第百六十七話 迷子の剣聖
活動報告で書籍版の新キャラ、マリーを公開しました。
明日も18時に活動報告でキャラデザイン公開です。
明日はエルナですよー( *・ω・)ノ
レオたちがロストックに着いた頃。
さらに東には帝国軍が展開していた。
北部国境を守る北部国境守備軍から派遣された部隊だ。
その部隊を率いるのは守備軍の副将となっていたゴードン。
受けた命令は霊亀の監視とできうるかぎりの民の救助。
だが。
「今……なんといいましたか……!?」
その司令部でソニアはゴードンの前に立って、机を強くたたいた。
それだけゴードンの指示は信じられないものだった。
「何度も言わすな。部隊の投入はしない」
「あの森の中には村があるという報告を聞いていないんですか!?」
「聞いている」
「なら今すぐ救助の部隊を送るべきです!」
「霊亀のせいでモンスターが活性化している。そこに部隊を送り込めば、少なくない損失を被ることになる。今は少ない人材を浪費させるときではない」
そう言ってゴードンは両腕を組んで、意見するソニアを見据える。
北部に飛ばされたゴードンは側近から切り離されていた。そのため、ソニアも貴重な人材として失敗の責任は問われず生かされていた。
多くの失敗の果てに殺されると思い、生きる気力を失っていたソニアだが、民の危機にあって再度気力を取り戻し、ゴードンに部隊の派遣を提案したのだが、こうして却下されることとなってしまった。
「浪費……? 民を守るのが軍人の役目ではないんですか!?」
「部下を守るのが俺の役目だ」
「自分を正当化しているだけではないですか! あなたに与えられた命令はできるかぎりの命を救うこと! 自ら剣を振るって民も助け、部下も助ける! それくらいはやってみせるべきでしょう!」
「すでに結論は出た。変更はない」
ゴードンは邪魔だとばかりに腕を振るう。
それを見て、衛兵がソニアの腕を掴むがソニアは鬼気迫る表情で衛兵をにらんで下がらせる。
「放しなさい」
「うっ……」
「……殿下。これが最後です。今すぐ部隊を率いて民を助けにいくべきです。それが皇帝への道です」
「しつこいぞ。俺は価値のない戦いはしない」
その言葉を聞き、ソニアは深くため息を吐いた。
玉座を目指す者として民を助けるのは当然だった。少なくとも全力を尽くすべき案件だ。
皇帝となればすべての民を助けなければいけない。それが皇帝だ。
しかしゴードンの目には民は映っていない。自分の部下のことばかり考えている。それはきっと帝位争いにおいて部下が必要になるからだ。
自分に必要のない者は守らないというなら、そんな者は皇帝にはなれない。
「やはりあなたは皇帝の器じゃない……」
「器かどうかはお前が決めることじゃない」
「そうでしょうね。ですがボクは決してあなたを皇帝とは認めない。民を守らない軍人も認めない。あなたは皇子として失格であり、軍人としても失格だ」
そう言い放ったソニアに対してゴードンは動かない。
今すぐ剣を抜いて首を刎ねてもいいが、それではただの無駄死にとなる。死ぬならばせめて自分の役に立ってもらわなければ。
そうゴードンが考えているとソニアはそんな考えを見透かしたように提案した。
「ボクが部隊を率いて向かいます。志願者だけの部隊です。あなたにとって邪魔なボクや不満分子を処理できますし、最低限の努力はしたという形も周りに見せられる。それでどうです?」
「ほう? 俺のために死ぬ気か?」
「あなたのためじゃない……ボクは……できることをやるだけだ」
それはグラウに言われた言葉だった。
できることをやれ。
そう言われたソニアはずっと考えていた。
自分には何ができたのか。何ができるのか。
そうして考えたときにソニアは父の教えに立ち返った。ソニアの父はソニアに軍略を教えた。それはソニアのためであり、民のためだった。
ソニアを助けたように、ソニアの父は常に民のために動いた軍人だった。
だからソニアは父の姿に憧れた。
しかし、家族を人質に取られたあとのソニアは憧れた父の姿とは程遠かった。
ソニアは常に五分五分の策を展開していた。どちらに転んでもいいという策だ。
それはソニアに都合がよく、常に言い訳ができる策だった。それは父の姿とはかけ離れた姿だった。
父ならどうしていたか。きっと民のために一番は何かを考えて動いただろう。
