第二百四十四話 助け
ザンドラの後ろに俺はグラウの姿で回り込んだ。
フィーネが上手く状況を作り出してくれた。
グラウとして魔法を使うのは評判的に問題だが、シルバーとして理由なく城に現れるよりは百倍マシだ。
そう思いつつ、俺は右手に魔力を込める。
だが、その瞬間。
「甘いのよ!」
ザンドラがこちらを振り返って、鞭で攻撃を仕掛けてきた。
魔力の込められた鞭は速度も威力も尋常ではない。
俺は咄嗟に後ろに下がって、その鞭をよけた。
「私相手に不意打ちなんてできるわけがないでしょう!」
「さすがは元帝位候補者といったところか。腐っても皇族なだけはあると褒めておこう」
「元帝位候補者……? あんたは殺すわ! 私は将来の皇帝よ!」
「現実的でない目標を掲げるのは感心しないな」
俺の挑発にザンドラは怒りを露わにして、鞭を幾度も振ってくる。
それをよけつつ、俺は反撃のチャンスをうかがう。
シルバーとして戦うわけにはいかないため、一撃で仕留めるということはできない。
どうやって倒すべきか。
いくつか策を考えていると、ザンドラがしびれを切らして魔法を放ってきた。
それは風の魔法。ザンドラが得意な魔法だ。
鋭い刃となったそれをザンドラは俺に投げつけてくる。
間一髪避けると、俺は一歩踏み出す。
ザンドラは魔法戦や中距離での戦いは得意だが、接近戦は弱い。
魔力で強化さえすればどうにでもなる。
そう踏んでの接近戦だった。
しかし、俺の体はそこで動かなくなった。
「なに!?」
「はっはっはっはっ!! 魔導師相手に接近戦なんて使い古されたセオリーを警戒していないとでも思った!? 当然、防衛策を講じてるわよ!」
下を見れば影が俺の足を縛っていた。
舌打ちをしながら俺はその影を引きちぎるが、それは致命的な隙だった。
「終わりよ!」
「くっ!」
ザンドラが先ほど放った風の刃。
それが俺の背後から戻ってきていた。
咄嗟に俺は体を捻るが、左腕が風の刃によって斬り飛ばされた。
噴き出る血を見て、ザンドラは高笑いを浮かべるが、それに対して俺はニヤリと笑う。
「何がおかしいのかしら? 痛みで気でも触れた?」
「痛み? なんのことだ?」
俺は気にした様子もなくザンドラのほうへ進む。
ダメージを感じていない俺にザンドラは一歩引くが、その間に俺は左腕を復活させた。
「そんな!?」
いきなり生えてきた腕にザンドラは驚きを隠せないようで、一歩どころか二歩も三歩も下がっていく。
「どうした? その程度か?」
「くっ! ふざけないで! 腕が生えたところで首は生やせないでしょ!!」
そう言ってザンドラは俺の首を風の刃で斬り飛ばす。
床に落ちた俺の首を見て、ザンドラは勝ちを確信した。
「ざまぁみなさい! 自分の回復能力に驕った結果ね!」
「驕る? なんのことだ?」
俺はザンドラの言葉に床から応じる。
飛ばしたはずの首が意識を持って喋っている。
その状況にザンドラの顔に初めて恐怖が浮かんだ。
「そん……な……」
「どうした? 首を飛ばしても死なない人間は初めてか?」
「嘘よ! そんなわけないわ! あんた人間じゃないわね!? デュラハンなの!?」
「違う。俺は人間だ。少し人とは違うがな」
そう言って俺は体を動かして首を抱える。
そしてゆっくりとザンドラに近づいていく。
そんな俺に対して、ザンドラは恐怖を感じながらも光球を作り出し、それを俺に投げつけた。
「塵になれば回復もできないでしょう!!」
ザンドラの言葉どおり、光球をまともに受けた俺は塵になってしまう。
それに対してザンドラは笑わない。
まだまだ警戒しているといった様子だった。
しかし、数秒、数十秒と待っても俺が復活しないのを見て、ようやく緊張の糸を解いて笑った。
「ざまぁないわね」
「自分の話をしているのかな? ザンドラ皇女」
そう言って俺は後ろから声をかける。
ザンドラは恐怖に駆られて後ろを振り向くが、そこに俺はいない。
あるのは黒い煙のみ。
しかし、それがどんどん集合して人の形をとっていき、やがては俺へとなった。
「そんな……」
「さて……ザンドラ皇女。鬼ごっこは得意かな?」
言った瞬間、俺の体から大量の黒い煙が飛び出てくる。
ザンドラは危険を感じて猛スピードで廊下を走り始めた。
「はぁはぁ……そんな、そんな! 嘘よ! 嘘に決まっているわ! あんな化物が存在していいはずないわ! きっと何かカラクリがあるはずだわ! 私の禁術をくらって生きてるなんてありえないわ! ありえない! ありえない!!」
「ザンドラ殿下! ご無事ですか!」
「無事じゃないわよ! このグズども! 早くあの化け物を!」
駆け付けた兵士と魔導師たち。
そいつらを見つけてザンドラはホッと息をつく。
