第二百二十三話 夜明け
夜明け前。
俺はミアとアロイス、そしてフィーネを部屋に集めていた。
「朝からすまないな」
「ううう……やっとメイドの仕事から解放されましたですわ……」
「お疲れ様です。ミアさん」
「本当に疲れたですわー!! あのメイド長! 鬼のように厳しいんですの!」
ミアがメイド服姿で半泣きの顔を見せた。
慰めるフィーネに縋りつき、メイド長の仕打ちをどんどん告発していく。
「ベッドのシーツが整っていないとか! 掃除が行き届いていないとか! 誰もそんな細かいところまで気にしませんですわ!」
「城のメイドだからな。そりゃあ細かいところを求められるだろうさ」
「わかっていて送り込んだですわね!? 私の心は戦う前からボロボロですわ!」
「ボロボロでも契約は契約だ。金も渡している。きりきり働け」
「ここにも鬼がいましたですわー!? メイド長がメイド長なら、皇子も皇子ですわー!! わーん!! フィーネ様ー!!」
そう言ってミアはおんおんとフィーネの胸の中で泣き始めた。
そんなミアをフィーネは苦笑しながら慰めていく。
まったく、話が進まないな。
そう俺が思っているとアロイスが口を開く。
「殿下。僕は殿下の護衛をすればよいのでしょうか?」
まだ十代前半というのに、アロイスはミアより大人だ。
次に自分がすべきことを確認してくるということは、先まで見えているということでもある。
「それも考えたが、君には第十皇子ルーペルトの護衛を頼む」
「僕が第十皇子の護衛ですか? 面識はありませんが……」
「クリスタとルーペルトは接待役でもないし、まだ幼い。父上は闘技場での武闘大会を見せたりはしないだろう。そうなると城で待機という流れになるが、ゴードンが反乱を起こした場合は城の制圧が第一になる。二人の安全を確保しなければ人質に取られることになってしまう」
「なるほど、理由はわかりました。クリスタ殿下はアルノルト殿下が護衛するのですか?」
「いや、クリスタの護衛は第四皇子トラウゴットが担当する」
そう俺が告げるとアロイスは微かに不安な表情を見せた。
トラウ兄さんで大丈夫か? という顔だな。
まぁ評判からすれば仕方ないな。
そう俺が思ったとき、ミアが思い出したかのように騒ぎ出した。
「第四皇子!? あの大きな皇子ですわね!?」
「ん? 知り合ったのか?」
「知り合いではありませんですわ! あの皇子! 私が横を通り過ぎたとき! 年が行き過ぎていると言ったんですわ! 私はまだピチピチですわー!!」
「あの人の趣味趣向は特殊だからな。まぁ能力だけはあるから安心しろ」
「殿下がそうおっしゃるなら僕からいうことはありません。ですが……殿下の護衛はどうなさるおつもりですか?」
アロイスの言葉に俺は苦笑する。
突っ込まれて当然か。
城が戦場になるなら非力な俺はどうするのか?
