第百八十九話 口は災いの元
おかげさまで第一巻の重版が決定いたしました!
これも皆さんの応援のおかげです!
これからもよろしくお願いしますm(__)m
「むむっ!?」
そろそろ祭りも終わろうという頃。
オリヒメがふいに顔をあげた。
その声色は明らかにいつもと違っていた。
「向こうか」
そう言ってオリヒメは一気に加速し、人込みの中を駆け抜けていく。
とてもじゃないが俺では追いつけない速度だ。
「殿下」
「俺は良い。追え」
もっとも俺の近くにいた近衛騎士、マルクが小さく指示を仰いでくる。
それに即座に返すと近くにいた近衛騎士たちも一瞬で移動を始めた。
俺の護衛が外れた形だが、少し離れたところにエルナがいる。エルナなら状況を見極めて俺の護衛に徹するだろう。
そして離れているといってもエルナにとってはその程度は十分射程圏内だ。何が来てもどうにかしてしまうだろう。
そんな風に思いつつ、俺は小走りでオリヒメを追った。
■■■
「このガキ! 邪魔するんじゃねぇ!」
俺がオリヒメに追いついたとき、そこには人だかりができていた。
ぐるりとオリヒメたちを囲う人だかり。そしてその中心にはオリヒメと露店で神技を見せた女性、そして倒れている老婆。それに対するのは二人組のゴロツキ。どちらも大柄だ。
すぐ近くには露店があった。しかし荒らされており、周辺にはその露店のモノらしい食べ物が散らばっている。
なにか揉め事があったことは容易に想像できた。
「それはこちらの台詞だ! お婆さんに謝るがよい!」
「謝るわけねぇだろうが! ここは俺たちの許可なしに露店を開けない場所だ! 勝手に露店を開けたそのババアが悪いんだよ!」
「そんなこと聞いていませんですわ! お婆さんはちゃんと許可をもらっていますですわ!」
「俺たちの許可はねぇ!」
なるほど。
ゴロツキどもがお金を脅し取ろうとしているのか。
自分たちの縄張りだから店を出したきゃ金を払えと。
「舐めた真似をするじゃないか」
本来なら即刻逮捕案件だ。
祭りの警備は帝都守備隊が行っており、こういう輩の取り締まりは帝都の治安を守る警邏隊が行っている。
前者はレオの管轄する部隊であり、後者は法務大臣が管轄する部隊だ。
しかしこの規模の祭りの細部まですべて見て回るのは、両者を合わせても人手が足りないようだ。
チラリと見ればマルクをはじめとする近衛騎士たちがこちらを見ていた。
俺の判断を待っているらしい。
さっさと取り押さえるのは簡単だが、どうせこいつらはただのゴロツキだ。ここまで派手に動くということはだれかが裏にいる。
それを探るのも悪くない。
そう思って俺は人込みをかき分けて、オリヒメとゴロツキの間に割って入る。
「失礼します。うちのお嬢様が失礼いたしました」
「ああん? なんだてめぇは?」
「こちらのお嬢様の従者です。申し訳ありません。お嬢様はこういう場所の常識は持ち合わせていなくて」
「従者よ! 何のつもりだ!」
「お嬢様は少し黙っていてください」
後ろを振り向き、オリヒメを目を細めてじっと見つめる。
余計なこと言えばわかっているな? という意味をこめたのだが、正確にそれを理解したオリヒメは体を震わせて、神技の女性の背中に隠れた。
「本当にお嬢様が申し訳ありませんでした。どうかこれでお許しいただけませんか?」
そう言って俺はチラリと金貨の入った袋を見せつつ、そこから一枚取り出してゴロツキに渡す。
大量の金貨を見て、ゴロツキたちの目が輝く。
そしてゴロツキたちは目を見合わせて、ニヤリと笑った。
金を巻き上げられると踏んだんだろうな。
「おうおう! この程度じゃ許せねぇな! ルール違反したのはそこのババアで、それを庇ったお前らも同罪だよな?」
「はい、ですから申し訳ありません」
「申し訳ねぇと思っているなら誠意を見せてもらわねぇとな!」
そう言ってゴロツキたちはさらに金を要求してきた。
まったく、祭りで気が大きくなっているな。
好都合だが。
「でしたら、これでどうでしょうか?」
そう言って俺はさらに金貨を数枚渡す。
だが、ゴロツキたちはそれで満足しない。
「はっ! これで誠意か? おい、よく聞け! 俺たちの後ろにはガームリヒ男爵がついてんだ! あの人が全部握りつぶしてくれるから、許してほしけりゃその袋ごとよこせ!」
ガームリヒ男爵か。
たしかギードの取り巻きの一人だ。
まぁあの面子ならこういう奴らとの付き合いもあるだろうし、不思議じゃないだろうな。
「袋ごとすべてはちょっと……あと数枚でどうでしょうか?」
あえて俺は弱腰の姿勢を見せる。
ここでさっさと捕らえて、ガームリヒ男爵に事情を聞けばそれで終わりなんだが、それで俺の評判が上がるのは困る。
後ろにいる貴族の名を吐かして、近衛騎士に捕らえさせたと捉えられては困る。それではそれなりに好印象だ。
あくまで騒ぎを起こさないように金で解決しようとする人間だと思ってもらわねば。ベストは警邏隊が来て、こいつらを逮捕することだ。そのためにも時間を稼ぎたい。
そんな考えの下、俺はゴロツキとしばらく交渉し続ける。
周りの民たちはそのうち俺に白い目を向け始める。
なんとかゴロツキの機嫌を取ろうとする従者に見えてきたからだろう。
そろそろ頃合いかと思ったとき、ゴロツキたちの我慢も限界を迎えた。
「いいから寄こせって言ってるだろうが!」
そう言ってゴロツキが俺に手を伸ばす。
あーあ、警邏隊が来るまで待てなかったか。
