第二百四十五話 脱出路
上層に転移して、玉座の間の近くまで来ると、そこではミアたちがフィーネのことを待っていた。
「フィーネ様!!」
「ミアさん」
フィーネの姿を見つけたミアがフィーネの胸に飛び込んだ。
「よかったですわ~……! フィーネ様の身に何かあったらどうしようかと思ってましたですわ~!」
「大丈夫です。アル様が助けてくれましたから」
「助けられたということは近くに潜んでいたということですわね!? もっと早く助けてほしかったですわ!」
「無茶言うな。隠し通路はどこにでもあるわけじゃないんだ」
ミアにそう答えつつ、俺は母上に頭を下げる。
「ご無事でなによりです。母上」
「ええ、フィーネさんたちのおかげよ。二人で逃げなさいと言ったのだけど……困った子たちね」
「そうですね。けど……いつもそれに助けられています」
打算で動く俺とは違って、フィーネは自分の価値観で動く。
正しいと思えば動くし、正しくないと思えば拒否する。
それは時としてこちらの意図と外れてしまうが、それゆえに俺では導けない結果に導いてくれる。
今回も俺は母上の優先順位を下に見てた。しかし、ミアとフィーネは母上の下へ真っ先に向かってくれた。
最優先だったのはテレーゼ義姉上だったが、もしもテレーゼ義姉上の下に二人が向かっていたら空振りで終わっていたし、母上も無事だったかどうか。
結局は結果論ではある。しかし、人の命が掛かっている事柄は結果がすべてだ。
「で、殿下……ルーペルトは……?」
「ご安心を。すでに玉座の間にいます」
「ああ……感謝いたします……」
ルーペルトの無事を聞き、ジアーナは目に涙を浮かべた。
母上はそんなジアーナにそっと寄り添う。
俺はそんな母上に問いかける。
「クリスタについては訊かないんですか?」
「トラウゴットが傍にいるのだもの。平気よ」
「まぁそのとおりではあるんですがね」
トラウ兄さんへの妙な評価の高さを感じて、俺はため息を吐く。
トラウ兄さんの幼少期をよく知っている者は、大抵トラウ兄さんの能力は認めている。
皇太子と共に育ち、同じ教育を受けて育ったことを知っているからだ。
問題となるのは本人の性格。
気分屋の極致にいるような人だからな。能力があっても発揮されることはほとんどない。
宝の持ち腐れもいいところだが、それがトラウ兄さんの良いところでもある。
「では行きましょうか。このグループが最後ですから」
そう言って俺たちは玉座の間に向かったのだった。
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「ご無事でなによりです。殿下」
「騎士団長もな。どうだ様子は?」
「殿下が下へ向かったあと、数回襲撃がありましたが、それ以来パタリと動きが止んでいます」
「ザンドラが中層に来たからだろうな。指揮系統が混乱したんだろう」
そう言って俺はアリーダと共に玉座の間へ入った。
中には第三妃カミラとテレーゼ義姉上、ルーペルトにクリスタとトラウ兄さん。そのほか護衛や要人、城の使用人など大勢がいた。
「ルーペルト! ああ、よく無事で……!」
「母上もご無事でよかったです……」
ルーペルトの姿を見つけたジアーナは傍に駆け寄って抱きしめる。
親子の感動の再会だ。
そこまで大げさではないが、クリスタも母上に駆け寄ってきた。
「お母様、ご無事でよかった……」
「クリスタもね。よかったわ。怪我はないわね」
とりあえず城の中で人質になりそうな人間は全員集められたな。
状況的に見て、藩国と連合王国の要人は敵側だろう。城にもいなかったしな。
「あら、ミツバさん。無事だったのね、よかったわ。心配したのよ?」
「ありがとうございます。カミラ様」
感動の再会中にカミラが笑顔で母上に声をかける。
どの口がそれを言うんだと聞いてみたいが、今はそこに突っ込んでいる暇はない。
「トラウ兄さん。騎士団長に城の状況は伝えてくれましたか?」
「もちろんでありますよ」
「そうですか……じゃあラファエルが裏切ったというのも聞いてるな?」
「はい。裏切るような人物とは思えませんが、オリヴァーが嘘を言うとも思えません」
「この際、なぜ裏切ったかは問題じゃない。裏切ったという事実が大切だ。ラファエルの部下がどれだけラファエルについたかはわからんが、第十騎士隊がすべて敵側と想定したほうがいいだろう。そうなるとここも万全ではない」
