第百九十話 密談
9月8日の更新は体調不良のためお休みしますm(__)m
楽しみにしていた方は申し訳ありません。
「よくまぁそれで仮面の義賊なんてやっていられたな?」
「うう……言い返せないですわ……」
俺の言葉にヴァーミリオンはうなだれる。
場所はセバスが用意した宿屋。
本来なら路地裏で話を終えるつもりだったんだが、ヴァーミリオンの正体に触れてしまったため、場所を移すことにした。
こちらのほうが安全だからな。
「はぁ……想像の斜め下を行かれるとは思わなかった」
椅子に座った俺はあまりの迂闊さに呆れつつ、そうヴァーミリオンに告げる。
後ろでセバスが、人のことは言えませんがねとつぶやいたが、無視した。
フィーネにバレたときのことを言っているんだろうが、皇子の部屋へ勝手に入るなんて誰が予想できるのか。ヴァーミリオンの失敗と一緒にしないでほしい。あれは回避不可能だ。
「とりあえず自己紹介から行こうか。知っていると思うが、俺はアルノルト・レークス・アードラー。帝国の皇子だ。こっちは執事のセバスチャン」
「どうぞ、セバスとお呼びください。昨日は大変失礼いたしました」
「い、いえ、こちらこそですわ……」
セバスが丁寧に頭を下げると、ヴァーミリオンも頭を下げた。
その姿を見て、朱月の騎士なんて大層な名前を想像するのは無理だろうな。
とはいえ、彼女が藩国の義賊であるのは事実であるし、こちらの知らないことも知っている人物であることも事実。
だから俺は彼女に包み隠さず話すことにした。
「魔奥公団のことは父上には伝えたが、まだまだ情報が不確定すぎて国としては動けない。だから俺は魔奥公団が本当に帝都にいるのか、そして何を目的としているのか。それを探り当てたい。そのために力を借りたいんだが?」
「……義賊と呼ばれていようと私は賊ですわ。皇子がそんな者と協力しているなんてバレたら、藩国との関係が破綻してしまいますわよ?」
「そのことは承知の上だ。だから闇に紛れて会いにきた。まぁ俺が来たのは……いざとなれば切ることができる皇子だからだな」
「……祭りの時もですが、聞いていた人物像とだいぶ違うような気が……」
俺の説明を聞いてヴァーミリオンは困惑した様子を見せた。
そんなヴァーミリオンに対して、俺は膝を組んで答えた。
「出涸らし皇子にしてはちゃんとしすぎているか?」
「……ありていに言えばそうですわ。無能無気力の皇子という評判と、今のあなたは一致しないですわ」
「まぁそうだな。この一件はやる気を出しててな。なにせ弟が関わってるかもしれない。俺に関わりないところで起きていることなら気にしないが、俺の家族が関わってくるなら話は別だ。俺は俺の周りに危害を加えようとするやつらには容赦をしないと決めているんでな」
そう言った俺の目を見た瞬間、ヴァーミリオンは一歩後ずさった。
思わずといった感じだったんだろう。そのことにヴァーミリオン自身も驚いていた。
そんなヴァーミリオンに対してセバスが困ったような口調で告げる。
「いつもこういう風にやる気を出してくれると助かるのですがね。つまるところサボり魔ということです」
「サボり魔なんて可愛いものではありませんですわ……能ある鷹は爪を隠すと言いますが、さすがは黄金の鷲の一族。曲者揃いですわね」
そう言ってヴァーミリオンはゆっくりと仮面を外した。
その奥にあった素顔は綺麗な少女の顔だった。
眼鏡をかけていたときはさして目立たなかったが、整った顔立ちだ。
フィーネやエルナのように人の目を強く惹く美しさとは違う。
彼女たちがバラやアジサイのように一目で美しいとわかる花であるとするなら、目の前の少女はしっかりと見つめて良さが見えてくるユキノシタといったところか。
「私はミアと申しますわ。藩国では朱月の騎士と呼ばれています。帝国に来たのは魔奥公団の支部で帝国にて何か計画があることを突き止めたからですわ」
