第百九十九話 呪詛使い
昨日はすみませんでしたm(__)m
以後、体調管理には気を付けます
イグナートとの戦いに勝利したあと、俺はさらに地下室を進んだ。
予想どおりイグナート以上の用心棒はもうおらず、最深部までの間にあったのは散発的な抵抗だけだった。
そして俺は一つの扉の前にたどり着いた。
魔力を感じる扉だが、俺は気にせず扉を開ける。すると俺に向かって電撃が飛んできた。
しかしそれは結界によって防がれる。
「さすがは古代魔法の使い手。帝国最強の魔導師と呼ばれるだけはある。大した結界だ」
そう言って拍手をしたのは金髪の髪をオールバックにした青年だった。
その目は紫と緑の虹彩異色だった。それだけで高い魔法の素養があることはうかがえる。
偉そうに椅子にふんぞり返り、俺を真っすぐ見つめている。
その部屋は今までとは違う部屋だった。
本で埋め尽くされたその部屋は書斎といったところか。目の前の男の私的スペースなのだろう。どこか爺さんの部屋に通じたものがある。
魔法に魅了され、魔法の研究ばかりしているという点では同類といえる。本質的には大きく差があるだろうけど。
「お前が幹部か?」
「いかにも。私の名はイアン。魔奥公団のシンボル、羽を持つ魔導書を預かりし者だ」
そう言ってイアンは自分の左手にあるマークを見せる。
悪魔の羽が生えた本のマーク。ミアが言っていた幹部の証だろうな。
虹彩異色は生まれながらにして強い魔力を持つ。それを持つということはそれだけで優秀な魔導師ということだ。
「魔法の研究者たちが集まって出来上がった犯罪組織、魔奥公団。帝都の地下でこそこそと一体何をやっていた?」
「知らずにやってきたのか?」
「地下に蛆虫が湧いていると聞いてな。蛆虫が何をしているかまでは知らん」
俺の挑発にイアンは眉をピクリと動かす。
そして薄い笑みを浮かべる。
「ひどい言われようだ。我々が蛆虫か。ならば地上の人間たちは石ころかなにかか?」
「そうだな。お前たちと比べれば宝石ほどにも価値がある」
「さすがは帝国に君臨するSS級冒険者だ。贔屓がすごい」
「どうかな。どのSS級冒険者に聞いても同じ答えだと思うぞ? これでもSS級冒険者の中では優しいほうなのだがな。俺の言い方は気に食わなかったかな?」
「そうだな。人並の感性は持ち合わせているのでね。蛆虫と同列に扱われると少しは傷つく」
「そうか。悪かったな。言い直そう。魔法に取りつかれたクズ。この帝国で何をしていた?」
イアンは今度は反応しない。
しかしゆっくりと魔力は高まりを見せている。
顔に浮かべている余裕の表情はいまだに消えない。
何か策があるんだろうな。
「どこで魔法の研究をしようと私の勝手だと思うが?」
「魔法の研究? 後ろめたいことがないならなぜ地下室にこもる?」
「人見知りでね」
「そうか。では健全な魔法の研究だと?」
「もちろん」
「……魔導師として興味本位だ。聞くだけ聞いておこう。何を研究していた?」
「とある人物の協力を得て、大魔法に挑戦しようと思っている。今まで誰もやったことのない魔法だ」
「協力か……」
この時期にわざわざ帝都に潜入して、普通の魔法を研究するわけがない。
そしてこいつらに協力するということは実験体になるということだ。喜んで協力する奴なんてまぁいないだろう。
つまり。
「協力者ではなく、被検体の間違いじゃないのか?」
「そういう言い方もできるな」
「そうか。興味本位のもう一つ。それは聖女か?」
「さすがはシルバー。耳が早いな。そうだ。彼女に協力してもらうつもりだ」
ニコリとイアンは笑った。
そこに悪意はない。自分が悪いことをしていると思っていない人間の笑みだ。
自分以外のすべては実験体くらいにしか思っていないのかもしれない。
ザンドラに通じるモノを感じる。こいつらにとっては自分の目的以外はどうでもいいんだろうな。
「なるほど……こちらも情報収集は終わった。そちらも準備を終えたのだろう?」
