第百四十八話 ラウレンツ
クライネルト公爵たちがヴァイトリング翁たちと接触して数日。
向こうがついにこちらへ接触を求めてきた。それに対して俺はセバスを代理に立てて、会うことはしなかった。
「怒っていたか?」
「怒りよりは戸惑いを感じました。当然でしょうな。大事な和解交渉の場に執事を向かわせたのですから」
「誰が行っても結果は一緒だからな。一応聞くが向こうの条件は?」
「逮捕された貴族たちは爵位を返上。残った主要貴族は爵位を一つ下げることを陛下に申し入れ、残った貴族たちで賠償金を払うというものです」
妥当といえば妥当だな。
しかしそんな条件は求めてない。
「却下だ」
「はい。すでにお伝えしてあります」
元々、最初の交渉では却下するつもりだった。
強硬姿勢を崩さずにいくのが方針だ。そのために義姉上の申し出も断った。
「これで向こうも半端な条件じゃ俺が納得しないと思うだろうな」
「そうでしょうな。次はきっとヴァイトリング侯爵の当主辞退を盛り込んでくるかと」
「それが最低条件だな」
「しかしよろしいのですか? 強硬姿勢を保てば思わぬ反発を招くやもしれません」
セバスの言葉に俺は頷く。
俺に反感を持ち、和解を認めない者はいるだろう。
だが。
「望むところだ。俺がしなければいけないのは和解じゃない。こういうことが二度と起きないようにすることだ。反発するなら結構。不穏分子は叩き潰すだけだ」
「そういう輩は和解してもいずれ足を引っ張ると?」
「そうだ。一時の和解ではきっとまた繰り返す。心を折らなきゃいけない。中途半端はしない」
「命を奪ったほうが楽そうですな」
「楽だろうな。だけどそれはしない。こんなくだらない争いで無意味な血は流したくない」
強硬姿勢も結局は早期和解のため。
俺にちょっかいをかけるのは得にならないとわかれば、誰も俺にはちょっかいはかけてこない。
互いに不完全燃焼では不満もたまる。どうせ不満を持っているなら、ここで一気に爆発させてほしい。
それを叩き潰せばさすがに次はないだろう。
「悪い笑みを浮かべていますぞ?」
「そうか?」
「笑みだけでなく、やっていることも悪いですが。追い詰め、相手の暴発を待っているのはいかがなものかと。向こうがそれを飲み込めば、深い不満を持つ者が生まれます。エリク殿下側に付かれれば不利になりますぞ?」
「飲み込めるほど大人ならこんなことにはなってないさ。誰が暴発するかはわからないが……俺への反感が頂点に達しているならどこかで動く」
まぁわざわざ二人の公爵に足を運んでもらったわけだし。
穏便に収まるのが一番なんだが、そんな結果に収まるとは到底思えない。
感情で動いた奴らだ。最後まで感情で動くだろうさ。
そんなことを思いながら静かに次の接触を待ったのだった。
■■■
一週間後。
和解の日が来た。この一週間の間に貴族たちは様々な条件を出して、俺に和解を求めてきた。
最終的に決まった条件は、ヴァイトリング侯爵家を含む、主要な貴族は当主を引退させ、高額な賠償金をそれぞれ払い、以後、皇族を尊重する文章を提出する。それ以外の貴族は全体で賠償金を払う。逮捕された貴族の処分は法に委ねられる。巻き添えを食らった民たちは無罪放免され、彼らの分の賠償は利用した貴族たちが負担する。
なかなか苦渋の選択だろうな。ヴァイトリング侯爵家といくつかの家は血のつながったほかの家から養子をとらないと跡取りがいない。長女のテレーゼは誰とも結婚しないだろうし、次女の近衛騎士団長は多忙すぎて貴族の当主となっても飾りとなる。それでもこの条件を提出してきたのはそれだけ和解を望んでいるからだろう。
「さて、行くか。できればフィーネが動く事態にはならないといいんだがな」
「それは相手次第でしょうな。本当に〝あの方〟が動くとお考えで?」
「さぁな。可能性の話だが……まぁ状況が向こうにとって最悪に迫れば迫るほどありえるんじゃないか? だからこっちも対抗策を用意しておく」
「なかなか大事になってまいりましたな」
「関わってる人物が大物だからな。本人にはその自覚はないだろうが」
そんな話をしながら俺は玉座の間へと向かう。
今回の和解には父上とフランツも立ち会う。
二人の公爵が仲介する和解だからだ。大げさかと思うが、現在帝都での最大の問題だし、立ち会うのは自然だ。
まぁこれ以上揉めるなよ、という圧力とも取れる。
その圧力をモノともせずに行動できる奴がいるかどうか。
「見物だな」
玉座の間に入ると和解を仲介したクライネルト公爵とユルゲンがすでにいた。
