第百七十二話 銀と金
バレた。
そんな言葉が頭の中をめぐる。それくらいエルナの声は親しみのある声だった。
シルバーには決して向けない声だ。
なぜバレたのか。呼び方か、それとも違う要因か。
疑問を抱きながらも、俺は覚悟を決めて振り返る。たとえバレたとしても嘘は貫く。なんとか誤魔化して今は乗り切ろう。
だが、そんな覚悟はすぐに消えてなくなった。
振り向いた先でエルナは立っていた。しかし、その目は焦点が合っていなかったからだ。
「心配そうな声……出さなくても大丈夫だから……私は負けないから……」
意識が朦朧としているのだろうか。
いないはずの俺がいると思っているんだろう。
エルナはそんな架空の俺に対して、言葉を続ける。
「私が……アルの今を守ってあげるから……」
フラフラとしながらエルナは聖剣を構える。
その姿と言葉に俺は思わず名前を呼びそうになる。
今すぐ仮面をとって、自分はここにいると言いたくなる。俺はシルバーだから戦わなくていい。もう十分だと言いたい。
だけど、それはきっとフェアではないだろう。
ここまで意思を見せる俺の騎士はそんな半端なことは求めない。
一度決めたのならば最後まで貫くべき。筋を通すということはそういうことだとセバスは言った。
ようやくその言葉の意味が分かった気がする。
こんなにも俺のことを考えてくれている人に嘘をついている。俺の感情でそれを明かすのは無礼もいいところだ。
そんな勝手は俺には許されない。
「――意外だな。出涸らし皇子のために戦っていたのか?」
シルバーらしくはっきりとした口調でエルナに問いかける。
エルナはボーっとした様子で俺を見て、やがてゆっくりと焦点が合っていく。
そして俺がシルバーだと認識すると露骨に顔をしかめた。
「……屈辱だわ……ちょっとあなたがアルに見えてた」
「屈辱というのはこっちのセリフだな。出涸らし皇子と一緒にしないでほしい」
「あなたねぇ……私の前でその言葉を口にするなと言ったはずよ……?」
言いながらエルナは左手で右の脇腹を押さえる。
いつものように怒らないのはきっと怒れないからだろう。
「肋骨が折れたというのに口は達者だな」
「……その何でもお見通しっていう雰囲気を醸し出すのやめてくれるかしら? 思わず聖剣で斬りたくなるわ」
「それは怖い。さすがに俺でも聖剣は止められないのでな」
肩をすくめて俺は霊亀に視線を向ける。
甲羅をがっつり切り裂かれた霊亀は鱗をエゴールに集中させている。
そのためこちら側がノーマークとなった。
今度は囮と本命が逆になった形だ。
それはエルナもわかっているだろう。だが、エルナは動かない。
肋骨が一本折れた程度じゃ平気で動くだろうから、数本折れて内臓にもダメージが入っているのかもしれない。
少し心配になるが、エルナはゆっくりと口を開く。
「気を失う前に……アルの声が聞こえたわ」
「走馬灯でも見たのではないかな?」
「あなたってモテないでしょ……? きっとアルが心配してるのよ。私にはわかるわ」
「君らしくない、乙女チックな考え方だな」
「つくづく嫌な奴ね……幼馴染だからわかるだけよ。アルは心配性だから……きっと今も心配してくれてる。だからさっさと終わらせないといけないの……アルが無茶しないうちにこの問題を終わらせるのが私の役目だから」
そう言ったエルナはゆっくりと聖剣を両手で構える。
その瞬間、痛みで顔をしかめる。だが、呼吸を何度かして安定させると鋭い視線で霊亀を睨みつけた。
意識を戦闘モードに切り替えて一時的に痛みをシャットアウトしたか。
「というわけよ。シルバー、手を貸しなさい」
「なにがというわけなのか意味不明だな。君の個人的理由に俺が手を貸す理由はないと思うが?」
「出涸らし皇子って言ったでしょ? 手を貸せばチャラにしてあげるわ」
「恐ろしい女だな。君を奮起させるために言っただけだが?」
「ええ、おかげで奮起できたわ。そこだけは感謝してるわ」
