第二百四話 違和感
今日の夜更新はありません。今日の分がこれですm(__)m
城が封鎖され、犯人捜しが始まった。
そんな中、俺はずっとレティシアの部屋にいた。
「後悔しておられるのですかな?」
音もなく現れたセバスがそう告げる。それに対して俺は首を横に振った。
「別にしてないさ。そもそもどうしてそう思うんだ?」
「無理やりでも連れ出せばよかった。そう思っているのかと思いましたが?」
「ここまで違和感のある現場じゃなきゃそのくらいは思っただろうけどな」
「違和感ですか?」
セバスが首を傾げる。
やはりな。レティシアの遺体には微かな違和感がある。しかしそれは皇族がよく観察してようやく見つけ出せるかどうかほどの微かなものだ。
注意力のあるセバスですら気づかない。完璧な死体といえた。
だが、どうしても違和感がある。
「私にはわかりませんな」
「じゃあわかることだけ聞こう。なぜ殺したと思う?」
「帝国内で聖女が死ねば王国との戦争のキッカケになります。反帝国派としては望ましい展開では?」
「あのレティシアが信頼して連れてきた護衛隊長が裏切ったと?」
「状況証拠がそれを示しています」
「状況証拠か……オリヒメの結界はレティシアが扉を開けないかぎり破られない。つまり相手はレティシアが扉を開ける人物。たしかに護衛隊長ならそれは可能だろう。剣もその護衛隊長の物だ」
「はい。ですから」
「おかしいだろ? 帝国と王国の戦争。それを望むならレティシアの護衛隊長の犯行であってはならない。こんなものは王国側の人選ミスだ」
「たしかに……」
セバスも俺の違和感にたどり着く。
死体以外にもこの現場に違和感があった。護衛隊長の仕業だと主張しているような状況証拠。それは護衛隊長が本当に反帝国派としてレティシアを殺すならば消さなければならないものだ。
それはやはり引っかかる。
「時間がなかったと片付けるのは簡単だが……壁に突き刺す暇があるなら消すべきだろう」
「無理やり考えるなら引き抜けなかったというのはどうでしょうか?」
「聖女の護衛隊長は鷲獅子騎士でもある。そこまで間抜けか? それに抵抗の様子も見えない。無抵抗の相手を思いっきり壁まで突き刺すか? だいたい護衛隊長なら別の凶器を用意するくらいできるだろう」
「まったくですな……そうなると護衛隊長が犯人だと決めつけるのはまずいですかな?」
「まずいなんてもんじゃない。護衛隊長の犯行ではなかったとしたら、犯人は別にいるわけだ。では濡れ衣を着せられた護衛隊長は? 現在、父上は濡れ衣で〝王国の護衛隊長〟を犯人として捜しているということだ。しかも城を封鎖してな。これで犯人が外に逃げていれば、追手を出すチャンスを逸したことにもつながる。城を封鎖すればだれも外には出れないだろうが……帝国が誇る近衛騎士も身動きが取れなくなる」
「王国からすれば……願ったりかなったりの状況ですな。それは確実に帝国のミスです」
「わざと取り逃がしたと言われてしまえば反論のしようもない。とはいえ……城を封鎖すること自体はセオリーだ。城で事件が起きれば必ず皇帝は城を封鎖する。問題なのはその滅多に起きないセオリーを敵が知っていたということだ。知っていなければこの流れにはならんしな。敵の真の狙いはこっちの足止めだ。そして帝国はその罠にはまった」
あの時点で城を封鎖せず、追手を放つという手はない。城に犯人がいるかもしれないからだ。父上は敵の狙いがどうであれ、城を封鎖して捜索を命じるしかない。
つまりレティシアの死体が出た時点で、この流れは必然なのだ。
犯人は厄介な近衛騎士を足止めし、王国は戦争のキッカケを得た。
「どうされるのです?」
「帝国側の人間が犯人を見つけるしかないだろうな」
「見つけられますか?」
「見つけられるわけないだろ。手がかりがない……だが、俺の推測が正しいなら手掛かりは見つけられるかもしれない」
「推測ですか?」
「そうだ。犯人は足止め、王国は戦争のキッカケ。それぞれ今回のことはメリットがある。だが、一つだけ得していない組織がある」
「魔奥公団ですな?」
俺はセバスの言葉に頷く。
帝都の地下で暗躍していた魔奥公団は今回、一切得をしていない。
組織の拠点を壊滅させられ、しかも研究対象とするはずだったレティシアが死んでいる。
おそらくこの事件に深く関わっているだろうに、魔奥公団には一切のリターンがない。
「奴らは魔法に憑りつかれた研究者だ。金程度じゃ動かないだろう。レティシアと同レベルの研究対象を出さなきゃ納得しないはずだ」
「四宝聖具の使い手となると、エルナ様ですかな?」
「不可能だろうな。刃を飲み込むようなもんだ。内から細切れにされる」
エルナとレティシアは違う。
エルナは聖剣がなくても強いが、レティシアは聖杖があるから戦場で輝くだけの存在になれる。
