第百九十二話 キッカケ
ツイッターでちょっとした質問をしているので良ければ答えてみてくださいm(__)m
「家出だ! 妾は家出をするぞ!」
俺に負け続けたあげく、そう宣言してオリヒメが部屋を出て行った。
呆れた様子でエルナがそのあとを追い、クリスタとリタもそのあとを追っていく。
そして部屋には俺とフィーネだけが残った。
嵐が過ぎ去ったといった感じで俺はソファーにもたれ掛かる。だが、そんな俺に声をかける者がいた。
その声を聞いた瞬間、俺は軽く指を鳴らす。
「アルノルト様」
「セバスか。どうだ? ミアとの調査は」
「芳しくありませんな。逃がした男からさらに別の人物にたどり着きましたが、まだまだ下っ端。重要な情報を握っている者を探るにはもう少しかかりそうです」
「急げ。明日はもう式典当日だ。帝都にいる間に何かする気ならそろそろ動きがあってもおかしくはない」
「かしこまりました。早急に調べます」
そう言ってセバスはまた姿を消す。
そんな会話がなされたにも関わらず、フィーネは変わらずに紅茶を淹れている。もう慣れたものといった感じか。
「どうぞ、紅茶です」
「悪いな、ありがとう」
「また問題ですか?」
「ああ、今回はちょっと面倒だ」
「ではいつもどおりですね」
そう言ってフィーネは苦笑したあと、チラリとドアを見て、そのあとに静かにうなずく。
俺はセバスとの会話を部屋の護衛についている近衛騎士に聞かれないために、指を鳴らすことで防音結界を張った。
それを理解していたフィーネはもう解いてもいいという意味でうなずいたのだ。
本格的に慣れてきたなと思いつつ、俺は結界を解除する。
フィーネは表情も変えず、オリヒメの話題を振ってきた。
「オリヒメ様はどちらに行ったんでしょうか? 家出と言ってましたが……」
「さぁ? まぁあいつが駆け込める場所なんて限られているけど。どうせレオか母上のところだ」
「家出というには近いですね……」
そもそも城から勝手に出ることはできない。
そうなると顔見知りのところしか行くところはない。さすがのオリヒメでも父上のところにはいかないだろう。
そしてオリヒメの性格的に負けて終わりというのは考えにくい。おそらく夕飯奪取のために援軍を探しにいったはずだ。
そうなると母上の線は消える。あの人は丁寧に受け流すだけだしな。
つまり。
「しょうがない。レオのところに行くか。どうせそこでレティシアかレオに泣きついているはずだしな」
「お二人のお邪魔になっていたら大変ですしね」
「お邪魔か……」
そのくらいの関係になっていてくれると嬉しいんだが、レオの性格を考えると難しいな。
さっさと気軽に何でも話せる仲になって、レティシアからいろいろと聞き出してほしいんだが。
「フィーネ。レオは女性から見るとどうなんだ? 男として」
「男性としてですか? レオ様に文句をつける女性はほとんどいないと思います。かっこいいですし、優しいですから」
「そうだよなぁ」
なぜそれをフル活用しないのか。
そう俺が嘆くとフィーネは苦笑する。
「レティシア様とレオ様の関係が心配ですか?」
「わかるもんか?」
「あんなレオ様は初めて見ましたから。ただ心配は無用だと思います。どちらも距離を詰めたいと感じているように見えますし、キッカケ次第かと」
「キッカケねぇ」
それが一番難しい。
そんなことを思いつつ、俺とフィーネは部屋を出たのだった。
■■■
「嫌がる相手から奪う行為は善い行いとは思えません。悪意を感じます」
レオの部屋に行った瞬間、レティシアの説教が開始された。
レティシアの後ろにはオリヒメがおり、レティシアの言葉に何度も頷いている。
「また自分の都合のいいように伝えたな?」
「そのようなことはしていないぞ!」
「どうだか。俺が何か賭けるか? って聞いて、夕飯といったのはお前だろ? それで負けたからといってレティシアに泣きつくのは情けないんじゃないか?」
「ぐぬぬ! 言わせておけば! 妾はあんな勝負は認めん! 細工があったに決まっている! 聖女の前でもう一度勝負だ! レティシア! 監視を頼むぞ!」
「わかりました! 不正は許しません!」
そう言ってレティシアとともに意気込むオリヒメは机の上に一つのゲームを置く。
フィーネともやった相手の王を奪ったほうが勝ちのゲームだ。
ぶっちゃけ一番得意なゲームだが、オリヒメは細工がなければ俺に負けないと思っているらしい。
「良い度胸だな。あれだけぼこぼこにされたっていうのに」