そんなことを思いつつ、俺は迫る手を見つめる。
その手が俺に触れることはなかった。
「な、に……?」
民に扮した近衛騎士たちが一瞬でゴロツキたちに剣を向けていたからだ。
四方を近衛騎士たちに囲まれたゴロツキたちは一歩も動けずに立ちすくむ。
「お許しを、殿下。あれ以上待っていると隊長が動きかねないので」
「いいさ。それがお前たちの仕事だからな。だけど、これで問題があったことを父上に報告しなきゃいけなくなったな……面倒だ」
本音半分、演技半分でそんなことを言いながら俺はフードをとる。
一瞬、怪訝そうな表情をゴロツキたちは浮かべる。
俺の顔にはピンと来なかったんだろう。
だから俺は自己紹介をした。
「帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーだ。お前たちには出涸らし皇子といったほうがわかりやすいか? お前たちを囲んでいるのは近衛騎士だ。抵抗してもいいが、無駄だぞ」
「お、皇子!? どうしてこんなところに!?」
「そりゃあお嬢様が行きたいって言ったからだな」
そう言いつつ、俺はクルリと振り返るとオリヒメに一礼した。
「我が帝国の民の非礼をお許しください。猊下」
その言葉を聞き、周りの人間たちがギョッとする。
猊下と呼ばれるのは一人しかいないからだ。
「よい。こちらも迷惑をかけた」
そう言ってオリヒメがフードをとった。
その瞬間、周りにいた人間たちが一斉に膝をついた。
ここが出涸らし皇子の効果というべきか。俺の正体を知ったからといって、民は跪かない。まぁ何人かは膝をついていたが、大抵の人間は頭を下げる程度だ。
それなのにオリヒメの正体を知った瞬間、これだ。
順調に侮られていることを確認して、俺は苦笑する。
「アルノルト皇子。その者たちをどうする?」
「警邏隊に引き渡します」
「ならばその前にこのお婆さんに謝らせたいのだが?」
そうオリヒメが申し出る。
それを受けて俺は一つ頷き、ゴロツキたちを見る。
「どうする? 謝るか?」
「あ、あ、謝ります! 謝らせてください!」
「そうか」
俺が目線でマルクに合図すると、ゴロツキたちは近衛騎士たちに連れられ、老婆の前に跪いて頭を下げた。
それを見てオリヒメが告げる。
「二度とするな。弱い者を搾取しようとすれば、いずれそれは自分に返ってくる。次は真っ当に生きるのだな」
「は、はい! ありがとうございます! 仙姫様!」
ゴロツキたちは何度もオリヒメに頭を下げた。
オリヒメが気に入らないといえば、さっさと斬首だからだ。少なくとも命だけは助かったというわけだ。
そうしている間にようやく警邏隊の者がやってきた。
彼らも騒ぎになっているのはわかったんだろう。結構な人数でやってきたようだ。
「対応は任せるぞ。騎士マルク」
「はっ。お任せください」
警邏隊への引き渡しや面倒な説明はマルクに押し付け、俺はオリヒメを連れて城に戻ることにした。
「ではな! 優しい人とお婆さん!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
老婆はしきりに頭を下げており、神技の女性もそれに合わせて頭を下げる。
だが、ふと神技の女性と視線が合った。
そのとき、女性が口を開いた。
「皇子殿下……彼らの裏にいた者はどうなさるおつもりなんですの?」
「……」
オリヒメの正体を明かして、そちらの話題からは興味をそらしたつもりだったが……。
なかなかどうしてよく見ている。
弓の腕といい只者ではなさそうだ。
「適切に対応する。俺の弟が」
「お、弟君ですの……?」
「ああ、俺はやらん。そういうのは弟の仕事なんでな。ではまたどこかで」
そう言って俺はオリヒメとともにその場を後にしたのだった。
こうも騒ぎになってはもうお忍びというわけにはいかない。
■■■
そして夜。
結局、城に帰ったあと、問題が起きたことを父上に報告し、加えてセバスが探り当てた情報も父上には伝えた。
とはいえ、まだまだ断片的な情報だ。
もしかしたらという憶測にすぎないため、父上もフランツも困り顔だった。
結局、セバスが情報を集めたらまた伝えますということで話はまとまった。
ようはこの一件はしばらく俺に任されたということだ。
「なかなかどうして夜の路地裏ってのは不気味だな」
「密談にはもってこいではありますな」
そんな会話をしていると後ろから気配がした。
ゆっくり振り向くと、そこには朱色の仮面を被った女性がいた。
その手には弓を持っている。
こいつが藩国の義賊、朱月の騎士か。
そんな風に思っていると、俺の顔を見た向こうが少し慌てた様子でつぶやいた。
「あ、アルノルト皇子……!?」
「ほう。ご存じだったか。さすがは藩国の義賊。俺もターゲットに入っていたかな?」
「そ、そんなことありませんですわ!」
「……ですわ?」
耳に飛んできたのはややこしい口調だった。
俺は祭りで似たような口調の女性と会っている。
無理やり語尾にですわをつける人間がそう何人もいるとは思えない。どう考えても間違ったですわの使い方をしている人物といえば。
「……露店で会った神技の女性か?」
「ち、違いますわ! 弓なんて使っていませんですわ!」
「……そうか。弓は使ってないか」
「ああ……やってしまいましたですわ……」
俺は一度も弓なんて言ってない。
それにすぐに気づいたヴァーミリオンは自分が墓穴を掘ったことを知り、肩を落として落ち込むのだった。