第百五十八話 球遊び
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「ゆけ! エンタ!」
「チュピー!」
そうテンション高めでオリヒメが小さな球を投げて、エンタに取って来させる。
ペンギンのくせにやたら賢いエンタは器用に球を拾うと、オリヒメのところまでもっていく。
それに対してオリヒメは大はしゃぎだ。
「おお! いい子だ! エンタ! すごいぞ! 偉いぞ!」
「チュピー!!」
正直やかましい。
まぁやかましいのは今に始まったことじゃないし、いいんだが問題なのは。
「聞きたいことがある」
「ん? なんだ?」
「なんだ? ではなくて、なぜ俺の部屋にいる?」
「そなたがいるからだが?」
なにを当たり前のことをといった様子でオリヒメが答える。
しかし、それはまったく当たり前じゃない。
「お前の部屋はここじゃないだろうが!? 自分が非公式の存在だっていう自覚がないのか!?」
「なんだ、そんなことか。安心せよ。ちゃんと許可は取ってある」
「誰の許可だよ……」
「宰相のだ。いつも同じ部屋では飽きるから、アルノルトの部屋に行かせよと頼んだのだ」
「許可を出したのかよ……」
「無論、無条件ではない。妾が部屋の周りに結界を張ることが条件だ。ちゃんと人避けの結界と扉の前には強固な防御結界を張った。皆、人避けの結界でなんとなくこの部屋には近寄らないし、万が一近寄っても結界で扉があけられぬ。ゆえに大丈夫だ!」
「何一つ大丈夫じゃないんだが……皇子の部屋が結界で閉ざされてるってことに気づかれたら大騒ぎだぞ……」
「すぐには開かぬから、その間に妾は結界を足場にして窓から撤退する。完璧だな!」
「騒ぎはどうするんだ?」
「知らぬ。自分でなんとかせよ」
言い切りやがった……。
よくもまぁここまで自由奔放に振る舞えるな。恐れ入る。
「はぁ……」
「妾と一緒にいるのにため息など吐くな。妾といるのがつまらんようではないか」
「つまらないんじゃなくて、疲れるんだ……」
「それは仕方ないことだな。なにせそなたは妾の接待役なのだから!」
そう言ってオリヒメはなぜかドヤ顔を浮かべた。
疲れさせるほど面倒だと言ったつもりだったんだが……。
オリヒメはとにかく自由だ。遊びたければ遊ぶし、眠たければ寝る。思いついたことはすぐに実行するし、それで俺が怒るとすぐにしょぼくれる。
仙姫なのだから敬えというくせに、敬って距離をとると、かまえと言ってくる。
もはや猫か犬なのではないかと思えてきてしまう。
言えば怒りそうだが。
そんなことを思いつつ呆れた視線をオリヒメに向けると、オリヒメは球遊びを再開する。
球を投げてはエンタに取りに行かせ、エンタが持ってくると大げさなほど褒めて撫でまわす。
なにが楽しいのかまったくわからん。
そもそも俺の部屋でやる意味はなんだ?
思わずどうでもいいことを考えてしまう。オリヒメの行動に理由があると思うほうが馬鹿だと考えてから気づいた。
「ん? どうした? アルノルト」
「いや、別に何でもない」
「んー? おお! そうかそうか!」
頭痛がしてきて頭を抑えていると、オリヒメがなにやら気づいたらしい。おそらく、いや間違いなく勘違いだ。
短い付き合いだが、それぐらいはわかるようになってきた。
「今日はやたら見てくると思ったら、そういうことか。すまぬすまぬ。妾が鈍感であった」
「まぁそうだな。そこは同意だ」
「だが気づいたぞ! そなたも仲間に加わりたかったのであろう! 言い出せぬとはなかなか可愛いところがあるではないか!」
「いや、全然違う」
「そう照れるな。妾も鬼ではない。そなたがどうしてもというなら、球を投げさせてやらんでもないぞ!」
そう言ってオリヒメは両腕を組んで、ふふんと偉そうに胸を張った。
どうしてこうも間違ったことを自信満々に言えるんだろうか。
やはり恐れ入る。
「いや、だから……」
「遠慮するでない!」
そう言いながらオリヒメは俺に球を見せる。
その後ろでは尻尾がブンブン揺れているし、目は期待で輝いている。
ようはあれだな。遊んでほしいのか。
「……」
「ほれ! 楽しいぞ!」
オリヒメはぐいぐいと俺に球遊びをすすめてくる。しかし、何が楽しいのかわからない俺は無反応を貫く。
するとオリヒメはペタリと耳を下げて、見る見るうちに表情を翳らせる。
「……やりたくないなら仕方ないな。無理にとは言わん。妾はエンタとやるとしよう……」
ずーんと落ち込んだ様子を見せて、オリヒメはエンタとの球遊びに戻るが、投げる球には勢いがなく、エンタが拾ってきても少し撫でるだけだ。
完全に意気消沈しているオリヒメを見ていると、何も悪くないのに俺が悪いような気になってくる。
「わかったわかった……やればいいんだろう。やれば」
「本当か!? ふふん! 最初からやりたいと言えばいいだろうに、困った奴だ!」
そう言ってオリヒメは嬉しそうに俺に球を手渡した。
そして尻尾を振って俺が動くのを待っている。
「俺が投げるのか?」
「うむ! そなたは投げる。妾はそれができるだけ床につく前に取る! それだけだ!」
そう言ってオリヒメは早く投げろと急かしてくる。
何が楽しいのか理解できないが、仕方なく適当に投げると、オリヒメがそれに瞬時に反応して、球の着地地点に入る。
「むむ? このような緩い投げ方では楽しめぬぞー」
「……ガチかよ」
まるで肉食動物の反応だ。
一瞬で移動しやがった。まぁ獣人だしそれくらいじゃ驚きはしないが、その動きを遊びで使うということには驚くべきだろう。
オリヒメはもっと速く投げろと要求して、俺に向かって球を投げてくる。
さすがにそう言われたからにはちゃんとやらないといけない。
今度は真面目に思いっきり球を壁に向かって投げつける。
これでバウンドして、上手く取れないだろ。
なんて思っていると、壁に当たる前に楽々キャッチされてしまった。
「うむ! 今のはまぁまぁだったぞ!」
「……ちっ」
「今、舌打ちをしなかったか!?」
「してない。気のせいだろ」
「そうかぁ? 妾には舌打ちが聞こえた気がしたのだが……」
首を傾げながらオリヒメが球を投げてくる。
さすがに今のはプライドに触った。割りと本気で投げたのに楽々キャッチしやがって……。
これはおそらく父上からの遺伝だが、どうも余裕綽々のやつには一発お見舞いしないと気が済まない。
そんなに楽しみたいっていうなら楽しませてやる。取れなくて悔しがるといい。
見ろ! これが俺の全力投球だ!
