第二百三話 聖女の死
明日の投稿は昼の12時です。
ストレス展開が苦手な方は明日のお昼にまとめて読むことをおすすめしますm(__)m
「誰かがあなたを奪うなら――僕があなたを奪う。どこの誰だろうと渡しはしない」
普段のレオからは想像できない強引な物言いにレティシアは完全に圧されてしまっていた。
真っすぐすぎるプロポーズを受け、レティシアは顔を伏せる。
自分を助けるためにプロポーズというなら、レティシアにとっては予想できていたことだった。レオは優しい。皇族の一員ということにして自分を守ろうとしてもおかしくはない。そのくらいの認識はあった。
しかし、愛しているからプロポーズというのは予想していなかった。
かつてないほどに恥ずかしさを感じて、レティシアは顔を伏せることしかできなかった。
それが照れなのだと自覚し、レティシアは顔を赤く染めた。
なにより――嬉しいと思い、勢いのままに返事をしてしまいそうな自分が恥ずかしかった。それはあまりにも軽率で軽薄といえた。
レオは迷惑などとは決して言わないだろうが、この申し出を受けるということは多大な迷惑をかけるということだ。
受けてはいけない。受けるわけにはいかない。
そう決意してレティシアは顔をあげた。
しかし真摯に自分を見つめるレオと目が合ってしまった。その瞬間、レティシアは一瞬で顔を伏せた。
とても直視できなかった。顔がどんどん赤くなり、熱を持ち始めているのがわかった。
段々息苦しさも感じてきた。このままだと倒れてしまう。
そんな風にレティシアが思ったとき、レオが告げた。
「返事はすぐにとは言いません。祭りはあと二日。帝都を発つまでに返事をいただけますか?」
「……は、はい」
自分が出しているとは思えないほどか細く、弱弱しい声にレティシアは驚愕してしまう。
引き延ばしてどうなるというのか。どうせ断るなら今断るべきだ。
そう自分を叱咤する内なる自分がいる一方、助かった、よかった。どうしようかと思ったと安堵する内なる自分もいる。
こんなことは初めてだった。ゆえにレティシアは軽くパニックになっていた。
プロポーズされるのは初めてではなかった。
聖杖を持ち、戦場を駆けたときから何人もの男がレティシアにプロポーズしてきた。
戦場で杖を掲げる姿に惹かれた軍人。聖女としての知名度を欲した貴族。最初期から共に戦ってきた仲間。
誰もが美しいとレティシアを賛美し、その在り方を肯定した。あなたの傍にいたいと告げた。
しかし傍にいてほしいと言ったのはレオだけだった。奪うなどと言ったのもレオだけだった。
だからどうしたと思う自分もいる。ただの言葉だと断じるのは簡単だ。
それでも拒めない自分もいた。レオが聖女としての自分を必要としたわけではないからだ。
この場において聖女という肩書は足かせにしかならない。それでもレオはプロポーズをしてくれた。それがたまらなく嬉しかった。
「突然のことで困惑したでしょうが……すべて本心です。どのような返答でも受け止めます。ご安心を」
「はい……ありがとうございます」
「ではお部屋までお送りします」
そう言ってレオは何気なく手を差し出した。
レティシアもそれを掴もうとして、すぐに躊躇する。
さきほどまで何気なくされていた手をつなぐという行為が今、とてつもなく恥ずかしいと感じたのだ。
手を軽くあげた状態で固まってしまったレティシアを見て、レオは苦笑しながら優しくその手を取った。
「っ!?」
「暗いですから。足元にはお気をつけを」
「は、はい……レオナルト皇子」
恥ずかしさで消え入りそうな声で返事しかできない。
他人の言葉でここまで動揺したのは初めてだった。
そんなレティシアの手を引きながらレオはふと告げた。
「レオ」
「はい……?」
「レオと呼んでいただけませんか? 僕をそう呼ぶ人はそこまで多くはないので」
「えっと……」
「あなたにはそう呼んで欲しいんです」
笑顔が強引だ。
