第二百四十一話 価値
敵を片付けたミアはすぐにフィーネのほうを見た。
「怪我はありませんかですわ?」
「はい。おかげ様で。ミアさんは大丈夫ですか?」
「あの程度なら楽勝ですわ。私、一度に大勢を相手にするのは慣れていますから」
さらりととんでもないことを言うミアにフィーネは苦笑する。
藩国で義賊をするミアは常に数の上では劣勢だ。
一度に大勢を相手にするのは珍しいことではない。
大勢を倒す術はもちろん、できるだけ大勢の利が活かせない立ち回りも心得ている。
周りが敵だらけの今の状況にはうってつけの人材といえた。
アルが大金を使って陣営に引き込むわけだとフィーネは改めて納得した。
「ミツバ様、ジアーナ様。ご無事でなによりです」
「フィーネさん……どうしてここへ?」
「もちろんお二人を助けるためです」
「私たちに人質の価値はないわ。私たちは足手まとい。すぐに二人で移動しなさい。あなたはあなたの価値をもっと知りなさい」
ミツバの言うことは事実だった。
ミツバとジアーナが人質になったところで皇帝は揺るがない。
帝都にレオがいるならばミツバの人質の価値は上がっただろうが、レオは帝都の外。アルは人質が必要だとすら思われていない。
だからこそ二人の価値は低い。よほどフィーネのほうが人質としての価値は高い。
ゆえにミツバは自分を守らなくていいとアルに告げたし、今もフィーネに少ない人数で逃げろと告げている。
アルの母らしい判断だとフィーネは思った。
自分のことを客観的に見れてしまい、価値をつけてしまう。そしてその場で冷静な判断ができてしまう。
素晴らしいと言う人もいるだろうが、フィーネは悲しかった。
アルにしろ、ミツバにしろ、もっと自分を大事にしてほしかった。他者には優しいのに自分には優しくないのはある意味、理不尽だと思えたからだ。
そしてそう思ったのはフィーネだけではなかった。
「この母にしてあの皇子ありですわね。わが身が可愛くて何でもする人も問題ですが、我が身が大事でない人も問題ですわよ?」
「……今は大局を見るべきなの。行きなさい」
「お断りですわ。ここまで来たなら何が何でも連れていきますわ。勝手に自分の価値を決めるならご自由に。私たちも勝手に助けるだけですわ! あなたの息子にも同じことを言ってきたところですもの!」
ミアの言葉を聞いて、ミツバは困った表情を浮かべた。
どう説得するべきか。説得する時間ももったいないのに。そんな表情だ。
そんなミツバにフィーネはニコリと笑って提案した。
「歩きながら話したほうがよいかと」
「……みたいね」
この場の説得をミツバはあきらめた。
この場にフィーネを長く留まらせることを嫌ったのだ。
そしてその場にいる全員で移動を開始する。
当然ながら大人数で移動すれば兵士たちの目に触れる。
しかし、ミアはその兵士たちが視界に入ると同時に魔弓で吹き飛ばしていった。
むしろ兵士が見つけるより、ミアが見つけるほうが早いほどだった。
「ええい! 広すぎですわ! 隠し通路は使えないんですの!?」
「アル様がいないので無理です。走って抜けるしかありません」
「こんなときにあの皇子は何をしているんですの!?」
広く入り組んでいる後宮を抜けるのは一苦労だった。
それに対して文句を言うミアに対して、フィーネは何も答えない。
今頃、アルは城で暗躍している頃だからだ。
そんな風に喋っていると、城に繋がる一本道までフィーネたちはたどり着いた。
「ここを抜ければ城です! でも油断しないでください! 城のほうが兵士は多いはずですから!」
「了解ですわ!」
そう言ってミアは先頭を切って走ろうとするが、何かに気づいて立ち止まる。
そして静かに告げた。
「設置型の呪いですわ。十や二十どころじゃないですわね……」
一本道を埋め尽くした魔法。
それは禁術に指定されているはずの呪いだった。
それを見破ったミアはゆっくりと後ろを振り向いた。
「ずいぶんと性根が悪いですわね?」
「そうかしら? そこを必ず通るのだから罠を仕掛けるのは当然だと思うのだけど?」
