第二十三話 勇爵家の屋敷
「報告! ヘルメル子爵に調略の手が伸びているようです!」
「人をやって説得するんだ! 絶対にほかの勢力に靡かせるな!」
「報告! 帝都守備隊のレーマー隊長がザンドラ殿下に取り込まれました!」
「なに!? くっ! これ以上離反者を出すな! 動かせるだけの人を使って、支持者を維持するぞ! 僕も出る!」
夜。帝都では調略合戦が繰り広げられていた。
ザンドラの計画を乗っ取ってからというもの、ザンドラは報復とばかりにレオの支持者をどんどん奪っていっている。
その対処でレオは大忙しだ。
「大変だなぁ」
「兄さんも手伝ってよ! 元々、喧嘩を仕掛けたのは兄さんだろ!?」
「いやいや、たしかに哀れなベルツ伯爵を助けることを提案したのは俺だが、それにはお前も同意しただろ? 結果的に喧嘩になったのは謝るが、どうせジッとしてても向こうから仕掛けてきたはずだ。ちょうどいいじゃないか」
「それなら手伝ってよ……」
「殴り合いは俺の領分じゃないし任せるよ。俺にできることもないしな」
「兄さんにできることがないなら僕にできることもないよ」
「おいおい謙遜も過ぎれば嫌味だぞ。お前が出向けば色んな支持者が思いとどまる。そうやって留まった奴がお前の真の支持者だ。頑張れ」
「他人事だなぁ。まったく、全権大使の仕事は絶対に手伝ってもらうからね?」
そう言ってレオは上着を羽織って部屋を出ていく。
それを見送りながら、俺は深くため息を吐く。
ザンドラは攻勢を仕掛けてきているが、勢力の中心人物はまだ調略されていない。今、調略を受けているのは比較的新しい支持者だ。彼らが調略されたところで大きな痛手にはならない。
問題は勢力の根幹をなす者たちをどうやって引き留めるかだが、まぁそこを考えるのはレオの役目。
俺が考えるべきは敵の行動の裏にある思惑だ。
「セバス」
「はっ、なんでしょうか?」
「お前がザンドラならどうする? 誰を狙う?」
「私ならば攻撃を仕掛けませんな。仕掛ければ横やりを入れられるのは目に見えていますから。万が一、仕掛けるにしてももう少し時期を待ちます。今は自分の支持者をまず維持することに努めるかと」
「そんなことはわかってるが、頭に血が上ったザンドラはこうして攻撃を仕掛けてきた。その場合、どう見る?」
俺の質問にセバスは少し考えたあと、机の上にあるお菓子袋を見てハッとした様子でセバスは呟く。
気づいたか。そうだよな。誰だって少し考えればそういう思考にいきつく。
「フィーネ様ですな。私ならばフィーネ様を狙います」
「だよな。フィーネだけが俺たちがいなくなったあと、旗印になりえる。だから狙うならフィーネだ」
「そうですな。しかし、フィーネ様を簡単に襲撃したりすれば問題が発生します」
「ああ、父上が黙ってないだろうな。けど、たとえば支持者を維持するためにフィーネが走り回っていて、その最中にゴロツキに襲われたとしたら? 父上の怒りは俺たちに向く」
「それではフィーネ様は城に残しておくのですか? お姿が見えませんが?」
「いや安全な場所に行ってもらった。ここも完全に安全とは言い難いし、城の者を使って外に連れ出されても困る」
帝剣城の警備は万全だ。しかしそれは外に対してのみ。中から手引きされればその限りじゃない。まぁ皇帝がいる上層は完璧な警備だけど、危険があるからといってフィーネを父上の下に送るわけにもいかない。
「安全な場所ですか? 私の知る限り、アルノルト様の傍が一番安全だと思うのですが?」
「いや、さすがにベルツ伯爵に接触したのは俺だってバレてるだろうからな。たぶん、ザンドラは今、俺を一番殺したいはずだ。さすがに傍には置けない」
