第百七十一話 銀雷
活動報告でカバーイラストを公開しました!
それとコミカライズも決定しました!!(^^)!
エルナが吹き飛ばされたのを見て、一瞬頭が真っ白になる。
そのまま霊亀に視線を向ける。
「人の幼馴染になにしてくれてる……!!」
小声でつぶやき、両手に魔力を貯めて俺は大魔法の準備に入る。
だが、それをオリヒメが制した。
「なにをしておる! 早く転移させよ!!」
オリヒメの声を聞き、俺は視線をさきほどの子供たちがいた場所に向ける。
そこではオリヒメがとっさに張ったであろう結界の中で、子供たちが泣いていた。
その姿を見て、ようやく冷静さが少し戻ってくる。
エルナが決死の覚悟でかばった子供たちだ。エルナが庇ったからオリヒメの結界は間に合ったのだろう。
ここで無駄にするわけにはいかない。
「くっ!」
転移で俺は子供たちの傍に行くと、子供は男の子と女の子だった。
気の強そうな女の子はこの惨事を見て、泣きじゃくっていた。そんな女の子を男の子が何とか慰めようとしている。
「軍人さんが……こっちに行けば助かるって……!!」
「な、泣かないで……大丈夫だから……」
その光景がなぜか昔の俺とエルナに重なった。
いつも泣かされたのは俺だったが、たまにエルナが泣くと俺はできるだけ泣かないようにした。
俺がなんとかしないといけないという気持ちになったからだ。
「もう大丈夫だ」
そっと二人の頭に手をのせると俺は転移門を開く。レオたちを逃がした都市への転移門だ。
「ここを抜けたらレオナルト皇子と叫び続けろ。そうすれば必ず助けてくれる」
女の子は泣いてばっかりで返事はできない。
だから俺は男の子のほうを見る。
「やれるな? お前が守るんだ」
「……うん!」
そう言って男の子は女の子の手を引いて転移門へと入っていく。
これで心配は一つ消えた。
彼らを見送ったあと、再度転移で俺は吹き飛ばされたエルナの傍へ向かう。
「エルナ……!」
名前を呼び、駆け寄る。
エルナはぐったりとした様子で倒れており、意識はなかった。
それでも聖剣を手放さないのはさすがというべきか。見た限り大きな傷はないが、意識を失っている以上はもう戦えない。
どうにか退避させようとするが、その瞬間。俺は重力によって押しつぶされた。
「ちっ!」
舌打ちをしながら俺はエルナの周りに結界を張る。
エルナが倒れたのを見て、好機ととらえたか。そりゃあそうか。
これほどの好機は二度とないだろうからな。
俺の周りにも結界を張って、重力を緩和すると俺は霊亀のほうを振り向く。
霊亀はこちらを向いて口を開いていた。
「全力のブレスで確実に仕留める気か……」
さすがにSSランク相当のモンスターなだけある。
攻め時ってやつをちゃんとわかっているようだ。
だが、モンスターだからわかってないこともある。
「上等だ……受けて立ってやるよ……!!」
人間は時に合理的じゃない行動に出る。
ここで正面から撃ち合うのは不利だ。
逃げるのが良策だ。そんなことはわかってる。
だけど。
「この落とし前はきっちりとつけてもらうぞ、霊亀! 俺はやられたら倍返し派なんだ!!」
エルナは大切な幼馴染だ。
子供の頃。
古代魔法が使えない頃の俺を常に守ってくれていた。幾度もエルナのおかげで救われた。
エルナがいたから今の俺はある。
エルナは俺の特別だ。
それを傷つけた。しかも子供を庇ったエルナを、だ。
モンスター相手に卑怯なんていうのは変かもしれない。だが、万全の体勢ではないエルナをあいつは攻撃し、傷つけた。決して許さん。
万全ではなかった。それでもきっとエルナのプライドはいたく傷ついただろう。
エルナは常に強く、自信に満ちている。
