第百五十二話 大事なもの
昨日は更新お休みしてすみませんでしたm(__)m
今日から再開です。
「仰せつかっていた身体強化の魔導符です」
決闘から五日が経った頃。
俺の部屋でセバスが机の上に一枚の札を置いた。
中央には小さいが上質な宝玉がついている。
年季の入ったもので、見る者が見れば貴重な代物だと気づくだろう。だが、中央にある小さな宝玉は色褪せている。
この手の魔導符は使い捨てだ。中央の宝玉にある魔力を使い切ったらただの紙切れに成り下がる。
今の時代、これだけ上質な宝玉を一度で使い捨てにするというのはありえない。
今よりも魔法が優れ、宝玉も豊富だった古代魔法全盛の時代の物だ。
「悪いな。手間を取らせた」
「いえ、グスタフ陛下の部屋にあった物を消費しただけですので。陛下は貴重なコレクションを有効活用しないことに憤っておいででしたが」
「いいんだよ。俺がこれを使ったっていう風に見せるためには使い終わってないと困る。大体、爺さんは保管してても使えないんだ。道具は使うためにある。製作者も使ってくれたほうが嬉しいだろうよ」
「それはグスタフ陛下に直接言うべきでしょうな」
「小言はごめんだ」
顔をしかめながら俺は魔導符に手を伸ばす。
しかし、一回つかみ損ねてしまい、そのことに舌打ちをしながら少しだけ手を伸ばして今度こそ掴む。
「まだ感覚のずれがあるようですな」
「前は一週間だった。今度はどれくらい続くだろうな……」
「手痛い出費でしたな」
「まったくだ。若手貴族の暴走を収めるのに、金は使うし、入れ替わりという奥の手も晒すし、厄介な後遺症まで負った。やってくれたよ、ホルツヴァート公爵家は」
「今回は痛み分けといったところですな。向こうは今回の一件で多くの貴族に貸しを作るつもりだったようですが、むしろ敵を増やしたといえるでしょう」
「敵を作ったのもこっちも同じだ。息子や親類を失えば、好意的な反応は期待できない。エリクと戦ってるときに横やりを入れられてもたまらんし、ここで排除したのは間違いじゃないが……人が死ねば恨みが生まれる」
「こちらにできることはしました。向こうの暴走である以上、こちらにはどうすることもできません。それに今回の一件でレオナルト様への評価を改める貴族も多くいます。そういう点を見れば悪いことばかりではありませんでした」
セバスの言葉に俺は何度か頷く。
そうだ。悪いことばかりじゃなかった。ただし、ぶっちゃけていえば格下を潰すのに手間取りすぎた。
「問題は山積みだ。レオはともかくエルナは今回のことで俺に疑念を抱くだろうし、父上は冒険者ギルドと何か計画を進めてる。完全に情報を遮断しているあたり、本部のお偉いさんがかかわってるのは間違いない」
「温泉にて第二近衛騎士隊が護衛していた要人もそれ関連かもしれませんな」
「かもな。冒険者ギルドはモンスター関連でしか動かない。何か大きな動きをするならSS級冒険者を動かそうとするだろうし、帝国内でシルバーに声をかけないというのも不自然だ」
「面倒ごとの予感がしますな」
「いつものことだけどな」
俺はため息を吐くが、セバスは微笑んだままだ。
何が楽しいのかと睨むが、セバスは微笑みを崩さない。
「人の不幸がそんなに嬉しいか?」
「滅相もない。ただアルノルト様も成長しているのだなと思っただけです」
「成長? 俺が?」
「ええ、あなたは面倒がお嫌いです。誰かと張り合うことに意義を見出せず、張り合ってまで守りたい大事なものも少なかった。そんなあなたが面倒を覚悟で今回は張り合いました。私はてっきり終わったあとに〝しなければよかった〟と言い出すかと思っていましたが、そんなこともなかった。面倒よりもフィーネ様の傍にいるほうが大事だと自覚しているからでしょう。よいことだと思います。〝大事なもの〟が増えるのは」
大事なものが少ないほうが動きやすい。
こだわりがないほうが楽だ。
そういうスタンスで生きてきた。馬鹿にされても、実害がなければ放っておいた。誇りだなんだといって張り合うのは面倒だったからだ。
今回も適度に受け流せばよかった。どうして受け流せなかったのか。
フィーネの傍を離れるのが嫌だったから。そしてフィーネの平穏が崩れるから。
「……大事なものが増えるのは成長なのか?」
「成長ですな。一人で動いているのは楽ですが、大事なものが増えたほうが人生は豊かになり、人として成長できます。私がそうでした」
「死神として生きていた頃より、出涸らし皇子の執事のほうが成長してるのか?」
「ええ、自信をもって言えます。人は面倒ごとを背負いこんで成長します。ですからアルノルト様には率先して面倒ごとに突撃してほしいですな」
「断る。そんな人生はごめんだ」
彩りのある人生に興味はない。
単調な色で代り映えしない人生が俺には合っている。
今は人生の中で唯一、訪れてしまった例外だ。
「さて、そろそろ行くぞ。レオたちが帰ってくる。迎えにいって馬車の中で入れ替わる」