そう思いながらレティシアは目をそらしながら頷いた。
それだけのことだが、レオは満足そうに笑ってレティシアのエスコートを続けた。
そしてレティシアの部屋が見えてきた。部屋の前では金髪の女騎士が立っていた。
「お帰りなさいませ。レティシア様」
「カトリーヌ……遅くなってしまってごめんなさい」
「いえ、お気になさらず」
そう言ってカトリーヌと呼ばれた女騎士は頭を下げた。
レティシアはそんなカトリーヌをレオに紹介する。
「れ、レオ……その、何度か会っているとは思いますが、私の護衛隊長を務めてくれているカトリーヌです」
「よろしく、カトリーヌ」
「はい、殿下」
そう短い会話をしたあとレオはレティシアの手を離した。
そして爽やかな笑顔で告げた。
「ではおやすみなさい。レティシア。また明日迎えにきます」
「は、はい……」
そのまま立ち去るレオの後ろ姿をレティシアは見つめ続けた。
そんなレティシアの横でカトリーヌが苦笑する。
「お返事はなされたのですか?」
「な、何の話です?」
「プロポーズされたのでは?」
「ど、どうしてそれを!?」
「見ていればわかります。そのご様子では返事はまだですか」
「……待ってもらっています」
「決めるのはレティシア様ですが……身の安全を確保するならば悪い話ではありません。ただ」
「ただ?」
「帝国中の女性を敵に回すかもしれませんが」
「ううぅ……私にはもったいない方です……」
「そうでしょうか? お似合いだと思いますが」
そんな風に笑いながらカトリーヌは部屋の扉を開ける。
そしてレティシアが部屋に入るとオリヒメの結界が発動した。
「それではおやすみなさいませ。レティシア様」
「はい。おやすみなさい。カトリーヌ」
こうしてレティシアは眠りについたのだった。
■■■
深夜。
城にいるすべての人が眠りについたころ。
レティシアの部屋をノックする音が聞こえてきた。
その音で目が覚めたレティシアは目をこすりながら訊ねた。
「どなたですか……?」
「僕です」
「れ、レオ!?」
まさかこんな時間に訪ねてくるなんて。
それが意味することを考え、レティシアは顔を赤く染める。
しかし、すぐにその考えは消え去った。
「お伝えしなければいけないことがあります。開けていただけますか?」
真剣な口調だった。
何かあったのだろうことは容易に察しがついた。
はしたない想像をした自分を罵倒しつつ、レティシアはベッドから起き上がって扉まで行く。
そして扉を開けた。
「ありがとうございます。このような夜分に申し訳ありません」
「いえ……何かありましたか?」
「はい」
そう言ってレオは周囲を警戒しながらそっと部屋に入り、扉を閉めた。
きっと暗殺に関わることだろうとなと思い、レティシアは目を伏せた。
「暗殺者ですか……」
「はい。あなたが無事なら安心です。部屋にも誰もいないようですね」
「はい、ここにはあなたと私しかいません」
「そうですか」
そう言うとレオはポケットから小さな宝玉を取り出した。
それを割ると紫色の煙が噴き出る。
「な、なんですか!?」
「安心してください。眠るだけです」
「眠る……!?」
レティシアは咄嗟に口と鼻を押さえるが、すでに吸ってしまっていた。
途端、とんでもない眠気がレティシアを襲う。
視界がゆがみ、足元がおぼつかなくなる。フラフラしながらレティシアはそれでもベッドのほうへ向かう。
そこには聖杖があるからだ。
だが、レオはそんなレティシアの手を引っ張り、煙のある場所まで引き戻す。
「さすがは聖女様ですね。人間の女性にしか効かないように改良したものですが、普通なら即座に眠りに落ちるはず。大した精神力です」
「あなたは……レオでは……ない……?」
「さぁ、どうでしょうか。あなたには関係ない。あなたはここで死ぬのだから」
「げん……じゅつ……」
自分の迂闊さをレティシアは呪った。
