第百九十六話 アルの答え
体調が安定しなーい( ;∀;)
開会式の後、レオが俺の部屋に来て、二人で話したいと言ってきた。
深刻そうな顔つきを見て、俺はオリヒメをフィーネのところに向かわせて話を聞くことにした。
「……」
「……」
しかしレオは喋らない。
いや喋れないのかもな。自分の中でも整理できていないのだろう。
「レティシアは何と言っていた?」
「……兄さん。僕は……」
レティシアの名前を聞いた瞬間、レオの顔が泣きそうに歪んだ。
それを見て、どういう会話がなされたのかは大体予想がついた。
「彼女はやはり命を狙われていたか……」
「兄さんは気づいていたんだね……」
「そうかもしれないと疑ってた。けれど彼女は俺には話さなかった。お前には話したんだな」
「嬉しくないよ……彼女は自分の命を諦めてた……!」
レオは絞り出すようにそう告げると、レティシアとの会話の内容を喋り始めた。
レティシアが王国の反帝国派に狙われているということ。その反帝国派には次期国王もいるということ。国民も含めて、王国には反帝国の意識があるということ。
反抗すれば国を割るため、レティシアは自らの命を諦めているということ。最期の時を楽しませてほしいと言われたこと。
レオは悔しそうに語った。
「それが彼女の決意か……」
王国に身をささげたレティシアにとって、王国は自分のすべてだ。
何をするにも王国を最優先に彼女は考える。
そんなレティシアにとって、王国が帝国との戦争に向かうのは避けなければいけない。しかし、真っ向から対立することもできない。
ならば聖杖の持ち主であり、強い王国の象徴である自分が死ぬしかない。そう思っているんだろう。
すべては王国のために。
彼女らしいといえば彼女らしい。
「なにか……なにか手はないかな? 僕は彼女を救いたい!」
「立派なことだが……俺たちには関係ないことだ」
「え……?」
「彼女は王国の人間。だから王国のことを最優先で考える。俺たちは帝国の皇族。帝国のことを最優先に考える義務がある。彼女が帝国で死なないように守ることには賛成だが、その後まで関わる義理はないし、余裕もない」
「そんな……! なら彼女に死ねというの!?」
「そうだ。死にたいなら死ねばいい。彼女が望んでいることだ。そこに俺たちが口をはさむのは間違っている。帝国で死なれたら困るが、王国内で死ぬなら俺たちは困らない」
ドライともいえる俺の言葉を聞き、レオが一歩後ずさる。
絶望に満ちた顔を見たくないため、俺は目を閉じた。
「兄さん……彼女は友人でしょ!?」
「友人だ。しかし家族じゃない。家族なら何をおいても助けるが、あくまで良き友人だ。王国の旗の下で生きている以上、俺たちが助ける対象ではない」
「そんな言い方! 彼女は必死に王国に尽くし、王国のために頑張ったんだ! こんなことってないよ!」
「そうだな。言いたいことはわかる。だが、何とかすべきなのは王国の人間だ。これは王国の問題なのだから」
「彼女は親帝国の人だ! 助けることは帝国の利益につながる!」
「半端な覚悟で関われば彼女の言う通り、王国が二分される。それを避けるために彼女は死のうとしているんだ……。彼女の決意を無駄にする気か? 死んでほしくないなんて言うのはこちらの勝手な都合だ」
スッと目を開けるとレオが感情がごちゃまぜになった表情を浮かべていた。
憤り、悲しみ、諦め。いろんな感情が内から湧き出て、まったく整理できてなさそうだ。
似たような表情を昔見たことがある。
「昔……お前が死にかけの猫を拾ってきたのを覚えてるか?」
「……覚えてるよ」
「あの時、母上はお前に自分の責任だと言った。〝その後〟のすべてに責任を持つなら助けてもいいと母上は言ったな。今回も一緒だ。責任が持てないなら行動はしてはいけない」
「……彼女は猫じゃない」
「そうだな。だから降りかかる責任もその比じゃない。彼女は王国の聖女。彼女を助けるということはその後にやってくる数多くの問題について責任を持つということだ。そして俺たちはその責任を持てる立場にはない。だから彼女が望むとおり、楽しい時間だけ提供してやれ」
結局、死にかけの猫は二人で世話をして寿命を迎えるまで一緒にいた。
だが、今回は二人で力を合わせても無茶が過ぎる。
レオは項垂れて、視線を落とす。無力さを痛感しているんだろう。
「セバスが調べたかぎりじゃ、帝都に犯罪組織が潜入している。俺はこれからシルバーに動いてもらうように頼みにいく。お前は彼女の傍にいてやれ」
「……それしか、ないのかな?」
「さぁな。俺は俺らしい答えしか出せない。今言ったのは俺の答えだ」
その言葉を聞き、レオはぎこちなく笑う。
そしてわかったよと言って、レオが部屋を出て行こうとする。
そのとき、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼いたします。私はウェンディ様の従者。ポーラと申します」
そう言って入ってきたのは眼鏡をかけた女のエルフだった。
できる人という雰囲気を纏ったその人は、笑顔を浮かべて丁寧に頭を下げた。
「何かありましたか?」
「ウェンディ様が祭りを見てみたいと仰いまして。あの場にいる方では判断できなかったので、アルノルト殿下へお伺いしに参りました」
「そうか。わかった。手配する」
「ありがとうございます。それとレオナルト殿下ですね? 殿下のお噂はエルフの里まで聞こえてきています。お会いできて光栄です。握手をしていただけますか?」
そう言ってポーラはレオに握手を求める。
まったくもってそんな気分じゃないだろうが、レオは何とか笑顔を浮かべて対応する。
「そんな顔でレティシアのところに行ったら悲しませるぞ?」
「わかってるよ……ちゃんとやるから」
ポーラが出て行ったあと、レオにそういうと小声でそう返してきた。
大丈夫だろうかと思いつつ、俺はレオを見送る。
すると俺の後ろから声がしてきた。
「少々厳しいのでは?」
「一緒に助けてやるっていえばよかったか?」
音もなく現れたセバスは首を横に振る。
「そういうわけではありません。ただ追い詰めすぎではと思いまして」
「あの程度で諦めるならその程度だ。諦めたほうがいい」
「まるで諦めてほしくないかのような言いぶりですな? レオナルト様なら違う答えにたどり着く。そんな風に思っておいでですかな?」
セバスはフッと笑いながらそんなことを言ってきた。
それに顔をしかめつつ、俺は話題を変えた。
「幹部の男の拠点は見つけたのか?」
「はい。バレてもいません」
「そうか。なら俺がやる。ミアは待機させておけ」
「ずいぶんと積極的ですな」
「城の内部に必ず裏切り者がいる。だが、色々と見て回ったが誰かはわからん。魔奥公団が唯一の手掛かりだ。失敗は許されない。最大戦力で制圧する」
「かしこまりました」
そう言ってセバスはシルバーの服を用意するのだった。