第二百四十話 向き不向き
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時間は少し遡る。
天球が展開される少し前。
後宮に侵入したフィーネとミアは、すでに後宮の中に大量の兵士が入っていることに驚いていた。
部屋に潜み、二人は兵士の様子を窺う。
「中々の数ですわ……」
「真っ先に後宮の制圧を狙ったのでしょうか? それにしては数が半端な気もします」
フィーネは静かに敵の意図を分析する。
まず状況を把握し、そこから分析。いつもアルがやることだ。
後宮は広い。それに対して侵入している兵士の数は半端だった。
後宮の妃たちを真っ先に確保しに動いたとするならもっと動員するべきだ。しかし、そうではない。
ならば狙いは別にある。
その狙いは何か?
狙いは後宮という広い場所ではない。もっと限定的な場所だ。
「ミツバ様の確保? それだと向かう場所がおかしいですね」
兵士たちが向かっている場所、そして集中している場所はミツバの部屋とは反対だ。
そこからフィーネは一つの推理を立てた。
「閉じ込められた人物の救出が一番可能性が高そうですね」
「閉じ込められた人物?」
「第五妃ズーザン様と第二皇女ザンドラ殿下です。天球の発動には皇族の血が必要です。ゴードン殿下は性格的に城に構えて指示を出すタイプではありませんし、きっと皇帝陛下の前に直接出向くでしょう。そうなると城で天球を発動させる皇族が必要になる……だからザンドラ殿下たちを解放に動いた。当たらずも遠からずというところだと思います」
天球を発動させてから動くということも考えられるが、ゴードン以外の協力があったほうが動きやすいはず。
そうフィーネは考えて、ミアにこれからの動きを伝えた。
「各妃の確保が目的でないならまだ猶予があります。一気にミツバ様の下へ向かいましょう」
「了解ですわ。他の妃はどうするんですの?」
「後宮にいる妃様は五人。第三妃様から第七妃様まで。そのうち第四、第五妃様は敵側。味方なのは第六妃様と第七妃様。動きが読めないのは第三妃様です」
部屋から出て真っすぐミツバの部屋へ向かう。
堂々と廊下を歩くが、兵士たちとは反対方向なため大丈夫だろうとフィーネは踏んでいた。
なにより敵と遭遇してもミアがいる。
今は慎重に動いて時間を失いたくはない。敵が動く前にミツバと合流できれば脱出の難易度は大幅に下がるからだ。
「第三妃様というと……第二皇子殿下の生母ですわね?」
「はい。アル様が最も警戒している殿下の母君ですから、この状況で何もしないとは思えません」
エリクの母。
それだけで最大限の注意を払う存在であることは間違いなかった。
この機に乗じて何かするのか、それともいち早く脱出しているのか。
何らかの動きがあると漠然と思いつつ、具体的にその何かを上げることはできない。
「アル様なら的確に予想できるのでしょうが……」
「フィーネ様はすごいですわ! 私、全然わからないですもの!」
「すごいですか? ならお手本が良かったんだと思います。帝都に来る前の私は考えることが苦手でしたから。今も得意ではありませんけど」
フィーネのやっていることはすべてアルの模倣だ。
一番傍にいる人物であるフィーネは、アルという手本を見て、真似ることができる。しかし、その見取り稽古にも限界はある。
子供の頃から他者を欺き、さまざな方面で頭を使ってきたアルと平和に領地で暮らしてきたフィーネでは経験値が違う。
いくら良く見たところで完璧に真似することはできないのだ。
アルのように敵の狙いを分析し、それを的確に読み切るのはフィーネには無理な芸当だった。
しかし、落ち込みこそすれ、それが問題だとフィーネは思っていなかった。
あくまでそれは付加価値。できたほうがいいに決まっているが、できなくても何も変わらない。
人には向き不向きがある。それを今のフィーネは知っていた。
