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第百七十四話 貸し

今日から再開です!

お待たせしましたm(__)m




「あなたがまだここに留まっていたのは意外だ」


 エルナを連れて帝都に戻ってから数日。俺はシルバーとしてまた避難先の都市に戻ってきた。

 レオたちは避難した民の護衛で出払っていたが、都市にはまだエゴールが残っていた。


「そう言うでない。わしも年でな。それなりに思いっきり戦うと疲れるのじゃ」

「なるほど」


 それをすべて鵜呑みにしたわけじゃない。

 最古のSS級冒険者にして、大陸中を歩き回る老人だ。疲れたからといって同じ場所に長く留まるのは珍しい。


「そういえば仙姫の娘さんが怒っておったぞ。妾を置いていくとは何事か!? とな」

「ああ、そういえばすっかり忘れていた」

「建前上は依頼人だったのなら一緒に連れて行くべきだったの。あとで面倒じゃぞ」

「普段から面倒な少女だ。多少面倒さが上がっても問題はない」


 俺の言葉にエゴールは愉快そうに笑う。

 そんな俺とエゴールがいた部屋にソニアが現れる。


「お爺さん。お昼だよ」

「おお、申し訳ないの。エルフの娘さん」


 ソニアは俺がいたことに驚いたが、すぐに慣れた様子でエゴールの食事を机に並べていく。

 そして自分は邪魔だと思ったのか、何も言わずに頭を下げて部屋から出て行った。


「若い娘に給仕されるのが嬉しくて残っているのか?」

「それもあるのぉ」

「ふっ、ずいぶんと気に入ったみたいだな。あなたが人のために残るだなんて」


 エゴールが若い娘が好きなエロ爺ならギルドも苦労しない。

 この爺さんは人を助けることが趣味みたいな人だ。だから大陸中を歩き続ける。だから特定の人間に入れ込むことはあまりしない。

 そんなエゴールがソニアのためにこの場にいる。たぶんクライドあたりがこの場にいたら、ソニアをギルドにスカウトしただろうな。


「助けを求める者を助けるのがわしの仕事じゃ。しかし……霊亀を倒したあともあの娘さんは助けを求めているように思えての……」

「彼女の事情は?」

「聞いておらん。あの子も話す気はなさそうじゃ」


 SS級冒険者であるエゴールならばソニアを助けられる可能性は高い。

 だがソニアは巻き込むことを嫌って喋らないんだろうな。

 それだけでもソニアが変わったことはうかがえる。

 かつて対峙したときよりも大人になったというべきか。五分五分の策を使い、両陣営に良い顔をしようとしていた頃とは違う。

 自分の責任は自分で受け止めるという意思を感じる。

 だから俺は簡単にソニアの事情をエゴールに説明した。

 それを聞き、エゴールはしばし黙り込んだ。


「どう動くかはあなたに任せよう。俺は用があるのでこれで失礼する」


 そう言って俺はその場を後にしようとする。

 ここには本当に様子見に寄っただけだからだ。

 本当の目的地はここではない。

 だから転移で移動したのだが、その前にエゴールが口を開いた。


「……第三皇子に会いにいくのかの?」

「そのつもりだ。民を守る冒険者としては今回の一件は見過ごせないのでな。少し嫌がらせを兼ねて脅させてもらう」

「そうか……のう、シルバー。わしに貸しを作る気はないかの?」

「あなたに貸しを? 一体何をしろと?」


 SS級冒険者、迷子の剣聖とまでいわれるエゴールに貸しを作る機会なんてめったにない。

 だから俺は興味を惹かれて聞き返す。


「今回の一件であのエルフの娘さんを助けてやってほしいのじゃ」

「助けたいならばご自分で動けばいいのでは?」

「わしは駆け引きは苦手じゃ。ただ斬ることしかできん。穏便に彼女の育ての親を救う方法は思いつかん」

「俺とて穏便な方法を使うわけではないが?」

「しかし、解決する方向には持っていくじゃろ? わしでは人質を見つけて力づくで奪うのみ。それでは解決にはならん。あの子を自由にしてやってほしいのじゃ」

「……本当に気に入ったみたいだな」

「うむ、気に入った。お主はどうだ? 自分の家族を人質に取られながら、それでも死地にて民を助けることを選んだ少女だが、助けるには値せんか?」


 エゴールはただまっすぐに俺を見つめてくる。

 俺という人間を試しているんだろうな。

 エゴールはSS級冒険者。助けると決めたなら絶対に助けるだろう。俺が断れば力づくの手段を使うはず。

 それはきっと帝位争いに混乱をきたすし、それをした以上はエゴールは帝国には近づかなくなるだろう。

 その展開はあまり好ましくない。

 元々、ゴードンがしたことは軍人としての判断ミスだ。そう言いきられてしまう程度のミス。

 大局的な視点で見れば逃げ遅れた二人の民なんて、いないも同然だ。それを看過できないのは俺が冒険者だから。

