第二百三十三話 殿下
28日0時の更新はお休みしますm(__)m
寝不足なので寝ます。
リーゼが帝都に現れた頃。
帝剣城の下層にある一室。特別なことは何もなく、城に無数に存在する普通の部屋の前にザンドラはいた。
「さすがは宰相ね。何の変哲もない部屋に虹天玉を二つも隠しておくなんて、図太いことだわ」
そう言ってザンドラは扉に手をかける。
だが、そんなザンドラに制止する人物が二人現れた。
「動かないでいただこう。ザンドラ殿下」
「自らのお立場を思い出し、大人しく拘束されてください」
一人は三十代前半の男。髪を短く切りそろえ、見るからに武人という雰囲気を纏っている。
一人は十代後半の青年。色素の薄い茶色の髪が背中まである優男。表情はボーっとしており、何を考えているのか読めない。
どちらも身に着けているのはエルナと同じ近衛騎士を示す白いマント。
そんな二人の声を聞き、ザンドラはゆっくりと振り向く。
「おかしいわね。どうして近衛騎士隊長が二人もここにいるのかしら? ちゃんと陽動であなたたちが守っていたダミーの部屋にも兵士をやったはずなのだけど?」
「手ごたえがなかったのでな。すぐに陽動だとわかった。まさか差し向けたのがあなただとは思わなかったが」
「あら? 意外だった? 第八騎士隊のオリヴァー隊長」
三十代前半の男の名前はオリヴァー・フォン・ロルバッハ。
近衛騎士団第八騎士隊の隊長を務める男だ。
近衛騎士団には十代の頃から在籍しており、経験豊富な隊長として皇帝からの信頼も厚い。
「無論だ。ゴードン殿下の反乱にあなたが加担するとは思わなかった。あなた方が手を組むなど誰が思う? あれほどいがみ合っていたというのに」
「一時的なものよ。私がゴードンを利用しているの」
「同じことを向こうも思っているでしょうね。さっさと終わらせましょう。オリヴァーさん。どうせ時間稼ぎです」
そう言って青年は鞘から剣を引き抜く。
青年の名はラファエル・ベレント。
近衛騎士団第十騎士隊の隊長。
年は十九。十三歳で近衛騎士に抜擢された天才剣士だ。
同時期にエルナが十一歳という最年少記録で近衛騎士に抜擢されたため、霞んでしまったが、アムスベルグ勇爵家の血筋であるエルナとは違い、ラファエルは特別な血筋ではない。
貴族どころか帝国で生まれたかどうかすら定かではない。
ラファエルは現皇帝が戦場で発見した赤子だった。
そのままにしておけば間違いなく死ぬ。しかし皇帝が引き取るわけにもいかず、ラファエルは皇帝が出資する孤児院に預けられた。
数年後、孤児院の様子を見に行った皇帝は、誰に習ったわけでもないのに木の棒を見事に振るうラファエルを見つけ、剣の才があることを確信して剣士として養育した。
皇帝の目に狂いはなく、ラファエルは近衛騎士となり、近衛騎士隊長にもなった。
次期近衛騎士団長の筆頭はエルナであるが、エルナという例外がいなければラファエルも近衛騎士団長になれる逸材といえた。
大恩ある皇帝への忠義も厚く、エルナと共に次代の帝国を背負う騎士と周りからは見られている。
そんな青年にザンドラは笑いかけた。
「ラファエル隊長はせっかちね。もう少し私とお話しないかしら?」
「女性と話すのは苦手なんです。僕は剣しか知らない男なので」
「そう? 残念ね」
「僕は残念じゃありませんから。どうします? 気絶させますか?」
そう言ってラファエルはザンドラに剣を向ける。
禁術を操るザンドラはいつでも攻撃できるうえに、予測ができないことをしかねない。
表情を変えずにラファエルはそれに対して用心したのだ。
そんなラファエルをオリヴァーは諫める。
「ラファエル。どうであれ殿下だぞ? できるだけ怪我はさせたくない」
「二度も反乱に与した逆賊です。皇帝陛下ももう娘とは扱わないでしょう」
「それを判断するのは皇帝陛下だ。いいか? 乱暴はするな」
そう言いながらオリヴァーも剣を抜き放つ。
そして後ろを向いた。
そこには栗毛の侍女、シャオメイがいた。
「ザンドラ殿下から離れていただきましょうか?」
「侍女の恰好をしているのに、心地よい殺気を放つ奴だ。その立ち振る舞い、暗殺者か?」
