第百七十三話 落ち着く場所
銀と金の光の奔流が霊亀に向かっていく。
硬化が間に合わないと判断したのか、霊亀は口を開きブレスで迎撃を試みる。
だが、霊亀のブレスは銀と金の光の奔流を押しとどめることができなかった。
一瞬で霊亀のブレスを飲み込んだ奔流はその勢いのままに霊亀も飲み込んでいく。
霊亀は自慢の硬い体で耐えようとするが、最も硬い甲羅に傷が入っている状態では耐えるのは不可能だ。
「グギャァァァァァァァァァ!!!!!!」
断末魔が響き渡り、霊亀が光の中に消えていく。
そして霊亀はそのすべてを光に飲み込まれていった。
しかし、それだけでは終わらない。
銀と金の奔流は混ざり合い、そのままその向こうへと進んでいく。
今度はオリヒメが用意していた結界が光の奔流を迎え撃った。
結界と激突するたびに鈍い音が周囲に響き、結界を破るたびに何かが割れたときにする甲高い音が響いた。
だが、光の奔流は少しずつ勢いを衰えさせていく。
そして。
「止まったか……」
安堵のため息を漏らしながら俺はつぶやいた。
調子に乗ってエルナとともに全力攻撃を繰り出したが、霊亀よりも被害を出しかねない攻撃ではあった。オリヒメには感謝しないとな。
「十二個の結界のうち、十個しか破壊できないなんて……」
「破壊できないことにショックを受けるのはやめろ……」
隣でまさかという表情を浮かべているエルナに注意しつつ、俺は周囲を見渡す。
霊亀は完全に消滅したし、ほかにモンスターも見当たらない。
終わったと思っていいだろう。
そんなことを考えているエルナがそっとその場に座り込んだ。
「どうした?」
「疲れたのよ」
「君でも疲れることがあるのか?」
「か弱い女の子になんてこと言うのよ」
「どこの世界の基準でか弱いのか知りたいものだ」
「この世界に決まってるでしょ。さっさと転移門開いて。歩くのも億劫だから」
「我儘な勇者もいたものだな」
呆れたようにつぶやきつつ、俺はオリヒメの方向に転移門を開く。向こうにはエゴールもいるだろうしな。
合流したらレオたちのところへ飛ぶとしよう。
なんて思っているとエルナがさっさと転移門に入っていく。
それに続くと、転移先でオリヒメがドヤ顔を浮かべていた。
「ふふん!! 妾の結界こそ最上であることが証明されたな!」
「言ってなさい。あなたと言い合うほど元気じゃないの」
本当に疲れた様子でエルナはまた座り込んだ。
思った以上に薄い反応を見て、オリヒメが目を丸くする。
そんなオリヒメの後ろからエゴールが顔を出した。
「囮役すまんかったな。シルバー」
「お互い様だ。しかし、さすがは剣聖。甲羅を斬ってしまうとは思わなかった」
「こちらも二連続で大魔法を使うとは思わなかったわい。さすがはシルバーといったところじゃな」
互いに賞賛し、適度な距離を保つ。
オリヒメに大人の対応というものを見せつけつつ、エゴールはゆっくりとエルナに近寄る。
そして一言断ったあと、エルナの右わき腹に手を当てる。
「うむ。派手にやったのぉ。五本も折れておる。少し痛いぞ?」
「はい……」
エゴールは一瞬、エルナの右わき腹に当てていた手を動かす。本当に一瞬だったが、おそらくそれで折れた肋骨を元の位置に戻したんだろう。
「あとは治癒魔法を使えばすぐに治るじゃろう。シルバー、やってみてはどうじゃ?」
「あいにく俺が使うのは大規模な結界型なのでな。個人に使うのはもったいない」
「最低ね……」
「もう一人くらい怪我した者がいれば使ったかもしれないが、君だけではちょっとな」
そんなことを言いながら俺はレオたちを送った都市への転移門を開く。
レオが連れてきた騎士たちの中には近衛騎士もいる。中には治癒魔法を使える者もいるだろう。
エルナの治療は彼らに任すべきだろう。
そう思いつつ、俺は三人を転移門で都市まで送り届けたのだった。
■■■
都市に戻ったあとは慌ただしかった。
霊亀討伐の報告をすると都市全体がお祭り騒ぎ状態になったし、その中でレオと騎士たちはロストックから避難してきた民たちを帰す準備に追われた。
「レオナルト皇子。忙しいところ申し訳ないんだが、聞きたいことがある」
「なんだい? シルバー」
治癒魔法をかけられたエルナだったが、疲労の色が強いため俺が帝都まで連れて行くことになった。
だが、その前に聞かなきゃいけないことがあった。
「小さな子供が二人転移してきたはずだ。保護しただろうか?」
「してるよ。別室で寝てる」
そう答えたのはレオではなかった。
視線を向けるとそこにはソニアがいた。
「君は……たしかゴードン皇子の軍師か。ゲルスを攻めた」
「その覚えられ方は不本意かな……それにボクはもうあの人の軍師じゃない」
「それは失礼した。それで子供たちはなんと言っていた?」
