第二百十一話 護衛確保
「お断りしますですわ」
そう言ってミアは俺の申し出を断った。
場所はいつもの宿屋。
当然といえば当然か。彼女は魔奥公団を追って帝国までやってきた。その一件はひとまず終息しつつある。あとはレオ次第だ。
だからミアが帝国に留まる理由もないし、俺に協力する理由もない。
「駄目か?」
「魔奥公団が関係していないなら関わる理由がありませんですわ。それに城内での護衛となれば私の身分を偽ることになるはず。バレたら私がピンチですわ」
「義賊でも賊は賊だしな。たしかに危険は危険だが……帝都に留まっている以上、その危険は付きまとうぞ?」
「明日には出発しますですわ」
ミアはそう言って少ない荷物を見せた。
だが、ミアはわかっていない。
「どうやって藩国に戻るつもりだ?」
「? 普通に馬車に乗って帰りますですわ」
「旅馬車は確実に通行止めだ。現在、北のほうで揉め事が起きてるのに帝都を出発させるわけないだろ?」
「な、なら走って帰りますですわ!」
「聖女を拉致した犯罪組織が帝国内にいるわけだ。国境はもちろん各関所でのチェックも厳しくなるぞ? それはどう掻い潜るつもりだ?」
「そ、それは……皇子が何か書状でも書いてくれれば……」
「君にそこまでする理由はない。賊に関わるのは危険だからな」
さきほどミアが展開した理論をそのまま返す。
するとミアは慌てた様子を見せた。
「お、同じことを返されてしまいましたですわ……」
「帝都に留まるなら止めないが、見つかっても俺は庇わない」
「人の世は無情ですわ……」
ガックシと肩を落とすミアを見て、俺は苦笑する。
結局、どうであれミアは俺に協力するしかない。状況が許してくれないからだ。
「さて、もう一度聞くが……城で護衛をする気はないか?」
「……お断りしますですわ。帝位争いは帝国の問題。帝国の人間が精いっぱい力を尽くすべき事柄ですわ」
「正論だな。しかし、そこに藩国が関わっているとしたら?」
「言っている意味がわかりませんですわ」
「君を護衛に誘っているのは最悪の場合、反乱の可能性があるからだ。しかも他国と連動してのな」
「他国と連動しての反乱が本当に起こると?」
「現実味は帯びている。聖女の拉致は陽動。おかげで帝都の守備はかなり緩くなった。帝都を制圧し、国境は各国が突破する。その可能性は十分にある。これはもはや帝国だけの問題じゃない」
「……内乱と戦争。最悪、帝国が瓦解してしまいますですわ」
「そういうことだ。それを防ぐために力を借りたい。何もタダでとは言わない。報酬は出そう」
そう言って俺は一枚の硬貨をテーブルの上に置く。
するとミアが顔をしかめた。
「お金で動くと思われるのは癪ですわ。私はこれでも義賊! お金では……えええええ!!?? 虹貨ですわ!!??」
ミアは驚いた様子でテーブルの上に置かれた虹貨を手に取った。
帝国の最上級硬貨である虹貨は帝国の最上流階層しか使わない希少な硬貨だ。帝国硬貨は大陸でもかなりの信用度を持つため、その価値は他国でもさして変わらない。
義賊として藩国の悪徳貴族から金品を奪っていたミアだが、さすがに虹貨は目にしたことはなかったらしいな。
「依頼したいのはフィーネ・フォン・クライネルトの護衛だ。残念なことに人手不足でな。反乱がおきたときに彼女を守れる人材が必要なんだ」
「蒼鴎姫……帝国一の美女の護衛を私が?」
「皇帝のお気に入りである彼女は人質として使われかねん。もちろん何も起きなければ彼女の傍に祭を終えるまでいるだけだ。祭り中に動かないならしばらく動かないだろうしな。どうだろう? どうせ帝都に留まるしかないなら、金を稼ぐのは悪いことではないと思うが?」
「で、で、ですけど……虹貨なんて……こ、これ一枚で孤児院の子供たちに何でも買ってあげられますですわ……」
「もしもこちらの頼みを聞いてくれるなら藩国への帰路は確保しよう。まぁ反乱が起きればそう簡単にはいかないが、個人で試みるよりはよほど確実だと思うが?」
ゴードンがもしも反乱を起こすとすれば、それは相当な勝算があってのこと。これまでの経緯を考えれば王国と連合王国が仕掛けてくる。そうなると藩国も動くだろう。
国境はてんやわんやになることは間違いない。
いくらミアでも個人での突破は難しいだろう。
「帰路の安全、破格の報酬、身分の保証。好条件だと思うが? 朱月の騎士として帝位争いには断固として関われないっていうなら無理強いはしない。だけど、ここで俺に協力するのはきっと藩国の民のためにもなると思うぞ?」
「……一つ条件がありますですわ」
「聞こう」
