第二百三十八話 過去の世代
12月3日の24時更新はパソコン壊れたくさいのでお休みしますm(__)m
「お久しぶりでございます。トラウゴット殿下」
「マルクスとマヌエル、殿下の御前に参上いたしました」
扉が開かれると、その前で二人の男が片膝をついてトラウ兄さんに挨拶した。
どちらも明るい金髪に同じ色の瞳。
兄のマルクス・フォン・ライフアイゼンは精悍な顔立ちの美丈夫。
弟のマヌエル・フォン・ライフアイゼンは柔和な顔立ちで、兄よりも童顔なためかなり若く見える。
皇太子の両翼として、皇太子を支え続け、いずれは帝国の重鎮になるはずだった逸材。
皇帝すらその才を惜しみ、しかし、皇太子以外には仕えなかった夢追い人。
彼らを動かせるのは唯一、トラウ兄さんだけだろう。
「ご苦労であります、二人とも。無理な頼みを聞いてくれてありがとうであります」
「何を仰います、殿下。あなたは亡き皇太子殿下の弟君」
「あなたの危機とあらばどこへでも駆け付けましょう」
「兄への忠誠。感謝するであります。そしてその忠誠を利用したことも謝罪するであります。ここで誓うでありますよ。自分はもう二人に対して兄の名は使わないと」
二人の心は亡き皇太子に向けられている。それをトラウ兄さんははき違えたりはしない。
だから兄への忠誠を感謝したし、もうこの手は使わないと誓ったんだ。
人心掌握術としては最高の一手だろうな。
打算でやってれば大したもんだが、きっと打算ではなく自然と出た言葉だろう。
本心から長兄への忠誠を利用したことを申し訳ないと思っているんだ。
そんなトラウ兄さんだからこそ、二人はやってきたんだろう。
「この階は我々と部下たちで制圧いたしました。すぐに移動いたしましょう」
「わかったでありますよ。アルノルト、子供たちを頼んだでありますよ?」
「はい」
トラウ兄さんはそういうと部屋を出る。
その後にライフアイゼン兄弟が続く。部屋を出ると、二人の部下らしき面々が周囲を警戒していた。
数は十人ほどだが、全員皇太子の元部下だ。どいつもこいつも立ち振る舞いから強さがにじみ出てる。
しばらく実戦から離れていたとはいえ、全員がA級冒険者とやりあえるぐらいの強さは持っているだろうな。
そいつらを束ねるライフアイゼン兄弟はさらに強い。兄のマルクスはかつてはリーゼ姉上と打ち合えるほどの実力者だし、弟のマヌエルだってAA級冒険者程度の実力は持っている。
実戦感覚は鈍っているだろうし、全盛期ほどの力はないにしろ、このタイミングでこれだけの戦力がいるのは助かる。
「マヌエル殿」
「呼び捨てで結構です。アルノルト殿下」
「じゃあマヌエル。城には兵士のフリをして潜入したのか?」
ライフアイゼン兄弟もその部下たちも軍服を着ている。
帝国軍の黒い軍服だ。
俺も考えていた手だが、この様子を見る限りばっちり成功しているようだな。
「そのとおりです、殿下。彼らはゴードン殿下の下に集ってはいますが、誰が仲間かは上にいる者しか知りません。なので末端の兵士は仲間の見分けがつかないのです。といっても合言葉程度は決めていたそうですが」
「どんな合言葉だ?」
「〝ザンドラ殿下のために〟だそうです。尋問して聞きだしたものですし、それで通じていたので本当にそれが合言葉なのでしょう」
「ザンドラ? 協力関係だからか?」
「それは定かではありません。ですが、現在ゴードン殿下は城の外です。しかし天球は発動しました。他に皇族の協力者がいるということです。この場にいる方を除くとなるとザンドラ殿下が最も可能性が高いでしょう。それにお二人は長く対立関係でした。ゴードン殿下の反乱で、ザンドラ殿下の名を口にする者はいないので合言葉に選んだのかと」
マヌエルの説明に俺は一つ頷く。
ザンドラがゴードンと手を組んだのはほぼ確定的と見るべきか。
しかしそれは兵士たちには知られていない。だからザンドラの名を合言葉にいれた。
合言葉として質はお世辞にも高いとは言えないが、難しくしすぎても混乱が生じる。
このぐらいが限界だったんだろうな。
「兵士たちの中には困惑している者も大勢いました。大多数は上官の命令に疑問を持ちながらも従っているといったところでしょう。出ている命令も城を制圧せよ、城内の者はすべて捕らえよという漠然としたものでした。詳細な命令が出ている部隊はごく少数だと思われます」
「統制は取れていないということか」
「ゴードンをフォローするつもりはないでありますが、寄せ集めの軍を統制するのは至難の業でありますよ。今回、反乱に参加している将軍たちは過激派。戦争を望むのは武功を立てたいから。出世欲、名誉欲にまみれた者たちであります。自分に利があるからゴードンを支持しているわけで、そういう面子を統制するのはゴードンでなくても難しいことなのでありますよ」
トラウ兄さんがそう説明する。
その言葉を聞き、リタがふむふむと頷く。勉強しようと思っているんだろうが、たぶんわかってないな、あの顔は。
とはいえ難しい話であることも確かだ。
利を求める者を操るのはたやすい。しかしそれが集団になると困難になる。
なぜか?
