第二百十四話 窮地
出涸らし皇子の書籍第一巻の更なる重版が決定いたしました!
みなさんのおかげです!
ありがとうございます!(/・ω・)/
朦朧とする意識の中でレティシアはレオの声を聞いた気がした。
幻聴だと最初は思った。しかし、幻聴にしてははっきりしすぎているし、オーギュストと会話しているように聞こえた。
閉じていた目を開ける。
歪んだ視界の中で、レオとオーギュストが映る。
レオはオーギュストに肉薄する。
「待て! 聖女なら返す!」
「必要ない! 彼女がお前たちの物だと言うなら、アードラーの一族らしく――略奪させてもらうまでだ!」
そう言ってレオはオーギュストを刺した。
そのままオーギュストは断末魔の叫びをあげながら塵となり、レオがレティシアのほうを向いた。
目と目が合い、レオは優し気な笑みを浮かべた。
ああ、本人だとレティシアはそこでようやく確信できた。この笑みは本人しかできない笑みだと。
そう思えた瞬間、意識が遠のいていく。
安心して緊張の糸が途切れたのだ。
「レ、オ……」
「もう大丈夫です。レティシア」
牢屋に入ってきたレオはレティシアの手を繋ぐ鎖を斬り、その体を抱きとめる。
温かい体温にレティシアの安堵はさらに深まる。
それでもレティシアは意識をなんとかつないだ。
何か言わなければと思ったからだ。だが言いたいことはまとまらない。頭がまったく回らないのだ。
だから思ったことを口にした。
「……奇跡に……感謝します……あなたに……会いたかった……」
「僕もです。あなたに会いたかった。心の底から」
「……返事をしなければいけないと……」
「お気になさらずに。急いでいませんから。いつまでも待ちます。その間にあなたが誰かに奪われるなら奪い返すまでのことですから」
「……ふふ……あなたはたまに強引ですね……」
「知りませんでしたか? では覚えておいてください。アードラーの一族は狙った獲物は逃さないんですよ」
「……まぁ怖い……」
クスリと笑い、レティシアはゆっくりと息を吐く。
すると急激に意識が薄れ始めた。
今度はそれに抵抗することはなかった。
そしてレティシアはレオの体温を感じながらゆっくりと目を閉じたのだった。
「レティシア……」
気絶したレティシアを見て、レオは顔を歪める。
外傷はないが、何かされたことは間違いない。
目の前にいたのが死霊魔導師だったことを考えれば、それ関連であることも想像できた。
後ろで灰になったオーギュストを睨みつけ、レオは内側から湧き出てくる不快感から舌打ちをした。
人生で舌打ちをしたことなど片手で数えるほどしかないレオにとって、それは不快であっても新鮮だった。苛立ちのあまり殺した相手をさらに殺したいと思えるほどの激情が自分にもあったのだと気づけたからだ。
そこでレオは深呼吸して自分を落ち着かせる。
レティシアは救出できた。あとは脱出するだけだ。
そう自分に言い聞かせ、レオはレティシアを抱え、置いておいた聖杖を持って地下室からの脱出を目指した。
■■■
地下室へ一緒に侵入した鷲獅子騎士たちはレティシアの無事を知って、涙を流して喜んだ。
そして自分たちが運ぶと申し出たが、レオはそれを断って地上へと出た。
「レティシア様!?」
「ご無事なのですか!?」
「大丈夫。気絶しているだけだよ」
そう言ってレオはそのままレティシアをノワールの下まで運んだ。
一行にはレティシアが騎乗するブランもついて来ていたが、レオは気絶したレティシアをブランに任せるのは危険だと判断して、ノワールに乗せて二人乗りを選んだ。
「殿下! さすがに危険ではありませんか?」
「いいんだ。許してほしい。君らを信用していないわけじゃないんだけどね。用心しないといけない」
そこで鷲獅子騎士たちはレオが城で起きたときのように、鷲獅子騎士たちが敵と入れ替わっている事態を警戒しているのだと気づいた。
レティシアを救出してもレオは油断していなかった。
きちんと安全地帯まで連れていくまでは安心できない。
その意思を感じた鷲獅子騎士たちは、疑われていることを怒るようなことはせず、自分たちの軽率さを謝罪した。
「考えが足りませんでした。お許しを。護衛につきます」
「頼むよ」