「う、うるさい! 正々堂々勝負すれば妾が勝つ! レオナルト! そなたも兄の所業を監視するのだぞ!」
「ぼ、僕もですか?」
自分は関係ないという顔をしていたレオだったが、オリヒメによって勝手にオリヒメ陣営に引き込まれた。
不正がないようにと意気込むレティシアと、絶対に勝つと意気込むオリヒメ。
その二人を見て、レオは顔を引きつらせる。
「オリヒメ様……大変申し上げにくいんですが、兄さんは不正も上手いですが普通にやっても上手いんです」
「そのようなわけがなかろう! サイコロを振って、妾だけが少ない数字ばかり出ていた。あれは完全に仕組まれていた! 間違いない! そして不正をしている人間は腕が鈍るもの! 聖女の前では不正もできまい! つまり妾が勝つ!」
「はぁ……」
レオはがっくしと肩を落とした。
かつて似たようなことを言って負けた幼馴染を見たことがあるからな。そりゃあ肩も落とすだろうさ。
そしてその幼馴染は呆れた様子で部屋を出ようとしていた。
「じゃあ私は部屋の外にいるから、終わったら呼んでちょうだい」
「なんだ? 見ていかないのか?」
「結果の見えてる勝負なんて見ても楽しくないわ。それに幼い頃に学んだの。アルがゲームを始めたら近づかないって」
そう言ってエルナは部屋を出て行った。
さすがのレティシアもなんだかまずい雰囲気を感じたようだが、今更退くわけにもいかずに俺の動きに目を光らせている。
まぁ不正なんてしていないし、いくら見られてもかまわない。
「さて、じゃあやるか。ちなみにこれだけやって俺が不正せずに勝ったら夕飯じゃ済まないぞ?」
「むむっ! 夕飯だけでは足りないというのか!?」
「当たり前だ。ここで不正がないとわかったら、俺の部屋でやったゲームも有効だからな。その時点でお前の夕飯は俺のもんだ。新たに賭けるモノがないとやる気が出ない」
「むー……よし! ではレティシアの夕飯も賭けよう!」
「ええええぇぇぇ!!?? わ、私の夕飯を賭けるのですか!?」
「大丈夫だ! 妾を信じよ!」
「て、帝国の料理は美味しいので日々の楽しみなのですが……しかし、いいでしょう! 一度手を差し伸べたらなら最後まで見捨てません! 私の今日の夕飯を賭けます!」
「よし。じゃあ二人とも夕飯抜きだ」
そう言って俺は駒を並べ始めた。
そしてすぐにオリヒメの悲鳴が部屋に響いた。
「うわぁぁぁ!! 駄目だ! 駄目だ! 妾の駒をこれ以上取るでない!?」
「じゃあ王様をいただく」
「それも駄目だ! わー! どう頑張っても取られてしまう! ううぅぅ……妾の勢力が残り二駒に……」
すでに大勢は決した。
オリヒメの駒は王様ともう一つしかない。ここからの逆転は不可能だ。
オリヒメの横にいるレティシアも顔が青い。まったく不正の気配が見当たらないからだろう。
その後ろではレオが額に手を当ててため息を吐いている。
「もう諦めろ。お前の負けだ」
「ま、まだ負けてはおらぬ……!」
「往生際の悪いやつだなぁ……そうだな。選手交代ってのはどうだ?」
「なぬ? どういう意味だ?」
「レティシアと交代するなら最初からでいいぞ。レティシアも夕飯抜きは嫌だろ? 自分が負けたわけじゃないのに」
「そ、そうですね! オリヒメ様! 私が仇を取ります!」
「そ、そうか! では頼むぞ! レティシア!」
俺の提案にレティシアは神の救いかのように目を輝かせて、オリヒメと場所を交換する。
夕飯を取り戻すチャンスと思ったんだろう。
それが命取りだ。
「とはいえ、それだけだと俺が損だしな。どうだ? 一日雑用権でも賭けるか?」
「い、いいでしょう! そちらにも利益がなければ賭けは成立しませんからね!」
「れ、レティシアさん! 兄さんとそんな約束するのは!」
「大丈夫です! これでも私は戦場を経験しています! このゲームは戦場を再現したもの! 私の経験が生きます!」
「いえ、たぶんそれは関係ないかと……」
レオがなんとか止めようとするがレティシアは俺と戦う気満々だ。
一応、さんづけで呼べるようになったんだなと感心しつつ、俺はニヤリと笑う。
その笑みを見て、レオは体を震わせる。
「に、兄さん……て、手加減するよね……?」
「聖女と仙姫にメイド服を着せるってのも悪くないアイディアだ」
「な、なんですか!? その悪魔的な笑みとアイディアは!?」
ふっふっふ。
俺はやるからには徹底的にという主義だ。ゲームなら特にな。
覚悟しろ!