利を求める者には利を見せれば付き従う。しかしそれが集団となると、それぞれの利が微妙に違ってくる。
一つの利を示すだけでは不満が出て、綻びが生じるのだ。
とはいえ。
「ゴードンはそれを承知で、放置するタイプの人間です。他者を信用せず、自分の力を頼むゴードンにとってみれば、自分についてこない者は用済み。代わりはいくらでもいると思っているでしょうからね」
「的確ですな。昔はもうちょっとマシだった気がするでありますが、最近は特に酷い。傲慢で他者を見下すから信用もしない。他国を利用した反乱は悪手であります。ゴードンは力でねじ伏せる気なのでしょうが、反乱を起こせば内に災いが生じる。さらに外からも狙われる。良いことなんて一つもないでありますよ」
「それでもゴードンは決起した。ザンドラと手を組んでまで。そうしたのは追い込まれたからでしょうね」
そして追い込んだのは俺とレオだ。
少なからずこの反乱に俺たちは責任がある。
もっと上手く立ち回れなかったのか。そう思わざるをえないが、今は後悔しても仕方ない。
もう火事は起きたのだ。火を消すのが最優先だろう。
そんなことを思っていると、先頭を歩いていたマルクスが全員を制止した。
「出てこい。いるのはわかっている」
そうマルクスは曲がり角を見ながら告げる。
するとそこから人が現れた。
腹を包帯でぐるぐる巻きにしたその男は、血の気が引いて土のような顔色だった。
着ているのは白いマント。
第八近衛騎士隊長、オリヴァー・フォン・ロルバッハがそこにはいた。
「懐かしい顔がいるようだ……」
「オリヴァー隊長!? どうしたのだ!? その傷は!?」
オリヴァーはライフアイゼン兄弟とは同年代だ。
彼らが皇太子と共にあちこちを駆けまわっていた頃から、オリヴァーは近衛騎士隊長として父上に仕えていた。
当然、顔見知りの仲だ。
「はぁはぁ……第十近衛騎士隊長……ラファエルが裏切った……」
「馬鹿な……ラファエルは皇帝陛下を本当の父のように慕っていたはず……」
「俺もそう思っていた……だが違ったようだ……どうかこの情報を騎士団長に届けてくれ……俺はもう歩けん……」
そう言ってオリヴァーは壁に寄り掛かって、ずるずると腰かけた。
壁には血がつき、オリヴァーはもう残り少ない血を口から吐く。
相当な深手だ。
ここにいるということは追手とも戦ったんだろう。
もはや助からないのは一目瞭然だった。
「……オリヴァー隊長。帝国への忠義、感謝するでありますよ」
「よしてください……トラウゴット殿下……まんまと嵌められた愚か者に感謝など……俺は何も守れなかった……恥ずかしいかぎりです……」
オリヴァーは自嘲的な笑いを浮かべる。
長く父上に仕えてきたオリヴァーにとって、今回のことは最大の失態だ。
そして挽回するチャンスももうない。
誰もが言葉を失っていた。
だが、リタだけは違った。
「恥ずかしくない! リタはすごいと思う! あなたは諦めずにここまで来たんだから!!」
そう言ってリタはオリヴァーの手を握った。
思っていた以上に冷たかったのか、びっくりした表情を浮かべたが、その手を離したりはしない。
「……まさか子供に慰められるとはな……」
「リタは子供じゃない! 騎士候補生! 将来はクーちゃんの近衛騎士になるんだ! あなたみたいに諦めない騎士になる!!」
その言葉がどれほどオリヴァーを救ったか。
オリヴァーはリタの言葉を聞き、フッと笑うと力を振り絞って立ち上がった。
「子供にそこまで言われては……恥ずかしい姿は見せられんな……」
「うん! 一緒に玉座の間に行こう! 手当すればきっと!」
「俺はもう……助からん……だから一緒にはいかん……」
そう言うとオリヴァーは白いマントを脱ぐ。
そして手に持っていた剣で血の付いた部分を切り裂いた。
「あー! 近衛騎士の証なのに!」
「ああ、そうだ……だからくれてやる。大事にしろ」
オリヴァーはリタに白いマントをかぶせる。
近衛騎士しか身に着けられない白いマントを貰ったリタはポカーンとするが、そんなリタの頭をオリヴァーはそっと撫でた。
「行け、後輩。殿下の近衛騎士というなら傍を絶対に離れるな。この状況においては、皇族の傍にいる者たちが近衛騎士だ……誇りをもって戦え、騎士リタ」
オリヴァーはそう言うとゆっくりと俺たちが来た場所を見据える。
そこから大勢の兵士がこちらにやってきていた。
「ここは任せろ……時間稼ぎくらいはする、ライフアイゼン兄弟」
「……武運を祈る」
「武運か……そうだな。今の俺には必要かもしれん……殿下方……どうか皇帝陛下にオリヴァーが謝っていたとお伝えください……」
そう言うとオリヴァーはふらふらと兵士たちのほうに歩き始める。
それに合わせて全員が走り出した。
俺はクリスタを担ぎ、ライフアイゼン兄弟の部下たちがリタとウェンディを担ぐ。
子供の足には合わせられない。
「次の世代のための礎になるというのも……悪くない終わり方だ……さぁ来い……近衛騎士隊長オリヴァーの首を取るのはどこのどいつだ? そう安くはないぞ!」
後ろでオリヴァーが叫んで、兵士たちと交戦を始めた。
そのオリヴァーの背中をずっとリタは見続けていた。