルーペルトの傍に寄る。


「いいか、ルーペルト。これから言うことをよく聞け」

「はい、アルノルト兄上」

「囮に一番重要なのは囮だと思わせないことだ。これは本物だ。誰が何と言おうと本物だ。それを自覚し、そう振る舞え。今、この帝都で一番大切なのはお前が持つこの袋だ。だからお前は自分の無事だけを考えろ。逃げるんだ。とにかく逃げて父上の下まで行け。それがお前の役目だ」

「はい……肝に銘じます」

「本当にわかってるか? 誰かが目の前で危機に遭っても助けちゃだめだぞ?」

「え……?」

「たとえトラウ兄さんが危険になっても、クリスタが危なくても、お前は父上のところに向かうんだ。それが敵を引き付けるし、惑わせる。いいな?」

「でも……本物が危なかったらダミーを持ってても……」

「助けに向かえばダミーだと自ら明かすことになる。自分の身の安全だけを考えろ。トラウ兄さんもお前を助けにはいかない。互いに本物として振る舞うから相手は迷う。辛いぞ? 大変だぞ? それでもできるか?」


 俺の確認にルーペルトは少し迷う。

 俺が言っているのは非情になれということだ。それが自分にできるのか、それを自問しているんだろう。

 そして答えは出たようで、ルーペルトは伏せていた顔をあげる。


「承知しました。〝本物〟を預かります」

「よろしい。頼むぞ」


 そう言って俺はルーペルトの頭を撫でる。

 そしてもう一つの袋はトラウ兄さんに渡した。


「お願いします」

「了解したでありますよ」

「トラウ兄さんはクリスタを。フィーネとミアはルーペルトを頼む。母上たちはフィーネたちと共に」


 そう言って俺は一歩引く。

 それを見てフィーネが訊ねてくる。


「アル様は……?」

「まだやることがある。元々グラウと共にやる予定だったことをな」

「隠された最後の虹天玉を探す気ね?」


 母上がそう俺の目的を見透かす。

 敵わないと思いつつ、俺は静かにうなずいた。


「宰相なら見つかりづらいところに隠したと思いますが、城の中にあればいずれ見つかります。そうなれば敵の虹天玉は四つ。聖剣でも破れるかどうかわかりません。残る虹天玉はすべて城の外に持ち出したいんです」

「大丈夫ですの? 見つけたところを捕まえられたら、相手の代わりに探してあげた、なんてことになりますですわよ?」

「それは考えている。そうならないために、アリーダ騎士団長。申し訳ないが陽動をお願いしたい」

「元々、動くつもりでした。天球のための台座を奪取しにいけばいいでしょうか?」

「そうだな。それが一番自然だろう。できるなら台座を奪取して天球を止めてほしいんだけどな」

「止めるのは不可能です。虹天玉の取り外しは皇族の方にしかできません。敵が精鋭で固める場所を突破するだけでも至難の技ですし、そこに殿下を護衛しながらという条件がつけばなお難しいかと」

「わかってるさ。悪いな。レオならその案でも行けるんだろうけど」


 俺がそうアリーダに謝罪すると、アリーダはゆっくりと首を横に振った。

 そして意外すぎることを言ってきた。


「いえ、城に残ったのが殿下で助かりました。正直、これほど大勢を外に逃がせるとは思っていませんでした。この結果は機転の利く殿下だからこそでしょう」

「まさか近衛騎士団長に褒められる日が来るとは思わなかったぞ。褒められたのは初めてだよな?」

「普段からちゃんとしていただければ褒めます。緊急時だけ真面目になるのは怠け者の証拠です。これからは普段からちゃんとしてください」

「それはできない相談だな」


 俺がそう笑うとアリーダが眉をひそめた。

 そんなアリーダに肩をすくめつつ、俺はトラウ兄さんたちのほうへ視線を移す。

 二つ目のグループはトラウ兄さんとクリスタたち。周りを固めるのはライフアイゼン兄弟を筆頭とした長兄の側近たち。

 彼らに近衛騎士の加勢は必要ないだろう。


「ではアルノルト。気を付けるでありますよ」

「トラウ兄さんも。クリスタをよろしくお願いします」

「アル兄様……またあとで」


 クリスタの言葉に俺は頷く。

 それを見て、クリスタは脱出路に入っていった。

 トラウ兄さんやリタ、ウェンディたちも後に続く。

 そしてしばらく間を開けて、ルーペルトたちの番がやってきた。


「では、アルノルト兄上……グラウによろしくお願いします」

「ああ、伝えておく。アロイス。ルーペルトを頼んだぞ?」

「はっ。必ずお守りいたします」


 そう言ってルーペルトとアロイス、そして騎士たちが通路に入った。

 その後には母上たちが続く。


「アル。死なない程度に無茶をしなさいね」

「難しいですねぇ」


 俺の返答に母上は笑いながら通路へ入っていき、ジアーナは俺に頭を下げてから通路に入る。

 一応、母上たちの護衛ということで近衛騎士も数名ついていく。

 残るはフィーネとミアだ。


「ミア、フィーネを頼んだぞ」

「任せてですわ。そちらこそ大丈夫ですの? あの陰湿な軍師だけでは頼りないと思うですわ」

「裏で動くなら少数のほうがいいんだ」

「ではとっておきの方法を教えてあげますですわ。いいですか? 危なくなったら助けてと叫ぶんですの。きっと誰かが助けてくれますですわ」

「ミアらしいな……覚えておこう」


 俺はそう言うとフィーネに視線を移す。

 フィーネは無駄なことは言わない。

 ただいつものように一言告げた。


「ご武運を」

「ああ」


 短い会話のあと、フィーネたちも通路に入る。

 残るのは城の使用人たちだ。

 ただ、彼らを送り出すのは近衛騎士たちに任せよう。


「では俺も行くとするよ」

「本当は殿下の単独行動など認めたくないのですが……結果を示した以上は文句も言えませんね」

「俺は人質になっても価値がないからな。自由に動ける。それが俺の強みだ」

「だとしても過信は禁物です。捕まれば即殺されるかもしれません。勝算がないと見れば、すぐに私のところへ。必ずお守りします」

「わかった。そうするよ」


 アリーダの言葉に頷き、俺は笑いながら謁見の間を出る。

 そしてその足でアリーダが斬り倒した兵士たちの死体の山へ向かう。

 そこから状態が良い軍服を選び、俺はその死体から軍服を引きはがす。

 気持ち悪い行為だが、手頃なところにある軍服がこれしかないし、仕方ない。

 俺はそれを抱えて、玉座の間から離れていく。

 そして隠し通路に入ったところで、魔法でその軍服の汚れを落とし、その軍服を身に着けた。

 最後に帽子を被れば完璧だ。


「さてと、潜入作戦といくか」


 ニヤリと笑いながら俺は隠し通路を歩く。

 まさか敵も皇子が兵士に成りすますとは思ってはいまい。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] これアルノルト、敵を騙すならまず味方からをやってる気がする
[良い点] 毎回とても楽しく拝見しております。展開に飽きがなく、ストーリーのまとまり、一話一話の話の繋がりが配役の立ち回りも含めて精緻に考えていらっしゃると思いました。 [気になる点] 実はルーペルト…
[良い点] ここまで一気読みしちゃいました! [一言] 軍に成り済ます皇子ってどこかにいたような……ww 冷徹でラスボス臭のする第二皇子……??
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