第二百十六話 殲滅戦
「セバス……そうか。兄さんは帝都の外に戦力を出しておきたかったんだね……」
「そのようですな。まぁレオナルト様が心配だったというのも多分にあるでしょうが」
セバスはそう言ったあとに城を囲む軍勢を見つめた。
指揮官は潰したものの、千を超える軍勢。しかも魔導師を中心としている。その破壊力は数倍の数の軍勢に匹敵する。
「さて、どうなさいますかな?」
「レオがやる気なら殲滅でもいいわよ?」
「隊長。煽るのはやめてください。付近には村や主要街道もあるんです。聖剣なんて使えませんよ? 聖剣なしであの数はさすがに骨が折れます」
そう言ってマルクがエルナを制止する。
目的であるレティシアとレオナルトの救助はできた。あとは撤退するだけ。
そう常識的な判断をマルクは下していた。
しかし。
「それでも――あの軍勢を放置はできない。ここで殲滅する」
「はい!? で、殿下! 正気ですか!? こっちは急いできたので十名ほどしかいないんですよ!?」
先行するエルナを追うために第三騎士隊は二つに分かれていた。
馬や食料をすべて捨てていくわけにもいかず、エルナを追ったのはマルクと五名。あとはセバスとジークだけだ。
レオを含めても十一名。およそ百倍の相手に挑むのは無謀すぎた。
「レオにしては好戦的ね?」
「付近に村がある以上、放置はできない。頭を失ったら無法者たちの集まりと化すからね。固まっているうちに片付ける」
「それはご立派ですが、戦力が足りません!」
「承知しているよ。けど援軍はたぶん君たちだけじゃない。そうだよね? セバス」
「はい。リンフィア殿がヴィン殿の下へ伝令として向かっていました。今頃、ネルベ・リッターが近くまで来ている頃でしょう」
「なら派手に戦って居場所を教えればいい。まぁヴィンならそうじゃなくてもこの場に来るだろうけどね。この古城の場所を教えてくれたのはヴィンだし」
そう言ってレオは深呼吸をして体に力を入れる。
全力とは程遠い。今すぐにでも倒れられるなら倒れてしまいたい。そんな欲求が頭を駆け巡る。
それでもレオは体に力を入れた。
退くことは簡単で、常識的でもある。
わざわざ戦わずともネルベ・リッターと合流してから討伐という流れでもいい。
しかし、それでは〝その後〟に差し支える。
「あの軍勢は僕らにとって邪魔だ。帝国国内であの軍勢がいる内は僕らは好きには動けない。ここで逃せば、あの軍勢を追いかけることになる。それではいけないんだ」
「それの何がいけないんです? 殿下」
「セバスは兄さんの切り札だ。それを送り出したってことは兄さんは今、無防備だ。あえて晒して引き付ける。兄さんが得意な手だよ。きっと……帝都で裏切り者を炙り出す気だ。そして僕らに期待しているのはその帝都の裏切り者を外から討つこと。僕らは兄さんの遊撃隊。駒として浮くために目の前の軍勢は邪魔なんだ。少数で突撃し、足を止める。斬って斬って斬りまくれ。ここであの軍勢は殲滅する!」
そう言ってレオは剣を高く掲げた。
その姿を見てマルクはいつぞやのアルの言葉を思い出した。
アルバトロ公国の港で、周りの制止を振り切って入港を決めたとき。マルクはアルに対してレオにはできない決断だと言った。
それに対してアルはこう言った。
「俺の弟だ。俺にできてあいつにできないことなんて何一つとしてない……か」
「どうした? 騎士マルク。まだ不満があるかな?」
「いえ……お供します」
あの日のアルの姿に今のレオの姿が重なった。
無理で無茶な行動だが、そこにちゃんと勝算を持ってくる。
アルが演じた理想の弟。あの時点ではあくまで理想だった。しかし、それが今のレオには重なる。
なるほど、と呟き、マルクは剣を抜いた。
「末恐ろしいですな。あなた方は。子供の頃はこんな無茶な皇子たちになるとは思いもよりませんでしたよ」
「付き合わせて悪いね。けどあなたは兄さんの命を一度救ってる。ずるいじゃないか。僕も救ってほしいね」