「他国は帝国での反乱がそれなりに成功することを見越して侵攻するはず。つまり反乱が上手くいかなければ帝国に返り討ちに遭う可能性もあるということですわ」
「国力を考えればそうだろうな」
「そのとき……藩国に対して攻撃を仕掛ける場合は民の安全を確保すると約束してくださいですわ」
「いいだろう。俺は俺のできる範囲で藩国の民を守る。誓いが必要か?」
「いいえ。口約束で構いませんですわ。あなたはきっと……口約束のほうが頑張ってくれそうですから」
そういうとミアは膝をついて弓を差し出した。
その弓を受け取り、俺は再度ミアの手に戻す。
「正式な騎士ではありませんが……朱月の騎士が殿下にお仕えいたしますですわ。この弓、この武は殿下のために」
「ああ、君がいるなら安心だ。少しの間だがよろしく頼む」
そう俺が言うとミアは立ち上がる。
そしてチラチラとテーブルに置かれた虹貨を見ている。
「前払いだ。好きに使っていいぞ」
「な、なんて羨ましい台詞ですの……皇子はやっぱりお金持ちなのですわ……」
「価値あるモノにはしっかり払うさ。自分の弓に自信があるんだろう? まさか虹貨の価値がないとか言わないよな?」
「……SS級冒険者に対する依頼料は虹貨が三枚。そこまでとは言いませんが、それに準じる力はあると思っていますですわ」
「ならいいさ。悪くない買い物だ。さて、行こうか」
「あ、あの……少し時間を貰いたいのですが……私は孤児院で育ったので、その弟や妹のような子たちがたくさんいまして……は、反乱がもしも起きたら落ち着いて買い物もできないと思いますの! だから買い物をさせてほしいのですわ!!」
力強く頼まれた俺はため息を吐く。
できればさっさと城に入ってほしいんだが。
まぁいいか。
「荷物は城に送ってもらえ。アルノルト殿下のおつかいっていえば大体伝わる。それと子供へのお土産を買うなら虹貨じゃ買い物できないぞ」
「ええええ!!??」
「お釣りを出せる店なんてないからな。買い物はこれでしろ」
そう言って俺は自分の腰につけていた袋をミアに渡す。
ずっしりと重い袋を持ったミアは、恐る恐る袋を開ける。
そこには大量の金貨が入っていた。
「き、キラキラしてますですわ……」
「好きに使っていい。子供へのお土産なら良い物を買っていってやれ」
「……お金に執着がないみたいですわね……」
「金は必要なときに必要なだけあればいい。もちろんその時に備えて貯めることはするけれど、使うときに惜しむのは愚かだ。この程度で君が気分よく働いてくれるなら安いもんだ。それだけ君の弓には価値がある」
「……光栄ですわ」
そう言ってミアは俺に向かって一礼する。
これでフィーネの護衛は確保したな。
「ああ、そうだ。城ではメイドになってもらうからな」
「……はい?」
「見るからに護衛ですっていうんじゃ困るんだ」
「そ、それはわかりますが、なぜメイド!? 女執事を所望するですわ!」
「君に執事は無理だ。不自然すぎて疑われる。そんなことしたらわざわざウチの万能執事を帝都の外に出した意味がない」
「そ、そうですわ! 気になっていたんですの! 反乱がおきると思っているなら戦力を残しておくべきだったのではですわ!?」
「それじゃあ意味がない。セバスを筆頭に俺の周りにいる奴らはそれなりに警戒されている。あいつらがいるだけで警戒度は跳ね上がる。油断してもらうには一度外に出てもらわないといけない」
「ゆ、油断させるためだけに自分の護衛をすべて放出したんですの……?」
「そうでもない。万が一、帝都が封鎖された場合、隠密に行動できる奴がレオの傍には必要だ。帝都の門を制圧して開けないといけないからな」
セバスとジークはそちらの方面での活躍のほうが期待できる。
エルナを筆頭とした近衛騎士とネルベ・リッター。正面戦闘なら数倍の敵すら粉砕できる戦力だ。しかし、それらも戦えないなら意味がない。
だから使い勝手のいい臣下たちをレオの下へ送った。
「全部あなたの掌の上のようですわね……」
「そうだといいんだが、残念ながらそうならないのが帝位争いでな。まぁ俺程度に思い通りに操れる相手なら俺が出るまでもない。レオだけで十分だ。上手くいかないから二人で協力してるんだ。今までレオは帝国を守ってきた。俺はそんなレオじゃ守れないモノを守るように動いてきた。けど、今回は逆だ。レオは国ではなくて個人を守りにいった。だから国は俺が守る」
二人で同じことをやるだけが協力じゃない。
お互いの手の及ばないところを補うのだって協力だ。
俺たちはいつだってそうやってきた。
それが俺たちの強みであり、ほかの帝位候補者にはないものだ。
「〝帝国に双黒の皇子あり〟といったところですわね……」
そんなミアの言葉を聞きながら俺は部屋を出たのだった。