 この一件でゴードンを失脚させることは不可能だ。シルバーとしての名声を遣えばダメージを与えることはできるだろうが、それも結局嫌がらせだ。

 ならばエゴールに貸しを作るほうがいいだろう。


「はぁ……承知した。第三皇子と交渉し、彼女の育ての親を救おう」

「おお! ありがたい!」

「しかし、一度帝位争いに関わった以上は絶対に安全とは言えない。彼女はどうするつもりだ?」

「彼女の育ての親はわしが安全な場所で匿う。エルフの娘さんのほうは……彼女がよければわしの補佐を任せたい。わしは方向音痴だからの」

「これは驚いた。数百年間、対策を考えなかった問題についに終止符を打つ気か?」

「そのような言い方はよせ。わしも何度も直そうとはしてきた。傍に人を置いたこともある。ただ皆、わしについて来れなかっただけじゃ」

「あなたについていける人は確かに少ないだろうな」


 自由気ままに旅をする人だからな。自分の感性で動き、声が聞こえたというわけのわからないことを言って、平気で大陸の端から端へ移動する人だ。

 ついていくのも一苦労だ。しかも極度の方向音痴だし。

 ソニアも大変だろうが、傍にいれば安全であることも確かだ。


「それにエルフの娘さんがわしの傍にいれば、ドワーフとエルフの関係も少しは良くなるじゃろうて」

「それは希望的な観測だろうな。エルフはハーフエルフを認めない」

「大きな枠組みで括るでない。エルフが全員、ハーフエルフを認めないわけではない。少しずつでいいのじゃ。少しずつ変わればいい」


 その言葉には長い歳月を生きてきたエゴールにしか出せない深みがあった。

 人生経験という点では俺なんかの比ではないエゴールは、きっとSS級冒険者として嫌なものを何度も見てきたはずだ。

 それでもエゴールは助けを求める者を助け続ける。

 それがきっと良い方向に向かうと信じて。


「少しずつか……。あなたらしいな。では俺もそれを信じてみよう」

「ああ、そうするがよい。わしらにできるのは少しずつ変わる世界を手助けすることだけじゃからな」


 エゴールの言葉に一つ頷き、俺は転移でその場を後にする。

 そして向かった先は北部国境にある砦だ。

 帝国にとっては忌々しい土地。かつて皇太子はこの砦から出撃し、悲劇の死を遂げた。

 ゴードンは今、この砦で国境守備軍の副将として北部国境の守備についている。

 俺はその砦の門の前に転移した。


「な、何者だ!?」

「く、黒いローブに銀の仮面!?」

「嘘だろ……まさか……!?」


 門の守備をしていた衛兵たちが集まってきて、門を固めるが俺の姿を見て全員が固まってしまう。

 まぁそれはそうだろうな。

 SS級冒険者が国境の砦に来るなんてまずない出来事だ。


「ゴードン皇子に伝えろ。シルバーが会いに来たとな」

「りょ、了解しました!」


 一人の衛兵が敬礼して、急いで砦の中へと入っていく。

 残った衛兵は一応、武器を構えて俺を半円にして取り囲む。兵士としての本能なんだろうな。

 俺みたいな何をするかわからない奴には武器を突きつけてないと安心できないんだろう。

 しばらくその状態が続くが、さきほど伝令に走った衛兵が戻ってくる。

 その顔はひどく青い。


「ふっ……ひどい顔色だな」

「ご、ゴードン皇子は……お会いにはならないそうです……」

「そうか。理由は何かな?」

「あ、会う理由がないと……」


 衛兵は今にも倒れそうになりながらつぶやく。

 それを聞いて、俺はその衛兵の肩に手を置く。


「そうか。ご苦労だったな」

「あ、も、申し訳ありません……」

「いや、君が悪いわけじゃない」


 そう言って俺はゆっくりと足を前に進めた。

 話がまとまり、俺が帰ると思っていた衛兵たちがギョッとした表情を浮かべた。

 そんな衛兵たちに俺は低い声で告げた。


「向こうにはなくても俺には会う理由があるんでな。入らせてもらおう」

「お、お止まりを! いくらSS級冒険者でも軍の施設に無理やり入るなんて……あ、ああ……」


 槍を構えていた衛兵たちは俺が解放した禍禍しい魔力にあてられて尻餅をつく。

 そんな衛兵たちの横を通り過ぎ、俺は門を開ける。


「転移で入るような無礼を働かないだけましだと思ってほしいものだ。俺はただ丁寧にお邪魔するだけだ。ゴードン皇子に会うのが目的だからな。誰にも攻撃しないし、何も壊さない。もちろん迎撃はするがな」


 そう言って俺はゆっくりと砦へと入った。

 同時に遠くから見ていた兵士が非常事態を告げる鐘を鳴らす。


「緊急事態! 緊急事態だ! し、シルバーが砦に侵入した!」


 それは北部国境の砦において、皇太子の悲報に次ぐ衝撃的な報告だった。

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