第二百九話 手柄
ひっそりと目次ページの下のほうに特設サイトのリンクを載せておきました。まだ見てないという方は見てみてくださいm(__)m
あと重版もできたみたいなので、近くの書店に売ってなかったという人ももしかしたら置いているかもしれません。そちらも確認してみてください(/・ω・)/
ダークエルフたちは見るからに焦っていた。
まさかここで正体が暴かれるとは思っていなかったんだろう。
加えて、皇旗によって仕込んでいたすべての魔法がパーになったはずだ。さすがに呼び出された時点でなにかしらの策は講じていただろう。
そういう策はすべてトラウ兄さんによって粉砕された。俺のプランもだが。
まぁ結果的に最高に近い結果にたどり着いているわけだが。
ダークエルフは魔王によって力を与えられたエルフであり、通常のエルフよりも強力な力を扱う。しかし、その力は遺伝しない。つまりダークエルフというのは魔王がいた五百年前からの生き残りということだ。
その知恵や魔法や戦闘の技術、それらは恐ろしいものがある。とはいえこの状況では近衛騎士たちの敵ではない。
彼らは抵抗らしい抵抗もできずに捕まっていく。
「は、離れてください!!」
俺の背に隠していたウェンディがそう叫び、バルコニーに走っていこうとする。
その肩を掴んで俺は制止する。
「何する気です?」
「このネックレスは魔導具なのです! 爆発してしまいます!」
「ご安心を。この場においては魔導具もすべて効力を失います」
「で、ですが、一時的では!? 無理やり外せば爆発する物です!」
「それも問題ないでしょう。騎士団長」
「すでに斬っています」
俺が声をかけるとそう声が返ってきた。
見ればウェンディのネックレスは見事に斬れ落ちていた。
それを拾い、俺はアリーダに投げる。あとは向こうが適切に処置するだろう。
問題はそっちじゃない。
俺は改めてウェンディを自分の背に隠した。
「父上、彼女は」
「脅されていたから許せというのだろう? その話はあとだ。今は聞かねばならんことがある。ウェンディ殿、何があった?」
「お許しくださいとは申しません……すべては私たちエルフの責任です。エルフの里を出た私たちは予定のルートを通っていましたが、そこで襲撃に遭い……私以外のエルフは殺されました。その後、私はさきほどの魔導具を首につけられ、言うことを聞くしかなく……」
誰かに喋りに行けば、その人間ごと殺せる魔導具といったところか。
ウェンディが打ち明けられなかったのは仕方ないことだろう。
「だが、あなた方の動きは我々も掴めなかった。ダークエルフだからこそつかめたというのか?」
「いえ……ルートを知っていたのはエルフの里の者だけです。おそらくはエルフの里の者が漏らしたのでしょう……エルフの里はずいぶん前から王国より圧力を受けていましたので、その圧力を危惧して王国の策に乗った者がいてもおかしくありません……」
「なるほど……では王国の策とは? 知っていることはすべて教えていただきたい」
「私も彼らの話を聞いていただけなので、どこまで正しいかはわかりませんが……聖女レティシアの拉致は王国側の提案だったそうです。ダークエルフはあくまで実行犯なのだと。それと問題が一つあります」
「問題?」
「はい。聖女レティシアを拉致したダークエルフは別にいます。彼女は現在のダークエルフの族長。護衛隊長を殺し、化けていたのも彼女です。今頃は帝国北部に移動しているかと」
「ダークエルフの族長……」
父上が顔をしかめる。
ダークエルフというのはそれほど厄介な相手なのだ。
エルフ自体が人間よりはるかに個体として優れているのに、悪魔から力を授かった者たちだ。しかも五百年前の戦争を生き残った古強者ばかり。
その族長となればどれだけ厄介な敵か。