「兄を救った恩人にありがとうではなくて、ずるいと来ましたか。できれば皇子の危機なんて二度も直面したくはなかったんですがね」
そう言いながらマルクはポキポキと肩を鳴らす。
ぼやきながらその目は軍勢に鋭く向けられていた。ほかの近衛騎士も同様だった。
それを見てレオは一つ頷き、セバスとジークに視線を移す。
「手伝ってくれるかい?」
「もちろんでございます」
「俺はそんなに安くないぜ。ここに来るまででヘトヘトだからな。もう一働きしてほしいなら、お願いします、ジーク様と頭を下げてだなぁ」
「あんたはセバスの肩に乗っかってただけでしょ。今こそ働きなさい。嫌ならあそこに囮として放り投げるわよ?」
「ふっ……仕方ねぇな。俺も漢だ。真の漢は真の漢の頼みは断らねぇ。引き受けた!」
そう言ってジークは足を震わせながら槍を突き上げる。
そんなジークの様子にレオは苦笑する。
「ジークは面白いなぁ。僕は好きだよ。君のそういうところ」
「よせやい。男に好きと言われて喜ぶ趣味はねぇ。まぁ少しは成長したみたいだしな。手を貸してやるよ」
「成長? 僕が?」
「自覚はねぇか? んじゃ覚えておけ。男は守るモノが明確になると強くなるんだ。一皮剥けた面してるよ、今のお前さんは」
ジークの言葉にレオは少し驚いたように目を見開き、そのままセバスに視線を向ける。
セバスはいつもと変わらず落ち着いた様子で告げる。
「そうですな。少しお変わりになられたかと」
「そうかな……? どう変わったと思う?」
「どう変わったか、ですか。難しいですな。まぁ簡単に言うなら良くも悪くもアルノルト様に少し似てきましたな。これを褒め言葉として取るかどうかは人によりますが」
そう言ったセバスはフッと笑う。
その瞬間、敵の軍勢が再度魔法を放ってきた。
エルナが前に出てほとんどを打ち落とし、そのまま敵に突撃していく。
後から続くレオたちも残る魔法を撃ち落としながら前に出た。
そんな中でレオはセバスに視線を向ける。
「今の言葉は本当かい?」
「ええ、私が言うので間違いないでしょう。しかし、嬉しそうですな?」
「もちろん。僕にとってはそれは最高の褒め言葉だからね」
「相変わらず変わっておりますなぁ」
「そうかもね。僕はきっと変わり者なんだと思う。だからみんなの助けが必要なんだ。背中を任せても?」
「お任せくださいませ」
そう言ってレオたちはエルナに続いて敵の軍勢に突撃したのだった。
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千の軍勢に対して十人ほどで突撃してくる。
指揮官を失った軍勢にとって、それは不可解極まりない行動だった。
しかし突っ込んでくるなら迎撃するまで。
彼らはレオたちを迎え撃った。
しかしその防衛線は見事に食い破られた。
「はぁぁぁぁぁぁっっ!!」
先頭のエルナは目の前の相手を一気に切り伏せていく。
そこに技巧はない。技を使うまでもなくただ素早く斬るだけで相手の首が飛んでいくからだ。
その後ろからはレオが近衛騎士たちと共に続く。
エルナほどではなくても、強者である彼らに対して敵は恐れおののく。
近づけば首が飛ぶのだ。相手が少数であるからこそ、腰が引けていた。
いずれ消耗するのは目に見えている。元気なうちに相手をするのは貧乏くじもいいところだった。
そんな譲り合いが発生していたため、レオたちはさらに暴れることができた。弱腰の相手などレオたちの敵ではないからだ。
「ジーク。エルナの援護にいけるかい?」
「必要ねぇと思うんだが? 竜のほうがまだ大人しいぞ?」
「頼むよ」
「仕方ねぇな。んじゃ爺さん。ちょっと頼むわ」
「いいでしょう。では良い旅を」
そう言ってセバスは落ちていた槍を持ち、その槍の上にジークが着地する。
そしてセバスは思いっきり槍を振り回し、ジークをエルナのほうに飛ばした。