「なるほど。やはりベルツ伯爵を取り込んだのは失敗だったのでは? おそらくザンドラ殿下もあなたが爪を隠していたことには気づいたかと。そこまでの価値があるとは思えません」
「どうせいつまでも無能のままじゃいられないし、エルナを父上の下に送り込んだ時点でだいたい察しはついてるだろうさ。それに少し調べればお前が元々凄腕の暗殺者だってのはわかる。今のところ、お前のおかげと勘違いしてくれるはずだ」
「あまり兄姉の方々を舐めてはいけません。楽観は禁物ですぞ? あなたと同じくあの三人にも御父上の血が流れているのです」
「わかってるさ。舐めちゃいないから安心しろ。むしろ俺ほどあの三人を評価してる奴はいないと思うけどな」
最大限の警戒をしているから俺のもとから離した。
このザンドラの攻勢は間違いなく、フィーネを引きずり出すためのものだ。フィーネを引きずり出せないなら、多少の支持者の離反で済む。まぁ、俺たちの勢力からすればその多少は手痛い損失だが、フィーネを失うよりはマシだ。
「たしかに舐めてはいないようですな。いつになく真剣そうです。フィーネ様が関わっているからですかな?」
「まぁな。フィーネはクライネルト公爵の娘だ。ここで失えば俺たちは再起不能だ」
「本当にそれだけですかな? いつものアルノルト様なら相手の狙いがわかっているときは間違いなくカウンターを仕掛けます。それを今回は仕掛けずに徹底防御に転じた。フィーネ様を危険な目に遭わせたくないからでは?」
「なにが言いたい?」
「いえ、良いことだと思いますよ。ミツバ様もお喜びになるかと」
訳知り顔で喋るセバスに俺は文句を言おうとして、すぐに口を閉じた。
この執事相手に何を言っても上手く返されるのは分かり切っているからだ。
だから俺は何も言わずに外に出る準備を始めた。
「お出かけですか?」
「ああ、どこぞの執事が舐めるなというからな。ちょっと安全確認に行く」
「それはよいですな。会いに行ったあと心配だったといえば完璧です」
「誰が言うかっ」
「それは残念です。して、どこにフィーネ様を隠したのです?」
「お前も良く知ってる場所だ。この帝都で最も安全で、この帝都で最も強い奴が住んでる場所だよ」
「なるほど。アムスベルグ勇爵家の屋敷ですか。たしかにあそこにいれば手出しはできませんな」
そういうことだ。
納得したセバスを連れて俺はアムスベルグ勇爵家の屋敷に向かった。
■■■
アムスベルグ勇爵家の屋敷は城の近くにある。
巨大なその屋敷を訪ねた俺はすぐに通された。いくら皇子といえどこうもあっさり通されるのは俺くらいだろうな。
エルナと俺とレオは幼馴染だが、子供の頃、積極的に関わっていたのは圧倒的に俺のほうだ。
何度、エルナに泣かされながらこの屋敷まで引きずられたかわかったもんじゃない。
しばらくそれが続くと、門番についている騎士たちは俺にもおかえりなさいと言うようになった。あの瞬間、慣れとは恐ろしいと感じたもんだ。
今回も数年ぶりだってのに、門番はおかえりなさいと言いやがった。この家の人間にとって、俺は可愛いお嬢様のお友達なのだ。
「よくよく考えると泣いてる子供に向かってお帰りなさいとかどうかしてるよなぁ……」
「大人には仲が良く見えたのでしょうな」
「お前からはどう見えたんだ?」
「アルノルト様が嫌がっているのはわかっていましたとも。もちろん」
「……」
じゃあ止めろよという言葉が出かかるが、それを飲み込む。どうせ適当なことを言って流されるに決まってる。もう過去のことだし、その過去のおかげでフィーネを簡単に送り込むことができたと思えば無駄ではなかったといえる。
そんなことを考えている間に入り口につく。そこにはエルナと同じ髪色の女性がいた。目の色は青。若々しく、美人だ。何も言われなければ誰もがエルナの姉だと思うだろうけど……。