どっちつかずの今までのソニアはコウモリのようなものだった。だからこそ、グラウはソニアを叱責した。
やれることをやったとはいえないソニア。それなのにソニアは救われたいと願ってしまった。
それでは誰も救ってはくれないし、誰も救えない。
一度死を覚悟したソニアの視界はクリアなものだった。ただ民のために。ここまで育ててくれた父に恥じないように。
それが結果的に父の死を招いたとしても。
「この軍略は……民のためにあるものです。あなたの剣も本来なら民のために振るわれるべきものだ。それを忘れた者には勝利はない。ボクがそうだったように」
「俺はお前とは違う。死ににいくというなら止めん。好きに死ね。俺のためにな」
ソニアはもはや言葉は意味がないと悟り、踵を返す。
そしてそのまますべての兵士を集めて志願兵を募った。
三千以上の兵士の中で、ソニアとともに民を助けることを決意したのは三十七名。
ゴードン傘下の部隊としては奇跡的なほど多い数字といえた。
彼らを率いて、ソニアは森へと向かうのだった。
■■■
森に突入したソニアたちは大量のモンスターの襲撃を受けていた。
霊亀という強大な脅威によって生存本能を刺激された彼らは常になく攻撃的で、混乱していた。
それらを迎撃しつつ、ソニアたちは森からの脱出を目指していた。
「もう少しです! 走るのをやめないで!」
ソニアたちは森の中でモンスターたちに襲われていた村人たちを発見し、保護することに成功していた。
その数は五十人以上。
彼らを守りながら戦うにはソニアたちの数はあまりにも少なかったが、それでもソニアは的確な指示で彼らを守りぬき、森の外へと誘導していた。
「お爺さん。ごめんなさい、もう少し頑張ってね」
「いやいや、わしは平気じゃよ。娘さんのほうこそ大丈夫かね?」
ソニアは村の人たちとともに保護したドワーフの老人に声をかける。老人は森の中で迷子になったらしく、ちょうど通りかかったソニアたちが保護したのだ。
背が低い白髪の老人は、白い杖をついているため、ソニアは老人を気にかけていたが、そのたびに老人は大丈夫と返していた。
「しかし、娘さんはエルフなのに優しいのぉ」
「え?」
「わしはドワーフじゃから、エルフの娘さんに優しくされたのは久しぶりじゃよ。気の良い娘さんだ」
「ボクは……ハーフエルフだから」
エルフの話になり、ソニアは沈んだ表情でそう告げた。
だが、ドワーフの老人は目を丸くしたあとに笑顔を見せた。
「そうかい、そうかい。なら納得だ。エルフは綺麗で魔法も上手だが、閉鎖的なのが玉に瑕だ。その点、娘さんは人間の血も入ってる。綺麗で魔法も上手で、人間のように優しい。良いこと尽くしなんだねぇ」
「良いこと尽くし……?」
それはソニアにとって意外すぎる答えだった。
ハーフエルフという存在をここまで良くとらえる人物には出会ったことはない。
しかも相手はエルフと犬猿の仲であるドワーフだ。
「お爺さんは……エルフが嫌いじゃないの?」
「嫌いな奴はおるがのぉ。エルフにもいい奴はおる。人間も同じじゃ。一括りにするのは安直じゃろうて」
「そっか……お爺さんは優しいんだね」
「優しいか……どうじゃろうな。わしは好きなように生きてきた。声に耳を傾け、その声に引き寄せられて旅をしてきた。その場その場で勝手に行動するだけのわしは優しいとは違うじゃろうて。その点、娘さんは文句なしに優しいのぉ」
「ボクも……優しくはないよ」
「優しいさ。誰かを命懸けで守っておる」
「ボクは……軍人だから」
正式に軍に所属したわけじゃない。
それでも意識の上ではソニアは自分を軍人と捉えていた。父がそうであったように。
民を守る軍人でありたかった。
「それも一括りにはできんものじゃ。良い軍人もいれば悪い軍人もおる。娘さんは良い軍人だ。国の紋章が入った制服を身に着ける。そのことの意味をよくわかっておる」
老人はそういうとソニアに笑いかける。
そしてすぐに前を見た。
そこは森の端だった。
勢いよくソニアたちは森を抜ける。
だが、そこに飛び込んできたのはレオたちとモンスターとの乱戦だった。ソニアたちから見て、右斜め前で乱戦は繰り広げられていた。近い場所での戦闘に民たちが怯む。
「これは……」
一瞬、何が起こっているのかわからなかったソニアだが、すぐに状況を整理する。
騎士たちがモンスターと戦っている。真横に広がって。