そう言ってレオは気絶したレティシアと共にノワールの背に跨る。
そしてノワールが羽ばたき、ほかの鷲獅子たちも上昇を始めた時。
それは起きた。
「魔法だ!!??」
遠方から飛んできたのは火球だった。
さほど難しくはない火の魔法。しかしその数が尋常ではなかった。飛んできたのは軽く百を超える火球。
十人に満たないレオたちに向けるにはあまりにも膨大な数だった。
これが空を駆けているときなら回避もできただろうが、上昇中。しかもほぼ一日駆けて疲弊している鷲獅子たちでは回避などしようもなかった。
向かってくる火球をレオたちは払い落とすが、手が追い付かずにいくつかは鷲獅子たちに命中し、鷲獅子たちは苦悶の悲鳴をあげた。
「くっ! 高度をあげるんだ!」
このままでは撃ち落される。
そう判断したレオは無理やりでも高度をあげることを命令する。
そして鷲獅子たちはダメージを負いながらもなんとか高度を上げることに成功した。
しかし、そこでレオの目に入ったのは村の近くまで迫った軍勢だった。
その数は千を超えており、中には多数の魔導師と思える者たちがいた。
その先頭に立つのは黒い肌の女エルフ。
レオは一目でとてつもない実力者だと察した。
「ダークエルフが魔奥公団と繋がっていたか……」
呟きながらレオは状況の悪さに顔をしかめた。
あれだけの軍勢の接近に気づかないなどありえない。なにかしらの仕掛けがあり、それを見破れなかった。
頼みの鷲獅子たちはダメージを受け、長距離を逃げるのはほぼ不可能。
かといって戦いとなればあのダークエルフをどうにかしなければいけない。
現有戦力での対処はほぼ不可能。
そう判断したレオはすぐに指示を出した。
「東へ逃げる! 少し先に古城があるはずだ! そこに行く!」
そう指示を出して、レオは東に進路をとった。
いまだに気絶したままのレティシアをチラリとみて、レオは深呼吸をした。
「あなたは必ず守る……!」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、レオは東にある古城へと向かったのだった。
■■■
東にある古城は小さな廃城だった。
ボロボロであり、今にも崩れそうな雰囲気すら漂う。
そこに着地したレオは鷲獅子たちを休ませ、レティシアも横にさせた。
「敵の姿は?」
「騎馬の姿がちらほらと。きっと本隊はあとからやってくるんでしょう」
「どうやって帝国領内であんな軍勢を用意したんだ……!」
一人の鷲獅子騎士が小石を蹴り上げながら愚痴る。
それはその場にいる人間たちの総意だった。
「祭りがあるからってあそこまで犯罪組織の関係者が入り込めるわけがない!」
「わかっているよ。帝国上層部に裏切り者がいて、その裏切り者が手をまわしたんだろうね」
淡々とレオは告げた。
驚くようなことではない。
レティシアが拉致された時点で城の内部に裏切り者がいることは予想できたことだった。
帝国側からの協力が一切ない状況で行動に移すほど魔奥公団も王国も馬鹿ではないからだ。
「うっ……ここは……?」
そのタイミングでレティシアが目を覚ます。
鷲獅子たちがレティシアの傍に駆け寄り、言葉を掛けていくがレオは黙ったままだ。
「レオ……?」
「ここは帝国の廃城です。敵が千ほどの軍勢を用意しており、奇襲を受けました。休息も兼ねてこの場に下りましたが、鷲獅子たちが回復する前に包囲されるでしょう」
「……狙いは私です。私を置いていってください……。私がいては逃げきれないでしょうから……」
「ご冗談を。ここであなたを置いて逃げるくらいならこの場にいませんよ」
「ですが……このままではあなたまで……」
「僕は帝国の皇子です。犯罪組織の軍勢が帝国の大地を歩いている。それを看過するわけにはいきませんよ。それに……言ったはずです。アードラーの一族は狙った獲物を逃さない。横取りされるなどもってのほかです。僕はあなたを彼らに渡す気など微塵もありません」
「レオ……あなたには未来があります……それに増援のアテのない籠城は愚策です……」
「その未来の中であなたに居て欲しかった。だからここにいるんです。それに今の籠城は愚策とは言えません。僕は一人ではありませんから」
そしてレオは戦闘準備を始めたのだった。




