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第百九十七話 民のために





「拠点は今はだれも使っていない貴族の屋敷の地下です。魔導師の集団だけあって、強力な結界が張ってありますので、直接転移というのは止したほうがよいでしょうな」

「わかった。一応周りで待機しておいてくれ」

「かしこまりました」

「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 そう言って俺はシルバーとして転移したのだった。

 転移した先はあらかじめ教えられていた貴族の屋敷。

 数年前に使われなくなってから、放置されていたそうだ。それが犯罪組織の拠点にされているのだから帝国の落ち度と言えなくもない。


「まぁ放棄された屋敷なんて一々把握できないから仕方ないか」


 そんなことを呟きながら、俺は屋敷の中に入る。

 そして地下室に繋がる扉を見つけた。

 もちろん鍵がかかってるし、結界で封じられてもいる。

 だが、この程度なら無いも同然だ。

 扉に手を添え、魔力を流し込む。

 すると扉が一瞬で爆ぜた。結界も俺が送り込んだ魔力に耐え切れず、完全に消失してしまった。


「これで向こうも気づいただろうな」


 地下室に繋がる階段を下りながら俺は周りの魔力濃度を上げていく。

 魔導師が主導する組織とはいえ、末端にいるのは普通の人間のはず。

 そういう奴らをわざわざ相手をしてやる必要もない。

 そんな風に思っていると地下室についた。


「ほう?」


 目の前にあるのは一本道。

 何の変哲もないように見えるが、見えない魔力の糸が張り巡らされている。

 それに引っかかれば何かが出てくるんだろうな。

 そんな風に思いつつ、俺は何事もなくその一本道を進む。

 すると魔力の糸に反応したため、壁から矢が飛び出してきた。


「魔法と罠の連動か。さすが魔奥公団の拠点だな」


 面白い仕掛けだとは思うが、面白いだけだ。

 発動までの時間を考えれば猛者には通用しない。

 実際、俺に向かってきた矢は途中で失速して落ちてしまっている。

 そのまま一本道を抜けると一気に広い空間に出た。

 そこでは数十人の男たちが武器を構えて待っていた。


「来たぞ! 投げろ!」


 あの罠を突破するような奴には矢が効かないと判断しているからだろう。

 男たちは投げ槍を投げてきた。

 その投げ槍も魔法で若干強化された代物だ。その質は軍で採用されてもおかしくないレベルだ。

 とはいえ。


「これでおしまいか?」

「嘘だろ……」


 誰かがそうつぶやく。

 投げ込まれたすべての槍は俺の前で止まっていた。

 空中で静止する槍を見て、勘のいい者は次に起こる事態を察して物陰に隠れようとする。


「なら全部まとめて返品だ」


 槍がその場でクルリと反転する。そこでようやく何が起こるのか察した多数の男たちが逃げようとするが、もう遅い。

 一瞬で俺の前にあった槍が射出され、男たちの体を貫いていく。

 物陰に隠れた者もその遮蔽物ごと貫き、その場にいた大半が死亡、または行動不能になった。

 しかし。


「ほう?」

「うぉぉぉぉ!!」


 一人、それなりにできそうなやつがいたか。

 剣を抜いた男が俺の左から突っ込んでくる。

 あの槍の雨を潜り抜けた時点で、たぶん実力的にはA級冒険者クラスの力は持っている。

 ただ。


「そんな……馬鹿な……」

「悪いな。半端な攻撃じゃ俺には触れることもできんよ」


 男の渾身の一撃は俺の前で制止した。

 ビクともしない剣を見て、男が絶望の表情を浮かべる。


「言い残すことはあるか?」

「し……」

「し?」

「し、シルバーだあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「紹介ご苦労」


 男を左手で吹き飛ばす。

 それだけで男は壁にめり込み、絶命する。

