第百九十三話 王国の事情
短くてすみませんm(__)m
夜。
俺は城を抜け出して、ミアと密談をした宿屋にいた。
「どうだ? 収穫はあったか?」
俺の問いかけにミアがすぐに頷く。
明日はもう式典当日。
その後も祭りが続くとはいえ、大事な日なことには変わりない。
向こうも動いたか。
「魔奥公団の幹部を見つけたですわ」
「ほう? 顔見知りなのか?」
「いいえ。私は初めてみる顔でしたですわ」
「それなのに幹部だとわかるのか?」
ミアは頷き、一枚の紙を取り出す。
そこに描かれていたのは黒い本のマーク。ただの本ではない。悪魔の羽が生えた奇怪な本のマークだった。
見るからに怪しそうなマークに俺は目を細める。
「これは?」
「魔奥公団のシンボルマークですわ。幹部はこれを入れ墨として体に入れているのですわ」
「なるほど。このマークを持っている奴を見つけたか?」
「はいですわ」
魔奥公団の幹部を見つけられたのはデカい。
そいつの動きを追っていれば、自然と何をしようとしているのかがわかってくる。
式典中の帝都に犯罪組織というのは不穏極まりないが、対応できることとすれば警備を厚くすることくらいか。
父上に言ったところで捜査には乗り出さないだろう。そんな人手はないし、すでに計画が始動しているなら時すでに遅しだ。
中止というのもありえない。
やれることは限られている。
「レオナルト様はどうでしょうか?」
セバスがそうレオの様子を聞いてくる。
秘密を握っているだろう聖女から何かを聞き出せそうなのはレオしかいない。
気にするのは当然だ。
「一応、フォローはしたが……ここからはレオ次第だろうさ」
「聖女様も何か不穏な気配を感じているなら言ってくだされば力になれるのにですわ」
「彼女が話さないという時点である程度のことは予想できる」
「予想というと?」
「……聖女レティシアは王国のために戦った。王国とそこに住む民こそが彼女の守るべきものだ。たとえそれが自分を裏切ろうともな」
「王国が聖女を裏切ると?」
セバスの問いに俺は一つ頷く。
自分の問題だとレティシアが口を閉ざすということはそういうことのはずだ。
「信じられないですわ……王国を支えるのは聖女様のはずでは……?」
「王国とて一枚岩じゃない。現在、王国を主導する派閥は聖女レティシアを中心とする親帝国派だ。だが、それとは別に反帝国派も大勢いる。そして反帝国派は親連合王国派でもある。彼らは連合王国と手を組み、帝国に対抗するべきだと主張する。だから帝国との関係を改善させ、連合王国からの侵攻を跳ね返したレティシアは邪魔で仕方ないんだ」
連合王国にとってレティシアは目の上のたんこぶだ。
レティシアという聖女がいるかぎり、連合王国は王国の領土を手に入れることはないだろう。そもそも連合王国の主要な者たちは開戦に踏み切らない。いや踏み切れない。
それほどレティシアというのは連合王国には恐れられている。トラウマに近いかもしれない。
だからこそ、連合王国と親密な関係を築く上でレティシアの存在は邪魔となる。
「救国の聖女なのに……都合が悪くなれば排除しようとするだなんて……最低ですわ」
「人間なんてそんなもんさ。レティシアが戦場に立ったとき、王国はひどく弱っていた。そこからようやく巻き返すことに成功してきたわけだが、力を取り戻せば領土の拡大を視野に入れることになる。そうなると帝国と仲がいいのは困る。領土を拡大するうえで最も欲しいのは大陸中央部の領土、つまり帝国領土だからだ」
「皮肉ですな。聖女様が救い、勢力を回復させたがために聖女様が排除されようとするとは」
「まったくだ。この時期にレティシアが帝国に来たということは、親帝国派は帝国と条約を結ぼうと考えているはずだ。阻止するなら今と考え、反帝国派が動いているならレティシアの言葉も理解できる。これは確かに王国内の問題だ。ただし舞台は帝国だがな」
帝国内で聖女が暗殺されれば帝国と王国は緊張状態となる。
かねてから連合王国は大陸に領土を求めていた。藩国よりもさらに大きな領土だ。だから王国に侵攻したわけだが、王国に対して執着しているわけではない。
彼らが欲しいのは大陸の領土だ。どの国の領土でもいいというわけだ。
そういうことならば王国と手を組んで帝国を攻めるのはありえる話だ。大義名分さえあれば皇国だって巻き込めるかもしれない。
そうなればいくら帝国でも厳しい。
「ここからは完全に想像の話だが……帝国が劣勢に陥った場合、帝国は領土を割譲することになるだろう。加えて聖女暗殺の責任をだれかに取らせることになる。そして傍にいた接待役であるレオがその犠牲になる可能性は高い。つまり……帝位候補者たちにとっても旨い話というわけだ」
「自分の国に被害をもたらしてまで帝位が欲しいというんですの? 本末転倒ですわ」
「まったくもってその通りだが……これまでの行動からないとは言い切れない。そこらへんの事情に魔奥公団が付け込んだか、もしくは王国か帝位候補者が巻き込んだか。どちらにせよ、どの陣営にも動機がある。動機があるということは可能性があるということだ」
「しかし、それぞれの目的で動いている以上、シナリオどおりには事は運ばないかと」
セバスの言葉に俺は頷く。
反帝国側は帝国を滅ぼしてしまいたいと思っているし、帝位候補者たちも王国を味方とは思っていないだろう。
そうなると聖女が暗殺されるか、もしくはその少し前にそれぞれが独自の行動をとり始めてもおかしくない。
さまざまな思惑が入り乱れれば非常に読みづらくなる。
「魔奥公団が聖女に関わっているかは定かではないが……わざわざ帝国の式典に潜り込んでいる以上、よからぬことを考えていることは事実だ。結果的に関わっていなかったとしても、魔奥公団の企みを阻止すれば、それを理由に要人たちを早めに帰国させることも可能になる。これ以上、面倒なことになることは避けられるかもしれない。さらに魔奥公団を探れ。やつらの計画が何なのか知る必要がある」
「かしこまりました。万が一、間に合わなかった場合はどうなさるおつもりですか?」
「そのときはこちらで手を打つ。来てほしくはない未来だがな」
きっと聖女が暗殺でもされたらレオはしばらく立ち直れない。
そうなれば勢力自体が揺らぐ。
なにより、俺も自分を許せないだろう。
「最悪の場合は奥の手でどうにかする。だが、使いたくはない手だ。わかっているな?」
「はい。お任せください」
そう言って俺はセバスとミアに魔奥公団の件を任せて部屋を出た。
さて、どう転ぶやら。
とりあえず監視すべき帝位候補者は決まった。
戦争という単語が大好きな奴ならこういう計画にも乗るだろう。
「昔はどうあれ、今はもう救いようがない馬鹿だな。ゴードン」
そう呟きながら俺は城へ戻ったのだった。