「かしこまりました。すでにジーク殿が入れ替わりについては知らせていますし、問題は起きないかと」
「そうだといいけどな……」
そんなことを言いながら俺は立ち上がる。
感覚のずれのせいで、そんな些細な動作でも違和感を覚えるがこれは我慢していくしかない。
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「これはまた意外な人物を連れてきたな」
帝都の正門まで迎えにいき、レオたちが乗っていた馬車に乗り込むとそこにはエルナとレオのほかに目つきの悪いチビがいた。
ヴィンフリート・トラレス。
秀才肌のレオの幼馴染だ。俺ともかかわりはあったが、幼馴染というほど親しくはない。
そんなヴィンは腕を組んで目つきの悪い目を俺に向けてくる。
「相変わらずだな? ヴィン」
「そっちも変わってないみたいだな。アル」
久々の再会。握手でもするのが礼儀なんだろうが、そういう間柄でもない。
俺の中のヴィンはいつも勉強ばかりしている面倒そうな奴だし、ヴィンの中の俺はいつも遊んでばかりいるだらしない奴だろう。
しかし、ヴィンは皇太子の弟分という形で将来を期待されていた男だ。諸外国を回っていたのも将来は皇太子の有能な臣下として活躍するためだったはず。
だが、ヴィンは姿を消した。皇太子の死をきっかけとして。
「よく見つけられたな?」
「幼馴染だからね」
「思考を読まれてるぞ? 軍師としてそれはどうなんだ?」
「逃げようと思えば逃げられた。幼馴染だから捕まってやったんだ」
そんな負け惜しみをヴィンが口にする。
俺はちらりとエルナのほうを見る。いくらヴィンが策を弄したところで、エルナが相手じゃ無理だろ。
「勇者から逃げられる手段があったのか?」
「貧乳から逃げるなんて赤子の手をひねるより簡単だ」
「誰が貧乳よ!? このチビ!」
「こうやって怒らせて冷静さを無くせばいい」
「なるほどな」
有効といえば有効だが、怒り狂ったエルナに追われるという展開になるだけだと思うが……。
俺なら恐ろしくてできない手段だな。まぁもしものときのために覚えておこう。
「それとアル。オレはまだレオの軍師を引き受けてはいない」
「へぇ、それなのに帝都に戻ってきたのか?」
「アルのお手並みを見てから決めるそうよ」
「俺の? 何を見るんだ?」
「今回の貴族とのゴタゴタでのお手並みだ。及第点ならレオの軍師を引き受けてやる」
そう言ってヴィンは偉そうに告げる。
こいつは相変わらず上から目線だなぁ。そのくせ自己評価が低いという面倒なやつだったけど、それは今も変わってなさそうだ。
皇太子が見出した人材という一点でヴィンの才能は確約されている。
なにせ皇太子はあの時点で人材に困ってない。わざわざ人材発掘する必要はなかったのに、あれこれと手を尽くしてヴィンに学ばせていた。
気に入ったというのもあるだろうが、それはヴィンの才能を含めての話だ。
そんなヴィンのお眼鏡にかなうかどうか。
「及第点以下ならどうするんだ?」
「またどこかに潜むだけだ」
「そうかい。それは困ったな」
「自信がないのか?」
「やれることはやったが、満点には程遠い。まぁ詳しいことはセバスに聞いてくれ」
帝都についたばかりの三人は騒動の詳細は知らないはずだ。
俺から説明してもいいが、セバスのほうが客観的に説明できるだろう。
「少し聞いてるわ。レオのフリして決闘したんですって?」
「耳が早いな」
「商人が噂してたわ。ヴァイトリング侯爵がレオに決闘を挑んで、レオがあっさり勝ったって」
「間違ってない。まぁもうちょっと複雑だけどな」
「……帝毒酒が出てきたって話だけど?」
「それも事実だ。ごちゃごちゃした展開の中で俺が提案した。悪いな、レオ。すべてお前がやったことになってる」
「それはいいよ。意味もなくやったわけじゃないでしょ?」
「まぁそうなんだが……」
ちらりと俺はヴィンを見る。
それをヴィンがどう判断するかはわからない。ヴィンが俺に何を期待しているかわからんし、もはや起こったことだから手の加えようもない。
「いろいろ言いたいことはあるけど、決闘なんてして体は平気なの?」
「平気ではないな。魔導符を使ったから体がボロボロだ」
エルナは一瞬、俺の言葉に眉を動かす。
魔導符を使って体に負荷がかかるのは珍しくない。ただし、魔導符で強化できるラインはだいたい決まっている。
かなり上等な魔導符を使っても俺がレオのように動くのは不可能だ。それはエルナならたぶん察しがつくだろう。
古代魔法ベースの古い魔導符ということで誤魔化すつもりだが、エルナがどこまで信じるかは疑問だ。
ただ今は追及してこないあたり、深く詮索する気はないようだ。
助かるが、疑惑を持たれたことは間違いない。
公表するのと露見するのとでは天と地ほどの差がある。
かつてセバスに言われた言葉を思い出す。
そろそろ時期が近付いているのかもしれないな。
そんなことを思いながら俺は馬車に揺られるのだった。