第二百三十九話 よい位置
二日も休んですみませんでしたm(__)m
今日から再開です!
あとツイッターで二巻の書影も公開されました! 興味があれば見てください!
天球が発動した時点で、リーゼはゴードンとの一騎打ちをやめにして皇帝の護衛に回ることを選択した。
そんなリーゼに対してゴードンは嘲りの笑みを浮かべた。
「どうした? 逃げるのか? 〝元帥〟」
「どう取ってもらおうと構わん。私はここにお前を倒しにきたのではなく、父上を守りにきたのだ。そんなことも分からんからお前はいつまで経っても将軍なのだと知るべきだな」
手痛い返しを受けたゴードンは歯ぎしりをしながら、部下に追撃を命じるが、ゴードンの部下はリーゼの部下を突破することができなかった。
元々不意打ちを受けたせいで混乱していたうえに、それを落ち着かせるべきゴードンがリーゼに足止めをくらっていたせいだ。
そのため、ゴードンは追撃の前に部隊の再編成をするはめになった。
その時間でリーゼはいち早く皇帝と合流していた。
「父上。ご無事ですか?」
「なんとか〝今は〟な」
含みをもたせながら皇帝ヨハネスは空を見上げた。
帝都を覆う天球がこれほど不気味に映ったのは初めてのことだった。
皇帝になって二十五年。
稼働テストで天球を使うことはあったが、まさか自分を閉じ込める目的で使われることになろうとは。
思わずため息を吐きながらヨハネスは隣にいるフランツに問いかけた。
「これも計算通りか?」
「一応想定はしていましたが……最悪ではありますな。天球がここまで早く展開されたとなれば、城にいる近衛騎士がやられたか……もしくは裏切ったのでしょう」
「前者であることを願いたいものだ」
「私もそう思いますが、今は行動するときです。元帥、申し訳ないのですが拠点を確保していただけますか?」
「既に東門は確保している」
フランツの言葉にリーゼはすぐに答えた。
この場にいる部隊とは別の部隊が脱出路のために帝都の東門を制圧していたのだ。
帝都はぐるりと壁に囲まれているため、空を飛ばないかぎりは四方の巨大な門からしか出ることはできない。
当然、敵もそれがわかっていたため、門には戦力を集中していたがあくまで保険。
奇襲をかける側という認識があったため、リーゼの別動隊に奇襲された門の護衛部隊はあっという間には崩れ去った。
しかし。
「どこまでいっても多勢に無勢。外に用意している部隊では天球の破壊は不可能だぞ?」
「陛下が帝都から動けなくなった場合は勇爵が迎えにきます。それまで耐えていただきたい」
「帝都に向けて聖剣を使わせるのか?」
「使いたくはない手ですが、仕方ありますまい」
できればその手を使わずに脱出したかった。
そのためのリーゼであったが、もはや脱出は不可能。
外側からの強引な助けを期待するしかない状況だった。
「宰相にしては珍しいな。いつも強引な手は避けるというのに」
「なりふり構ってはいられませんので……この一件が終わればこの命でもってお詫び申し上げます」
「宰相のせいではない。この状況でさらに気が滅入りそうなことを言うな」
「いえ、私の責任です。帝国の膿を出してしまおうと思いましたが……帝国は思った以上に膿んでいた。それに膿ませる元凶も姿を現していない様子。このような状況になったこと自体が私の責任なのです」
リーゼを呼べば対処できる案件だとフランツは考えていた。
ゴードンの反乱程度ならば予想通り。そのうえでフランツはその裏に潜む者も炙りだしたかった。
フランツはゴードンを過小評価してはいないが、それでも大がかりな反乱を成功させられる人材とも思っていなかった。とくに最近は自らの力を過信することが多かったため、反乱しても力任せ。より強い力で押さえつければ対処できないと踏んでいた。
実際、ゴードンのみの反乱ならばリーゼだけで事足りた。
しかし、その反乱に近衛騎士たちまでもが乗った。軍部も予想以上にゴードンに賛同した。
ゴードンだけではこうはならない。ゴードンだけではなく、ザンドラが加担していたとしても被害が大きすぎる。
姿の見えぬ暗躍者がいる。いるかもしれないと思っており、炙りだそうとしたが、慎重なその暗躍者は決定的な場面でも尻尾を出さなかった。
結果、成果が得られぬまま、ゴードンの反乱が勃発してしまったのだ。
長く帝国を安定させてきたフランツにとって、これは手酷い敗北であり、自分の命をもって償うべき失態だった。