フィーネの護衛はミア。クリスタの護衛はトラウ兄さん。ルーペルトの護衛はアロイス。
それぞれの役割は決まっている。
「私が二人分働きますですわ!」
「そこまで期待はしていない」
「ガーンですわ!?」
意気揚々と宣言したミアに俺は即座に告げた。
一瞬で否定されたミアはショックを受けた表情を浮かべた。
そんなミアに対してフィーネが優しく話しかける。
「一人で無理する必要はないということですよ」
「そんな風には聞こえなかったですわ!」
「アル様は言葉足らずですから。大丈夫です。アル様の護衛はちゃんといますから。そうですよね?」
そうやってフィーネは話を誘導する。
その言葉に俺は頷く。
すると部屋の扉の前に一人の人物が現れた。
「心配無用、皇子の護衛は――俺が引き受けよう」
そう言って現れたのは灰色のローブを頭まで被った謎の人物。フードの中の顔は見えず、見るからに怪しい。
しかし、その人物を見た瞬間、アロイスは顔を輝かせた。
「グラウ!」
「元気そうで何よりだ。アロイス」
「何者ですの?」
「流れの軍師、グラウ。アロイスと共に帝国軍一万を打ち破った男だ」
「ゲルスでの戦いでは軍師がいたとは聞いていましたけれど……あなたが?」
「いかにも」
「信用できませんですわ。人前に現れるのに幻術を使う者ならなおさら」
さすがはミアだな。
俺が作り出したグラウの幻術を一目で見破ったか。
「非礼は謝罪しよう。しかし帝国軍に敵対した身なのでな。姿を現すときは慎重なのだよ。俺は貴族ではないのでな」
「……本当にこんな陰気そうな者を信用するんですの?」
「散々な評価だな」
「私、人を見る目には自信があるんですわ! 確実にこの者は性根がひん曲がってますわ!!」
そうミアはグラウを指さして言った。
それは当然ながら俺にも向けられた言葉であり、俺は苦笑するしかなかった。
「み、ミアさん! グラウは信用できる人なんです! 僕が保証します!」
「アロイス様は騙されているんですわ! 私にはわかりますですわ! この男はきっと人の不幸を笑うタイプの人間ですわ!」
「ちょっ!? ミアさん!?」
グラウの正体がシルバーだと知っているアロイスは慌てる。そのシルバーの正体が俺であると知っているフィーネはクスクスとこの状況を笑う。
ミアはグラウを信用しきれないようだが、それはどうにでもなる。
「ミア、グラウを信用しなくてもいい。それぞれやるべきことをやればそれでいいんだからな」
「あなたは信用していると?」
「少なくともゴードンの側には付かないだろうことは確かだ。今の俺にはそれで十分なんだよ。人手は足りないが、守るべきものは多いからな」
「……わかりましたですわ。けど、私は信用しないですわよ!?」
「ああ、それでいい」
そう言って俺は話をまとめに入る。
「今日は祭りの最終日。闘技場で大々的に武闘大会が開かれ、帝都全体の視線はそちらに向く。ゴードンはそれを利用して城を制圧にかかるだろう。俺たちはまず城内での安全を確保する。それが第一段階。アロイスはルーペルトを、トラウ兄さんはクリスタを、ミアはフィーネを。それぞれ頼むぞ」
「御意」
「かしこまりましたですわ!」
「それができたら第二段階だ。帝都最強の防衛機構である天球をゴードンは発動させるだろう。その中心はこの城だ。宝玉をセットし、皇族が発動することで展開される。それで外部との接触はすべて断たれる」
「そうだ。だからこそ、この場にいる者で動ける者が宝玉の奪取に動く」
グラウの言葉にミアは眉を顰める。
しかし不満を口にしないのは、ここは口を出すところではないと察したからだろう。
「そのとおり。俺とグラウは城に潜みつつ、指示を出す。天球の発動には最大で五個の最高純度の宝玉が必要だが、三つからでも発動はできる。ゴードンが用意できるのはきっと三個か四個だろう。発動しさえすれば帝都を隔離できるからな」
「つまり一つか二つ奪えば発動できなくなるということですね?」
「そうなるな。まぁ外にいる戦力を考えれば一つ奪えば十分だろうけどな」
エルナの聖剣ならきっと宝玉三つの発動の天球ならどうにか破壊できるはずだ。
天球が破壊されれば最高純度の宝玉も砕けるが、惜しんでいても仕方ないだろう。
ゴードンもそこは警戒しているだろうし、三個だけということはないだろう。
四個で発動されればさすがの聖剣でも厳しい。だからこそ内部の働きが大事になってくる。
「制圧された城の中で警備が厳重な宝玉を奪取するというのは、至難の業だ。無理は百も承知。命を賭けることになるだろう。頼れる者は数少なく、敵は多数。それでもやらなければいけない。申し訳ないが――命を俺にくれ」
都合のいい話だ。
それでも頼むことしか俺にはできない。
そんな俺の勝手な頼みに全員が頷いてくれた。
日が城を照らし、朝日が部屋に差し込む。
「よし――では暗躍開始だ」
こうして俺たちの暗躍が始まったのだった。