「余裕だな。わざわざ準備が整うのを待っていてくれたのか?」
「魔導師としての興味だ。非合法な手段を用い、他人を利用し続けて開発された魔法というのがどれほどつまらないものか興味があってな」
「ふん……そのつまらないものに貴様は敗れるのだ!」
そう言ってイアンが指を鳴らした。
その瞬間、部屋中に張り巡らされた無数の結界が発動し、俺が立っているところは魔法陣で囲われる。
その魔法陣は一つ目のような紋様をしており、それが俺を見つめて拘束する。
「私の専門は呪詛。古今東西の呪詛結界を集め、研究した私の呪詛結界は対象を完全に無力化する! それが我が新魔法・邪眼結界! 部屋に入った時点で貴様の負けは決まっていたのだ!」
「たしかに多様な結界を組み合わせているようだな」
部屋に張り巡らされた結界は二十を超えている。これだけの結界を重ね合わせ、強力な効果を俺の下にある一つ目の魔法陣に集中させているんだろう。
たしかに強力だ。しかし所詮は寄せ集め。
「私こそが最強の呪詛使い! 相手が悪かったな! シルバー!」
「ああ、まったくだ。相手が悪かったな」
そう言って俺は右足を軽く上げ、そのまま一つ目を蹴る。
それだけで俺の下にあった魔法陣は崩れ去り、部屋に張り巡らされた結界もガラスが砕けたような音とともに崩れ去っていく。
「ば、かな……」
「正直、大したものだと思う。反発しあうだろう結界を上手い具合に組み合わせ、絶妙なバランスで一つの結界に落とし込んだんだからな。だが、そのバランスを崩せばすぐに崩れ去る。実戦じゃ使い物にはならんよ」
「そんなことはわかっている……だからトラップのようにして使ったのに……なぜその結界内で動ける……?」
「お前の呪詛より俺の結界のほうが強いからだろうな」
イアンは結界内にさえ取り込めば勝てると踏んだようだが、さすがに甘い考えだ。
仮にもこっちは帝国最強の魔導師。相手がオリヒメの結界だろうと時間さえあれば脱出は可能だ。大陸最高の結界使いでそれなのだ。イアン程度の呪詛結界なら通常どおりに動ける。
そして通常どおりに動けるなら魔力を込めて魔法陣のバランスを崩すことも容易だ。
「どれだけ多種多様な魔法を研究し、組み合わせたところで、それは新魔法とは呼ばん。そんなものは現状の仕様を少し弄ったのと大差ない。新魔法とは既存の物の壁を一つ越えてこそ作られる。魔法の開発を舐めるな」
「ふ……ふっふっふ……さすがだ……さすがはシルバー……私は運が良い。帝都で計画の主導なんて外れくじと思っていたが……最強の魔導師と腕比べができるとは!!」
そう言ってイアンが右腕から巨大な火球を放つ。
大したもんだ。ふつうの魔導師なら詠唱が必要なレベルの魔法を詠唱もなく、一瞬で発動させた。
だが。
「腕比べ? 呪詛使いが呪詛を捨てて何を競う気だ?」
「くっ! ならば!!」
イアンは懐から一つの石を取り出した。
魔力をため込んだ宝玉だ。それをイアンは俺に投げつけてきた。
俺の結界がそれを受け止めた瞬間、宝玉が砕け散り、煙が宝玉から漏れ出した。
「はっはっはっ! 終わりだな! シルバー! その宝玉は私が開発した特別製だ! その煙を吸えば三日は眠ったままだぞ!」
「そうか」
そう言って俺は煙を丸い結界に封じ込める。
一瞬にして煙が隔離されたのを見て、イアンは目を見開くが俺は気にせず告げた。
「説明ありがとう。お前を殺さずに無力化するのは面倒だと思っていたところだ」
「まっ!」
「待たん」
俺は煙の入った結界をイアンに投げつける。
イアンの傍にいった瞬間、結界が壊れて煙が漏れ出る。
それを浴びたイアンはすぐに意識を失って眠りに落ちた。
「さて、あとは調べ物か」
呟いたあとに俺はイアンの机の上にある資料を見始めた。
そして出てきた資料を見て俺は思わず舌打ちをした。
「ちっ……! 思ったより厄介だな」
そう言って俺は必要な資料を集め始めたのだった。