「感謝が感じられないな。言っておくが気絶した君を守って、俺はかなり無理をしたんだが?」
それは嘘じゃない。
エルナを守るために霊亀と単独で撃ち合った。
魔力切れではないが、大魔法を撃つのはかなりつらい。少なくとも時間がかかる。
しかしそんな俺の事情を無視してエルナは告げた。
「御託はいいわ。どうせ奥の手があるんでしょ? 今出しなさい」
「やれやれ……止めを刺すのは君だけでやるべきだろうに、俺に手伝わせるとはな。この貸しは高くつくぞ?」
「ふざけないで。私の貸しのほうがよっぽど大きいわ」
そんなやり取りのあと、俺はゆっくりと片手を頭上にあげる。
エルナの言う通り、俺には奥の手がある。
エルナが起きなかったときのためにすでに布石は打っておいた。だが、エルナがいるのに使うことになるとは思わなかった。
エルナは確実にここで霊亀を消し去る気なんだろう。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
銀滅魔法は特殊な古代魔法だ。
銀に輝く性質を有し、魔力はすべて銀属性ともいうべき属性に変化する。
≪蒼天に満ちし神銀・緑地に散らばる真銀≫
その銀属性の魔力は銀滅魔法を使用したあともその場に散らばっている。
特殊な属性に変化した魔力のため、本来なら利用することは不可能だ。
だが。
≪其の銀は時に雷のごとく迸り・其の銀は時に闇夜を照らす光となる≫
同じ銀滅魔法ならば銀属性の魔力を使える。
とはいえ何でも使えるというわけじゃない。
周囲に散らばった魔力をかき集める魔法でなければいけない。
それが俺の奥の手。
≪皇貴なる天銀・無垢なる白銀≫
戦場に散らばった銀属性の魔力をかき集め、一振りの剣を形作る銀滅魔法。
≪真銀よ我が手に集え・かの敵を銀滅せんがために――≫
周囲から集まった銀の魔力が俺の手に集い、一振りの剣を形成する。
眩い銀色の光を放つその剣は膨大な魔力が集束した剣であり、それまでに使った銀滅魔法によって威力も変動する。
八割程度で使ったシルヴァリー・ライトニングによって散った魔力と今の魔力を合わせた程度のため、全力とは程遠い威力ではあるが。
それでも霊亀に止めを刺すには十分な威力が出る。なにせ全体攻撃が多い銀滅魔法の中では珍しい一点集中型の魔法だからな。威力は銀滅魔法の中でも折り紙つきだ。
その魔法の名は。
≪シルヴァリー・エンド・セイバー≫
銀の終滅剣。
俺の聖剣だ。
そんな俺の剣に負けないくらいの輝きでエルナの聖剣も輝いている。
俺が銀ならエルナの聖剣は黄金。
直視できないほどに輝く聖剣は今までとは何かが違う。
「我が声を聴き、覚醒せよ! 輝ける命の星剣! 勇者が今、奇跡を必要としている!!」
エルナの叫びに応えるように聖剣から黄金の光が一気に噴出する。
その勢いは俺の銀の光が霞むほどだ。
「聖剣・極光第二解放……」
エルナの手によって、一つ封印が解けたのだろう。
完全ではないにしろ、これが魔王を討った勇者の聖剣に近づいた姿というわけだ。
「準備はいいかしら? シルバー」
「もちろんだ。あちらも用意ができたらしいしな」
そう言って俺は霊亀のさらに向こう側に目を向ける。
そこでは巨大な結界が幾重にも展開されていた。それはどんどん増え続ける。
こちらが本気の攻撃を準備したのを見て、オリヒメがその攻撃の余波を受け止めるために多数の結界を展開したんだろう。
なかなかどうして気が利く。
「あんなもので防ごうなんて……舐められたものね」
「目標は結界じゃないぞ? 言っておくが」
「わかってるわよ。目標はあの弱腰の亀よ」
そう言ってエルナは霊亀を見据える。
明らかな危機を感じたのだろう。霊亀は超硬質化モードに移行し始めていた。
だがもう遅い。準備を整わせた時点で詰みだ。
「思い知りなさい。ここは帝国」
「勇者と銀の魔導師がいる国だ」
「あなたは」
「お前は」
「「手を出す場所を間違えた」」
同時に俺とエルナは腕を振るう。
銀と金の光剣が霊亀に襲い掛かったのだった。




