第百六十一話 皇帝と冒険者
金曜日はアンケートの結果発表に加えて、キャラデザインも公開しますm(__)m
皇帝からの誘い。
断るのは簡単だが、今回の一件を理由に断れば溝が深まるだけだ。
皇帝の面子としても一度、呼び出しを断った冒険者に頼ることはしないだろう。そうなればシルバーがこの一件にかかわる可能性が断たれてしまう。
そういうこともあって、俺はシルバーとして父上からの招待を受けることにした。
転移で帝剣城の突き出た広場へと向かう。
そこにはテーブルと椅子が用意されており、すでに父上が座っていた。
「よく来てくれたな。シルバー」
「皇帝陛下から直々の招待だったので来たまでのこと。最後までいるかは話の内容による」
「ふっ、お前らしいな」
そう言いながら父上は俺に向かって対面の椅子をすすめる。
同じ場所で座って話す気のようだ。いくらSS級冒険者が相手とはいえ、異例の処置だろうな。
しかも。
「護衛があまりいないようだが?」
「最小限に絞った。お前が何かしたとするなら護衛がいても止められんしな」
「なるほど、信頼の証として受け取っておこう」
広場の周りに数人の近衛騎士。
最も近い護衛がそれだ。父上の周りには俺しかいない。これまた異例といえる。
「そうだ。信頼している。これまで帝国を守ってきたお前の実績を、な」
「残念だが、帝国を守った覚えはない。俺が守ってきたのは常に民だ」
「結局は同じことだ。民を守ることは国を守ることにつながる。お前が出てきてから民が不安の声を上げることは少なくなった。強力なモンスターが出現しにくい帝国にSS級冒険者がいるというのは、帝国国民にとっては安心できる材料なのだ」
「俺が帝国にいるのはほかの冒険者との衝突がないからだ。高ランクのモンスターが出現する場所では冒険者たちが依頼の取り合いをする。縄張り争いのようなものは避けたい。だから帝国にいる」
そう言って俺は父上の顔をじっと見つめた。
仮面越しではあるが、俺の視線の意味に気づいた父上は苦笑する。
「そんなお前からすれば今回の帝国の行動は歓迎しがたいか」
「冒険者を招致するのは国として当然のことだ。否定するつもりはない。ただ居心地が悪くなるようなら去る。それだけだ」
「それでは帝国が困る。S級冒険者を何名招いたところで、SS級冒険者の代わりにはならん。実力はもちろん、名声の面でもな。民もきっと不安がるだろう」
「帝国の事情など知ったことではない。誰かが帝国に入ってくるなら俺は移動し、大陸のバランスを保つ。高ランクの冒険者が必要な場所はいくらでもあるからな。本来ならギルド本部の仕事ではあるが……今のギルド本部に期待するのは無意味だろう」
最近、冒険者ギルドの上層部は現場を知らない者が多く占めるようになった。
かつては元冒険者が多くいたのだが、派閥争いという話になると元冒険者よりはギルドの職員が優勢となる。
本部の職員がそのまま上層部となった今のギルド本部は面倒なところになった。
大陸に五人いるSS級冒険者を刺激しないように、かつ自分たちでコントロールできるようにしようとしている。
まぁコントロールできるような奴らじゃないし、そこらへんもわかってきたから新たなSS級冒険者を求めているんだろうけど。
無駄なことだ。探して出てくるなら苦労はしない。
「あくまで民が第一か」
「それが冒険者だ。我々は自由な立場で民を守護する。ランクも身分も関係なく、それだけが俺たちの決まり事だ」
「シンプルだな。嫌いではない」
そう言って父上はゆっくりとテーブルの上にある紅茶を口にする。
匂いから察するにちょっと酒が入ってるな。父上の好物ともいえる飲み物だ。
「皇帝陛下。あなたも暇ではないだろ? 早く用件を伝えたらどうだ?」
「まぁ待て。こうやって周りに人がいないというのは中々なくてな。もう少し楽しんでも罰は当たらんだろ?」
「俺の時間が削られる」
「せっかちな男は嫌われるぞ?」
「帰ればいいのか?」
俺がそう告げると父上は肩をすくめ、飄々とした様子で苦笑した。
皇帝という肩書を取り払われた父上というのは珍しい。これが素に近いんだろう。
「まぁ待て。ここから大事な話だ」
「では早くしてもらおう」
「では単刀直入に聞くが、お前に意中の相手はいるか?」
「……一体、何の話をしている?」
「いや意中の相手がおらんなら、ワシの娘たちのだれかをくれてやってもいいと思ってな」
「……言っている意味がわかっているのか?」
