第百九十一話 休養とゲーム
昨日はすみませんでした!
なんとか体調は回復しつつあります!(`・ω・´)ゞ
次の日。
目を覚まし、いつもどおり部屋で机に座って資料を見ているとフィーネがやってきた。
オリヒメがやってくると思っていたため、俺は少々意表を突かれた。
「フィーネ?」
「おはようございます。アル様」
「ああ、おはよう。何か用か?」
「はい。軽いお食事をお持ちしました」
「ありがとう。けど珍しいな?」
フィーネは俺の言葉に苦笑する。
そしてそっと時計を指さした。
見ると針は十時を示していた。いつも起きる時間よりだいぶ遅い。
自分がそこまで寝た感覚がなかったため、時間を見ていなかったが、けっこうな寝坊をしていたらしい。
「いつもの時間に起こしにきたのですが、すごく熟睡しているようでしたので、そのままに。お疲れだったのでは?」
「なるほど……まぁ昨日はいろいろあったからな」
「そういうことですので、オリヒメ様にはクリスタ様のところに行ってもらっています。エルフの姫君も仙姫様には興味がおありのようでしたので」
「そうか……すまないな。迷惑をかけた」
「いいえ、お手伝いできることはこのぐらいですから。ちなみにオリヒメ様のことはエルナ様が見ていてくださっています。ジークさんもいますし、護衛面では問題ないかと。オリヒメ様が飽きないかという点ですが、面倒見はよい方ですし、クリスタ様とエルフの姫君がまだまだぎこちない関係なので、それを解消してほしいとお願いしましたから大丈夫かと思います」
テキパキと状況を説明するフィーネを見て、俺はしばし感心してしまった。
こちらに来たばかりの頃は本当に世間知らずで天然な少女だったが、今はいろいろなことを学び、多くのことに対応できるようになっている。
天然なところも最近では。
「あう!? 痛いです……」
……。
それは気のせいだな。
紅茶を淹れに向かおうとして、机に脚をぶつけて痛がるフィーネを見て俺は天然な部分はそのままだと認識を改める。
なぜあそこで足をぶつけるのか。ちょっと謎だ。
涙目で紅茶を淹れている姿はやや頼りなく、心配になる。
まぁそういう少し抜けているところがフィーネらしいといえばフィーネらしいか。
「紅茶です……」
「なんであそこで足をぶつけるんだ?」
「あうう……申し訳ありません……」
呆れたように言うと恥ずかしそうにフィーネが顔を隠す。
そんなフィーネを見つつ、俺は机の上にある資料を手に取った。
すると、フィーネがそれに反応した。
「あ!? 駄目です!」
俺から資料を取ろうとして、フィーネが全力で手を伸ばしてくる。
それをヒョイと避けると、フィーネは前に体重をかけすぎたためバランスを崩す。
「はわわっ!?」
「まったく……」
バランスを崩したフィーネの肩を空いている手で押さえ、倒れないように支える。
そしてフィーネがバランスを取り戻したのを見て、俺は資料を指さす。
「さて、説明してもらおうか?」
「あわわ……アル様が尋問モードになっています……」
俺の目が少し細められたのを見て、フィーネが戦慄する。
そしてしばらく視線をそらしたあと、耐えきれずに白状した。
「エルナ様とアル様が疲れているという話をしまして……今日はできるだけ仕事を控えていただこうということになりまして……」
「エルナめ。仕事しろといったり、仕事するなといったり面倒な奴だ」
そう言いつつ、俺は手に持っていた資料を机に戻した。
机にあるのは南部の復興状況を示す各種資料だ。本来ならレオが読む資料だが、レオは多忙のため俺が代わりに読んで、まとめたのをレオに渡そうと思っていた。
大事なことだ。疎かにしていいことではない。
とはいえ、まとめたところで今のレオに余裕はない。
多少、遅れたところで問題はないだろう。
南部の民には悪いが、今日は休ませてもらうとしよう。
周りを心配させていては仕方ないからな。
「これでいいか?」
「はい!」
嬉しそうに笑顔を浮かべるフィーネに苦笑しつつ、俺は席を立つ。
仕事をしないなら机に向かっていても仕方ない。
ソファーに移動するとだらしなく背中を預けて座る。
「しかし、仕事をするなと言われると暇だな。接待役をほっぽりだして外に行ったりしたら父上の雷が落ちるだろうし」
「任せてください! そんなこともあろうかと!」
フィーネはそう言って俺の前に大量のゲームを広げた。
基本はボードゲームだ。
最近はやらなくなったが、昔はよくレオとやったもんだ。
「へー、懐かしいな」
「これで遊びましょう! これでも私はこういうゲームは得意でして」
「ほう? 奇遇だな。俺も得意なんだ」
「ではやってみましょう! 負けませんよ!」
そう言ってフィーネが俺に挑んできた。
良い度胸だ。
「じゃあ何か賭けるか?」
「賭けですか? いいでしょう! なにを賭けますか?」
「一日雑用権だな」
「はい?」
「レオとはよくそれを賭けてやってた。負けたら雑用を押し付けられる」
「わかりました。それで構いません! 言っておきますが、私は家族のだれにも負けたことはありませんよ?」
