第百六十八話 好敵手
活動報告でキャラデザイン・エルナを公開しました。
これでキャラデザインの公開は以上です。今後も店舗特典などの情報をお伝えするので、活動報告はチェックしておいてくださいm(__)m
「むむっ! 大きいぞ! もはや山ではないか!」
それが霊亀を見たオリヒメの感想だった。そして俺とエルナの感想でもある。
長い首に図太い手足。そして岩壁のような甲羅。その甲羅の上にはおそらく二百年のうちに形作られた本当の山がある。
ざっと見たが高さも長さも数百メートルはあるだろうな。レヴィアターノが可愛く思える大きさだ。
形から霊亀なんて言われているが、こうしてみると甲羅を背負った竜といわれたほうがしっくりくる。
そんな霊亀は空から監視する俺たちを見ても動こうとしない。レオたちが周辺の住民を避難させるまで大人しくしてくれるなら正直助かる。
ここまでデカいモンスターとやりあうとなると高火力の魔法を使わざるをえない。周囲に配慮している余裕はない。
「動かぬな?」
「動いてほしいのか?」
「そういうわけではないが、生物の本能として脅威が近づけば警戒するものではないか?」
オリヒメの言い分はもっともだ。
この三人がセットで近づいたのに変化なしというのはどういうことだ?
さすがに脅威だと感じるところだと思うが。
「まさか眼中にないとでも言いたいのかしらね?」
やや苛立った様子でエルナが霊亀を睨む。
舐められたり、侮られるのをエルナは嫌うからな。しかも相手はモンスターだ。
今にも聖剣を召喚しそうな様子なので、俺はエルナにくぎを刺す。
「闘志を燃やすのは構わないが、今は控えておくことだ。民を巻き添えにするぞ?」
「わかってるわよ! うるさいわね!」
「これだから勇者は困るのだ。好戦的で周りが見えておらん」
「一言多いわねぇ……自分は周りが見えているとでもいうのかしら?」
「見えておるぞ! そなたとは違うのだ!」
「じゃあ聞かせてもらえる? 周りを見て、何を得たのか」
「うむ! 妾はどうして霊亀が動かぬのか考えておった。そして答えを得た! 今、霊亀は眠いのだ!」
「……」
「……」
「二百年も眠っておったからな! たぶん寝起きで体調が悪いのだろう! だから妾たちに反応しないとみた! 妾も長く寝たときは頭が回らず、フラフラするからきっとその状態なのだ!」
俺とエルナはオリヒメの意見を聞き、同時にため息を吐いた。ふざけているわけではないのが性質が悪い。
「一意見として覚えておこう」
「覚えておかなくていいわよ。絶対違うから」
「なんだと!? では何だと言うのだ!?」
「わかったら苦労しないわよ!」
「ではなぜ違うと言い切れる!?」
言い合う二人をよそに俺は霊亀の目を見る。
こちらを見てはいない。どこか遠くを見ているように見える。
間違いなく起きている。寝起きで体調が悪いとかそういう類ではないだろうな。
俺たちを脅威と見ていないのは、俺たちに攻撃する意思がないことを感じているからじゃないだろうか。
こちらが攻撃する気満々ならきっと向こうも何かしらのリアクションをするだろう。
まぁそこらへんの事情はどうでもいい。
動かないなら好都合。
レオたちを待つ時間ができるのはありがたい。
そんな風に結論づけていると、今まで動きのなかった霊亀の首が動く。
レオたちがいる森のほうへ僅かに動き、そちらを凝視している。
俺たちにも反応しなかった霊亀が何かに反応している。
その異常さに俺はすぐさま探知結界を張って、周辺を調査する。
レオたちはモンスターと戦っていた。
数十人の民を守っており、そこから少し離れたところで帝国軍がいた。モンスターに囲まれている。
危うい状況だ。
助けにいくべきかどうか。一瞬、考え込んだとき。
レオたちの傍で一気に魔力が膨れ上がった。
オリヒメもエルナも感じ取ったのだろう。何事かとそちらを向いている。
そしてそれに対して霊亀がゆっくりと口を開いた。その顔はどこか喜んでいるように見えた。
まるで好敵手を見つけたかのような顔だ。
そして口の中に膨大なエネルギーがため込まれる。
「ブレスかっ! 飛ぶぞ!!」
俺はエルナの腕をとり、転移でレオたちの下へと飛ぶ。
そこでは帝国軍とレオたちが合流しており、数十名の民もいた。
だが、俺が驚いたのはその中にいたドワーフの老人の存在だった。
「エゴール翁。あなただったか」
「おお! 久しいな、シルバー」
簡単な挨拶。
SS級冒険者同士の挨拶としてはひどく大人しいものだろう。
〝迷子の剣聖〟と呼ばれるこの白髪のドワーフはとにかく連絡がつかないSS級冒険者だ。
人格に問題はない。強きを挫き、弱きを助ける冒険者だ。だが、気ままに動き、ギルドの要請にも応えない。というかギルドも居場所を把握できない。