だが。
「この一件での責任問題は後日だ。それに……我が息子が反乱を起こしたのだ。ワシの責任が一番重い」
ヨハネスはそう言って前を向く。
嘆くのは簡単であり、下を向くのも簡単だ。
しかし、それではゴードンに討たれることを待つだけになってしまう。
混乱を引き起こし、その後始末もせずにこの世から退場することを先人たちは許さないだろう。
皇帝ならば問題に対処するのが筋というもの。
「ここでワシが討たれれば、反乱が有効なのだと後世に伝わってしまう。それだけは避けねばならん。ワシは絶対にここでは死ねん」
「ご安心を。死にたいと言っても死なせる気はありませんので」
リーゼはヨハネスにそう告げると、周辺にいる兵士たちに東門への撤退を命じた。
周囲にはこの反乱のことを知らない兵士や帝都守備隊の者たちが集まっているが、リーゼは彼らを自分の部隊には加えない。
敵か味方か判断はできないからだ。
移動するリーゼと皇帝たちをただ茫然と見つめる彼らは、この場で一番信用ならない存在であったのだ。
だからこそ、リーゼは大声で告げた。
「周辺にいるすべての兵士に告ぐ! 自らが皇帝と帝国の民に忠義を尽くす兵士だというならば民を守れ! この混乱に乗じて民に狼藉を働く者は誰であろうと皇帝陛下の敵である!」
馬にまたがり、リーゼはそう触れ回った。
直接、指揮下にいれることはできないが、浮かせておくには惜しい戦力。
だからこそ、リーゼは彼らに指針を与えた。
民を守れ。
その言葉を聞き、多くの者がそれぞれ行動を開始した。
闘技場に取り残された観客の避難を誘導したり、恐怖で動けなくなった者たちを助けたり。やるべきことはたくさんあった。
その中で自然と彼らは軍服を脱いでいった。
詳細を知らない民たちは、ゴードン皇子と軍が反乱を起こしたと思っていたからだ。
軍服を着ていては怖がられるため、民と接するには軍服を脱がねばならなかったのだ。
「これで少しは民たちの避難も進むでしょう」
「うむ、問題は城だな」
「事態が長引けば向こうはゆっくりと城を制圧できます。門を拠点とした我々に手を焼けば人質を用いるやもしれません」
「……ワシは大丈夫だ。リーゼロッテ、お前は平気か?」
リーゼが敵にいる以上、ゴードンが狙うのはその妹であるクリスタであることは間違いない。
それに対する確認だったが、リーゼはそれを鼻で笑う。
「私は弟妹たちを信じます。皆、大人しく人質にはならないでしょう」
「……そうか」
「ご安心を。もしもの時は覚悟しております。父上を守ることが最優先です」
「……すまんな」
皇帝の言葉にリーゼは静かにうなずいた。
そして自分も城へ視線を移す。
心配でないわけではない。
ヨハネスがまだ若かった頃は、他国との戦争も多かった。
ゆえに皇族は若くして戦場に立たされた。だが、ヨハネスが落ち着きはじめてからはそういう戦争もなくなり始めた。
そのため、若い皇族は戦場を知らない。
アルとレオですら初陣という形で戦場に参加させられたのは、山賊の討伐だった。それも本人たちがほとんど必要ない形を整えたうえで、だ。
しかし、リーゼは知っていた。
自分の知らないところで弟妹たちは成長しているのだと。
「頼んだぞ」
一人呟き、リーゼは自分のすべきことに集中した。
今は皇帝を守ること。それが自分のできることだった。
ゴードン相手に負けるとは思えないが、長引けば兵士も疲れてくる。
数の暴力と疲労には人間は勝てないものだ。
何日持たせられるか。その間に援軍が間に合うか。
帝都の内にいる者たちにも期待したいが、それ以上に外にいる者に期待しなければいけない。
幸い、外側にはうってつけの人材を抱えた者もいた。
「双黒の皇子か……この大事な局面でよい位置にいるのは計算なのか偶然なのか」
外にはエルナと共にいるレオ。内には城を知り尽くしたアル。
二人の位置は敵にとっては厄介であり、味方にとってはありがたい位置だった。ゆえに二人のこれからの動きが重要になってくる。
レオの成長は誰もが知るところ。しかし、二人は双子。レオが著しく成長しているならばアルも著しく成長していることは間違いない。リーゼはそのことを確信していた。
しかし、どちらが動くにせよ、時間がかかる。
できるだけ時間を稼がねば。
そう自分に言い聞かせて、リーゼは皇帝たちを連れて、緊急の拠点とした東門に入ったのだった。