身軽さを利用して空に浮いたジークは、微調整をしながらエルナの近くで弓を構えていた敵兵の顔を蹴り飛ばすようにして着地した。
「おっと、悪いな。着地しやすそうな顔だったんで」
「熊!?」
「なんなんだ!? こいつらは!」
「愛らしいだろ? 子供に大人気だぞ、俺は。なにせ可愛いだけじゃなくて強いからな」
そう言ってジークは槍を振り回して、エルナを遠目から狙おうとしていた一団を吹き飛ばす。
そのままジークは敵兵の頭をポンポンと足場にしながらエルナの下へと向かった。もちろん足場になった敵兵はすれ違いざまにジークの槍の餌食になっている。
そして走るエルナの下へたどりついたジークはエルナの肩へ着地した。
「ふー……一仕事したぜ」
「邪魔よ。降りなさい」
「おいおい、ひでーな。助けてやったんだぜ? 疲れた俺に対してもうちょっと労いはねぇのかよ?」
「助けてなんて言ってないわよ」
「へいへい。しかし可愛げないとモテねーぞ? 胸に色気がないんだからもうちょっと可愛げをだな」
そう言ってジークが肩からのぞき込むようにしてエルナの胸元を覗く。
その瞬間、エルナの手がジークの頭を掴み、宙に放り投げていた。
「邪魔だって……」
「うわぁぁぁぁ!!?? 待て待て!!」
「言ってるでしょ!」
エルナは怒りを込めながら剣の腹の部分で宙に浮いたジークを吹き飛ばした。
味方が誰もいない場所に吹き飛ばされたジークは悲鳴をあげながら敵兵に衝突した。
「あああああああ!!?? 痛い!?」
敵兵の頭にぶつかり、その後はいろんな敵兵にぶつかったあと、地面を滑っていく。
そしてジークは怒った様子で叫んだ。
「あの女! 本当のことだからってキレやがって! 俺の毛並みが台無しじゃねぇか! 泥だらけだ……これじゃ城に入れねぇじゃねぇか」
自分の体を見ながらジークはぶつくさと呟く。
そんなジークの周りを敵兵が囲む。
それに気づいたジークは周りの敵兵を睨みつけながらつぶやく。
「なんだ? やろうってのか? 愛らしい俺様なら勝てると思ってんのか!?」
そう言ってジークは近くにあるはずの槍を探す。
しかし吹き飛ばされる前に持っていたはずの槍が傍にはなかった。
空中で手放したのだと察し、ジークは冷や汗をかく。
さすがのジークも熊の状態で無手は厳しい。
「……ちょっと待ってろ。探してくる」
「待つわけねぇだろうが!!」
そう言って敵兵がジークに襲い掛かろうとするが、一人が飛んできた槍によって串刺しにされた。その槍はジークの槍だった。
「おお!? 俺の槍!」
「そう思うなら戦場で手放さないことですね」
そう言って冷たい声がその場に響く。
そして眠りへと誘う不思議な音色がその場に流れ始めた。
その音の範囲にいた敵兵たちはその音色によって眠気を覚え始めてしまった。そして一瞬、意識を切った瞬間。
彼らの首はすべて飛んでいた。
「まったく。世話が焼けますね」
「……グー」
「起きなさい」
「痛い!? 酷いぜ! リンフィア嬢! 今、ハーレムの中にいたのに!?」
「そのまま覚まさないほうがよかったかもしれませんね」
そう言ってリンフィアは槍の柄部分で叩いたことを後悔した。
ぞっとするほど冷たい声で言われたジークは、冷や汗をかきながら話題を変える。
「ど、どうしてここにいるのかな?」
「そう言えばそうですね。お見事な読みでした。さすがはヴィンフリート殿です」
「別に大したことはない。レオならオレの話を覚えていると思っただけだ」
そう言ってリンフィアの後ろから現れたのはヴィンだった。その傍にはネルベ・リッターの団長であるラースもいた。
いきなりの援軍に敵兵たちが後ずさる。
「我々は突撃ということでよろしいかな? 軍師殿」
「ああ、頼む」
「おいおい、追い詰めると逃げられちまうぞ! 皇子の命令は殲滅なんだが!?」
「心配ない。もう半包囲はできてる」
そう言うとヴィンは右手を振る。
それに合わせてラースが部下たちを率いて突撃していく。
