第二百十話 帝都支部、混乱再び
エルナを見送って、俺は自分の部屋に急いで戻った。
そこではフィーネが待っていた。
「やぁ、フィーネ。悪いんだけど、すぐに出る」
「はい。お気をつけて」
急いでシルバーの服に着替えて、仮面をつける。
そして転移魔法で移動しようとしたとき、俺は伝え忘れていたことを思い出した。
「そうだ。フィーネ」
「はい?」
「たぶんメイドを連れてくる。君の護衛だ」
「私の護衛ですか? 安全になったからセバスさんたちを派遣するのでは?」
「まぁそれはあとで説明するよ」
そう言って俺は冒険者ギルドの近くへと飛ぶ。タイミングよくギルドに現れると怪しまれるため、近くで少し様子をうかがう。
するとそこではエルナがちょうどギルドに入ったところだった。外にはまだ数名の騎士しかいない。たぶんほかの騎士は馬やら食糧なんかの準備をしている最中だろうな。
エルナだけシルバーに話を通すために先行した形か。
「シルバー! いるなら出てきなさい! エルナ・フォン・アムスベルグが来たわよ!」
「な、殴り込みだぁぁぁぁ!!??」
「アムスベルグ家の神童が討ち入りに来たぞ!!??」
「くそっ! 騎士のくせに奇襲してくるとか何て奴だ!?」
「シルバーはどこだ!? あいつを差し出せば大人しくなるはずだ!」
「ついにこの日が来ちまったか……あの仮面男ならいつかやらかすと思ってたんだ……」
「おい! 遠い目をするな! ギルドにいたら死ぬぞ!」
「とにかく逃げるか隠れるかしろ! 奴の傍によるな! 目を合わせたら聖剣が飛んでくるぞ!!」
「こ、この肉で許してくれねぇかな……」
「アホか! 相手は勇者だぞ! ちんけな肉じゃ収まらねぇさ……あいつが求めてるのはシルバーの肉だ……きっとあいつが逆鱗に触れちまったんだ……」
「勇者の逆鱗ってなんだ!?」
「知らん! だがあいつはちょくちょく無礼だから、貧乳とか言ったんだろうさ! いい迷惑だ!! 言って良いことと悪いことの区別がついてねぇんだよ!」
「まったくだ! 一つ貶したら二つ褒めるくらいの気遣いを見せろよ! 見事な聖剣ですねとか、眼光が鋭いですねとか!」
地獄絵図だな。
昼間から酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしていた冒険者たちは、エルナの登場によって正気に戻されてしまった。
大慌てでテーブルを倒し、壁にしてエルナの視線から逃れようとする。
もはやモンスター扱いだな。
混乱しすぎて火に油を注いでいることに気づいていないのが、マイペースな冒険者たちらしいといえばらしい。
「本当に……冒険者って頭に来るわね……!」
「なんか怒ってんぞ!? 褒めろ褒めろ!」
「か、髪が長いですね!」
「そうそう! 超ピンクですね! どこにいてもわかります!」
「シルバーよりは性格が良いと思います!」
「そうです! 特に仮面をつけてないのは好感が持てます!」
「霊亀を討伐したときに地形を変えたとか!」
「力加減できないところがさすがです!」
「昔から皇子を付き人みたいにしてたって聞きました!」
「真似できないっす!」
「ロンディネで騎士十人相手に勝ったとか!」
「そういう空気読めないところも良いと思います!」
「あとはあとは……おい! あんまり褒めるところないぞ!」
「絞り出せ! シルバーが無礼な分、俺たちでカバーするんだ!」
ほぼ悪口だといつになったら気づくのやら。
エルナの肩がプルプルと震えている。
状況が状況じゃなきゃがちでギルドが崩壊してたかもな。
そんなエルナに対していつもの受付嬢が申し訳なさそうに声をかける。
「本当に申し訳ありません……アムスベルグ隊長。それでどのようなご用件でしょうか?」
「シルバーを探しに来たんだけど、いないなら今、できた用事を片付けようかしら」