「久しぶりね。アル」
「ご無沙汰しています。アンナさん」
「セバスも変わりない?」
「はい。アムスベルグ夫人」
この人はアンナ・フォン・アムスベルグ。アムスベルグ勇爵の妻にしてエルナの母だ。
俺の母親も大概だが、この人の若さは完全に魔法だ。年という概念がないように思える。昔からこの外見のせいで、おばさんというのは憚られて結局さんづけで呼んできている。
ニコニコと笑いながらアンナさんは俺を中に案内してくれた。
「主人は残念ながら留守なの。あ、もう立派な殿下だものね。こんな喋り方じゃ失礼かしら?」
「いえ、そのままでお願いします。アンナさんに敬語を使われたら居心地が悪くて仕方ありませんから」
「あらあら、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわね。エルナとフィーネさんは今、お風呂なの。ご希望なら一緒に入る?」
「死にたくないのでやめておきます」
「物騒ねぇ。昔は一緒に入ってたじゃない」
「子供の頃の話ですし、俺はこの家の風呂場でエルナに溺れさせられかけたんです。覚えてませんかね?」
「そんなこともあったわねぇ。それを言うなら二人で泣いてきたことあったわね。覚えている? あなたはいじめっ子に勝つためってエルナに特訓させられて泣いて、エルナはまったく上達しないあなたにイラついて泣いてきたのよね」
「今聞いても理不尽ですね」
やはりあいつは天敵だ。
深刻なトラウマが残らなかったのが不思議で仕方ない。
心の弱い奴なら自殺もんだぞ。
それをニコニコと笑って話すあたり、この人も相当やばい。
「とりあえずここの一番端の客室で待っていてもらえるかしら?」
「わかりました」
「セバスはお茶を出すの手伝ってもらえる?」
「かしこまりました」
俺がよく来ていたということは、セバスもよく来ていたということだ。
まるでアンナさんの執事のようにセバスはついていく。
俺は言われるがままに一番端の客室に向かって、何も考えずにドアノブに手をかけた。
しかし、少し扉を開けたときに人の気配を感じた。加えて女の話し声。
だが、侍女がベッドメイキングでもしているのだろうと思って、俺は気にせずそのまま扉を開く。
それが間違いだった。
「……」
「エルナ様はドレスもお似合いになるんですね! 次はこの白いドレスを」
「ふぃ、フィーネ……もう私を着せ替え人形にするのはやめてちょうだい……」
部屋の中には下着姿の二人。 フィーネは純白の下着で、エルナはピンク色の下着。意外にもエルナのほうがフリルのついた可愛いヤツを着ている。
普段は誰にも見せることのない白い肌を惜しげもなく晒している。女同士しかいないと思っているせいか、どっちも隠す気はゼロだ。フィーネは普段、ゆったりした服を着ているせいで目立たないが、予想以上にグラマーだった。エルナは前回確認したとおり大して成長してないが、それはそれでスレンダーということで好みな者も多いだろうな。
なんてことを思っていると、二人が俺に気づいた。
一瞬、困惑の表情を浮かべる二人だが、すぐに二人とも顔を真っ赤にした。
そして素早くエルナが近くにあった枕を投擲体勢に入った。
もはや抵抗は無意味なので俺はただ後悔だけをする。
忘れてた。一番厄介なのはアンナさんだった。まさか未婚の娘の着替えを覗かせる真似をするなんて。もはや愉快犯だろ。
「アル!? このっ!」
「アル様!?」
はめられたと思いつつ、俺はとんでもない速さで投げられた枕を顔面で受ける羽目になったのだった。
PV27万いきました! 自己最多です!
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