少なくとも足止めになると思ったんだろう。
しかし、そいつらは俺の煙に触れた瞬間、溶けていった。文字通り、体が溶けたのだ。
「ひっ!?」
「逃げ場はないぞ、ザンドラ皇女」
「くっ! この!! 誰か! 誰かいないの!? 早く私を助けなさい! 私は皇女よ!! ザンドラ・レークス・アードラーがここにいるわ! 助けなさい! 助けた者には一生遊んで暮らせる金と地位をあげるわ! だから私を助けなさい! 助けるのよ!!」
そう言ってザンドラはわめく。
それを見てフィーネが訊ねてきた。
「グラウ様……これは……?」
「幻術だ。しばらくは幻術の中で俺と鬼ごっこだろうな」
そう言って俺はその場で立ちながらぶつぶつと呟いているザンドラを見つめる。
後ろを取った時点でザンドラには幻術をかけた。
本人は破ったつもりのようだが、それは俺の幻術の中の出来事。
他人に悪夢を見させる幻術は、心が壊れかねないのであまり使いたくはないんだが、まぁザンドラならいいだろう。
これでも皇族の一人で凄腕の魔導師だ。
いずれ自分で破るはずだ。
「ザンドラ殿下を……どうするのですか?」
「人質としての価値はないし、殺してしまえばゴードンがザンドラの配下を吸収するだけだ。殺すのは簡単だが……殺すよりはゴードンといがみ合って足を引っ張り合ってくれたほうが色々と楽なんだ」
幻術にかかったザンドラを配下たちは見捨てないだろう。
どうにか安全なところへと考えるはずだし、それだけで十分な足止めになる。
俺の言葉を聞いてフィーネはホッと息を吐く。
俺が殺すかもしれないと思ったんだろう。
殺すのだって手だ。簡単で、安易な一手。
しかしそれで解決することは何もない。
問題の根幹はザンドラではない。ザンドラの命では何も取り戻せない。
ならばわざわざフィーネの前で殺す価値はないだろう。
「罪人は法によって裁かれるべきだと思います。すべてが終わった後に皇帝陛下がザンドラ殿下を裁くのが筋かと」
「そうだな。それまでザンドラが生きてればの話だけどな。俺たちはともかく、リーゼ姉上はこの親子を見逃しはしないだろうさ。確証はないが、こいつらは第二妃の死に関わっている。敵対したとなればリーゼ姉上は容赦しないだろう」
それはもう仕方ないと割り切るしかない。
俺としても死んでほしくないわけではない。ただ今、殺すのはデメリットがデカいというだけの話だ。
状況が変わり、殺すことにデメリットが発生しないなら容赦はしないだろう。
それをきっとフィーネは望まないが、フィーネは特殊な事例だ。
ザンドラの策謀に巻き込まれた者、この反乱に巻き込まれた者はきっと死刑を望むし、父上も死刑を告げるだろう。
遅いか早いかの問題だ。
今、死んでおくほうがザンドラとしても幸せかもしれない。
人々の怨嗟を一身に受けて死ぬことになる。
それこそがザンドラにはふさわしいと言えばふさわしいともいえる。
「とりあえず、しばらくこいつはこのままだ。今のうちに玉座の間へ急ごう」
「いえ、後宮からはミツバ様とジアーナ様しか連れ出せませんでした。城に繋がる道を壊してきたので、そこに視線は集中してるはず。隠し通路を使って第三妃様とテレーゼ様を救いにいきましょう」
フィーネの言葉に俺は苦笑する。
危うかったというのにまだそれだけ頭を巡らせていたか。
成長したもんだ。
しかし。
「いい案だが、第三妃とテレーゼ義姉上はもう玉座の間にいる」
「え? どうやって……」
「母上を囮に使って、さっさと後宮を出たのさ。気に食わないことにな。だから、君以外は玉座の間にいる。母上たちも順調に近づいているしな」
探知結界で位置を確認したとき、母上たちは玉座の間の近くまで来ていた。
兵士たちの動きがかなり鈍かったのはザンドラがこの階にいたからだろう。
ザンドラが乱入し、兵士たちを動かしたせいで配置が大きく乱れたのだ。
ザンドラはゴードンの部下ではなく、協力者だ。しかしザンドラとしてはゴードンを勝たせる気はないし、ゴードンもザンドラを信用していない。
互いに互いをけん制し、警戒しているし、足を引っ張り合う。
水と油みたいな連中だ。上手くいくわけがない。
「では上手くいったんですね!」
「ああ、君のおかげだ。よくやってくれた。本当に助かったよ」
「いえ、私はアル様の真似をしただけです。大したことはしていません」
「俺の真似はそこまで楽じゃないと思うんだがな」
そう苦笑しつつ、俺はフィーネを自分の方に引き寄せる。
そして転移門を出現させた。
周りに人がいないなら隠し通路で時間を掛ける必要はない。さっさと飛ぶとしよう。
「さて、脱出の時間といこうか」
「はい!」
そう言って俺とフィーネは城の上層へ転移したのだった。