そう言ってエルナが剣を軽く抜く。
それだけで冒険者たちが悲鳴をあげ、恐怖で泡を吹いて倒れる者も出てきた。
「し、シルバーは神出鬼没なんです!」
「フラリと現れる不審者みたいな奴なんですよ!」
「ここにはいません! 許してください!」
「そうです! シルバーとあなたが戦ったらどっちが勝つかで、あなたに賭けるくらいにはあなたのこと好きです!」
「お前!? この前、勇者なんて転移するシルバーを捕まえることもできないって言ってただろうが!?」
「む、昔の話だ!」
醜い身内争いが始まった。
まったく、こいつらはいつも緊張感がない。
馬鹿騒ぎが大好きで、礼儀とは無縁。好きなように生きる奴らだ。
まぁそういう奴らだからこそ気に入っているんだが。
そんなことを思いつつ、俺は冒険者ギルドの前に転移して、ゆっくりと歩いて入る。
「俺を探しているらしいな。女勇者」
「ええ、急いで行きたいところがあるの。私たちを転移させなさい」
「いきなり命令ときたか。俺に得は?」
「これでいいでしょう」
そう言ってエルナはコインを三枚投げてきた。
それは虹色に輝く硬貨だった。
虹貨。帝国通貨の中では最上級のものであり、三枚というのは一般的なSS級冒険者への個人的な依頼料だ。
一括でポンと払うやつは滅多にいないが。
「虹貨だと!?」
「初めてみた……」
「しかも三枚……」
エルナらしいな。たぶん個人的なお金だろうな。エルナといえど簡単にどうにかなる金額じゃない。絶対にシルバーには協力してもらわないといけない。そう判断しているんだろう。
だから俺はそれをそのままエルナに投げ返した。
「転移させるのは構わん。だが、金はいらん。金でいつでも働くと思われるのは嫌なのでな」
「突き返したぁぁぁぁぁ!!??」
「やっぱりあいつ頭おかしいぞ!?」
「仮面のせいで硬貨の色が見えなかったんじゃないか……」
好き勝手言う冒険者たちをよそに俺はエルナに向かって手を差し出す。
何を求めているのか察したエルナが、俺に地図を渡してきた。
「印のついているところに飛ばせるかしら?」
「いいだろう。全部に飛ぶか?」
「三つでいいわ。三隊で一つ一つ捜索するわよ!」
そう言ってエルナは外に出る。そこでは近衛騎士たちがずらりと並んでおり、エルナは先頭に用意された馬に跨った。
いまだに祭りの最中のため、民たちは何事かと騒ぎ始めている。
そんな騎士と民の前で俺は三つの転移門を開いた。
「感謝しておくわ。一応」
「なるほど。受け取っておこう。一応」
「……だいたい目的は察しているんでしょう? ついてこないの?」
「俺も忙しい身でな。そちらは任せる。君が行くなら問題あるまい」
そういうとエルナは、そうと短く呟き、部隊を率いて転移門へと入っていった。
相手の戦力がわからない以上、部隊を必要以上に分散させないのは賢明だ。
急がなければならないことは間違いないが、だからといって各個撃破されるわけにもいかない。
その最低ラインが各騎士隊での行動といったところか。
十分に冷静だ。エルナなら任せてもいいだろう。
ついていくのも一つの手ではあるが、万が一の時に帝都の外にいては対処できないかもしれないからな。
「さてと」
俺はそのまま転移した。
場所は城。しかし俺の部屋ではない。
廊下を歩き、目的の部屋へと向かっていく。
その部屋の前では目的の人物とオリヒメが話をしていた。
「玉座の間の結界は複数の結界が繊細で絶妙なバランスで成り立っておったというのに……どうも帝国は結界の価値がわからないと見えるが? 宰相」
「申し訳ありません。緊急事態でして。それで修復は可能でしょうか?」
「修復は無理だ。すべて張りなおさねばならん。これは高くつくぞ?」
「十分にお礼はさせていただきます」
そう言ってフランツがオリヒメに頭を下げていた。