「ご想像にお任せします」
「そうか。では打ち負かした後に色々と聞かせてもらおう!」
そう言ってオリヴァーは両手に力を込めて剣を握り締める。
それに対してシャオメイも短刀を構えて、一戦交える構えを見せた。
正面から自分と戦う気なのだと察し、オリヴァーはニヤリと笑う。
「舐められたものだ!」
「近衛騎士隊長といえどピンキリ。エルナ・フォン・アムスベルグならいざ知らず、あなた程度なら私でもどうにかなります」
「ならば試してみろ!!」
そう言ってオリヴァーとシャオメイは真っすぐ走ってぶつかり合った。
衝突は一瞬。
オリヴァーの一撃でシャオメイは大きく吹き飛ばされて、壁にたたきつけられた。
「ぐっ……」
シャオメイは痛みに耐えながら立ち上がる。
その顔に浮かぶのは笑みだった。
なぜならシャオメイの視線の先では、オリヴァーの腹から剣が生えていたからだ。
「馬鹿な……」
「あなたは嫌いじゃなかったですよ。オリヴァーさん」
「お前が……どうして裏切る……? ラファエル……」
腹に刺さった剣をラファエルは横に薙ぐ。
腹の半分を切り裂かれたオリヴァーは血を吐き、その場で膝をついた。
その頭ではどうしてという言葉が巡っていた。
可能性としては真っ先に考えた。
宰相が虹天玉を隠した部屋をザンドラが見つけたのは、情報が漏れたからだろうと。この部屋のことを知る人間はごく少数。
しかし、ラファエルだけはないと疑念を払った。
それほどラファエルの現皇帝への忠誠心は強かったのだ。
「理由があれば許してくれるんですか?」
「……それはないな……」
血が止まらない状況を冷静に分析し、オリヴァーは自分の命がもう長くはないことを察した。
ラファエルほどの剣士が攻撃の瞬間、背後から攻撃してきたのだ。急所を外すわけもなく、その後、腹を半分も裂かれた。
手で押さえていなければ内臓が飛び出てしまうほどの重傷だった。
それでもオリヴァーは剣を手放さなかった。
そして。
「……裏切り者は……粛清する……!!」
オリヴァーは渾身の力を込めて、ラファエルに剣を投げた。
その剣をラファエルはつまらなそうに弾く。
だが、その間にオリヴァーは近くの窓から外に飛び出していた。
シャオメイが窓から外を見たときには、オリヴァーの姿はなかった。
近場の窓から城内に再度入ったのだろう。
「追いなさい! 逃がしては駄目よ!」
「どうせ死にますよ。たぶん騎士団長に伝えにいったんでしょうけど、あの傷じゃ玉座の間にはたどり着けません」
「たぶんじゃ困るのよ!」
ヒステリックに叫ぶザンドラの声を聞き、ラファエルは微かに顔を嫌そうにゆがめる。
だが、すぐに剣を鞘にしまうと歩き出す。
それを見て、ザンドラも部屋に入った。
「さすがは近衛騎士隊長といったところですか……私はしばらく動けません」
「でしょうね。ご苦労様でした。あの人のお守りをしておいてください。僕はオリヴァーさんを追います」
「お気をつけて。近衛騎士隊長が剣を捨ててまで逃げたのです。なんでもしてくるはずです」
「わかってますよ。あの人を警戒してたからあなたに隙を作ってもらったんです。油断なんてするわけないじゃないですか」
そう言ってラファエルはのんびりした足取りで廊下を歩く。
だが、ふとその足を止めて、シャオメイのほうを振り返った。
「そうだ。〝殿下〟に、ご指示どおり仕事はしたと言っておいてください」
「――どの〝殿下〟でしょうか?」
「あなたが仕える〝殿下〟ですよ」
「かしこまりました。あとでお伝えしておきます」
その会話のあと、ラファエルはまた歩き出す。
その後、ザンドラはゴードンが独自に手に入れた虹天玉と合わせて三つの虹天玉を、城のちょうど真ん中にある〝空天の間〟という儀式場に持ち込み、中央にある台座に三つセットした。
そして自らの血をそこに流し込みながら天球を発動させたのだった。
「あっはっはっはっ!! これで逃げれないわよ! 父上! 私と母上を閉じ込めるなんて、絶対に許さないわ!!」
そう言ってザンドラは残酷な笑みを浮かべて、高笑いを続けた。