第二百一話 困ったこと
結局、その後、城を見て回ったが裏切り者の手掛かりは探し出せなかった。
そして夜。城では大規模なパーティーが開かれていた。
各国の要人たちはもちろん、多くの貴族が招かれたそのパーティーは大いに盛り上がりを見せていた。
「フィーネ! あちらにも珍しそうな食べ物があるぞ!」
「オリヒメ様。あんまり走ると危ないですよ」
黒いドレスを着たオリヒメが周りを見ずに走って、人とぶつかりそうになる。それをフィーネがやんわりと注意する。
フィーネは青いドレスを着ており、どちらもパーティー会場では別格の存在感を放っていた。
そんな二人の後を追い、俺はパーティー会場を移動する。
本来、オリヒメの接待は俺の役目なんだが、今日一日、オリヒメの接待をしていたのはフィーネだった。だからオリヒメはフィーネと仲良くなっていた。まぁそれとは別に、オリヒメがほったらかしにされてへそを曲げているというのもあるが。
「むむっ! これはまた珍妙な味だ! しかし辛いな。アルノルト。妾は喉が渇いた」
「そこらへんにあるぞ」
「喉が渇いた」
オリヒメはジーっと俺を見つめてくる。
一日中ほったらかしにしておいて、その程度の願いも聞けないのか。そんな風に目が語っていた。
仕方なく俺は近くのテーブルに置いてある果汁水を持ってきて、ため息交じりにオリヒメに渡す。
「ほらよ」
「うむ。ご苦労」
「偉そうだなぁ」
「むっ? 何か文句があるのか? そっちがその気なら妾も一日中ほったらかしにされた文句を言ってもよいのだぞ?」
「ほったらかしって言ってもフィーネと遊んでたんだろう?」
「うむ。フィーネは大変良くしてくれたぞ。エルフの姫たちと一緒に祭りも見に行ったしな」
「ならいいだろ?」
「良くはない! 妾は悲しかった……」
しょぼーんといった様子でオリヒメが肩を落とす。
それをフィーネが苦笑しながら慰める。なんだかとても悪いことをした気分だ。
まぁ祭りにまた行きたいとオリヒメは言っていたし、連れて行ってやるとも言っていた。その約束を破る形になったのは申し訳ない。
「悪かった。機嫌を直せ」
「むー……」
「今度埋め合わせをする」
「本当か? 嘘ではないな?」
「ああ、本当だ」
「うむ! ならば許そう!」
そう言ってオリヒメは快活な笑みを浮かべる。
切り替えの早いことだ。まぁすぐに機嫌が直るのは助かる。というか、接待役を放り出したのに機嫌が悪くなった程度で済んでいる時点で感謝するべきか。
父上に報告されたら俺は大目玉だっただろう。まぁそのときは正直に魔奥公団の調査だったというが、手間であることは変わりない。
今は時間が惜しい。何をやるにしても時間が足りない。
このパーティーの時間を使って、セバスに城の中を探らせているが果たして手掛かりが見つかるかどうか。
「見つからないだろうな……」
呟きながら俺は周囲を見る。
パーティー会場の端ではウェンディとクリスタ、そしてリタが楽しそうに食事をしている。そこから少し視線を移すと皇国の大臣とエヴァとジュリオが話をしていた。たぶん外交に関する話だろう。
近くにはエリクとコンラートがおり、二人で何かを話していた。形式的とはいえ、コンラートはゴードンを支持している扱いだ。それがエリクと何を話しているのやら。
まぁコンラートは食えない奴だ。飄々としており、世渡り上手な雰囲気を持つ。エリクとも仲良くしておいたほうがいいと思えば、すぐに実行する。
そんな場所から正反対のところにゴードンとウィリアム王子がいた。喋る相手は藩国の要人。傍にはトラウ兄さんがいる。
トラウ兄さんの視線は離れた場所にいるクリスタのほうに注がれている。もはやさすがとしか言いようがない。
まぁそうは言っても聞き耳は立てているようで、藩国の要人もやりづらそうだ。