「そうですね。彼の相手をするとなれば私も自由には動けません」
「その間に物量で押し込まれたら終わりだ。足手まといがこれだけいるからな」
そう言って俺は玉座の間を見渡す。
どうにか玉座の間に逃げ込んだ使用人たちは一様に不安そうだった。
ここも安全ではないと俺が宣言したからだな。
そんな俺に対してアリーダはどうするのかと視線で訊ねてきた。
「というわけで――脱出するぞ」
「というわけでと言われても、脱出路がありませんが?」
アリーダがそう俺に言ってくる。
その口ぶりから察するに皇帝の脱出路を教える気はないんだろうな。
まぁ当然か。一度使えばその道はもう危険で使えない。
城を制圧された場合、外に通じる隠し通路からの侵入は有効な一手となる。
それをアリーダの独断で潰すわけにはいかない。
アリーダの立場なら仕方ないだろう。
まぁそれはわかっていたし、そこに期待もしていない。
俺はアリーダに対してニヤリと笑うと、玉座の間の隅へ向かう。
そしてそこの仕掛けを発動させて、隠し通路を出現させた。
「脱出路ならここにある。ピッタリなのがな」
「……ど、どこでそれを?」
初めてアリーダが表情を崩した。
驚きと戸惑いの混じった表情を見て、俺は満足そうに頷く。
「十一年前に父上が教えてくれた。一生、使うことはないと思ったんだがな」
「陛下ご自身が……いくら皇子とはいえ教えるなんて……」
アリーダが額に手を当ててため息を吐く。
近衛騎士団長という立場なら頭の痛い話だろうな。
よりによって俺に教えているというのが悩みの種だろう。ほかにどんな秘密を、誰に漏らしているか確認する作業がこの事件が終わったら始まるだろうな。
「……知っておられたなら隠すことではありませんね。たしかにその通路は外に通じています。ではその通路から皆さんは脱出するということでよろしいですね?」
「ああ。問題はそこまで大きくない通路ということだな」
元々は皇帝と側近が脱出するためのものだ。
大勢が通るようにはできていない。
この人数で移動するとなるといくつかのグループに分かれる必要があるだろう。
「では、最初は私とテレーゼさんが行きましょう。近衛騎士の護衛もつけてもらいます」
当然と言った様子でカミラが告げた。
それに対して俺は眉を顰める。
一つの道を使う以上、最初に出た奴のほうが見つかりにくいに決まっている。
「この場合、皇族が先だと思いますがね?」
「優先すべきは人質としての価値です。テレーゼさんが人質になったら困りますよね?」
「ならテレーゼ義姉上とクリスタが最初に行きましょう」
「最も価値ある人質が一緒にいるのは好ましくありません。別々にすべきだと思いますよ。私はクリスタ殿下と一緒に向かっても構いませんが」
そう言ってカミラは蛇みたいな目でクリスタを見つめた。
クリスタは思わず母上の後ろに隠れる。
個人的な話をすればカミラは一番最後にしたいところだが、妃としてはこの場で最上位だ。
それはできない。
仕方なく俺はため息を吐いて了承した。
「わかりました。一番手はお二人と周りの者でどうぞ。近衛騎士もしっかりと護衛につけます」
「感謝します」
「いいえ、ただしやってもらうことがあります」
「なんでしょうか? 私にできることなら何でもやりますが?」
そう言ってカミラはにこやかに笑う。
そんなカミラに対して、俺はニヤリと悪い笑みを浮かべる。
悪いが俺はやられたらやり返す主義なんだ。
母上を囮にしたことは忘れない。
「騎士団長。玉座の後ろに飾ってある虹天玉はダミーだな?」
「はい。あれはダミーです」
玉座の後ろには見せつけるように虹色の宝玉が二つ飾られている。
知らない者ならばあれが虹天玉だと思うだろう。しかし、いくら玉座の間とはいえそこまで大胆に置いておくわけがない。
だからあれはダミーだ。
しかし、兵士たちには見分けはつくまい。
「じゃあ、あのダミーを持って行ってください。近衛騎士が大勢護衛につく一団が持っていれば、兵士たちも騙されてくれるでしょう」
「なんですって……?」
俺の言葉にカミラが信じられないといった表情を浮かべた。
なにせ囮になれと言われたんだからな。
しかし、自分でやったことだ。
ちゃんと報いは受けてもらおう。