大陸最高の結界使い。仙姫に結界を張ってもらいたいと思う国はごまんといる。しかし仙姫はそこまで自らの結界を安売りしない。
帝国に協力的なのは帝国が謝礼を用意しているというのとは別に、オリヒメが個人的に帝国を気に入っているからだ。
忘れがちだが、オリヒメは大陸規模で超重要人物なのだ。
そんなオリヒメが俺に気づく。すると眉をひそめた。
「むむっ! シルバーではないか! この前はよくも妾を置いて行ったな!」
「失礼。帝国を見て回りたいかと気を利かせたつもりだったのだが?」
「なんと? そうであったか。たしかに楽しい旅だったぞ! うむ! 許そう!」
ちょろいな。
内心でそんなことを思いつつ、俺はフランツを見た。
向こうも俺の意図を察したらしく、フランツはうまくオリヒメを下がらせて、部屋の扉を開けた。
「話があるのでは?」
「もちろん。さきほど近衛騎士を転移させた」
「感謝しましょう。さすがはSS級冒険者。帝国宰相としてお礼申し上げる」
「感謝などいらん。帝国宰相なら帝国宰相らしいことをしてほしいものだ」
「ほう? 私が仕事をしていないと?」
「帝国東部での一件を忘れたとは言わせん。近衛騎士が皇帝の下を離れたところを狙われた。俺が動いていなければ最悪の事態もありえた」
「たしかに。あれは不覚でした。ですがその後、各地に陛下の目として散っていた近衛騎士たちは帝都に呼び戻されました」
「しかし、今、また近衛騎士は帝都を離れた」
近衛騎士団は第一騎士隊から第十三騎士隊まで存在する。
そのうちの三部隊がレオの増援に向かい、二部隊が国境に向かった。
数でいえば五部隊だが、上位部隊がほぼいなくなった。
「残る近衛騎士では不安だと? シルバーともあろうものが何を恐れているので?」
「恐れているのではない。危惧しているのだ。残念ながら帝国南部で悪魔が召喚されたときから俺は帝国軍を信用していない。攫った子供たちを兵器に使おうと企てた者が軍にはおり、今度は城の中で騒動が起きた。内部に裏切り者がいないと本気で思っているのか?」
「……それについてはコメントは控えさせてもらいましょう」
「そうか。でははっきり言ってやろう。ゴードン・レークス・アードラーがもしも帝位欲しさに帝国を裏切っていた場合、どうするつもりだ?」
「なぜゴードン殿下の名が?」
「軍に強い影響力を持ち、城の内部にも詳しい。しかも嬉嬉として内乱に持ち込もうとした前科がある。皇族の中で最も怪しい男だ。用心はしているんだろうな?」
「部外者にそこまで言われる必要はありません。それはこちらの問題。しかし、このまま追い返すのは無礼というもの。一つ言えることは〝皇帝陛下〟は自らの子供が裏切るとは思っていません。あの方はどの子供たちも帝国に価値を見出していると思っていますから」
あえて皇帝陛下と強調したということは、フランツは違うということだろう。
それならいい。
父上が子供を信じるのは別に構わない。親としても皇帝としても別に変なことじゃない。それで問題が起きたときのために周りの者がいるんだ。
フランツが備えているならどうにかなるだろう。
「そういうことなら話は終わりだ。失礼する」
「シルバー。こちらも質問が。もしも内乱になったらどちらの味方に?」
「愚問だな。俺は民の味方だ」
「なるほど。たしかに愚問でした。失礼」
こうして俺はフランツの部屋を後にした。
その後、自分の部屋に転移してシルバーの服を脱ぐ。
「アル様、メイドさんはどちらに?」
「ああ、それを今から連れてくる。まぁその前に説得だけど」
「説得ですか?」
「ああ、彼女にこれ以上帝国の問題に介入する理由はないからな。まぁ引き受けるしかない立場ではあるけど」
「なんだか悪い笑みを浮かべてますよ?」
「そうか? 気を付けよう」
さて、こっちはこっちで備えるとしよう。
聖女の拉致が陽動だった場合、とんでもないことになりかねないからな。




