第百九十四話 青い髪のエルフ
今日から新章ですm(__)m
早朝。
式典当日の朝のせいか、城はいつもよりだいぶ慌ただしい。
その慌ただしさのせいで目が覚めてしまった俺は、運動がてら城を散歩していた。
「アル兄さま……?」
「クリスタ? 早いな」
後ろから声を掛けられ、振り返るとそこにはクリスタがいた。
場所は城の中腹。広場があるエリアだ。
「兄さまこそ早い……なにしてるの?」
「散歩だな」
「じゃあ私たちと一緒」
「私たち?」
そう聞き返すとクリスタが静かにうなずき、広場のほうに視線を向ける。
そこでは青い髪のエルフとリタが楽しそうに歩いていた。
「エルフの姫君か。ずいぶん仲良くなったみたいだな?」
「うん。良い人」
「そうか」
クリスタが懐くのは珍しい。
排他的なエルフは人間を見下す者も多い。だが、そういう人物ならクリスタが懐くこともないし、リタと楽し気に歩くこともないか。
ただ問題がある。
彼女を見ているとどうにも違和感が湧いてくる。
城に来たときは結局、違和感の正体には気づけなかった。
彼女には何かがある。
そう思って彼女を注意深く観察していると、向こうがこちらの視線に気づいた。
深く一礼すると向こうも頭を下げたあと、こちらに近づいてきた。
「お初にお目にかかります。第七皇子のアルノルトと申します。エルフの姫君」
「姫君なんて言われると照れてしまいます。私はウェンディ。エルフの里より参りました」
丁寧にあいさつするウェンディからは不穏な気配は欠片も感じられない。
親しみのある笑顔には嘘もない。
しかし違和感だけは消えない。
「アルノルト殿下はクリスタ殿下と仲がよろしいのですか?」
「うん、アル兄さまとクリスタは仲良し」
クリスタがそう言って抱きついてくる。
苦笑しながらクリスタの髪を撫でつつ、俺はウェンディから視線を外さない。
何かあともう少しで掴めそうな気がする。
そう思っているとリタが慌てた様子で俺とウェンディの間に割って入った。
「あ、アル兄! そろそろリタたち行かないと!」
「う、うん! 戻らないと!」
リタとクリスタの慌てようはどうもおかしい。
二人はウェンディの手を引いてその場を去ろうとする。
そのとき、一瞬だがウェンディの姿がブレたような気がした。
錯覚と思ってしまいそうな僅かな変化だが、俺はその手の現象を見慣れている。
「幻術か」
俺の言葉を聞き、リタとクリスタが足を止め、体を震わせた。
ビンゴか。
二人とは対照的に当事者のウェンディは落ち着いた様子だった。
「さすがは帝国の皇族。どなたも良い目を持っておられますね」
「クリスタも気づきましたか」
「はい。話は部屋でも構いませんか?」
「もちろんです。何か事情がおありなのでしょうから」
そう言って俺はクリスタたちと共にウェンディの部屋へ移ったのだった。
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「まずは欺いたことをお詫び申し上げます」
「それは構いません。気になるのはなぜ幻術を使っているのか、ということです」
俺の質問にウェンディは一つ頷き、自らにかけていた幻術を解いてみせた。
かるくウェンディの体が光り、そのあとに本当のウェンディが現れた。
スレンダーな大人の女性だったウェンディが、クリスタと変わらない背になっていた。
つまり子供ということだ。
「なるほど。子供が代表では礼を欠くというところですか」
「はい。エルフの里で人間の国に行きたがる者は多くありません。その多くない中で要人を務められる身分は私しかいませんでした。しかし大国である帝国への使者として子供が向かったとなれば失礼に当たるのではという意見もあり、仕方なく幻術で姿を変えていたのです」
「先に言っていただければ対応したのですが……まぁもう仕方ないでしょうね」
嘘をついた以上は嘘を貫き通すしかない。
事情が事情だし、バレたところで父上が怒るとも思えないがバレずに済むならそのほうが面倒は少ない。
チラリとクリスタとリタを見ると、二人とも怒られるのではとビクビクしていた。
そんな二人の頭に手を置く。