「もちろん。古代魔法の使い手であるお前に娘を嫁がせるというのは反感を呼ぶだろう。皇族と古代魔法。このセットは帝都に生きる者にとっては恐怖の代名詞だ。かつて我が祖父は古代魔法の研究の果てに狂い、帝都を恐怖に陥れた。当時のことを覚えている者はまだいるし、それは語り継がれる」
「俺と皇女のだれかが結婚したとして、そこに子供が生まれれば皇族の血を引く古代魔法の使い手が再度生まれる可能性がある。誰も望まん未来だと思うが?」
もちろんシルバーとしてそんな縁談に応じる気はない。
しかし思い切ったことを切り出してきたな。
父上としてはもっとも切りたくない手札のはずだろうに。
それだけシルバーを帝国に留めておきたいってことなんだろうけど。
「恐怖ばかりでは先には進めん。この大陸はかつて魔王の災禍に襲われた。魔王は勇者が討ったが同じような敵が現れんとなぜ言える? だからこそ、五百年前の皇帝は勇者に爵位を与え、その血筋を保護することを選んだ。帝国を守るため、ひいては大陸のためだ。それと同時に皇家は自らの血筋を強化することも怠らなかった。優秀な血を取り込み、アードラー家は強くなっていった。それはこれからも変わらん。お前に公爵の地位を与え、皇女を嫁がせる。そしてお前の子孫を皇家に取り込む。これは帝国のためであり、大陸に住むすべての民のためだ」
「ご立派な考えだが、それに付き合う義理も義務もない。後の時代のことはその時代に生きる者がどうにかすればいい。特に古代魔法は素質に左右される。わざわざ血筋を残したところで素質が受け継がれるとは限らない。後に生まれてくる新しい命にいらぬ重しを残すだけだ」
「ふむ、やはり駄目か」
駄目で元々という考えだったんだろう。
父上は小さくため息を吐いて、また紅茶を飲む。
「できれば娘の結婚する姿を見たかったのだが……そうだ。お前が望むならフィーネやエルナでも構わんぞ?」
「くどい。皇女たちよりももっとお断りだ。帝国一の美女を妻にすればいらぬ敵を作り、勇者を妻にすれば俺の生活は崩壊する。押し付けるのはやめていただこう」
「はっはっはっ!! フィーネやエルナと結婚できる権利を捨てる男はお前くらいだろうな。女の価値が見出せんというなら仕方ない。現実的な話に移るとしようか」
「ようやくか……ふざけるのはこれっきりにしてもらいたいな」
「ふざけたわけではない。お前は英雄だ。爵位を与え、身内にすることができればこれほど良い話はなかった。まぁ世の中、そううまくはいかないということだな。さて、どういう条件なら帝国に残ってくれる? お前と親交のある副ギルド長の後ろ盾になれば満足か?」
父上の提案に俺は発しようとした言葉を飲み込む。
今まさにその提案をしようとしたからだ。
ギルドは中立だ。しかし、すべての国の影響力を排除することはできない。
ギルドのトップを決めるときにそういう国の影響力は大切になってくる。
現在、ギルドの上層部の中で現場を知っているのはクライドだ。クライドがトップに立てばきっとギルド本部は変わるだろう。
それは俺としても望ましい。だから今回の一件を理由にして、クライドに協力するように求めるつもりだったんだが。
先に言われたか。
「どうした? それで構わんのか?」
「それでは不服といったらどうするおつもりか?」
「妥協案を探すだけだな」
「その妥協の中には帝位争いに関する事柄は含まれているのだろうか?」
「含まれんな。いくらお前の要求だろうと……候補者を贔屓する気はない。皇太子の座は自らの手で取ってもらう」
「そうか。なら皇帝陛下の提案でいい。クライドの後ろ盾になってやってくれ」
それだけ言うと俺は席を立つ。
これ以上、ここに居ても無駄だからだ。
しかし、そんな俺を父上が呼び止める。
「シルバー」
「まだ何か?」
「これは個人的な質問だ。嫌なら答えなくていい。お前に古代魔法を教えたのは誰だ?」
「――答える義務はないな」
「そうか……古代魔法は素質に左右されるうえに貴重な文献を研究しなければいけない。村で生まれた平民が易々と学べるものではない。相応な身分がなければ学ぶのすら難しいのが古代魔法だ。ワシはお前が高貴な身分と見ているのだが、どうだ?」
「ご想像にお任せする」
「そうか。では勝手に想像させてもらおう。我が祖父が何らかの方法で生き永らえたか、もしくは弟子を取っていた。どちらかがお前の師ではないか?」
「物語の設定としては悪くない想像だ。隠居なさったら本でも書いてみては?」
「ふむ、なかなかいい線をいっていると思うのだがな」
そんな父上の言葉に苦笑しつつ、俺はその場を転移で後にするのだった。
これ以上、父上の前にいてはバレるかもしれないからな。