 さて、今ので俺が来たということは敵全体に伝わったはず。

 見る限り、この地下室はかなり広い。おそらく元からあった地下室を拡張したんだろう。


「さて、幹部を探すとするか」


 呟き、俺は血の海と化した部屋を抜けて先に進んだのだった。




■■■




「撃て撃て!! これ以上、中に入らせるな!!」


 地下室を進んでいくと組織の構成員と思われる者たちが思い思いの反撃手段を取ってきた。

 魔法を使う者もいるし、連弩を使ってくる者もいた。

 結果はどれも変わらず俺に届かないということで共通ではあったが、何人か最初に出会った強者と似たようなレベルの者がいた。

 それだけでこの組織の層の厚さが理解できる。


「邪魔だ」


 俺の前で机を積んで、バリケードにしようとしていた奴らを見つけて、俺は右腕を振るって風圧を起こして、バリケードごとそいつらを吹き飛ばした。

 こういう閉鎖空間だと何をするにもかなり手加減しないといけないから、俺からすれば不利なんだが、この陣容を見れば俺が突入してよかったな。

 セバスとミアでも制圧はできたかもしれないが、きっと時間がかかるし、取り漏らす可能性も増える。

 そんな風に分析していると奥から若い男が出てきた。

 血のように赤い髪の粗野な男。背中には大剣を背負っている。

 その顔に浮かぶのは挑発的な笑み。


「まさか犯罪組織にS級冒険者が関わっているとは思わなかったぞ。イグナート」


 目の前に現れた男の名前はイグナート。霊亀討伐に際して集められたS級冒険者の一人だ。


「はっ! 冒険者は何でも屋だぜ? 報酬さえ積まれればなんだってやる! 誰かさんの割り込みで思っていた以上の報酬はもらえなかったんでな。ここで稼いでるのさ。こいつらは最高だぜ? なにせ金払いがいい。帝国と違ってな!」


 そう言ってイグナートは愉快そうに笑った。

 金のために動くというのは冒険者らしい考えだ。それは間違ってない。

 だが、冒険者ギルドは所属する冒険者に対して犯罪組織と関係を持つことは許さないと宣言している。

 民のため。その唯一無二の鉄則に反するからだ。


「冒険者としての矜持は捨てたか?」

「民のためってか? さすがはSS級冒険者殿。お利口様だぜ。そんで俺の答えだが、そんなのはクソくらえだ。民が俺たちに何かしてくれんのか? 守ってやってんのに文句ばかりいいやがって。俺は大嫌いなんだよ。民も、その冒険者の鉄則を振りかざすお前みたいなやつもな!」


 そう言ってイグナートは背中の剣を抜いた。

 そしてその剣に魔力が流し込まれると、その刀身は炎に包まれたのだった。


「魔剣か」

「そうだ! モンスターだろうが人間だろうがなんでも焼き切る最高の相棒だぜ!」


 叫びながらイグナートは真っすぐ俺に突っ込んでくる。

 S級冒険者はただでさえ強者だし、俺は閉鎖空間じゃ全力を出せない。

 誤算も誤算。大誤算だ。

 だが。


「かはっ……!?」

「――奇遇だな。俺も大嫌いだ。冒険者唯一の鉄則を破る奴がな」


 イグナートは俺に近寄る前に、横殴りの攻撃を受けて壁にたたきつけられた。

 なにが起こったのか理解できていないイグナートに対して俺は手招きする。


「立て、イグナート。SS級冒険者として冒険者の鉄則ってやつを叩き込んでやる」

「ざけんな! ひ弱な魔導師風情が!!」


 起き上がったイグナートは今度はフェイントを入れながら俺に肉薄する。

 そして上段から魔剣を振り下ろした。それを俺は結界で受け止める。


「受け止めたな? 余裕が消えたぜ? シルバーさんよぉ!」

「いや、なんでも切れる相棒とやらを試しただけだ。大したことはなかったが」

「このっ! お前は殺す! そしてその趣味の悪い仮面を剥いでやるよ!!」


 こうして帝都の地下で人知れず、SS級冒険者とS級冒険者の戦いが始まったのだった。

 

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