そういう意味での問題児がこのエゴールだ。
齢三百をこえるドワーフの長老であり、二百年以上も前からSS級冒険者を務める最古のSS級冒険者。
「聞きたいことがある」
「なんでも聞くといい」
「二百年前にしくじったのはあなたか?」
「そうじゃそうじゃ。お恥ずかしい」
そう言ってエゴールは頭をポリポリとかく。
ちょっとした失敗のようなノリで話さないでほしい。おかげでSSランクのモンスターが誕生してしまった。
「仙姫殿」
「すでに張った」
俺の指示が出る前にオリヒメは強力な結界を前方に張っていた。
そしてどんどん森の向こう側から巨大な魔力が膨れ上がってくる。
それは一般人でもわかるほどの巨大で恐ろしいものだった。どうしてかわからないが、体が震える。そんな風に民は口にした。
生物としての本能だ。やばいと体が反応している。
そしてすぐにそれは現実となる。
森の向こう側からとんでもない爆発音が聞こえてくる。それと同時に巨大な黒い球がこちらに向かってくる。
それは一瞬で森を壊滅させ、オリヒメが張った結界と衝突する。
強い光が発生し、嵐の中にいるような轟音が耳に届く。
ぶつかり合いは長く続き、やがて光と音が過ぎ去っていく。
「う、そ……」
誰かがつぶやいた。
周囲の地形が変わってしまっていた。
目の前にあった森は壊滅し、霊亀とこちらを阻むものがなくなっていた。
すっきりした地形により、遠くにいる霊亀の姿がはっきりと見て取れた。
赤い瞳がこちらをまっすぐにとらえている。
「どうやらエゴール翁を待っていたようだな」
「そんな気がしておった。だからバレないように近づこうと思ったんじゃがのぉ」
「そういう意図があったなら俺のところに来てほしかった」
「一週間迷ったあたりでその案が頭に浮かんだが、時すでに遅しじゃった。まぁわしの方向音痴は筋金入りじゃからのぉ。仕方ないことじゃ」
わっはっはと笑うエゴールに呆れつつ、俺は転移門を作り出す。
ロストックの領主は民を連れて、ほかの街に移った。その街への転移門だ。
安全とは言い切れないが、ここにいるよりはましだろう。
「救助活動は終わりだ。すぐに飛べ。そしてその街の住民にも避難の準備をさせろ」
「君がそこまで言うってことは、相当まずいのかな? シルバー」
「ああ、そうだ。ギルドはSランクモンスターと想定していたようだが、あれは確実にSSランクモンスター。通常ならSS級冒険者が複数呼ばれる類の超危険モンスターだ。まぁ偶然ではあるが、SS級冒険者が二人揃ったうえに、それに匹敵する戦力が二名いる。やってやれないことはないだろうが――近くにいる人間を巻き込まない自信はない」
だから早く行け。
そう伝えるとレオはすぐに民を転移門に入らせた。
幸い、オリヒメの結界はまだ生きている。
さすがは大陸最高の結界使いというべきか。あの短時間で霊亀のブレスを受け止めて、完璧に防ぎ切るとは。
だが、オリヒメは不満そうだった。
「なにか問題でも?」
「あやつ……本気ではなかった。なのに妾の結界をかなり削りおった。許せん……!」
「あれで本気じゃないのか……前と比べてどれくらい力をつけている? エゴール翁」
「百倍くらい強くなっておるのぉ。そもそも前はあそこまでデカくはなかった」
エゴールの言葉を聞き、俺は小さくため息を吐く。
単独でやるにはあまりに危険だろう。壮絶な殴り合いにでもなれば、帝国北部が壊滅しかねない。
できるだけ早く止めを刺さなきゃいけないし、万が一にでも仕留めそこなうことも許されない。
「手を組むとしよう。バラバラで戦うのは得策ではない」
「そうみたいね。ここは私が指揮をとるわ」
「何を言う! ここは妾が指揮をとろう!」
「何を言うておるのじゃ、娘さんたち。ここは年長者であるわしが」
「俺が指揮をとる。前線の二人は指揮を出すには適さないし、仙姫殿は結界で攻撃を封じる役割がある。遊撃手となるのは俺だし、転移もできる。異論は認めん」
協調性というものがあるのか果たして疑問な三人だが、上手くこいつらを使わないと帝国は大打撃を受ける。
やるしかない。
「このメンバーでパーティー戦というのは不安でしかないが、それだけの相手だ。負けたら全責任は俺が取ろう」
「あら? 負けなんて考えてるの?」
「面白いことを言う。本当に負けると思っているなら責任なんて口にはしない。言っておくが、これでも今まで誰にも負けたことがないのだよ。シルバーという男は」
そう言って俺はゆっくりと前に出る。
すでにレオたちは転移門で避難した。ほかに生存者がいるなら申し訳ないが、もはや助けられない。
ここから先はそういうレベルの戦いではない。
「さて、やるか」
そう俺がつぶやいたとき、霊亀もかかってこいとばかりに強烈な叫びをあげたのだった。