「そうではありませんわ。後ろで罠に引っかかるのを笑いながら見ていることを言ってるのですわ」
そう言ってミアは後ろから現れた人物をにらむ。
特徴的な緑の髪を持つ女性。
その女性を見てミツバがつぶやく。
「ズーザン……」
「ごきげんよう、ミツバ。どこに行こうというのかしら? まずはあなたの息子のせいで軟禁された私に謝罪すべきじゃない?」
「あなたが軟禁されたのはあなたの責任であって、私の息子たちのせいじゃないわ」
「そう? 私の見解は違うわ。あなたの息子が私の兄を捕らえたりしなければ、私はみじめな思いをしなくて済んだし、私の娘は玉座に近づくことができたわ」
「そういう見解なら分かり合えないわね。それで兄が反乱に失敗したから、今度はゴードンの反乱に加担したの? 節操がないわね」
「黙りなさい。すべてあなたのせいよ。あなたの育て方が悪かった。教えるべきだったわね。自分の身分が卑しい以上、息子たちも卑しいのだと。周りの皇族とは根本的に価値が違うのだと教えないからこんなことになるのよ?」
ズーザンの言葉にフィーネが眉をひそめた。
嫌味ではなく、本気でそう思っている声色だったからだ。
貴族という地位を特別視する人間がフィーネは嫌いだった。
先祖が特別な地位にふさわしい功績を残したがゆえの貴族。そう幼き頃から教わってきたからだ。その功績を汚さぬよう、そしてその地位に恥じない功績を残せるように努力するのが貴族の責務。
自らの特権階級を誇るのが貴族なのだとしたら、そんなものは存在しないほうがマシだとさえ思っていた。
「怖い目をしてどうしたの? 蒼鴎姫。というか、あなたもそんな目ができたのね? 正直、意外だわ」
「できるなら……私は常に笑っていたい。笑っていられることばかりだったらどれほど素晴らしいか……けれど世の中はそんなに甘くはない。帝都に来てよくわかりました。そして学んだんです。笑っているためには戦うことだって必要なのだと。第五妃ズーザン。私はあなたを認めない。あなたの娘であるザンドラ皇女も認めない。そんな考え方をする者が皇帝になる未来など、クライネルト公爵家の者として認めません」
「口だけは立派ね? 認めないならどうするの? 戦うのかしら?」
そう言うとズーザンは軽く手をあげる。
すると潜んでいた大勢の兵士が現れた。
一本道を通れない以上、逃げ場はなかった。
そんな中でもフィーネは怯むことはなかった。
「ミアさん!」
「かしこまりましたですわ!」
そう言うとミアは一本道に向かって矢を放つ。
分散した矢は設置された魔法に直撃していき、どんどん破壊していく。
一撃で自分が用意した罠がすべて破壊されたことにズーザンは驚くが、すぐに顔をしかめながら指示を出した。
「突撃しなさい! 絶対に逃がさないで!」
「走ってですわ! 私が足止めを!」
「いいえ! 上です!」
そう言ってフィーネは一本道を走りながらミアに上を示す。
ミアはそれだけでフィーネの考えを理解した。
「妙案ですわ!」
そのままミアは上に向かって無数の矢を放ち始めた。
無数の矢による攻撃に天井は耐え切れず、徐々に崩れ始める。
それでもミアは攻撃をやめない。
そして。
「く、崩れるぞ!?」
「ひ、退け!」
フィーネたちに迫っていた兵士たちは崩れる天井の下敷きにならないように、退かざるをえなくなった。
そして天井はガラガラと崩れ去った。
城に繋がる一本道の出口はその瓦礫で封鎖されてしまったのだった。
それを見て、ズーザンは激昂した。
「何をやっているの!? すぐに退かしなさい! 絶対に逃がさないわよ! ミツバ!!」
「すごい叫んでますですわ……」
「しばらく足止めになるはずです。ミツバ様、ジアーナ様。これから走り続けることになります。大丈夫ですか?」
「体力の話なら不安だけれど、泣き言も言ってはいられないでしょう。頑張るわ」
「わ、私も頑張ります」
ミツバとジアーナの言葉を受けて、フィーネはミアのほうを向いて頷く。
「階段はきっと封鎖されています。強行突破で行きましょう」
「わかりやすくて良い作戦ですわ!」
そう言ってミアはウキウキと弓を構えたのだった。