入口から見て右側にはヴァイトリング翁をはじめとする白鴎連合の関係者。その近くにいる蜂蜜色の髪をした美青年はラウレンツ・フォン・ヴァイトリング侯爵。
入ってきた俺をじっと見据えている。
そのほかの貴族たちも俺を見ている。その目には悪感情が詰まっていた。
なかなかどうして、嫌われたもんだ。
そんなことを思いつつ、俺は入り口から見て左側に向かう。
先に来ていたウッツが場を整えており、俺が位置につくと後ろから小声で段取りについて確認してくる。
「基本的には両公爵が進行します。相手の条件は最後に確認したもので、両公爵の前に文面が置かれて、殿下と代表であるヴァイトリング侯爵が署名することで和解は成立です」
「そうか。早く終わってほしいもんだ」
そんなことを言いながら俺は不機嫌そうな態度で相対するヴァイトリング翁を見る。
視線が合うとヴァイトリング翁は静かに頭を下げた。
「久しいな、ヴァイトリング翁」
「お久しぶりでございます。アルノルト殿下」
「隠居したというのにご苦労なことだ。体は大丈夫なのか? さぞ忙しかったのでは?」
「この程度なら問題ありません。ご心配痛み入ります」
偉そうな俺に対してヴァイトリング翁は丁寧に答える。
腰は低い。ここが玉座の間であり、相手が皇族であれば当然といえた。しかしその態度は若い貴族にはお気に召さなかったらしい。
俺を見る視線の鋭さが増す。しかし、それに気づかないふりをしながら俺は話を続ける。
「そうか。それならその調子で次の当主はちゃんと教育しておいてくれ。問題が起きるたびにヴァイトリング翁が出張るわけにもいかんだろ」
「殿下……すべて私の不徳の致すところ。どうかお許しください」
「許すさ。そちらが提示した条件をしっかり守れば、な」
「もちろんでございます」
俺たちの会話はそれで終わる。
視線はきつくなるばかりだが、すぐに父上とフランツがやってきて、それどころではなくなる。
その場にいた全員が膝をついて父上に頭を下げた。
「皆、よく集まった。この場が設けられたことをワシは嬉しく思う。そしてクライネルト公爵とラインフェルト公爵は迷惑をかけたな。すまない」
「滅相もございません」
「臣下として当然のことをしたまでのこと」
二人は膝をつきながらそう答える。
その答えに満足しながら、父上は玉座に深く腰をかけながら告げる。
「この場は二人に任せる。うまくまとめろ」
「はっ」
「かしこまりました」
クライネルト公爵とユルゲンは許可を得て立ち上がる。
それに合わせて俺たちも立ち上がり、視線を横へと向ける。
その後はユルゲンが司会のような役割を担い、事の顛末を説明し、和解の条件を確認して進めていく。
それはいたって普通だった。特別違和感もなく、何かしてくる気配もない。
父上の前だからか、それとも二人の公爵の面子をつぶせないからか。
結局、最後の署名の場所まで滞りなく進んでしまった。
「アルノルト殿下、ヴァイトリング侯爵はこちらへ」
そう言ってクライネルト公爵が文面が用意されている台へ俺とラウレンツを呼ぶ。
俺たちは同時に前に出る。
ラウレンツは背の高い美男子だ。何もしなくても女が寄ってきそうな雰囲気があり、貴公子という言葉がぴったりな印象を受ける。
だがその行動は貴公子とは程遠い。感情がこの男を狂わせた。
根底にあったのは嫉妬なんだろう。レオが相手ならば辛うじて抑えられた嫉妬心が、俺に対して爆発してしまった。
そして男の嫉妬は見苦しく、そして深くどす黒い。
きっと正常な判断ができないんだろうな。まるで親の仇だといわんばかりの目で俺を見下ろしてくるラウレンツは、俺の前でゆっくりと手袋を脱ぐ。
そしてそれを俺に投げつけてきた。
これはこれは。
その場にいる誰もが度肝を抜かれ、唖然とする中でラウレンツは告げた。
「アルノルト殿下。俺は……ラウレンツ・フォン・ヴァイトリングはあなたに決闘を申し込む。非道であり、不遜。あなたを敬うべき皇族として俺は認めない。どうか手袋を拾い、決闘を受けていただきたい。此度の一件のすべてを賭けて、俺と決闘を!」
それはきっとヴァイトリング侯爵家が始まって以来、もっとも愚かで勇気ある行動だっただろう。
皇帝の前で皇子に手袋をたたきつけ、二人の公爵が仲介した和解交渉をぶち壊した。
それだけである意味非凡であることはうかがえる。
しかし、これはちょっと想像以上だ。
まさかこの場面で決闘とは。
こりゃあ面倒なことになりそうだ。
そんなこと思いつつ、俺はとりあえずぼさぼさの髪を整えることから始めるのだった。
さて、演技の時間だ。