「そのダークエルフの族長ですが……本人が言っていたことなので真実かはわかりませんが……魔奥公団の幹部なのだと語っていました。私がなぜこんなことをするのかと問うたときに、笑顔で魔法の研究のためと語っていたので……おそらく真実だと思います」
「そこで繋がるか……」
「私が言えたことではありませんが……すぐに救出部隊を……彼らはしきりに悪魔の話をしていました。最悪の場合……魔王を呼び出そうとするかもしれません」
「ダークエルフならあり得る話です。陛下」
魔王はたしかに討伐された。
しかし魔界にはまだまだ悪魔がいる。呼び出そうとすれば魔王に匹敵する悪魔を呼び出せるだろう。なにせ実験体が聖女だ。
生贄にするのか依り代にするのか。どうであれ帝国にとって害しかない事態になるのは間違いない。
「アリーダ」
「はっ」
「近衛第三騎士隊長、エルナ・フォン・アムスベルグを聖女救出部隊の隊長に任命する。第四騎士隊、第五騎士隊を含む、近衛三隊で第八皇子レオナルトの援軍に向かえ」
「かしこまりました」
アリーダへの指示を出し終えた父上は疲れたように玉座にもたれ掛かる。
ウェンディの言葉に証拠能力はない。ウェンディがいくら王国が主導したことと語っても、王国は認めないだろうし、ほかの国も取り合わない。
結局のところ、ウェンディがダークエルフと行動を共にしていた事実は変わらないからだ。
そうなるとレティシアを救出できなければ王国との戦争が近いということになる。
救出できないということは、内では悪魔騒動、外では侵攻というサンドイッチに陥るということだ。そりゃあ疲れるか。
「フランツ。西部と北部の国境に近衛騎士団を派遣し、警戒させよ。西部には第二騎士隊、北部には第六騎士隊が順当だろう」
「よろしいのですか?」
「軍や諸侯の騎士を動かせば目立つ。まだ侵攻を受けたわけではない。刺激すれば余計な問題を増やしかねん」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「エリク。外務大臣としての手腕に期待しておるぞ?」
「お任せください。しかし注力できるのは一国だけでしょう。最も厄介な皇国は絶対に参戦させませんが……ほかの国は申し訳ありませんが手が追い付きません」
「仕方あるまい。王国、連合王国、藩国。三国による侵攻は想定されていたことだ。想定の中では最悪に近いパターンだがな。ゴードン。軍の対応はできているか?」
「北部国境は万全です。藩国の軍勢では突破は不可能でしょう。問題は西部国境かと。王国の全力攻撃となれば防ぐのは難しいかと思います。ただし、中央部の部隊も命令があれば即座に動ける用意があります」
「よろしい。侵攻を受ければお前にも出てもらう。とりあえずはウィリアム王子のご機嫌取りだ。お前は個人的親交がある。彼を通じて連合王国を切り離せるか試せ」
「お任せを」
エリクとゴードンに指示を出した父上が次に視線を向けたのはトラウ兄さんだった。
血を持っていかれたせいか、立っているのもつらいらしく近衛騎士によって支えられている。
「トラウ。喋れるか?」
「はい、なんとか……」
「では説明せよ。どうして皇旗を持ってきた?」
「じ、自分、レオナルトが城を抜け出し、アルノルトが拘束されたと聞き、なんとかせねばと思いまして、聖女レティシアの部屋へ行ったのです。そこでジッと遺体を観察していると違和感に気づきまして、これは魔法によるものだと思った次第です」
「それで宝物庫から皇旗を持ち出したのか?」
「ええ、魔法なら無効化してしまえばいいかと思いまして。それで宝物庫から取ってきまして、ああ、衛兵には父上が必要だと言っていると嘘をつきました。お許しを」
「その程度、どうでもよい……それで聖女レティシアの遺体がここにあると知り、持ってきたというわけか?」