「秘密を守るならもっと上手くやれ。怪しかったぞ?」
「……怒らない……?」
「怒らないさ。お前は接待役だ。立派に務めを果たしてる。リタもな」
「リタは何もできてない……」
嘘がバレたことがショックだったのか、リタは肩を落としている。
護衛としての力不足は感じているんだろう。せめて秘密を守る手伝いくらいはと思っていただろうに、それを暴いてしまった。
悪いことをしたな。
「姫君。この子たちをよろしくお願いします。困ったことがあれば頼ってくださればお力になりましょう」
「陛下にお伝えしないのですか……?」
「伝えたところで対応する暇は父上にはありません。仕事を増やすよりは誤魔化し通したほうがよいでしょう。まぁバレたところで問題にする人ではないので、肩の力を抜いてください」
俺の言葉を聞き、ウェンディは安心したようにほっと息を吐いた。
ずっと気を張ってたんだろうな。
エルフの成長はある程度のところで止まる。だが、ある程度のところまでは人間と変わらない成長速度をたどる。つまり見た目が子供のウェンディは間違いなく子供ということだ。
異国の地で心細かっただろう。それでも耐えれたのはクリスタとリタが友人になったからだろうな。
「フィーネには伝えてあるのか?」
「ううん……まだ」
「じゃあフィーネには伝えておけ。問題が起きたら俺かレオに知らせろ。なんとかする。いざとなれば母上に頼めばどうにでもなる」
父上はクリスタには甘い。
その母親代わりである母上にも当然ながら甘い。
クリスタが母上に頼れば、父上は間違いなく許すだろう。
だが、父上が許したところで問題を大きくしようとする者もいるはずだ。エルフは嫌いだという者も帝国にはいるし、礼儀を重んじる者もいる。
そういう奴らを黙らせるのに父上の手を煩わせるのは心苦しい。式典のために大忙しだからな。
「とはいえ、なるべくバレないように。皇族の視線にはお気をつけを。俺が気づけるということは全員に気づかれる可能性があるということです」
まぁ違和感を覚えて、それを解明しようとする者は少ないだろう。
問題なのはそこではない。
ウェンディの姿がドストライクな変態がいるということだ。
「とりあえずトラウ兄さんには近づくな。いいな?」
「うん、わかった」
クリスタが真剣な顔つきで頷く。
クリスタもまずいとは思っているみたいだな。
ウェンディはトラウ兄さんが求めていた〝ロリフ〟そのものだ。
あの人がウェンディを見てどんな反応をするのか。ちょっと予測できない。
「注意点はそのくらいか。では失礼します。姫君」
「あ、アルノルト殿下。その……ありがとうございます」
「礼は結構です。その分、帝国を楽しんでください。そのために来られたのでしょう?」
「はい! 私は人間や人間の国に興味があります! お祭りも見てみたいです!」
「リタも祭り楽しみ!」
「私も」
「それはフィーネに伝えておけ。手配してくれるはずだ」
そう言い残して俺は部屋を出る。
扉を閉めると壁に寄り掛かったジークがいた。
「また聖女の部屋に近づいたのか?」
「ちげーよ。お前さんの妹たちの護衛で眠いだけだ」
「そうか……悪いな。面倒事を押し付けて」
ジークにはクリスタとリタの傍にできるだけいてもらうようにしている。
たぶんその過程でウェンディの正体にも気づいていたんだろう。
バレないようにしっかり護衛してくれているようだ。
「別にいいさ。これも仕事だ。こっちはどうにかなる。そっちはどうだ?」
「順調とは言えないな。最悪、騒動が起きるかもしれない。クリスタにしろ、ウェンディにしろ、狙われる可能性は十分にある。任せたぞ?」
「はっ……誰に言ってやがる。このジーク様が護衛してんだ。傷一つ」
「あ、ジークいた」
カッコつけている最中にジークはクリスタに抱えられて部屋に連れていかれてしまう。
きっとまたおもちゃにされるんだろうなと思っていると、中から叫び声が聞こえてきた。
「いてぇぇぇぇ!! 引っ張るんじゃねぇぇ!!」
「……まぁ仕事と割り切ってもらおう」
少し同情しつつ俺はその場をあとにする。
今日は式典当日。
やることはたくさんある。
 