「そうか。それも奇遇だな。俺もほとんど負けたことないぞ」
「はい?」
不穏な俺のセリフにフィーネが怪訝な表情を浮かべるが、気にせず俺はセッティングを始めるのだった。
■■■
「あわわ!? 私の女王様が!? に、逃げてもらわないと!」
「逃げてもいいが、王様ががら空きだぞ?」
「えっ!? いつの間に!? ま、待ってください!」
「これで何度目だ? まぁ別に構わないが」
完全にゲーム終了の一手だったが、そこから一つ前の状況に盤面を戻す。
とはいえ、女王と王の二択だ。戻ったところでやれることは限られている。
必死に考えるフィーネだが、ここから挽回は不可能だ。どちらを選んでも結局は追い詰められる。
それがわかったのかフィーネが肩を落として負けを認めた。
「負けました……うう……手も足も出ません……」
「これで俺の三連勝だな」
一度負けたあとフィーネはゲームを変えて挑んできた。
しかし残念ながら俺はボードゲーム全般が得意だ。
「さて、これで三日間雑用だぞ?」
「うう……傷を広げてしまいました……」
一度負けたあと、それを取り返そうとして挑んだのが失敗だったな。
まぁ雑用といったってフィーネは割と身の回りの世話してくれているから、今と大差はないんだが。
そんなことを思っていると部屋の扉が開いた。
「アルノルト! 起きているかー!」
「おかげさまでな」
「おお! 起きていたか! エルフの姫君が疲れたと言ったからこっちに来たぞ!」
「疲れさせるようなことしたのか?」
「なにを言う。クリスタとともにおしゃべりをしていただけだ」
「それならいいんだがな」
そんな話をしていると、オリヒメの後からクリスタとリタ、そしてエルナがやってきた。
ジークの姿が見えないが、たぶんズタボロでどこかに放置されているんだろうな。
まぁジークならいいだろう。
「アル兄様。エルフのお姫様は寝ちゃった……」
「そうか。お疲れ様だな」
「だからアル兄、あそぼ―!」
「こら、リタ! あなたは今、護衛なのよ?」
エルナに怒られて、リタがハッとした様子でこちらに駆け寄ろうとするのを抑える。
騎士見習いであるリタだが、この式典中はクリスタの護衛ということになっている。まぁクリスタの遊び相手という意味合いのほうが強いわけだが。
「さすがに厳しいな。近衛騎士隊長殿は」
「自分だって妾と遊んでいたではないか」
「遊んでないわよ!」
オリヒメはチクリとエルナを言葉で刺し、エルナがそれに反論する。
そんなことをしつつ、オリヒメはしれっとフィーネがいた俺の対面席に座っていた。
「盤上遊戯は妾の得意とするところ! これは挑戦状と受け取った!」
「あ、オリヒメ様……アル様は」
「言うでない! 敵の手を知るのは卑怯だからな!」
わっはっはとオリヒメが高笑いを始める。
それをエルナとクリスタが微妙な表情で眺めている。
「オリヒメ様……アル兄様、手加減しないよ……?」
「手加減など無用!」
「やめときなさい。その手のゲームをアルとやるのは不毛よ」
「むむっ! よほど猛者と見える! それでこそ我が接待役! かかってくるがよい!」
「まぁ本人が望んだことだしな。なんか賭けるか?」
「ふむ……今日の夕飯ではどうだ?」
「そうか。ならお前は夕飯抜きだな」
そう言って俺は肩をゆっくりと回す。
それを見て、エルナが呆れた様子でため息を吐いた。
「はぁ……言っておくけど、アルはどうでもいいことほど本気になるわよ?」
そんなエルナの言葉を聞きながら俺は容赦なくゲームを開始した。
そしてそれからしばらく経ち、部屋にはオリヒメの泣き声が響いていた。
「うわーん!! なぜだー!!?? おかしい! おかしいぞ!! ズルをしたのではないか!? 今のはなしだー!! もう一回!!」
「もう三回目だぞ? 三種類のゲームで負けてるんだ。認めろ。夕飯抜きだ」
「そんな馬鹿な話があるか!? ズルをしたに決まっている! サイコロを振るゲームでなぜそなただけ良い数字が出るのだ!? うわーん!! 認めぬ! 妾は認めぬぞー!!」
「少しは接待しなさいよ……」
「勝負は勝負だからな」
ニヤリと笑いながら俺は次のゲームを選ぶ。
何が来ようと負ける気がしない。
今日だけといわず、明日も明後日も夕飯抜きの刑にしてやろう。
「次のゲームに勝ったら全部チャラにしてやるぞ。それでいいな?」
「本当か!? うむ! その挑戦受けた!」
「ただし負けたら明日も明後日も夕飯は抜きだ」
「始まったわ……アルの搾取が」
「昔からこうなんですか……?」
「そうよ……レオと私は何度被害に遭ったことか……」
エルナが過去を思い出して嫌そうな顔を見せる。
エルナにとって嫌な記憶ということは、俺にとっては良い記憶ということだ。
「アル兄様……クリスタにも手加減してくれない……」
クリスタが俺の横で不満そうに唇を尖らせる。
そんなクリスタの頭をポンポンと叩きつつ、俺は闘志を燃やすオリヒメを迎え撃つ。
「お前の夕飯は貰った!!」
その後、すぐにオリヒメの悲鳴が部屋に響き渡ったのだった。