「……大勢の軍人がいたから助けを求めたら、森のほうに行けと言われたって。きっとゴードン皇子が率いていた監視部隊だよ」
俺の横でレオが一瞬、怒気を纏った。
エルナも疲れた表情はそのままだが、眉をひそめている。
「国と民を守るはずの軍人が民の保護を拒んだか……」
「きっとゴードン皇子の言い分は、ボクが率いていた部隊が森にいたからそちらへの合流を指示したってところだろうね。それでも護衛をつけるべきだし、本隊への報告を優先するなら伝令を出せばいい。結局は自分が戦場を離れたかったんだよ。あの人は」
「霊亀が相手では監視部隊程度じゃ太刀打ちできないからな。判断はわからんではないが、理解するのは一生無理そうだ」
「……このままじゃ終わらせない。皇族が民を見捨てるなんて許されない」
レオが我慢ならないといった表情でつぶやく。
たしかにこのまま終わらせてはいけないだろう。
だが、どれだけ訴えても軍人としての判断ミスにしかならないのも事実だ。
すでに霊亀が動き出していたことを把握していたのかどうか。把握していたなら故意だし、していないなら判断ミスだ。そして前者だと訴えても証明する術はない。
撤退自体も間違いではない。無駄死にを避けたということで合理的な判断ともいえる。
この一件でゴードンを追い詰めるのは難しいだろう。父上の心象を悪くするのはできるだろうが、その程度のために問題を大きくするのはデメリットが大きい。
「ふむ……レオナルト皇子。この一件、任せてもらえるだろうか?」
「……なにをする気だい?」
「なに、嫌がらせをするだけさ。君の兄上を少し使うが構わないかな?」
「兄さんが頷くなら構わないよ」
「ではこの一件は預かった。安心するといい。冒険者として抗議をするだけだ」
そう言って俺はエルナを連れて転移門に入って、帝都に移動したのだった。
■■■
「お帰りなさいませ」
「ああ」
転移してきた俺をセバスが出迎える。
シルバーの服を脱ぎ、俺は椅子に座る。
エルナは冒険者ギルドから馬車に乗って、勇爵家の屋敷に帰った。
疲れているようだけど、疲れているだけなら心配はない。
「今回はなかなかにまずかった……」
「それでも無事乗り切ったのなら素晴らしいことですな」
そう言ってセバスが紅茶を淹れる。
そのままいくつか言葉を交わしていると、セバスが何かに気づいてフッと笑った。
「どうやら私はお邪魔になりそうです。失礼いたします」
「は?」
いきなりセバスが俺の前から消えた。
お邪魔ってなんだよ……。
そんなことを思っているといきなりノックもなしに扉が開いた。
そこにいたのはエルナだった。
「エルナ!? どうした!?」
「疲れたからアルに会いにきたの」
「疲れたなら家で寝ろよ……。帰ってきたってことは無事に終わったってことでいいのか?」
「そうね。亀は討伐したわ。私は疲れたからシルバーと一緒に戻ってきたのよ」
言いながらエルナはソファーに座る。
そしてムッとした表情を浮かべ、ソファーの隣をたたく。
「なんだ?」
「こっち来て」
有無を言わせぬ口調で告げられた俺はしかたなくエルナの隣に座る。
すると、エルナがすっと体を倒して、俺の膝を枕代わりにした。
「おい」
「言ったでしょ? 疲れたの。亀にイジメられて」
「イジメたの間違いじゃないのか?」
「失礼ねぇ……頑張ったんだから意地悪言わないでよ……」
そう言ってエルナは拗ねたように口をとがらせる。
それを見て俺はため息を吐きながら、エルナの頭に手を置く。
「ここで休むより屋敷で休んだほうが絶対いいぞ?」
「屋敷に戻ったらみんな心配してきて休めないわ。ここが落ち着くの」
「そうかい。なら勝手にしろ」
「うん、勝手にするわ」
そう言ってエルナはすぐに目を閉じて寝る準備に入ってしまった。
大した切り替えだ。
まぁ騎士だし休めるときに休めないといけないんだろう。
このままさっさと寝る気だろうなと思いつつ、俺はエルナの頭を撫でる。
頑張った騎士だし我儘の1つくらいは聞いてやろう。
「お疲れ様。よく頑張ったな」
「うん……私、頑張ったわ」
そう言ってエルナは静かに目を閉じて、すぐに規則正しい寝息を立て始めたのだった。
その寝顔はとても穏やかだった。
はい、というわけで第五部終了ですm(__)m
予想外に長くなってしまいましたが、まぁ書きたい部分は書けたかなぁと思ってます。
またしばらく間を開けて第六部ということになりますが、そのときはまたよろしくお願いします。
書籍についての情報は活動報告とツイッターで出すと思うので、気になる方はチェックしておいてください。
では、今回もお付き合いいただきありがとうございました。かなり長くなってしまって申し訳ありませんでした。次はもっと考えて書きます笑
楽しんでいただけたなら幸いです。
また会いましょう(/・ω・)/
タンバでした。