まさかレオの姿に化けてくるとは。プロポーズのあとでまともに顔を見れないのもすぐに気づけなかった要因だ。幻術特有の違和感もしっかり観察しなければわからない。
これまで感じたどの眠気よりも重い眠気を感じながら、レティシアは自分の唇を噛む。
強い力で噛まれた唇は出血し、一瞬の痛みをレティシアにもたらす。その痛みで眠気を我慢しながらレティシアは這うようにして聖杖のほうへ向かう。
だが、あともう少しというところで体が動かなくなってしまった。
「れ、お……」
最後にそう呟き、レティシアは眠りに落ちてしまう。
そしてレオに化けた人物はそんなレティシアを見下ろしながらつぶやく。
「あなたは何も悪くない。悪いのは王国です」
そう言って腰に差した剣を抜くのだった。
■■■
翌朝。
レオはレティシアの部屋へ向かっていた。
今日も祭りはある。楽しんでもらうためにはどうすればいいか。どこに連れていけばいいか。
そんなことを考えていたレオの足取りは軽かった。
だが、レティシアの部屋の前に多数の近衛騎士の姿を見つけて、その足は止まってしまった。
「……レティシア……」
名前を呼び、レオはそのまま走り出す。
近衛騎士が制止しようとするが、それを突破して部屋の扉までたどり着く。
そこにはエルナがいた。
「レオ……」
「退くんだ、エルナ」
「悪いことは言わないわ……部屋に戻って」
「退け!!」
レオは激昂して、部屋に入ろうとする。
だが、エルナがそれを止める。
そんな二人に向かって静かな声が投げかけられた。
「入れてやれ。見る権利はある」
「アル!?」
「兄さん……」
アルの言葉を聞き、レオを制止するエルナの手が一瞬緩む。
その瞬間、レオは部屋の中へと入った。
中には皇帝と宰相、エリクとゴードンもいた。
そして全員の視線が壁に向けられていた。
「あ、ああ……そんな……」
そこには――レティシアが剣によって壁に縫い付けられていた。
夥しい血が部屋中に広がり、だれがどう見ても死んでいる。そんな状況だった。
それを見て、レオの中で何かがガラガラと崩れていった。
「うぁ……ううう……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
レオの悲痛な叫びが部屋中、城中に響き渡る。
頭を抱え、レオは叫び続ける。
こんなはずはない。これは悪い夢なのだと自分に言い聞かせる。
そんなレオに向かって、ゴードンが言葉を浴びせた。
「死体を見た程度で発狂か。見慣れているだろう。この程度の死体」
その言葉を聞き、レオは一瞬、頭が真っ白になった。
そして顔をあげる。視界にはゴードンとエリクの二人が映っていた。
ゆっくりとレオの手が剣に向かう。
「お前たちかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「エルナ」
「ぐっ……」
エリクとゴードンに襲い掛かろうとしたレオだが、エルナによって打撃で気絶させられた。
指示を出したアルは深く息を吐いて、さらに指示を出す。
「部屋に閉じ込めておけ」
「アル……」
エルナは一瞬、沈んだ表情を浮かべたが、アルに真っすぐ見つめられて静かにうなずき、意識を失ったレオを運び出した。
そしてアルはレティシアの死体に視線を移す。
その死体を観察する中で、皇帝に報告が入った。
「殺害に使用された剣は護衛隊長のものです。そして護衛隊長の行方は知れません」
「門番たちはなんと?」
「警備に当たっていたすべての者を集め、聞き取りを進めていますが、今のところ夜のうちに城を出た者はおりません」
「では城を封鎖せよ。祭りが始まればその騒ぎに乗じて逃げられる。絶対に見つけ出せ」
皇帝の指示を受け、宰相が恭しく一礼した。
そんな報告を聞きながらアルはレティシアの死体から目を離さなかった。
展開の想像はお任せしますが、明日の話を読んだうえで判断していただけるとありがたいですm(__)m