第百八十五話 初日
無事、出涸らし皇子の第一巻が発売されましたm(__)m
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父上の即位二十五周年式典。
これは帝国が総出で行う行事だ。各都市もその日は皇帝のために祭を開くが、帝都はその比じゃない。
式典の三日前から祭がスタートし、式典が終わったあとも祭がある。
そして今日、式典の三日前。
帝都のお祭り状態がスタートしたということだ。
もちろん正式に式典が始まったわけじゃない。それでも帝都中が祭り状態になるため、城もそれに対応していく。
初日の今日はまだ父上は出ない。その代わり、ゲストとして帝都に到着した要人たちが民の前に顔を出すことになった。
といっても全員じゃない。
国民感情を考えて藩国の要人は向こうから断ってきた。エルフの要人も人前には出たくないといい、皇国の要人も体調がすぐれないと言って断った。
とはいえ帝国からすればそこらへんに断られようと痛くもかゆくもない。
絶対に国民の前に出て欲しいと思っているのは二人。そしてその二人はほぼ間違いなく断らない。
「見ろ! 聖女様だ!」
「横にいるのは仙姫様か!?」
「聖女様万歳! 帝国万歳!」
「仙姫様ー!!」
城のバルコニーに顔を出したのはレティシアとオリヒメだ。
そのあとにエヴァとジュリオ、そしてウィリアムが続く。だが、前の二人に比べると歓声は少ない。とはいえ、これは仕方ないことだ。
聖女レティシア、仙姫オリヒメの名は大陸中に轟いている。その人気は帝国でも高い。
この二人がそろっている時点でほかは完全に引き立て役になる。皇国の要人はそれが嫌だったんだろうな。
だからそれでも出てきたエヴァとジュリオは立派だし、ウィリアムも人間的に優れているといえるだろう。
まぁウィリアムの場合は聖女が出るのに自分は出ないというわけにもいかなかったのかもしれない。
聖女レティシアが活躍したのは連合王国との戦争だからだ。
十一年前、王国は帝国と戦争状態になり、アルバトロ公国の支援もあって何とか防衛線を維持した。しかしそのせいで国力が衰え、連合王国を中心とする諸外国に侵攻を受けた。
各地で劣勢に陥る中で現れたのが聖女レティシアだ。
圧倒的有利な状況でありながら連合王国は敗北を繰り返し、藩国に続いての大陸での領土を得るには至らなかった。
あそこでレティシアが出てこなかったら大陸三強の顔ぶれは変わっていただろう。
そんなレティシアにウィリアムがライバル心を抱いていても不思議じゃない。
まぁそんな両国の関係上、立ち位置は離れている。
中心にはオリヒメとレティシア。少し離れた左にウィリアム、右にはエヴァとジュリオがいる。
当然、要人たちが出てきているわけだから接待役の皇子たちも出てきている。
中心にオリヒメとレティシアがいるため、俺とレオはその少し後ろに控えているのだが。
「レティシア様。お疲れではありませんか? 長旅の後ですし、お疲れなら中に戻っても!?」
笑顔で手を振るレティシアに余計なことを言うレオの足を俺は無言で踏みつける。
レオが何するのさ!? といった表情でこちらを見てくるが、それはこっちのセリフだ。
「人の話を聞いてたか?」
「でも気を遣わないと!」
「それが駄目だって言ってるんだ。俺たちは接待役。相手が居心地がいい空間を提供するのが仕事だ。彼女がお前を指名したのは堅苦しい対応を求めてじゃない。そう言ったはずだぞ?」
「それは聞いてたけど……」
「聞いてたなら実践しろ。なに中に戻ろうとか言ってるんだ。どう見ても民の姿を見て楽しんでるだろうが」
「でも疲れてるかもしれないし……」
「それなら本人が言う。子どもじゃないんだ。お前は古い友人として彼女に接すればいいんだ」
「友人って言ったって……五年前に数日会っただけだし……それに彼女は聖女だよ?」
崇拝とまではいかないだろうが、それに近い感情があるんだろう。
近づいてはいけない不可侵の存在。そんな風に思っているのかもしれない。
「関係ない。立場で人を判断するのか?」
「でも……」
「まったく、お前はどうしてこういうときに駄目になるんだか」
呆れつつ、俺は視線をオリヒメに移す。
オリヒメは民からの歓声が嬉しいのか両手で手を振って、かなり体を前に乗り出している。
「オリヒメ。危ないぞ」
「むむ? そうか? 落ちても妾ならば結界で平気だぞ?」
「見てて危なっかしい」
「むー、それならば仕方ないな」
そう言ってオリヒメは少しだけ下がった。