その姿を乱す奴は絶対に許さん。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
銀滅魔法に共通する詠唱を呟き、俺は両手を広げて魔力を解放する。
ブレスごと殲滅してやる。
≪銀雷は天空より姿を現し・地上を疾駆し焼き尽くす≫
こちらが迎え撃つとわかったのか、霊亀もブレスをため込んでこちらを迎え撃つ。
その目は人間ごときが調子に乗るなと言わんばかりだが、こっちからすれば亀ごときが調子に乗るなと言いたい。
≪其の銀雷の熱は神威の象徴・其の銀雷の音は神言の鳴響≫
俺の両手に巨大な魔法陣が浮かびあがり、バチバチと銀色の雷が音を立て始める。
一方、霊亀のブレスも今までにないほど黒く強い波動を放ち始めている。
今までのブレスとは一線を画するブレスを放つ気だ。
それだけ俺とエルナを危険視しているんだろう。
上等だ。
≪光天の滅雷・闇天の刃雷・銀雷よ我が手で轟き叫べ・銀天の意思を示さんがために――≫
魔法陣がさらに巨大化し、銀色の雷が完全に姿を現す。
両手に宿ったそれを俺は合わせて最後の魔法名を叫んだ。
≪シルヴァリー・ライトニング≫
巨大な銀雷が霊亀に向かって放たれる。同時に霊亀の口から黒い球体のブレスが放たれた。
俺と霊亀の中間地点で接触したそれらは黒と銀の光を放ち、周囲の地形を変形させるほどのエネルギーでもってぶつかり合う。
「くっ……!!」
しかし少々、こちらのほうが分が悪い。
銀滅魔法は十分な時間を使って魔力を貯めないと完全な威力を発揮しない。
このシルヴァリー・ライトニングは八割といったところだ。威力不足は否めない。
それでも俺はありったけの魔力をこめて霊亀のブレスに対抗する。
それを厄介と思ったのか、霊亀は俺とエルナに向けていた重力を強める。
強い重力を感じ、俺は自分の周りの結界を解いてエルナの結界の強化に回す。
一気に体中が重くなり、思わず膝をつく。
それでも意識だけは決して途絶えさせない。ここで意識を失えばエルナがブレスに飲み込まれる。
それにシルバーの不敗伝説も終わりを迎えてしまう。
帝国が誇る二大戦力が同時に消え去れば、待っているのは地獄だろう。
そう俺の双肩には帝国の未来がのっている。
そんなことを一瞬考えて、俺はふっと笑う。
「馬鹿馬鹿しい……帝国の未来なんて知ったことか……」
そもそもガラじゃない。
そういうのが嫌だから自由な冒険者になったんだ。
俺が体を張るのはいつだって俺にとって大切なモノのためだけだ。
帝国は大切だ。でも一番じゃない。
俺は一度ついた膝をもう一度起こす。
自分の本質を思い出し、俺は気力を取り戻した。
「いくらでも来い……俺は俺の周りには手は出させないと決めている!」
押し戻されつつあった銀雷が一気に黒いブレスを押し返す。
そして銀雷が黒いブレスを貫き、霊亀にまでたどり着く。
だが、黒いブレスによって減衰させられた銀雷では霊亀にダメージなど与えられるはずもない。
霊亀は何事もなくこちらを見ている。
だが、それが間違いだ。
俺たちに注意を向けすぎた。
「ここまで近づかれても気づかんとはのぉ。よほどシルバーが危険だったと見えるのぉ」
霊亀の甲羅の上でエゴールが杖を構える。
刀をしまい、居合抜きのような形をとっている。
そして。
「なぜわしが剣聖と呼ばれ続けると思う?」
疑問のあとエゴールは神速の速さで刀を抜き、甲羅を一閃する。
「それはわしに斬れん物がないからじゃ」
「グギャァァァァァァ!!!!」
霊亀の甲羅に鋭く大きな傷が走り、そこから血が噴き出る。
暴れる霊亀の甲羅からエゴールは退くが、これで霊亀の鉄壁の防御にも亀裂が入った。
あと一押し。
そんな中で俺の後ろから声が聞こえてきた。
「……アル……?」