「信用してくれたと取ってもいいかな?」
「構わないですわ。あまり貴族や王族という身分の方は好きではありませんが……あなたは別だと思いましたわ」
「理由は?」
「出涸らし皇子などと呼ばれても本気にならないのに、家族のために本気になる。きっと家族が大切なのでしょう? 私には血縁で結ばれた家族はいませんが、それとは違う絆で結ばれた家族がいます。あなたのその気持ちが私にはわかりますわ。だからあなたを信用することにしたんですわ」
ミアの言葉に俺は苦笑する。
義賊なんてやっているだけあって、判断基準も特殊だな。
だが信用してくれるというなら都合がいい。
「では手を結ぶとしよう。この一件が終わるまでは君に手出しはさせない。その代わりこちらに協力してほしい」
「わかりましたですわ。帝国側から追手を差し向けられては調査どころではありません。その代わり、そちらの情報もいただきますですわ」
そう言ってミアはこちらの情報も要求してきた。
なるほど、力だけで全部解決の脳筋かと思ったけど頭も回るらしい。
わざわざセバスを夜の街で動かしていた以上、こちらにも情報があると踏んだんだろう。
「別に構わないが……後には退けないぞ?」
「元々、仮面を被ったときから退路は断っていますわ」
「そうか……皇帝の即位二十五周年式典には各国の要人が来ている。それは知っているな?」
「もちろんですわ。あなたといたオリヒメ様もその一人ですわね?」
「ああ、そうだ。その中には王国の聖女もいる。接待役は俺の弟だ」
「……その聖女様に何かあると?」
「本人の言動が不穏だった。最後なんて言葉をむやみに使う人じゃない。それで何かあると踏んだ。彼女が身の危険を感じているなら、裏で何か企みが進行しているかもしれない。だからセバスに不審なところがないか調べさせていたのさ」
「……聖女様が頼んだわけではないと? よくそれで動く気になりましたわね……」
「俺の嫌な予感はよく当たるんだ」
そう言って俺は小さくため息を吐く。
今回も残念なことに当たってしまった。
あとはどこまでその嫌な事態が広がっていくかだが、それはこちらの努力次第で食い止められる。
「正直、聖女に何かしようとするなら内部に協力者が必要だ。だが、城には多くの人がいるし、帝位争いのせいで勢力もいくつかある。内部から探すのは難しい。繋がりのある組織から辿る以外に手はないというわけだ。これが唯一の手掛かりといってもいい」
「魔奥公団なら聖女様を襲撃しても不思議ではありませんわ。あの組織は藩国の闇を牛耳り、自分たちの研究素材を探し続ける異常者の集まりですもの」
「狙っているという証拠はないが……いるだけで害悪だ。さっさと潰すとしよう。セバスに組織の男を追わせる。それに付き合ってもらってもかまわないか?」
「もちろんですわ」
「ああ、セバスの指示にはしたがってくれよ? うっかりなんだから」
「う、うっかり!?」
「うっかりだろ? 口調やら出来事なんかで正体がバレたわけだし」
「な、慣れていなかっただけですわ!」
「慣れていなかったって……敵と出会ったときはどうしてたんだ?」
「遠くからドーンですわ。近づいたとしても会話なんてめったにしませんし、逃したりもしませんもの」
「……」
弓を放つ素振りを見せながらミアはそう告げる。
なるほど。強すぎて正体を隠すとかそういう心配をするまでもなかったのか。
心配の種がまた一つ増えたな。
「ちゃんと見張ってろ」
「かしこまりました」
「ど、どういう意味ですの!? 訂正を求めるですわ!」
「そのヘンテコな口調を直してから出直してこい」
「ヘンテコな口調!? お爺様直伝の淑女の口調ですわよ!?」
「本当の淑女はそんな喋り方はしない」
ガーンっとショックを受けるミアを見て、俺は軽く頭痛がしてきた。
こんなんで大丈夫なんだろうか。
そんな不安を覚えつつ、その日の密談は終了したのだった。