「その通りでありますよ」
「褒めるべきか、怒るべきか……」
父上は呆れたように頭に手を置いた。
トラウ兄さんらしいといえばトラウ兄さんらしいな。違和感に気づき、それが何かとか深く考えずに解いてしまおうと考えるあたり。
「まぁよくやったと言っておこう。違和感に気づいたのはアルノルトとお前だけだ。皇旗の発動も結果的には良い働きだった。玉座の間の結界は張りなおさねばならんがな」
「そ、それは申し訳なかったでありますよ、ただ仙姫殿もいるしいいかなっと……それと自分は観察力には自信があるのですよ。いつも見ているので」
何をとは言わないあたりが悲しいところか。
トラウ兄さんの視線はさっきからウェンディに釘付けだ。
その視線をそっと遮り、俺は父上に告げる。
「父上。彼女に部屋を用意したいのですが」
「そうだな。ウェンディ殿。申し訳ないが行動は制限させていただく。ただし護衛は厳重にする。それで許してほしい」
「滅相もありません。処刑されてもおかしくないところ。陛下の寛大な処置にお礼申し上げます」
そう言ってウェンディは丁寧に頭を下げた。
そんなウェンディと心配そうな表情を浮かべているクリスタを連れて俺は玉座の間を後にする。
だが、去り際に父上が声をかけてきた。
「アルノルト」
「はい?」
「よくやった。お前の手柄だ」
「よしてください。それに手柄ならレオのものですよ」
「そうだな……二人の手柄だ」
あくまで手柄を主張する父上に苦笑しつつ、俺は一礼して玉座の間を去ったのだった。
まだ何も解決はしていないからだ。
■■■
「上手くやったみたいね」
「なんとかな」
城の部屋で拘束されていたエルナと合流した俺は北部の地図を広げて、怪しい場所に印をつける。
「犯人はダークエルフの族長であり、魔奥公団の幹部。そういう人物ならそれなりに大きな隠れ家を確保してるはずだ」
「国境方面に逃げたとは考えないの?」
「それなら国境守備軍が対処すればいい。だがほぼないだろう。奴らは王国主導の計画で動いている。帝国内部で騒ぎを起こすことを望まれている以上、そこまで国境には寄らないはずだ」
「なるほど。それで今、印をつけた場所が怪しいところ?」
「一応な。廃城だったり、軍の施設跡だったり、鉱山の跡地だったり、いろいろだ」
「よくそんなこと知ってるわね?」
「ヴィンが教えてくれた。帝都に何かあった場合、敵が逃げるならこの辺りだとな」
「あの毒舌軍師の想定内ってことかしら?」
「どうかな。ヴィンはたぶん別のことを想定していたと思うが……まぁすでにリンフィアを伝令に出している。あいつはあいつで動くだろう」
そう俺が説明し終えると部屋にセバスとジークが入ってきた。
俺が呼んだからだ。
「なにか用か? 坊主」
「エルナについて行ってくれ。現状、動かせる戦力はすべてレオのところに送り込む」
「おいおい、近衛騎士隊が三つも行くんだろ?」
「それでも……できることはしてやりたい」
「そうかい……ならしょうがねぇな」
「了解いたしました」
ジークとセバスの了解を得て、俺はエルナを見る。
その顔に浮かぶのは自信満々な笑みだった。
「……レオを頼む」
「任せなさい。しっかり助けてくるわよ。みんな一緒にね」
「こういう時は本当に頼もしいな。だけど間に合うか?」
「まぁ私たちでも鷲獅子に追いつくのは難しいでしょうね。一応、早馬を用意したけど、もう一つアテがあるわ」
「アテ?」
「移動に便利な魔法を使う奴が帝都にはいるでしょう? 今回はパシリに使わせてもらうわ」
そう言ってエルナは笑みを浮かべた。
なるほど。俺はシルバーになってもこいつからは逃げることはできないらしい。
まぁあえてしゃしゃり出る必要がなくなった。好都合だ。
いつもどおり、暗躍の時間といかせてもらうか。