おそらくモンスターたちを後ろに行かせないために戦っているのだろう。
それだけわかれば十分だった。
「まっすぐ走って! 振り向かずに!!」
ソニアはそう伝えて、兵士たちには真横に広がるように伝える。
向こうから来るモンスターを防がねばならないからだ。
あのラインを保っているということは、あそこから先は安全地帯。
そこまで民を連れて行かないといけない。
そう判断したソニアはすべての兵士に弓を構えさせた。
「合図があるまで待機! さぁ走って!」
民たちはソニアの言葉を受けて、恐怖を抑え込んで走りだす。
そんな中で老人は森の向こう側を見ていた。
「お爺さんも早く!」
「うーむ、わしが行きたかったのは向こうだったようじゃ」
「今は無理だから! 急いで!」
ソニアは自分が乗っていた馬に老人を無理やり乗せると、そのまま馬を走らせる。
「おおっと! 娘さん! ちょいと無謀ではないか?」
「大丈夫……必ず守るから」
そう言ってソニアはこちらに目をつけたモンスターたちを引き付ける。
そしてギリギリのタイミングで合図を出した。
「撃て!!」
自らも炎の魔法を繰り出し、迫ってきたモンスターたちに攻撃を浴びせる。
一斉射撃によって、モンスターたちが怯む。
その間にソニアはさらに指示を出した。
「十歩後退!!」
距離を開け、次の射撃の準備をさせる。
時間を稼ぐには有効な手段だった。
しかしこの状況の打開策にはならない。
自らの安全を切り捨てた策といえた。それでもソニアはその策を選んだ。
どちらに転んでも構わない中途半端な策では誰も救えない。
今は民たちの安全が第一。そこをクリアしたあとにまだ力があるならば、策のかぎりを尽くして危地を突破すればいい。
「今日のボクはしつこいぞ……!」
ソニアは迎撃を繰り返し、モンスターを自分たちのほうに引き付ける。
その甲斐あって、モンスターたちの大部分はソニアたちに注意を向けることとなった。
乱戦状態が解除され、自由になったレオたちはソニアたちが走らせた民の保護に動く。
その中でリンフィアが意外そうな声を出した。
「お爺さん?」
「おおっ! いつぞやの優しい娘さんではないか! 元気だったかい?」
モンスターに追われていたとは思えないほど、暢気な声を出すドワーフの老人にリンフィアは困惑する。
かつて南部で出会った迷子の老人。それがなぜここにいるのか。
「どうしてここに?」
「ちょっと昔にやり残した仕事を終わらせようかと思ってのぉ。森に入ったまではよかったんじゃが、一週間も森の中で迷ってしまって困っておったのよ」
「一週間も? どうして道案内をつけないんですか……」
「優しい人は少ないもんじゃ。それで困っておったら、あそこの娘さんに助けてもらったのじゃよ」
そう言って老人はモンスターたちに囲まれるソニアを指さす。
その姿を見て、レオが反応する。
「彼女は……たしか」
「知り合いかのぉ? レオナルト皇子」
「え? あ、知り合いというほどでは……あの、どこかでお会いしたことが?」
「子供の頃に一度会っておるよ。父親は元気かのぉ? 最近はあまり良い国の運営ができておらんようじゃが」
「え、あ、はい。元気ですが……」
「悲しむ者が多い国はいかん。わしを呼ぶ声は少ないほうがよい」
そう言って老人はゆっくりと馬から降りると、白い杖をつきながら少し前を見る。
視線の先ではソニアたちが大量のモンスターに囲まれていた。もはや脱出は不可能な状態だ。
そんな中にあって老人はゆっくりと白い杖をひねる。そのまま白い杖を引っ張ると中から仕込み刀が出現した。
それを構えて老人はつぶやく。
「〝やつ〟に気づかれるでなぁ。あまり振るいたくはなかったが……わしの助けを待つ者は見捨てられん」
そう言って老人は無造作に刀を振るう。
否、そう見えただけであり、実際は神速ともよべる速度で何度も刀を振っていた。
そしてそこから発生した斬撃は正確に、そして無慈悲に、ソニアたちを囲んでいたモンスターたちを両断した。
一瞬で目の前のモンスターたちが倒れたのを見て、ソニアは驚いたように斬撃が来たほうを見る。そこにはドワーフの老人が悠然と立っていた。
「あなたは……?」
「わしの名はエゴール。SS級冒険者、エゴールじゃ。人は〝迷子の剣聖〟と呼ぶ。霊亀を討伐しに来た」
そう言ってドワーフの老人、エゴールは愉快そうに笑うのだった。