第二百二十四話 勇者の代わり
武闘大会の開催は正午から。
それまでは祭りの中でイベントが行われ、クライマックスである武闘大会へ盛り上げていく。
本来、武闘大会までは自由時間のため、要人たちとその接待役である皇子、皇女は外に出ることができる。
しかし、前日に聖女の拉致というとんでも事件が起きたせいか、各要人たちの動きは鈍い。
第二、第三の標的にされたらたまったもんではないからだ。
そんな中、暢気に俺の部屋でゴロゴロしている要人もいるわけだが。
「つーかーれーたー」
「はいはい。お疲れ様」
そう言って俺はソファーの上で横になるオリヒメをねぎらう。
オリヒメは皇旗によって無力化された玉座の間の結界を一晩で修復してみせた。その代償として徹夜する羽目になり、相当疲れたようだ。
本来なら帝国をあげて感謝し、お礼しなけりゃいけないし、実際にそういう申し出もあったのだが、オリヒメはそれを断って俺の部屋でゴロゴロしている。
本人いわく、慣れていないところでは気が休まらないらしい。
縄張りという言葉が一瞬よぎったのは内緒だ。
「なんだか感謝されていない気がする」
「感謝してるぞ。とってもな」
「感謝が言葉から感じられぬー」
いつもなら騒ぐところだろうに、オリヒメはソファーでぐったりしたまま動かない。
本当に疲れているんだろう。
玉座の間は皇帝の居場所。その警備に重要な役目を担っている結界の再構築は急務だった。
だからこそ、オリヒメには無理をしてもらったのだ。
オリヒメにとって大きな結界を展開するよりも細かい結界をいくつも作るほうが精神的に疲れるらしい。
本当に帝国はオリヒメに頭が上がらないな。
「じゃあどうしたら感謝が伝わるんだ?」
「うーむ……もっとこう、妾を崇め称えよ。つまり褒めよ」
「褒めよといわれてもな……」
今のオリヒメは疲れ切っており、いつもの元気のよさがない。
性格的に難のあるオリヒメは元気の良さだけが取り得と言っても過言ではない。元気のないオリヒメなんて、ただの偉そうなやつだからな。
褒めるところがないと思いつつ、俺は尻尾に着目した。
いつもならオリヒメの感情を面白いぐらいに表す尻尾だが、今は疲れからかだらーんとしている。
「前から思っていたが……良い尻尾だな」
「むむ! さすがアルノルトだ! よいところに目がいくではないか! 尻尾は妾のチャームポイントの一つだぞ!」
「ああ、うん。そうだな」
思った以上に食いついてきた。
どうしよう、なんとなくで褒めたから詳しいこと聞かれたら困るんだが。
「どこがよいと思う!? 妾としては手触りなのだが、形を褒める者もおるぞ!」
「えっと……形だな。ふっくらしてて、なんとなくいい感じだ」
「うむ! なかなか褒め上手ではないか!」
これで褒め上手なら世の中、褒め上手で溢れかえってる。
たぶん物事を自分の都合のいいほうに取る傾向があるオリヒメのことだ。俺の雑な褒め言葉もうまく勘違いして素晴らしい褒め言葉に脳内変換しているんだろう。
まぁ、勘違いしてくれるならそれでいい。機嫌を損ねるよりはよっぽどマシだ。
「失礼します。アル様、オリヒメ様」
「おお! フィーネ!」
部屋に入ってきたフィーネを見て、オリヒメが飛び起きる。
そしてフィーネに抱きつくと、そのままソファーのほうへ引きずってきた。
そんなフィーネの手にはお菓子が乗ったお盆があった。
「疲れたときは甘い物に限るからな!」
そう言ってオリヒメはフィーネと共にソファーに座って、お菓子を食べ始める。
その食べる勢いがすごいため、喉に詰まらせるんじゃないかと心配になるが、案の定、オリヒメがお菓子を喉に詰まらせた。
「ぐっ!?」
「はい、お水です」
あらかじめ水を用意していたフィーネは、手早くオリヒメにそれを手渡し、オリヒメも勢いよく水を流し込む。
そして呼吸が整うと、オリヒメはまたお菓子を食べ始めた。
「もうちょっと落ち着け」
「ならん! ここで少しでも回復しておかねば後に差し支えるでな!」
「武闘大会に参加でもする気かよ……」
俺は呆れ、フィーネは微笑ましそうにオリヒメのことを見つめる。
そしてそのまま時間が流れていく。
この平和な時間がずっと続けばいいと思ったが、そうもいかない。