「私も考えるのは苦手ですわ! もっと考えられるようになったら楽なのにといつも思いますですわ!」
「人間は足りない生き物です。完璧ではないからこそ、得意不得意が発生する。しかし、それでいいんです。他者が他者を補うのが人の在り方なのだから」
だからアルはレオを応援する。
他者が他者を補うのが人の在り方ならば、助けてあげたいと思える人物こそが王にふさわしい。
皇帝は完璧でなくてもいい。周りにいる者が補佐さえすればそれでいい。
補佐したい、助けたいと思えるならばそれでいいのだ。
それがアルの考え方であり、レオが皇帝に推される理由。
しかし、二人は双子。
ベクトルこそ違うが特性はとても似ている。
レオもアルも他者に応援される資質を持っている。
レオはより高みを目指す姿に、アルは足りないながらもその中で頑張る姿に。
周りは惹かれていく。
レオを押し上げようと周りは頑張り、アルを引き上げようと周りは頑張る。どちらが好ましいかは結局は好みだ。
しかし、二人の間には決定的な差がある。
皇帝になる気があるかどうか。それは皇帝の第一条件であり、必須条件でもある。
レオは皇帝になることを選び、アルはレオを応援することを選んだ。
何かが違えば逆の世界線もあっただろう。それでも成り立つのがあの兄弟だ。
だが、この世界ではアルは応援をする立場を選んだ。
ならばそんなアルを傍で応援するのが自分の役割だとフィーネは思っていた。
そして。
「だからこそ――他者に頼らず、自分の力だけを頼みとする人を皇帝にするわけにはいきません。力を貸してもらえますか? ミアさん」
「今更ですわ。この弓はすでにあなたに預けているのですわ」
ミアの答えを聞き、フィーネは笑みを浮かべた。
そんなフィーネにミアは静かに告げた。
「走ってくださいですわ。すぐに終わらせていきますですわ」
そう言ってミアは弓を構えて後ろを向く。
そこでは兵士たちがもうそこまで来ていた。
フィーネはその兵士をミアに任せて、ミツバの部屋に急ぐ。
そしてミツバの部屋にたどり着いたフィーネは、ミツバの部屋に駆け込んだ。
「ミツバ様! ご無事ですか!?」
「フィーネさん!? 逃げなさい!」
ミツバの部屋にはジアーナもいた。
しかし居たのは二人だけではない。
武装した侍女や女衛兵が敵味方に入り乱れていた。
ミツバとジアーナを守る侍女や女衛兵もいれば、殺そうとする者もいる。
部屋は一種の戦場だった。
すでに刺客が差し向けられていた。
ここで時間をかければいずれ兵士たちもやってくる。
急がねば。
そうフィーネが思ったとき、一人の女衛兵がフィーネに気づいてフィーネの傍による。
「蒼鴎姫だ! 捕らえろ!」
「フィーネさん!」
ミツバの言葉が部屋に響く。
しかし、伸びてくる手にフィーネは何もしない。
自分が抵抗するだけ無駄だとわかっているからだ。
そして――その必要がないということも理解していたからだった。
「お願いします。ミアさん」
「お任せですわ!」
フィーネの後ろから現れたミアは、フィーネに手を伸ばしていた女衛兵を蹴り飛ばす。
その一撃で女衛兵は部屋の壁まで吹き飛ばされた。
それを見て、一瞬、その場の注意がすべてミアに向いた。
「みんな似たような恰好で分かりづらいですわね。フィーネ様の味方なら武器を捨てなさいですわ。じゃないとみんなまとめてドーンですわよ!」
ミアはそう警告して弓を構える。
その弓からは強い魔力が発せられていた。
まずいと感じたミツバはすぐに命令を発した。
「武器を捨てなさい!」
ミツバの言葉を受けて、ミツバとジアーナを守っていた侍女と女衛兵たちはすぐに武器を捨てて、ミツバたちの傍に駆け寄る。
残された敵側の侍女と女衛兵はミアに対して武器を向けるが、その武器が活かされることはなかった。
「拡散する矢を見たことがありますかですわ」
ミアはそう言って眩い光を放つ魔力の矢を放つ。
それは無数に拡散して、その場にいた敵を残らず壁まで吹き飛ばして無力化したのだった。