その様子を見ていたレオに向かって、俺は告げる。
「これだ。やれ」
「無理だよ!? レティシア様はオリヒメ様とは違うから!」
「オリヒメだって仙姫だぞ」
「性格が違うよ!」
「ごちゃごちゃと面倒な奴だな。いいからとりあえず呼び捨てから始めろ」
「聖女様を呼び捨てなんてできないよ!?」
あくまで一線を引こうとするレオは首を横に振る。
レオらしいといえばレオらしい。こういうときは無理やり距離を詰めさせるのは悪手なんだが、レティシア自身が望んでいるし仕方ない。
「フィーネと接する感じでいいからやってみろ」
「フィーネさんとは勝手が違うよ……。貴族の令嬢なら慣れてるけど、レティシア様は勝手が違うんだよ……」
「あれだな。普段から女が寄ってくるから悪いんだな。だからこういうときに困るんだぞ」
「関係ないし、女性から寄ってきたりもしないよ」
「自覚なしか。罪深いな」
そう言いつつ、俺は埒が明かないので強硬手段に出ることにした。
悪く思うなよ。弟よ。
「聖女レティシア」
「はい?」
「あそこにある大きな屋敷が見えますか?」
「あー、はい。見えます」
「実はあそこには悪魔が住んでまして。帝都にいる間に浄化してもらえませんかね。主に性格を」
「そうだそうだ。あそこに住んでいるのは悪魔だぞ! 妾は何度も泣かされた!」
俺の話にオリヒメが乗っかってくる。
そしてほどほどという言葉を知らないオリヒメは禁句を告げてしまった。
「聖女ならば浄化できるはずだ。あの貧乳悪魔の悪いところをすべて浄化するがよい!」
それは言い過ぎだ。
そう思ったとき、後ろからカチャリという物騒な音が聞こえてきた。
俺たちよりもさらに後ろで護衛をしていたエルナがこちらにガンを飛ばしていた。
女の子がしちゃいけない系の表情を浮かべたエルナを見て、オリヒメが尻尾と耳を震わせながら俺を盾にしてエルナの視線を遮る。
「動くな、アルノルト! 妾が視界に入ってしまう!」
「馬鹿! 盾にするな! 怒らせたのはお前だろ!」
「話題を振ったのはアルノルトではないか!?」
そう言いながら俺たちはゆっくりとレティシアの傍を離れていく。
エルナの怖すぎる視線から逃れるためだが、もう一つはレオに頑張ってもらうためだ。
軽くレオにウインクすると、なんてことを!? と言わんばかりの表情をレオが浮かべる。こうも情けないレオというのも珍しい。
しょうがない。少しだけ手を貸してやるか。
「聖女レティシア。あー、聖女ってつけるの面倒なんで呼び捨てでも?」
「ふふ、どうぞ。ご自由に」
「ではレティシア。帝都について聞きたいことがあればレオに聞いてください。これでも帝都守備隊の名誉将軍ですから。帝都については誰よりも知ってるはずですよ」
「本当ですか? ではレオナルト皇子。あの建物はなんでしょうか?」
「え、あ、あれはですね……」
そう言ってレティシアとレオの会話が始まった。
あとはレオの頑張り次第だろう。
昔はもう少し親しみのある対応ができていた気がする。たぶんレオの中でレティシアという存在が大きすぎるんだろうな。
けど、その壁は少し壊れた。俺ができるのはここまで。
まぁレオならなんとかするだろう。
問題は俺のほうだ。
「アル~? 何か言うことがあるんじゃないかしら~?」
「アルノルト!? あの女、笑っているぞ! 恐ろしい! やはり悪魔か!?」
「これ以上煽るな!? 待て! エルナ! 話を聞け!」
「話なら中で聞くわ。第三騎士隊。猊下と殿下は体調が優れないから中に戻るわよ」
「なにぃ!? 妾はもっと民に賞賛されたいぞ!」
「もう十分ですよー。聖女様がいれば民は喜びますから。猊下と殿下は中に戻りましょうね。それで誰が悪魔なのか聞かせてもらいましょうか」
冷ややかなエルナの声を聞き、俺とオリヒメは同時に体を震わせるのだった。
その後、俺とオリヒメは正座で説教を受ける羽目になった。
その最中、気になってレオとレティシアの様子を探ったが、まだまだ距離が縮まったとはいえそうにはなかった。
ただ少しだけ笑い声が増えたのは成長といえるだろう。
「アル! 聞いているの!?」
「聞いてる、聞いてるよ……なぁエルナ。そろそろ足がしびれてきたんだが」
「そんなの関係ないわ! そのまま勇爵家の歴史について聞いてなさい! そうすれば私を悪魔扱いすることがどれほど愚かなのかわかるはずよ!」
「アルノルトが言い始めたのにぃ……」
「おい、人のせいにするな」
「本当のことではないか!」
そんな責任のなすりつけをしながら俺たちはしばらくの間、正座を続けることになったのだった。