なにか企みについて話していたら、真っ先にトラウ兄さんが気づくだろう。あれで本気になったトラウ兄さんは厄介極まりない。出し抜くのは相当難しい。
やはり俺が心配すべきはあっちか。
そう思いながら俺は会場の中央に視線を移す。
そこには白いドレスを着たレティシアがいた。
清純清楚を体現したような純白のドレスはレティシアによく似合っており、会場中の視線を集めていた。
まさに主役といった様子だ。自然と目を惹かれるし、その振る舞いについつい見惚れてしまう。
その隣にいるのはきっちりとしたレオ。こちらも女性陣の注目を集めていた。レティシアの隣にいながら存在感を失わないのはさすがというべきか。
女性陣がため息を吐くほどにはお似合いの二人だと言えた。
しかしレオのほうはどうも憂いの含んだ表情を浮かべている。近くにいる貴族の女性はそんなレオを見て、今日のレオナルト様はいつも以上に素敵! とか言っていたが、俺からすれば不安しかない。
ふとレオと視線があった。
仕方ない。できれば自分だけで解決してほしいんだがな。
俺は首を動かして、ついてこいと伝える。正確にその意図を察したレオは、レティシアに断りを入れて俺の後に続く。
場所はバルコニー。ちょうどいいことに周りに人はいない。
「兄さん……」
「浮かない顔だな?」
「うん……ちょっとね」
そう言ってレオは視線を伏せる。
まったく、手のかかる弟だ。
そう思いながら俺はレオに訊ねる。
「レオ。お前の答えは出たのか? 俺の答えじゃなく、お前自身の答えだ」
レティシアを見捨てるというのは皇子として出した俺の答えだ。
それがレティシアの望みにも叶う。
だが、それは俺の答えだ。しかしレオの答えは聞いていない。
だから俺は訊ねた。そのことで悩んでいると思ったからだ。
しかし、それに対するレオの返答は早かった。
「出てるよ。僕の答えはもう」
「ん? そこで悩んでるんじゃないのか?」
「一日考えて答えも出せないようなら皇帝になる資格なんてないよ。兄さんが言うように彼女に最高の思い出をあげるべきだと思った。だから今日一日、彼女のことだけを考えた。そして気づいたんだ。僕は――こんなにも彼女に生きてほしいと思ってるって」
「へぇ……それでどうするんだ?」
「……すべて解決する方法は一つ。彼女を帝国に引き抜くことだ」
「亡命か。彼女が飲むとは思えないが?」
「わかってる。だから最後の手段を使うよ」
「最後の手段?」
ある程度、予想はできる。
レオならそういう答えが出せると思っていたからだ。
あえて言わなかったのはレオに気づいてほしかったからだ。そして自分で気づかないと意味がないから。
レオが自分で出した答えの延長でなければレティシアは動かない。
これは感情の話だから。
「うん。僕は……レティシアを妻に迎えたい」
「そうか。いいんじゃないか? お似合いだと思うぞ?」
レオの答えに満足しながら俺は何度も頷く。
やっぱりレオはレオだ。悩みながらもベストな答えを導きだす。
帝位争いのことを考えても、ここで人気のあるレティシアを妻に迎えるのはメリットしかない。個人的にも大局的にも完璧な一手といえる。
さすが俺の自慢の弟だ。
そんな風に思っていたのだが、途端にレオが情けない表情を浮かべた。
「そ、それでね……兄さん……困ったことがあるんだ……」
「うん? なんだ?」
「……あのさ……」
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「体調というか、気分が悪い……実はね……プロポーズの仕方がわからなくて困ってるんだ……どうしよう……なんて言えばいい?」
縋るようにこっちを見てくるレオを見て、俺は深くため息を吐いた。
やっぱりこいつは手のかかる弟だ。