正午が近づき、城はもちろん帝都全体が慌ただしくなりはじめた。
「失礼いたします。アルノルト殿下、オリヒメ猊下、フィーネ様。今後のご予定はどうされますか?」
護衛についていた近衛騎士がそう俺たちに訊ねてきた。
フィーネはもちろん城に残る。名目としてはクリスタが心配だというものだ。
ダークエルフの襲撃によって、クリスタは危険にさらされた。そのクリスタの傍にいたいと言えばだれも文句は言わない。
問題は俺とオリヒメだ。
オリヒメの状態的に部屋で大人しくしていると思ったが、今は少しだけ元気になっており、闘技場に向かう気満々だ。
できれば城にいたいのだが、オリヒメが出向くならついていかなければいけない。俺は接待役だからだ。
まぁ帝都内なら天球が発動しても転移はできるし、やりようはあるといえばあるんだが。
城の状況把握が少し遅れてしまうのは避けられない。
やはりその場にいたほうが手は打ちやすいし、抜け出すにしても自然な形で抜け出さないといけない。
セバスがいない以上、誤魔化すのも難しいしな。
できれば行かないと言ってほしいんだが。
「妾は無論行く」
「私はクリスタ殿下のお傍にいます」
「わかりました。では馬車を用意しておりますので、準備ができましたらお声がけください」
そう言って近衛騎士が下がる。
まぁこれは仕方ない。
「じゃあ行くか」
そう言って俺が椅子から立ち上がるとオリヒメが首を傾げた。
「うん? 行くのは妾だけだぞ?」
「はぁ? そういうわけにもいかないだろ? 俺はお前の接待役なんだから」
「寝言は寝て言うがよい。そなたは妾の接待役の前に〝帝国の皇子〟であろう?」
それは意外すぎる言葉だった。
オリヒメは真っすぐと俺を見つめ、静かに微笑む。
「この都にはずっと不穏な匂いが漂っておる。嫌な匂いだ。そなたの弟が聖女を助けにいってもこの匂いは消えるどころか、濃くなっておる。そなたはそれに対処するのであろう?」
「オリヒメ……」
「顔に城にいたいと書いておるしな。対処のためにそなたが城にいなければいけないというなら、寂しいが妾一人で向かおう。城で何か起こるなら今の妾は大して力にはなれんからな。正直、立っているのも辛い。動かずに結界を張るくらいが関の山。それでは迷惑がかかってしまうのだろう?」
そのとおりだ。
万全のオリヒメならいざ知らず、今のオリヒメは疲れ切っている。
仙姫といわれるオリヒメだ。結界はいくらでも張れるだろうが、体の疲労はいかんともしがたい。体力が尽きて、結界すら張れなくなれば人質が増える。
今回の一件、すぐに終わるとは限らないのだ。
そもそも仙姫は勇者とは違って、戦士ではない。
そんなに無理はさせられない。
「気を遣う必要はない。辛いならここにいろ」
「気を遣っているわけではない。そなたがここでやることがあるならば、妾も闘技場でやることがあるだけだ」
「疲れているんだろう? 玉座の間の結界を一日で修復したんだ。休んでいい。これは帝国の問題だ」
「おや? 妾の勘違いであったか? 仙国と帝国はすでに友好国だと思っていたが? 友好国の問題は我が国の問題と同義。安心せよ、一度助けるのも二度助けるのも大して変わりはない」
「……」
「これはただの我儘だ。妾はそなたの力になりたい。そなたの悲しい顔は見たくない。ここでは役に立てぬなら妾は妾が役に立てるところに向かおう。あいにく勇者が不在ゆえな。あの勇者が戻るまでは、勇者の代わりに妾がそなたが守れないモノを守ってみせよう。そなたの父と民には妾が指一本触れさせはせん」
強がりだ。
そこまでの結界を張れるわけがない。
それでも俺にはそのオリヒメの言葉に甘えるしかない。
「いつか……この借りは返す」
「うむ! いつか返すがよい!」
そう言ってオリヒメは手を振って、笑顔で部屋を出ていった。
これで何も起きなければ、俺は要人を一人で向かわせた不届き者だが、オリヒメも不穏なものを感じている。
きっと何かが必ず起こる。
「……お優しい方ですね。オリヒメ様は」
「ああ、そうだな」
他国の者にここまでさせて、失敗しましたでは済まない。
「必ず防ぐぞ。絶対にだ」
「はい!」