その現象はそこだけのモノではなかった。あちこちから部隊が突撃していき、敵の軍勢を半円状に包囲していく。
逃げ道は城のほうしかないが、城のほうからエルナたちが押し寄せてきており、敵の軍勢は一気に逃げ道を失った。
そして烏合の衆と化した敵を逃がさないために、ヴィンは手早く伝令を出して包囲を完全に閉じる。
エルナたちと共に閉じ込められた敵は猛獣の餌のようにただ蹂躙されるしかなかった。
■■■
「やぁヴィン。助かったよ」
「次はないぞ? 次から無茶をするなら事前に言っておけ。報告を聞いたときは意識が飛びそうになった」
ヴィンは不機嫌そうな表情と口調でそう告げる。
敵は完全に殲滅され、レオたちは古城へと戻っていた。
主要な人物たちが古城に集まる中、レティシアが目を覚ました。
「レティシア様! お気づきですか!?」
「……勝ったのですね……?」
「あなたのおかげです。レティシア」
「いえ……ご迷惑をかけたのは私ですから……本当に申し訳ありません。すべて私の責任です」
そう言ってレティシアは集まった面々に頭を下げた。
それに対してレオは首を横に振る。
「聞きたい言葉はそんな謝罪ではないんです。レティシア」
「……そうですね。ありがとうございます。レオ、そして帝国の騎士方。命を助けていただきました。ありがとうございます」
そう言ってレティシアはお礼を言い、それに続いて鷲獅子騎士たちも深く頭を下げた。
それを見たあとレオは笑みを深めながらレティシアの傍による。
「これですべて解決といえたら簡単なんですが……そういうわけにもいきません。きっとこれから帝国は大混乱に陥るでしょう」
「レオ……」
「あなたは王国の人間だ。このまま帝都に向かわずに王国に向かう道もあります。選択は任せます。ただ僕はあなたに帝都に来て欲しい。僕と共に」
そう言ってレオはレティシアの手を握った。
聖女として王国の問題を解決するという選択がレティシアには残っていた。
帝国と王国がぶつかり合う前に、王国内で問題をすべて抑えることもできるかもしれない。
だがそうなれば王国を二つに割ることになる。
このぴりついた国際情勢の中では代理戦争の舞台にされかねない。結局、聖女という存在はすでに生きていても死んでいても火種なのだ。
そして物好きなことにその火種を引き取りたいという少年がいる。
レティシアは少し黙ったあとに静かに告げた。
「――はい。私はあなたのお傍にいます。迷惑な女ですが、そこはお許しください」
「ご安心を。その迷惑も含めて奪ったのですから」
そう言ってレオはニコリと笑った。
二人が見つめ合う。
そんな中で空気を読まずに発言する者がいた。
「じゃあ帝都に向かうということでいいな? おそらくだがここは完全に陽動だぞ」
「信じらんない……空気を読むってことができないの? ヴィン」
「空気は読むものじゃなくて吸うものだ」
「あっそ。きっとあなたの前世って空気を必要としない奇特な生物だったのね。だからあのタイミングで喋ることができるんだわ……」
「言ってろ。オレは軍師なんでな。次の戦略を立てるのが仕事だ。そして次の問題は帝都だ」
「うん……わかってる。帝都は手薄になった。有事の際には僕らは自由に動ける貴重な勢力だ。だから今すぐ帝都に戻ろう。残る近衛騎士隊も加えてね。きっと兄さんが待ってる」
「そうね。アルの周りには誰もいないもの」
「どうかな? 兄さんがフィーネさんの護衛を用意していないとは思えないけど? どうなの? セバス」
「まぁ心当たりはありますな。とはいえ帝都内で動かせる戦力はごくわずか。アルノルト様にできることは少ないでしょう」
そうセバスが告げるとレオは頷く。
少ない戦力を上手く使うというのはアルの得意とすることでもある。
しかし、それで相手を倒すことはできない。
止めは誰かがしなければいけない。
「帝都へ向かう! 準備を!」
そうレオは号令をかけたのだった。