そう思いながら俺は思いっきり明後日の方向に球を投げる。とても部屋の中で投げる球じゃない。外でやるような投げ方だ。
しかし、オリヒメはそれをいとも簡単に取ってみせた。
俺の全力を、だ。
「うむ! その調子だ!」
「なん、だと……!?」
オリヒメからの返球を受けつつ、俺は衝撃を受けた。
いくらオリヒメが速いからといって、今のを取られるなんて……。もはや目で見ているというよりは体が反応しているといった感じなんだろう。
くそっ。すごい尻尾を振っている。楽しくて仕方ないといった表情だ。
俺は一杯食わせたくて今、全力だったのに!
このままじゃ終われない。そっちがもはや本能で球を追うというなら、それを利用するまでのこと。
押して駄目なら引いてみろ。
遠くが駄目なら近くを使えばいいだけのこと。舐めるなよ、オリヒメ。俺は相手が嫌がることを率先してやるタイプではないが、やらせたら天才的な男だ。
それを思い知らせてやる。
「ほら行くぞ!」
「来るがよい!」
俺はオリヒメに向かって、全力投球するために足を上げる。
それを見てオリヒメが身構えた。
だが、俺はすぐに足を下ろして球を俺の目の前にひょいと投げる。
「見たか! これはどうにもぉぉぉぉ!!??」
俺のフェイントに一瞬だけ引っかかったオリヒメだったが、動物的な反応を見せて俺のほうに突っ込んできた。
そして球が床につく前にキャッチすると、そのままゴロゴロと転がり、俺を巻き添えにした。
思いっきりオリヒメに倒された俺は、仰向けで後頭部を抑える。転んだときに後頭部を打ったのだ。
「痛っ……っていうか重い!」
「ふふん! どうだ! 取ったぞ!!」
見れば俺の上には馬乗りでオリヒメが乗っていた。その顔に浮かぶのは今日一番のドヤ顔だ。
見事にキャッチした球を見せつけている。
「怪我したらどうするんだよ……俺が」
「おお! そこは考慮にいれていなかった! すまぬ! だが、そなたが悪いのだぞ。妾を謀ろうとするから、こんなことになったのだ」
そう言ったあとオリヒメは頭を俺のほうに向けてくる。
何の真似だと怪訝な表情を浮かべていると、オリヒメが満面の笑みで告げた。
「見事、妾は取ったぞ! 褒めるがよい!」
「あー……」
「褒めるがよい! 褒めるのだ!」
言い方は上からだが、尻尾を揺らして頭を撫でられるのを待っているのはどう見ても猫か犬だな。
耳を動かし、オリヒメは俺に撫でろと催促してくる。
どうせここで断ってもしつこく催促してくることは目に見えているので、俺は右手でオリヒメの頭を撫でる。
「はいはい、よくできました」
「うむ! もっと褒めるがよい!」
「もっとって……」
何をしろっていうんだよ。
そんな風に思っていると、突然ガラスが割れたような音が響いた。それは魔力の扱いに長けた者にしかわからない音。通常の人間なら聞くことさえできない、結界が破壊された音だ。
そして扉がゆっくりと開かれる。
「もう! アル! なんなのよ!? 人避けの結界に加えて、扉にも結界なんて張って! しかも無駄に硬いし! 壊すのに一苦労……したじゃ……ない……」
扉の向こうにいたのはエルナだった。
言葉通り、結界を壊すのに苦労したんだろう。剣を握り、肩で息をしている。
だが、俺に馬乗りになっているオリヒメを見て、その表情が見る見る険しいものに変わっていく。
それと同時に俺の体からドッと冷や汗がわいてきた。
こうして最悪のタイミングで矛と盾が遭遇することになってしまったのだった