研究対象にするならどっちがたやすいか。比べるまでもない。
そうなると魔奥公団にはレティシアを渡すしかない。
「王国と魔奥公団は繋がっていなかったということでしょうか?」
「真相は知らんよ。だが……魔奥公団の拠点にはレティシアを手に入れたあとの資料しかなかった。そこがひどく引っかかる。処分するならすべて処分すべきだろうし、痕跡もなかった。だからあそこにあった資料がすべてだ」
「つまり……魔奥公団は聖女様を手に入れる算段があったと?」
「よそから渡されることが前提なら説明がつく。王国はこれから帝国と戦争しようって国だからな。帝国にはできるだけ弱体化してほしいだろうさ。四宝聖具の使い手を被検体にするなんて、どれほどの被害が出るかわかったもんじゃない」
「しかし、下手をすれば王国にも被害が出かねませんが? それくらい魔奥公団は厄介な組織です」
「被害が大きくなればシルバーが出張るという予想だろうさ。万が一、帝国との戦いでシルバーが帝国に協力したら厄介だろうからな」
「そこまで考えて動くとなるとまずいのでは? どう考えても王国一国の規模ではないかと」
「そうだな。とはいえ、それより調べなきゃならんことがある」
そう言って俺はレティシアの死体を指さす。
あそこにあるのは確実に死体だ。それは間違いない。
「魔奥公団にレティシアの身柄が渡ったとして……じゃああれはなんだ?」
「……偽物ですか?」
「偽物だろうな。この違和感は勘違いではない。必ず魔法的な何かが関わってる。だが、俺ですら微かな違和感としか捉えられない。それはなぜか? これが間違いなく人の死体だからだ。血の匂いや臓腑の匂い。そこらへんをすべて誤魔化すのは不可能だ」
「なるほど。行方不明の護衛隊長は目の前にいたと?」
「そう考えるのが妥当だろうな。さて、そうなるとわかるな?」
「はい。アルノルト様でも手こずるほどの魔法。それはきっと慣れ親しみのないものだからでしょう。そしてそういう類のものを使う方々がいますね」
「そうだ。急遽、帝国に来ることを承諾した奴らがいる。大陸西部の大森林は王国に近い。繋がっていてもおかしくない。〝エルフ〟を見張れ。この死体をレティシアに偽装できるのは奴らしかいない。これは〝殺人に見せかけた拉致〟だ。動きがあれば判断は任せる」
ウェンディは姿を幻術で誤魔化していた。
その幻術を使えば死体をレティシアに見せることができるかもしれない。というよりそれしか考えられない。ただし、ウェンディよりもよほど高度だ。
彼女じゃないか、もしくは彼女だけじゃないか。どちらにせよ、監視は必須だ。
「アルノルト様はどちらへ?」
「レオのところへ行く」
「幻術を解くのでは?」
「解けるなら解いてる。エルフの秘術は知らんからな。時間を掛ければいけるだろうが、その時間が惜しい。今の推測を父上に認めさせて、エルフに解かせるしかない」
「なるほど。そのためにレオナルト様が必要なのですね」
「俺よりもよほど発言力があるからな。俺が言っても妄想と言われるだけだ」
出涸らし皇子の推測では人は動かない。もちろん動かそうと思えば動かせるだろうが、そうなると頑張らなきゃいけない。それならレオに説明させたほうがいい。説得する時間も省けるしな。
レティシアが生きているなら時間は大切だ。
「なるほど。日頃の行いのツケが回ってきましたな」
「うるさい。それとリンフィアを伝令に出してくれ」
「城は封鎖中ですが?」
「待っていたら間に合わないかもしれないだろ? エルナの部隊がいるところから抜け出させろ」
「バレたら大変なことになりますが?」
「もうすでに大変なことになってる」
「それもそうですな。それでどちらに伝令を?」
「ヴィンのところだ」
要人を笑顔で出迎えるのにオレはいらない。
そう言ってヴィンは帝都を離れていた。
ヴィンは発想ではなく予想に長けた軍師だ。幾通りものパターンを考えて動いている。そしてヴィンが備えていたのは帝都で何か荒事が起きた場合。
そのためにヴィンはとある場所で待機していた。
「なるほど。傷跡の騎士団の出番というわけですな。しかし手掛かりもなく、どうやって動かすおつもりですか?」
「ヴィンなら上手くやる。今の推測を伝えれば、相手の逃走ルートくらい割り出す。まぁしいて言うなら北だ。東部は姉上の領域だ。南部は復興のために多くの軍人や騎士が動いている。西部は王国との国境。最前線になりかねないし、王国関連なら真っ先に捜査される。誰が犯人だろうと逃げるなら北部しかない」
それも言わなくてもヴィンならすぐに同じ結論に達するだろう。
皇太子が傍に置いたその才は伊達じゃない。
「さてと……敵の罠を食い破るぞ」
「かしこまりました」
そう言ってセバスはその場から去り、俺はレオの部屋へ向かうのだった。