■■■
「ああ……そんな……」
「これで終わりだ!」
そう言って俺は茫然とするレティシアに遠慮せず、さっさとレティシアの王を倒す。
これで勝敗は決した。
「メイド服な。俺が夕飯を食べるのを見ているといい」
「な、なんて悪意に満ち溢れた笑みを……!? 人の情というのはないのですか!? オリヒメ様がショックで黙ってしまいましたよ!?」
「関係ない。俺に勝負を挑むのが悪い」
「くっ……れ、レオナルト様! どうか助けてください!」
「えええ!!??」
まさかバトンタッチされるとは思わなかったんだろう。
レオが驚きの声をあげるが、レティシアはさっさと席をレオに譲る。
「お願いします! 私とオリヒメ様の夕飯が掛かっているのです! 別にメイドの服を着るのはかまいませんが、目の前で食べられるのは羨ましくて泣いてしまいます!」
「そんな大げさな……兄さんも本当に夕飯を奪うなんてことは……」
「俺は賭け事で嘘はつかん」
「そうだったね……」
真顔で告げるとレオが頭を抱えた。
そしてしばらくそうしてたあと、覚悟を決めたように顔をあげた。
「しょうがない……勝負だ! 兄さん!」
「ふん、お前と俺との対戦成績を忘れたか?」
「む、昔のことだよ!」
「百戦してお前の一勝九十九敗だ。百敗したくないって言ってそれ以後やらなくなったのに、まさか大人になってから恥をかきにくるとはな。覚悟しろよ?」
俺は駒を握りながら笑う。
レオは冷や汗をかきつつ、俺のペースに乗るまいと駒を並べていく。
そして戦いが始まった。
さすがに双子というべきか。レオは俺の手をことごとく読んでくる。そういう意味ではオリヒメやレティシアよりは数段手ごわい。
だが攻勢には出れない。向こうに読めるということは俺にも読めるということだ。これは子供の頃から変わらない。
そして勝負を分けるのはどうやって相手の意表をつくか。
こういう駆け引きではレオは俺には絶対勝てない。
「兄さんの女王はいただいたよ!」
レオが一気に攻勢をかけて俺の女王を落とす。
しかしそれは罠だ。
相変わらず正直だな。
俺はしれっと王に近づけていた駒を進ませる。
「甘いな。これで終わりだな」
「――どうかな?」
そう言ってレオは俺が進ませた駒と王の間に違う駒を割り込ませた。
全面攻勢を仕掛けたはずだが、一つだけ防御に残していたか。
これで俺は一手後らされた。
それは全面攻勢を仕掛けられた俺にとっては致命的な遅れだった。
そして。
「勝った……!?」
ついにレオの駒が俺の王を落とした。
自分でも信じられないといった様子でレオがつぶやく。
そんなレオの横でレティシアとオリヒメが大喜びしていた。
「やりました! さすがレオナルト様です! 私のお夕飯が守られました!」
「さすがだ! 妾はずっといつかやる男だと思っておったぞ!」
二人から英雄のように祭り上げられ、レオは照れたように頬をかく。
そんなレオに苦笑しつつ、俺は席を立つ。
「調子に乗るなよ? これで百一回勝負して二勝九十九敗だからな? 俺のほうが全然強いからな?」
「うん、わかってるよ」
そう言ってレオは笑う。
そんなレオの笑みを見て、俺は悔しそうにしながら部屋を出るのだった。
「わざと負けてあげたんですか?」
「さぁね」
後ろからついてきたフィーネが問いかけるが、俺は肩をすくめてはぐらかす。
そんな俺を見てフィーネが笑う。
「ふふふ……素直じゃありませんね」
「手加減なんてしてないさ」
「本当ですか?」
「もちろん全力だった。全力で最善の手を考えてた。まぁ本気ではなかったけど」
「??? 本気と全力では違いがあるんですか?」
「出せる力は使った。けど絶対に勝ってやるって気概ではなかった。全力だけど本気じゃないってのはそういうことだよ」
そう説明しつつ、俺は後ろの部屋から聞こえてくる笑い声を聞いて、微笑む。
どうやらキッカケにはなったみたいだ。